「いいかい、これで君は私の物だ。これからもちゃんと私の言う事を聞くように」
久しぶりに書く小説ってこんなに難しいっけ?
それは、突然始まった。今日は映えある王立学園の卒業パーティー。
その途中で、突如1人の令嬢がこの卒業パーティーの主役である王太子に対して声を上げた。
「リオン殿下。お聴きいただきたい事が御座います」
「ふむ、なんだい?」
答えたのは、この国の王太子であるリオン殿下。
涼やかな金髪に柔らかな青い瞳、優しげな目元とどこか儚げなこの学園だけじゃなく国中から麗しの君と言われている程のお方だ。
「殿下がこの卒業パーティーで、アイリス侯爵令嬢との婚約を発表なさるとは本当ですか?」
それは、公然の秘密だった。幼い頃からリオン殿下とアイリス侯爵令嬢は互いに想いあっていて、今回の卒業パーティーを機に婚約発表を行い時期を見て結婚するという。
殿下と共に学園へ通う者たちは当然の如くそれを親から聞かされていて、在学中はリオン殿下とアイリス侯爵令嬢に失礼の無いよう過ごすようにと言われている。
「そうか、一応秘密にしていたんだったね。そうだよ、私とアイリスは今日婚約を発表する」
リオンの一言に、会場が俄かにざわつく。
分かってはいたものの、直接聞かされるのとではやはり違うのだ。
「殿下。これから婚約なさるという中で、失礼を承知で申し上げますが、私ミランダはアイリス様に酷い嫌がらせを受けていました!!」
「アイリス様は殿下にふさわしくありません!!」
それは誰もが予想もしていなかった事態だった。
未来の皇后であるアイリス侯爵令嬢による、ミランダ男爵令嬢への嫌がらせ。
もしそれが事実であったなら、殿下との婚約などとてもではないが出来ない。
「学園の端に呼ばれて他の令嬢方と私に酷い事をおっしゃったり、先日なんて階段から突き落とされそうになったのです!!」
リオンにもたれかかるようにして涙目で訴えるミランダに、周囲の者はまさかと思いつつも同情し始めていた。
それをチラリとみたミランダは一瞬、僅かに勝ち誇ったかのように微笑みさらに続けた。
「私が殿下と昼食などを共にした事を妬んでいらした様子で……」
たしかにここのところ、ミランダはリオンと一緒にいる事が多かったように見えた。
昼食はもちろん、講義の合間の休憩時間や学園内にあるサロンでのお茶会にと。
しかし、と周りの者たちは思う。
リオンと同じ色をした柔らかな金色の髪、何処までも澄んだ美しい紫の瞳。
キリッとした力強い目元にすらっとした女性にしては高い身長を持つこの美貌の乙女が、そんな浅ましいことをするのか?と。
「殿下」
凛とした声が響く。それはアイリスのもの。
「私がそのような事をしたとお思いになられますか?たしかに殿下の事をお慕い申しておりますが、そのような事を私はいたしませんよ」
少し照れたように言い切ったアイリスに、周囲の者は分からなくなる。
ミランダを信じるべきか、アイリスを信じるべきか。
「そのような言葉に騙されないでください!!私も私の周りの者も知っているのです!アイリス様が今までに何をして来たのかを!!」
「ふむ、では最近の……階段から突き落とされそうになったという事について詳しく聞かせてもらえないかな?」
この一大事を、周囲の者は固唾を飲んで見守っている。
「あれは1週間ほど前の事でした。殿下が公務でお休みになられていた時の講義の後、私が帰ろうとしていた所を後ろから押されたのです」
「咄嗟に隣にいた友人達が私を支えてくれたので落ちる事は無かったのですが、あの時はもうダメかと思いました」
「その時です!!友人達と共に振り返った先に、笑みを浮かべるアイリス様がいらっしゃったのです!!」
そう言ったミランダの顔には、必死の形相があった。
なんとかリオンに真実を伝えなければ、というように見えた。
しかし、リオンは微笑を浮かべて問う。
「そうか、そのような事が。ところで、他の令嬢方とミランダ嬢に酷いことを言ったと言っていたが、他の令嬢方とはいったい誰のことかな?」
その問いにミランダは目を丸くしながら、少し慌てたように答える。
「えっ……と、どうやら此方にはいらしていないようでして……」
