回想 其の五
それから、三日ほど経ち、刹那と永久は山の中で遊んでいた。
「もう、この山も遊び尽したよな。
なぁ、永久。今日は里に下りてみないか?」
「ダメだよ。お父さんとお母さんに叱られるよ」
「大丈夫だよ。ほんと、一瞬だけだから。覗くだけだし、人前に出るわけじゃない」
「…うーん、本当にちょっとだけだよ?」
「当たり前だろ! よし、それなら行くぞ!」
刹那はそう言って走り出した。永久もそれに続く。少し走り、二人は人が暮らしているところまで下りてきた。
二人は人目に付かぬよう物陰から辺りを見渡した。
「うわぁ、すげぇ。本当に人がいっぱいいる」
「ねぇ、もういいでしょ? もう帰ろうよ」
興奮している刹那とは対照的に永久は心配そうにそう言った。
「なんでだよ。せっかくここまで来たんだから、もう少しだけ見ようぜ」
「もう、本当に怒られちゃうよ」
二人がそんなやり取りをしていると、ふと後ろから声を掛けられた。
「おい、お前ら、そんなところで何をしてるんだ?」
心臓が跳ねるのが分かった。二人はゆっくりと振り返る。すると、そこには二人と同年代ぐらいの男の子が立っていた。
「え、えっと、別に何もしてない」
「変な奴。頭に角も生えてるし、なんだか鬼みたいだな」
「鬼、見たことあるの?」
「ないよ。
もう鬼はいないし、父ちゃんと母ちゃんの話で聞いたことがあるだけ」
「えっ、鬼いないの?」
「知らないのか?
なんとかっていう強い鬼がいたんだけど、おんみょうじ?ってやつに封印されちゃったんだ。
それで、他の鬼もみんな倒したから鬼はもういないよ」
「そ、そうなんだ。
それじゃ、私たちは家に帰るね。
ほら、刹那も行くよ」
「えー、もう帰っちゃうの?
せっかくだから遊ぼうよ。この辺の川は大きな魚が取れるんだ」
結局、その男の子に言われるがまま魚取りをしたり、かけっこをしたり、一頻り遊んでから別れた。
「それじゃ、また明日ねー!」
「おう! またな!」
「ほら、刹那、早く帰らないとお父さんとお母さんに叱られるって!」
二人は急いで家路に着いた。
「…遅かったな。
まさか、里に下りたわけじゃないだろうな?」
屍鬼は開口一番にそう言った。
「い、いや、まさか。里になんて下りてないよ」
「嘘をつくな。
私はお前たちより鼻が利くんだ。お前たちと同年代ぐらいの子の匂いがする」
その言葉に双子は生唾を飲み込んだ。
「…やはり、里に下りたか。
もはや、一刻の猶予も無いな。
お前たちはここから出て隠れておけ」
屍鬼はそう言うと家の奥にあった隠し通路から家を出るように指示した。
「ちょ、ちょっと、どういうことだよ!」
「いいから、黙って言うことを聞け!
…雪、後は頼んだぞ」
屍鬼がそう言うと雪は頷いた。
雪は脇目も振らずに双子の手を引いて走り出した。双子は黙ってそれに付いていく。しばらく走ると、森に出た。ふと、永久は父の事が気になり振り返った。
「あっ」
永久が見た光景は大勢の人が家に押し入り、屍鬼を連れ出すところだった。そして、屍鬼を連れ出した後、大勢の人は家に火を放った。見る見るうちに家は燃え盛る。その光景を三人はただ茫然と眺めていた。永久と刹那は自分の胸が誰かに刺されたような痛みを感じた。
「なぁ、母さん。俺達は何か悪い事したっけ?
ただ、里に下りただけだろ?」
「そうだよ!
お父さん、どうなっちゃうの?」
「…いい? よく聞くのよ。
あなた達は何も悪くない。悪いのはお父さんとお母さんなの。
それなのにあなた達にこんな思いをさせるのは心苦しいと思っている。これから、辛いことがたくさんある。だけど、決して人を恨んではいけない。それだけは守って」
雪は目に沢山の涙を浮かべ、そう言った。
次の日、屍鬼は里の人々の手によって殺された。刹那と永久はそのことを知る由もなく山を離れ、遠くの山に越していった。




