墓参り
千春は何事も無く病院を退院し、自宅へと戻って来た。
「はぁ~、疲れた。久々の実家って言うのは何でこうも安心感が違うのかね」
「何オジサン臭いこと言ってるの」
「せめて、オバサンにしてくれ。流石の私でもオジサンは傷つくわ」
千春はそう言いながら自分の肩を揉んでいる。そして、何かを思い出したかのように口を開いた。
「あっ、そう言えば行きたい場所があるんだけどさ、ちょっと付き合ってくれない?」
「行きたい場所とは一体どこでしょうか?」
美冬利がそう尋ねると千春は優しく微笑んで「母さんの墓参り」と答えた。
―――
――
―
四季宅から五キロメートルほど離れたところにある竹林まで皆はやって来た。
その場所はとても静かなところで風に吹かれた笹の葉の音が心地よい場所であった。墓までは一本道だったので迷うことは無かった。
竹やぶに囲まれた中に墓がポツンと佇んでいた。その墓石には四季家之墓と彫られている。
「久しぶりに来たな」
「まぁ、日々の忙しさにかまけて母さんの命日ぐらいにしかお墓参り行ってないからね」
夏樹は頬を掻きながら申し訳なさそうな顔をしている。
「私はちゃんと月命日とお母さんの誕生日にはお墓詣りに来てるよ~」
「はぁ? お利口さんかよ! 通りでお墓もちゃんと綺麗な訳だ」
「夏樹姉さんは何をそんなに感心しているのですか」
三人がそんなやり取りをしていると線香の匂いが漂ってきた。匂いの元を辿ると千春の手には火の点いた線香が複数本握られていた。それを皆に配っていく。それはもちろん楓にも渡された。
「あの、僕も線香をあげてもいいものなのでしょうか」
「何言ってんだ。いいに決まっているだろ。母さんも喜ぶぞ」
千春はニコニコ笑いながら楓の肩を叩いた。
「わ、分かりました」
それから、皆で線香を供え、墓の周りを掃除して、しばし話を始めた。
しばらくしてから千春が「帰るか」と言った。すると、その瞬間、不意に楓の耳元で声がした。
「へぇ、本当に雷鬼は君が殺したんだね」
背筋が凍りつくのが分かった。全身から嫌な汗が噴き出す。先程まで風で揺れていた笹の葉が不自然な程にピタリと止まった。まるでそれをここに連れてきたかのようだった。
楓は急いで声の主から距離を取った。そこにいたのはフードを目元まで深く被った人物が立っていた。
「なんで風鬼がここに…」
秋穂が震え声で呟く。声だけではなく全身が震えていた。
風鬼はフードを取り、右手を挙げた。
「やぁ、久しぶりだね。
ここに来たのは事実の確認だよ。本当にこんな奴に雷鬼が殺されたのか気になってね。だから今回は戦いに来たわけじゃないからさ。だから、変な気を起こさない方がいいよ。まぁ、最も君たちがその気ならボクも戦わざるを得ないけどもね」
雷鬼はそう言ってゆっくりと楓に近付いた。
「で、どうやって雷鬼を殺したの? 鬼人? それだけじゃないでしょ? 見せてよ」
楓は何も答えなかった。いや、答えられなかった。風鬼の放つ重圧に口が上手く動かすことが出来なかった。動かしてしまえば殺されてしまうのではないかと錯覚してしまう程の重圧だった。
「ねぇ、なんで黙ってんの? 難しい質問じゃないよね? さっさと喋らないと殺しちゃうかもよ?」
「ぼ、僕が雷鬼をやった」
その一言を絞り出すのがやっとだった。
「いや、だから、その方法を教えてよ。どうせ鬼人になって殺したんでしょ。それを見せてよ」
「鬼人にはなれるけど、雷鬼を倒した時の状態になれるかは分からない」
「なんで? じゃあさ、ここにいる誰かを殺せばなれる?」
風鬼は確かな殺気を放った。それにより緊張の糸が弾けた姉妹達は一斉に武鬼を取り出し構えた。
「やだなぁ、あくまでも例えただけでしょ。…と言うより、千春ちゃんだっけ? 君のご自慢の刀は? あれぇ? もしかして、雷鬼と戦ったせいで出せなくなっちゃったとか?」
風鬼は口角を上げ、小馬鹿にするように千春に尋ねる。千春は何も答えない。
「図星じゃん! ウケる。
じゃあ、君はもう戦えないただの一般人だよねぇ! 困るなぁ一般人がここにいちゃ迷惑でしょ。早く消えないと喰っちゃうぞぉ」
その言動にいち早く怒りを示したのは美冬利であった。
「千春姉さんを馬鹿にするなぁ!」
美冬利はそう叫ぶと弓を放った。だが、風鬼はそれをいとも容易く受け止めた。
「今、そっちから手を出したんだからね。ボクは今日戦うつもりはないと言ったのに」
風鬼はそう言って美冬利を睨みつけ、美冬利に歩み寄った。美冬利は恐怖のあまり尻餅をつき、その場から動くことが出来なかった。
「あのさぁ、ちょっとは抵抗する気概ぐらい見せてよ。初めからそんな姿を見せられたらボクが弱い者イジメをしているみたいじゃん」
歩み寄る風鬼の前に楓が割って入った。
「何?」
「美冬利さんは僕が守る」
「雷鬼を倒した時の力が出せないくせに出しゃばるなよ。ていうか、初めから君が実力を出せていれば無駄な犠牲を出さなくて済んだのに」
風鬼はそう言うと楓を突風で吹き飛ばした。
「恨むなら力の無い自分を恨みなよ。現実世界は守りたい気持ちで強くなれる程甘くない。
弱い者は繰り広げられる暴力、辱めの様々を受け入れなければならないんだよ。そう! まるであの日のボクみたいにね!」
風鬼はそう言うと美冬利を見下し、ニヤリと笑った。
「…さて、お喋りはお終いだ。あっちでお母さんに会えるといいね」
風鬼はそう言って右手を美冬利の前にかざした。向けられた手の平に凄まじい勢いで風が集まっていく。
「さぁ、終わりだよ。呆気ない人生だったね」
「させない」
再び二人の間に入った楓は風鬼の放った風の塊を弾き飛ばした。
「へぇ、やれば出来るじゃん。それが雷鬼を殺した右腕かぁ」
風鬼は追撃する素振りを見せず、異形になった楓の右腕を観察していた。
「まぁ、予想していたよりは実力があるみたいだけど、その程度ならボクの方が強いね。
じゃあ、気は済んだからボクは帰るよ」
風鬼はそう言って消えた。
姉たちは楓と美冬利の元へ駆け寄って来た。
「助かった。ありがとう楓」
千春はそう言って楓の頭を撫でた。
「い、いえ、僕が初めから力を使いこなせていればこうはなっていなかったので。自分の未熟さを痛感しました」
楓はそう言うと振り返って美冬利を見た。
「美冬利さん、怪我はない?」
「大丈夫です。助けていただいてありがとうございました」
美冬利は深々と頭を下げた。
「いや、そんなに頭を下げないでよ。僕のせいで美冬利さんに迷惑かけたんだから」
「それなら、帰って特訓をしましょう。私も実力不足を痛感しました。
そう言って皆は帰路についた。




