特訓開始
日付が変わり、午前三時三十分を過ぎた頃。自室で眠っていた楓は誰かに叩き起こされた。眠たい目を擦りながら叩き起こした人物を見ると、そこには秀春の姿があった。
「…お、おはようございます?」
「なーに、寝惚けているんだ。早く準備しろ」
秀春はそう言って楓の布団を剥ぎ取った。頭の整理が追いつかない楓は不思議そうに首を傾げた。
「おいおい、大丈夫か?
お前は今日から俺と一緒に修行をする約束だぞ?」
秀春にそう言われて楓は昨日の出来事をやっと思い出した。だけれども、まだ日が出ていない時間帯から始めなくていいのではないかと思った。
「まぁ、別に嫌ならしなくてもいいけど、そうするなら、俺は楓のことを鬼として退治しなくちゃなんねぇな」
秀春は脅すような口調で寝起きの楓に独り言のように呟いた。
この手口はテレビで見たことがある。強面の刑事が容疑者に自白を強要するシーンみたいだ。つまり、何が言いたいかと言うと、この状況ではイエスと口にするしか他がないというわけだ。
楓は渋々了承して運動の出来る格好に着替え、秀春と一緒に外に出た。
もう五月も半ばだが、はやり夜中は少し寒い。楓は薄着で来たことを少し後悔した。
「…あの、秀春さん。
修行って大体どんなことをするんですか?」
「まず、一週間は徹底的に基礎体力を鍛える。そして次の週はメンタルトレーニングと基礎体力。そしてその次の週は実戦訓練。最後の週はその仕上げだ。
あと、修行中は勉強のための一時間と飯以外は全部山で過ごしてもらうからな」
秀春は楓の方を見てニコリと笑った。その笑顔は千春によく似ていた。楓には言葉を返す気力は無かった。
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――
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家を出てから一時間。今回の修行場所へと到着した。それは、四鬼と戦ったあの山であった。
「よーし、準備運動も終わったし、そろそろランニングを始めるぞ」
秀春はそう言うが、ここは山の中でランニングが出来るような道はない。あるのは草木が生い茂った獣道しかない。開けた場所と言えば、四鬼との戦いで出来た草木も残らない場所ぐらいだ。両極端とはこのことなのかと楓は思った。
そんなことを考えていると、不意に秀春が話しかけてきた。
「そう言えばさ、楓は大体五分ぐらい鬼人になれるんだろ?
連続でなることはできるの?」
「…そういえば、試したみたことはないですね」
「じゃあ、今試してみてよ」
「えっ、今ですか?」
「うん、今だよ」
「わ、分かりました」
楓はそう言うと鬼人になった。
「よーし、じゃあ、そのまま鬼人が切れるまで待機なー
そんで、鬼人が解けたらすぐ鬼人になれよー」
秀春はそう言うと大きな欠伸をした。
それから何事も無く五分が経過し、楓の鬼人も限界が近付いてきた。
「秀春さん、そろそろ解けそうです」
「了解。じゃあ一旦、鬼人を解いて」
「…ふぅ」
鬼人化を解いた楓が一息つくと、秀春はパンと手を叩いた。
「はい! そのまま鬼人に!」
楓は再び鬼人になろうと試みたが上手くいかなかった。
「あ、あれ?」
「どうした?」
「い、いや、鬼人になれなくて…」
「そうか。
じゃあ、ちょっと休憩するか」
秀春はそう言うと、ここに座れと促すように自分の右横の地面をポンポンと叩いた。それに素直に従って楓が腰掛けると秀春は楓に話しかけた。
「ていうかさ、どうやって鬼人になるの?」
「この前の四鬼との戦いの時に、氷鬼が「絶望の中に希望の光を見出すことのできない奴は鬼人になれないよ」って言ったんです。
そして、美冬利さんが殺されそうになった時に「僕が戦わないと美冬利さんが死んじゃう」って思ったんです」
「そう思ったら鬼人になれたわけ?」
「…はい。次からその出来事を思い出すと鬼人になれるようになりました」
「ふーん、絶望の中にある希望ね。
氷鬼も鬼人なんだって? それなら氷鬼はどんな絶望の中にいて、どんな希望を見出したのだろうね」
「…そう言えば、秀春さんの武鬼ってどんなの何ですか?」
「ん? 俺の武鬼?