「ほう、卒業パーティーであり王族である私もいるパーティーに出ていない者がいるのか。これは面白い。それに1週間前というと、アイリスは公務が終わった私を出迎えてくれていたはず。講義が終わってからすぐに出迎える準備をしてくれなければ、間に合わないはずだが」
リオンの言葉と真っ直ぐな瞳に、ミランダへの同情の視線は冷たい視線へと変わる。
それに焦りを感じたミランダはさらに言い募ろうとする。
「信じていただけないのですか!?私はほんとうに……!!」
しかしその途中で、リオンが話し出す。
「実はね、こんな事もあろうかと前々から準備はしてたんだ」
そして、徐に髪をにぎるとそのまま手を胸の前へと下ろす。
パサッと音がして、涼やかな金髪の下から柔らかな金髪が覗いた途端、その場にいた1人を除いた全てが驚いた。
「私はね、リオン殿下ではないの。そうですよね?」
「そうだね、アイリス。まさか本当にこんな事になるとは思わなかったけど」
「ふふふっ、私の言った通りだったではないですか。でも殿下がお優しくて本当に良かったです」
まさかまさかの展開だった。今までの3年間、リオンだったと思っていたのはアイリスで、アイリスだと思っていたのはリオンだったのだ。
「それではとっておきの秘密も明かした事ですし、もうこの茶番は終わりにしましょう」
そこからは実にスムーズに終わった。あらかじめ待機していた衛兵がミランダを連れて行き、リオンの号令でパーティーは再開。全員にとってそれはそれは盛大な、ある意味忘れられないパーティーとなった。
後日。
「殿下、もしもの備えが役に立って良かったです」
王城に2人の姿はあった。卒業パーティーも終わり、民への発表も終わった。今城下はお祝いムードでいっぱいだった。そんな城下をバルコニーから見下ろしながらの会話。
「やっぱり僕たち王族は、呪われてるのかな?いくらなんでも多すぎる」
実は卒業パーティーでの婚約破棄騒動はこれが初めてではなかった。歴代の王達も、全てではないが数多く同じような経験をしている。そんな事が何度もあれば、対策もするというものだ。
「ところで、ミランダさんはどうなったのですか?」
「どうやら隣国の王族と繋がっていたようでね。この国に混乱をもたらして、あわよくばと考えていたようだ。まあ隣国が認めるわけもないけど、そうだなぁ。
国外追放あたりが妥当だと思う。」
ミランダを巡っては、様々な陰謀が見え隠れしていた。しかし表立って事を荒立てるわけにもいかず、静かな終わりとなっていた。
「殿下は必要無いのではないかと仰っていましたが、私はこうなるような気がしていましたよ」
「それでも。提案した自分で言うのもなんですけど、殿下が入れ替わりに賛成してくださって良かったです」
婚約破棄騒動、字面だけ見れば面白味があるが。当事者となりえるアイリスは酷く悩んでいた。
幼い頃から共にいて、いつまでもこのままだと信じていた。リオンを慕っていたし、リオンも慕ってくれていると信じていた。
リオンの事を1番よく知っているのはアイリスだし、アイリスの事を1番よく知っているのはリオンだった。
でも、それでも。
誰にでも優しくて、どこか抜けているリオンが何かの拍子に自分から離れていってしまうのではないかと不安だったのだ。
アイリスは、リオンとして振る舞っていた時のような声色、キリッとした瞳で冗談めかして言う。
「いいかい、これで君は私の物だ。これからもちゃんと私の言う事を聞くように」
敵わないなぁ、とリオンは思った。自分がどこか楽観的なところがあるのは分かっている。それを分かっていて、ありとあらゆる事を考えていてくれるアイリスは、幼い頃からリオンのお目付役で誰よりも大切な人だ。
不安にさせてしまっただろうか。それは申し訳ないな、と。僕の隣にいるのはいつだって、いつまでも君なのに。リオンは思った。
「分かったよ、僕の大切なアイリス。今までも、そしてこれからも、こんな僕をよろしく頼むよ」
その言葉を受けて、アイリスは顔を真っ赤にしながら、とても幸せそうにしながらニコリと笑った。
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