日常 part3
1限が始まる直前ぐらいに担任と前崎園江は椅子と机を運んで教室に入ってきた。
「えっと、前崎さんの席はどこにしましょうか。そうだなあ、一番窓側の列は一人少ないからそこの席にしましょうか。転校早々、一番前の席ってのもかわいそうだから一番後ろに座ってください。えっと、目は悪い方ですか?」
と、担任が尋ねると前崎園江は首を振る。
「それでは一番後ろに座ってください。えっと、窓側の子たちは一個前にずれてください。みんなありがとうね。じゃあ、そこに席を置くから、しばらくはそこが前崎さんの席ね。私のクラスはたまに席替えをするから嫌でもその時までは、我慢してくださいね。」
そう言って、担任と前崎園江は席を一番窓側の後ろに設置した。担任は他クラスで授業があるのでそのまま担当するクラスへ向かい、前崎園江は自らが設置した席にちょこんと座って1限の英語の授業へ待機していた。
1限の授業の担当の英語教師が5分遅れでクラスに入ると
「おくれてすまない、号令はいらん。このクラスには転校生はいるか?」
というと、前崎園江が肘をピンと張り無言で挙手する。「お前が転校生か?」と英語教師が尋ねると、無言で頷く。
「分かった。転校生がいるかもしれないと思って今日の授業の分のプリントを数枚刷ってきた。ほら、後ろ回して。他にも教科書忘れた奴いたら今の内言っとけよ?後で言われても渡さんからな。」
他のクラスにも転校生が居るということなので、教師も準備をしていたみたいである。
「じゃあ、授業始めるぞ。まずは前の授業の時に出した宿題の答え合わせからだ。いつも通りアトランダムに当ててくから準備しとけよ。」
宿題がある事を失念し、しかも運悪く教師に当てられてしまい解答に詰まってしまったのは言わなくても良い事だろう。
そして、英語の授業は早起きの甲斐あって50分間全て聞くことができた。英語は、特に文法の授業は教師が魔法詠唱をし始めるのでよく睡魔と戦うことになるのだが、今日はそんな強敵と戦うことはなく授業を終えることができた。授業の理解は、まあお察しの通りなのだが。
朝礼が終わった時に芹夏自身が私に言った「早紀ちゃんも協力してよね!」なんて言葉はどっか遠い彼方へ置いてきたらしく、1限が終わった後芹夏は一人で前崎園江の元へ話しかけに行っていた。他のクラスメイトも話しかけようとしていたのだが、スタートダッシュが一番早かったのは我が友、芹夏だったようだ。
私の席から会話している場面を観察してみると、友好関係を結ぼうとしている芹夏に対して一切表情を動かさずに一言だけ答える前崎園江。芹夏は作った笑顔のような表情は見せておらず、純粋に友人になりたいことを感じさせるような顔だった。
そんな芹夏に対して全く興味を持たない転校生は必要最低限の返答をしているようだった。というか、転校生は芹夏の方向に顔を向けてすらいなかった。転校生自身がS極で黒板がN極かのように黒板を見つめていた。一応初対面でも言葉のキャッチボールをしている訳だから、少しは芹夏の方向を見てやってもいいんじゃないかと思うのだが。
そんな感じが5分間ぐらい続いていると流石に陽気な芹夏でも表情をこわばらせていた。まあ、会話中にずっとそっぽ向かれてたらメンタル的に苦しいか。そうこうしている内に会話が終わったようで、芹夏は私の席に来た。会話が終わったのか、それとも会話が続かず終わらせたのかは不明だが。
「も〜。手伝ってって言ったじゃん!?」
はい?何を言ってるんだこいつは。あなたが「ささーっ」と席から立ち、すぐ談笑していたところにタイミングよく参入しろと?事前の打ち合わせもなしに?そりゃ無理って話だ。きっと高校三年間苦楽を共にした黄金バッテリーでも酷ってもんだろう。
芹夏は私の席の方を向き、人差し指を机にトントンしながら
「まあ、早紀ちゃんが来ても多分無駄だったからもう別にいいけど〜。私と話す気ゼロって感じ。多分早紀ちゃん参戦しても焼け石に水だよ。」
その使い方は絶対間違っていると断言してやってもいいが、こいつらが談笑していたかは判断し損ねる。談笑というよりは、まるで一方的に悪徳商品売り付けているセールスマンとそれを徹底的に無視している客みたいな絵面だったからだ。見ている分には面白いが、本人には堪えるものがあるのだろう。
「きっと私のことが何から何まで生理的に無理だったんだよ。そうじゃなきゃあんな態度にはならないよ。気にしない気にしない!早紀ちゃんが仲良くなれたらそのおこぼれで私も仲良くさせてね!」
そんなことを言って次の授業を準備するためにロッカーへ足を運んで行った。生理的に無理だと思われたと考えているのに、尚且つ話そうとするのか。そういうポジティブな考え方は真似するべきなのか?いや、しかしポジティブすぎやしないだろうか。
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