無知③
「ど、どうしたの野宮さん…。」
「家内君に会いたくて来てしまいました。」
ニコリと野宮さんが笑うと、周囲(特に男子)の視線が一気に俺に突き刺さる。
横目で立花さんを伺うと心底嫌そうな顔をして野宮さんを見ていた。
(怖い!)
「ちょ、ちょっとこっち来て!」
「きゃっ!」
場の空気に耐えられなかった俺は、咄嗟に野宮さんの手を握り教室から逃走する。
「い、家内君!?」
「いいから!」
天然なのか狙っているのか、とりあえず今は置いておくとして野宮さんとの関係をクラスの連中に誤解されると不味い。
俺の高校生活の安寧が崩れるのはともかく、野宮さんに迷惑がかかる可能性だってある。
野宮さんの手を引いたまま校舎中央の階段を駆け上がった俺たちは、屋上へと繋がる扉がある踊り場へとたどり着いた。
屋上は事故の可能性があるとかで立ち入り禁止だ。
しかし
鍵が壊れているのか、それとも誰かが開けたまま気づかず放置されているのか分からないが。
その建て付けの悪い扉はギギィと鈍い音を立てながら口を開いた。
「あ…開いてるんですね。」
「時々ここで昼飯食ってるんだよ。…誰にも言わないでね。」
「えぇ…ええ!言いません。2人の秘密ですね。」
最初はポカンとしていた野宮さんだったが、次第に満面の笑みに変わった。
実はもうひとりこの場所を知ってる奴がいるなんて言えない雰囲気なので黙っておく。
開かずの扉…ではないのだが、それでも長いこと清掃なんてされていないのか床のタイルには所々隙間から雑草が生えているし苔むしている。
昔使われていた貯水槽が置かれた部分の出っ張りが屋根となって雨風から守ってきたのか、扉の横にある少し影になった場所にベンチが一つ置いてあった。
野宮さんには少し申し訳ないが、ベンチの上を少し払ってから座ってもらった。
野宮さんは汚れなど気にもしていないようだったけれど、少し思うところがあるのかこちらをチラチラ見ては目を逸らしている。
「えっと…とりあえず急にごめん。」
「い、いえ…嬉しいです。」
…嬉しいです?
「こちらこそ急に来てしまってごめんなさい。」
「いや全然良いんだけど…いや、やっぱりちょっと困るかな…。」
野宮さんがぎゅっとスカートの裾を掴むのが見えた。
その表情は見えない。
「やっぱり、ご迷惑でしたか?」
「迷惑ってほどじゃないけど、やっぱり野宮さんと一緒にいると周りの目が気になるというか。」
「周りの人の目なんて…気にしなければ…。」
「そうは言っても、やっぱり野宮さん人気者だし。」
「人気なんて…いらないです。」
絞り出すような声。
「他の人からの人気なんて私には何の価値もありません…私は…私は家内君に見てもらえればそれでいいんです!」
ベンチに腰掛けたまま上半身だけこちらに向けた野宮さんはずいっと身を寄せる。
俺が身を引かなければ触れてしまっていたかもしれない。
「ど、どうして…」
分からない。
「不審者の時のお礼とかなら…全然気にしてないし…」
野宮さんがここまで言う理由がわからない。
もしあの時助けたことが俺の印象を良くして、好意のような思いを抱いているとすれば、それは恐怖を感じた時の吊り橋効果のようなものであり俺としてはあまり「託児所…」
野宮さんは真剣な表情で言葉を続ける。
「小学校の頃、夏休みに隣町にある託児所に預けられてましたよね。」
ベンチに置かれた俺の左手を、野宮さんは両手で包む。
「私もあの託児所に一緒にいました。」
 




