無知①
下駄箱のすぐ近くにある教室を利用しているロッカールームは所狭しとロッカーが並んでおり、体育の前や部室に入りきらない生徒が着替えにも使っており非常にむさ苦しい。
汗や制汗剤、この時期だと少しカビたような匂いも感じて使い勝手が悪かった。
しかし自分専用のロッカーがあり、南京錠での施錠が義務付けられているため使わない教科書を入れておくことや貴重品、あまり人に見せられないような物を隠しておくにはちょうどいい。
俺は自分のロッカーの周りに誰もいないことを確認してから素早く南京錠を開けて、ズボンのポケットに突っ込んでいたタイツをロッカーの奥に放り込んだ。
(とりあえずコレについてはまた後日だ…。あぁ…、色々めんどくさいことになったぞ。)
頭を掻く。
『野宮さんは私の両親を殺した人殺しだよ。』
……立花さんが最後に言っていたことが頭から離れない。
野宮さんと直接会話したのすら金曜と今日のみ、それこそ登下校だって彼女からの誘いなのだから俺が彼女のことについて知っていることなどほぼ無いと言える。
野宮さんと立花さん、二人の過去にどれほどのことがあったかは分からないが…立花さんの言葉が真実だった場合のことを考えると、無闇矢鱈に詮索していい事だとは到底思えなかった。
吹奏楽部の練習音や、運動部の声掛けが響き始めた頃、教室に戻ってきた俺は思わぬ光景を目にする。
俺の席に座り、鞄を枕に突っ伏している人物が一人。
「の…野宮さん?」
「ひぅっ!?」
ビクリと震えてから立ち上がった野宮さんは、慌てた様子で身嗜みを整える。
どうやら眠っていたらしく口元を涎が濡らしていた。
「あっ!す、すみません…」
涎に気づいた野宮さんは袖でゴシゴシと口元を拭きながらスカートのポケットからハンカチを取り出して俺の鞄を拭く。
「い、いやこっちこそごめん。ちょっとお腹の調子悪くて…待った「全然!全然待ってません!」
食い気味だった。
「そう…それじゃあ帰ろうか。」
「はい…よろしくお願いします…」
それから下駄箱で靴を履き替え、二人で並んで下校する。今日は久しぶりに晴れてはいるが、まだ地面がぬかるんでいるのか校庭で部活動に励む生徒達は限られたスペースで奮闘していた。
「……。」
「……。」
しばらく歩いていたが、会話は無い。
「……。」
「……。」
正直、やはり気まずい。
これでは朝と同じ、それどころか先程のことが頭を巡ってより気まずく感じる。
「「あ」」
とにかく何か会話をしようと思って声を発した瞬間、向こうと被る。
「そ、そっちからどうぞ…。」
「い、いえ!家内君から…。」
「そんな大したことじゃないから、野宮さんからで頼むよ。」
「そうですか…?それじゃあ…」
「家内君は立花さんのことをどう思ってるんですか?」
「……え?」
思わず立ち止まる。
数歩進んだ野宮さんはこちらに振り向き言葉を続けた。
「普段は会話したりすんですか?酷いことされたりしてませんか?」
まさか向こうから立花さんの話題を振ってくるとは思っていなかった。
そして何より、野宮さんの目が信じられないほど冷たく感じた。
「ま、まともに話したのは今日が初めて…だと思う。中学から一緒だったけどクラスとかは違ったし…」
嘘はない。
「本当ですか?」
「ほ、本当…。」
ゴクリと喉が鳴る。
「そうですか、それは良かったです。」
パッと微笑み両手を合わせた野宮さんは、俺の横まで戻ってくるとスッと俺の手をとった。
「立花さんは私の両親を殺した人の娘ですから、家内君も気をつけてくださいね。」
その言葉と笑顔は、俺の平常心を押し潰すには十分だった。
 