簡単に言えば肉体強化みたいな感じかな」
「肉体強化ですか?」
「そうだよ。
口で説明するより実践してみた方が早いかな。
でも、まだ鬼人になるには時間がかかりそうだから少し俺の話でもしようかな。
俺は昔は違う武鬼を使っていたんだ」
「武鬼って変えられるんですか?」
「まぁ、変えようと思えば変えられるけど、あまりオススメできないね。
千春から聞いたと思うけど、武鬼を繰り出すのに想像力と精神力が必要だろ? その形を作り出すイメージが出来ていて何回も使っていれば息をするように武鬼を繰り出せるが、それをゼロに戻すとなると大変だということだ。
まぁ、簡単に言えば、積み木を積み上げるのは手間がかかるが崩すのは一瞬。みたいな感じ?」
「…なんとなくは理解しました」
「それは良かった。
んで、話を戻すけど、俺は昔、刀の武鬼を使っていたんだ。千春と同じのやつね」
「そうだったんですね! でも、どうして変えちゃったんですか?」
「俺の父ちゃんが刀の武鬼を使っていたんだよ。
俺の父ちゃん、滅茶苦茶に強くてさ、俺がどう頑張っても勝てなかったんだ。だから、その憧れであった父ちゃんと同じ武鬼を使おうと思って、俺も刀型の武鬼を使っていたんだ。
俺も、もちろん強くなった。でもどうしても父ちゃんには追いつけなかった。その時、思ったのが、「あれ? これって父ちゃんの真似をしているだけじゃね?」だったんだ。そりゃ、真似をしているだけだったら、いくら本物に追いつけても追い越すことはできないよな。
そう思った俺は父ちゃんに相談した。そしたら、父ちゃんは笑って「お前もそう思ったか。やっぱり俺の子供だ」って言ったんだよ。聞いたら父ちゃんも昔、俺と同じような経験をして武鬼を変えたって言ってたっけ。懐かしいなぁ。
…よし、もうそろそろ鬼人になれるでしょ? 俺の武鬼見せるから鬼人になって俺と戦ってみよう}
「えっ? 戦うんですか?」
「俺の武鬼は目に見えるものじゃないから、戦ってみるのが一番だよ。ついでに今の楓の実力も測れるし一石二鳥じゃん」
秀春はそう言うと急かすような目で楓を見た。楓は渋々鬼人になると秀春はかかってこいと言わんばかりに人差し指で楓を挑発した。
「時間が惜しい。
楓、手加減無しで殴っていいぞ」
楓は、この人マゾ気質なのかな、と思いながらも、言われた通り手加減無しで殴った。しかし、攻撃は秀春に止められた。楓を挑発した人差し指一本で。
秀春は余裕の笑みを浮かべている。それに少しばかり苛立ちを覚えた楓は絶え間なく攻撃を浴びせた。だが、その攻撃全てを人差し指のみで受け止めた。そして、楓に隙が出来た瞬間、楓の額を軽く小突いた。
楓は余りの痛さに、その場に蹲った。
「い、いってぇ…」
「大丈夫か? だいぶ力は抑えたつもりなんだけど」
「こ、これが秀春さんの武鬼ですか?」
楓はまだ痛む額を押さえながら秀春に尋ねた。
「そうだよ。
俺の武鬼は千春たちみたいに鬼を具現化するんじゃなくて、自分の体に纏わせているんだ。
そのお陰で反射神経、動体視力、その他諸々の身体能力が飛躍的にアップする。
俺も最初の頃は楓みたいに五分ぐらいしかなっていられなかったけど、特訓を重ねて、四日間は武鬼を解くことなく戦い続けられるようになった。
だから、楓も特訓すれば鬼人の時間を延ばせられるようになるとは思わないかい?」
「僕も延ばせると思います!」
「よっしゃ! じゃあ、特訓すっか!
いや、その前に少し休憩しよう」
秀春はそう言って笑った。




