家族一武道大会
秀春の合図と共に夏樹が攻撃を仕掛けた。一気に勝負を決めようとした夏樹は身長差を生かしたリーチで美冬利の頭部に目掛け容赦なく蹴りを放った。しかし、その攻撃を読んでいた美冬利は、その蹴りをしゃがんで避けた。そして、そのまま夏樹の軸足を払った。
バランスを崩し尻餅をついた夏樹に美冬利はすかさず追撃を仕掛けるが、今度は夏樹に足払いを食らい倒れた。
お互い素早く立ち上がり、睨み合った。
「いやー、本当に強くなってるわ。完全に予想外だったわ。
こりゃ、夏樹お姉ちゃんも本気出さないとね」
そう言った直後、勝負はついた。ほんの一瞬の出来事であった。気が付いた時には美冬利は場外に立っていた。
余りにも一瞬の出来事で美冬利は自分の身に起こったことが理解できていない様子であった。
「勝者、夏樹」
秀春が結果を告げると美冬利は我に返った。
「…嘘、何が起きたの?」
「いやー、可愛い妹を傷つけないように場外に出すのは大変だったんだよ?
千春姉さん程じゃないけどさ、私もある程度、素早く動けるようになったんだ。つい最近だけどね。
それを秘密兵器として取っておきたかったんだけど、美冬利も成長して驚いたからさ、私も秘密兵器を使わざる得なくなったというわけ」
そう言うと夏樹は悪戯な笑みを見せた。それを見た美冬利は頬を膨らませている。
「まぁ、まだ終わったわけじゃないから、次、勝てばいいじゃねぇか」
秀春はそう言って美冬利の頭をポンポンと叩いた。
「さてと、次は俺と千春かぁ。ちゃんと手加減してくれよー」
「それはどうかな?
逆に父さんこそ、手加減してよ。嫁入り前の体に傷がついたらどうすんの?」
「そん時は秋寺に治してもらうかな。
大体、嫁入り前って、お前彼氏いるのか?」
「う、うるさい! 早く始めるぞ!」
「変な奴だなぁ。
まぁ、いいか。夏樹、審判頼むぞ」
夏樹が両者の間に立つ。先程の戦いとは違い、途轍もなく静かだ。殺気も闘気も何も感じられない。凪の状態であるのだが、息をするのが辛い。
少しの沈黙の後、夏樹が開始の合図を出した。
その時、楓は瞬きをした。何の変哲もない、ただの瞬き。楓が次に両者を見た時には、両者の位置が入れ替わっており、千春が膝をついていた。
「いってぇ…!
流石、父さん、容赦ねぇな」
「いやー、俺も焦ったよ。こんなに強くなっているとは思わなかったなぁ。父さんは娘の成長が見れたのが嬉しくて涙が出そうだ。
でも、まだまだそんなレベルじゃ、俺に一撃も食らわせられないな」
お互い不敵な笑みを浮かべている。
そんな二人を尻目に楓は横にいる美冬利に話しかけた。
「ね、ねぇ、今何があったの?」
「す、すみません、私にも分からないです」
美冬利は楓を見ることなく答えた。その横顔はこの戦いに少しばかり恐怖を感じているように見えた。
「なぁ、父さん、一つ提案があるんだけど」
「ん? どうした?」
「私も父さんがいない間は四季家の名に恥じぬように己に厳しく毎日修行していたつもりだった。
そして、父さんが帰ってきて、こんな形だけど父さんと手合わせすることになった時、「父さんに勝てるんじゃないか」と思った自分がいたんだけど、実際まだまだ力不足だってことに気付いた」
「それで? 何が言いたいんだ?」
「だからさ、あそこにある木刀使っていい?」
千春はそう言って秀春の後方にある木刀を指差した。秀春は木刀をチラッと見て頭を掻き、考える素振りを見せた。
「つまり、木刀を持てば勝てるとでも?」
「やってみる価値はあるかなと思ってる」
「…うーん、しょうがない。今回だけだぞ」
千春は「やった」と小さく呟き、秋穂に木刀を取ってくれるようにお願いした。
木刀を握った千春は切っ先を秀春に向けるようにして構えた。その目つきは先程とは明らかに違う目をしていた。
両者とも動く気配はない。そのまま約一分が経過した。先に動いたのは秀春だった。
一気に間合いを詰める。そして完全に千春の間合いに入った。千春はその瞬間を逃すことなく木刀を振った。
「残念、そこはまだお前の間合いじゃないよ。焦りが出たな」
寸のところで木刀を躱した秀春は、千春の攻撃の隙を突いて千春から木刀を奪った。
もちろん、それは一瞬の出来事だったので夏樹を始め、観覧していた他の皆にはいつの間にか木刀を握っている秀春の姿が見えただけだった。
「ふっ、はは、あははははっ、参った。降参だ」
秀春は、まだ物足りなさそうな顔をしているが、降参と口に出されては仕方がないといった顔をした。
―――
――
―
「よし、両者準備はいいか?」
秀春にそう尋ねられ、秋穂は頷いた。
「ちょ、ちょっと、待ってください。ま、まだ心の準備が」
「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ~
ただ、楓君は鬼人になるんだから、少しは手加減してね」
「おい! 楓! 手加減なんて無用だぞ! 遠慮なく叩きのめせ!」
「ちょ、ちょっと! 千春姉さんは黙ってて!」
「まぁまぁ、二人とも落ち着け。
楓も準備できたら教えろよ」
秀春にそう言われた楓は一つ深呼吸をした。
「…大丈夫です」
「よーし、それじゃ、始め!」
開始の合図と共に楓は鬼人になった。そして、そのまま間合いを詰めた。激しい連撃を秋穂に浴びせるが一つとして秋穂に攻撃は当たることは無い。楓の体力だけが奪われていく。そして、とうとう体力の限界を迎え、鬼人化が切れてしまった。
「ダメだよ~、そんな女の子に乱暴しようなんて。ちゃんと手加減してねって言ったじゃん。
今度はもっと攻撃が読まれないようにしないとね」
秋穂はそう言うと軽々と楓を持ち上げ、場外へと運んだ。
これで全ての予選が終わった。トーナメントも滞りなく進み、優勝は秀春、最下位は楓と言う結果になった。
「よーし、じゃあ、約束通り俺のいうことを聞いてもらおうか」
楓は生唾を飲み込んだ。
「一つ質問だが、楓は鬼人にどれぐらいの時間なっていられるんだ?」
「…えっとー、大体、五分ぐらいです」
「そうか。
………よし、決まった!
楓は明日から一ヵ月学校を休んで俺と特訓だ!」
「えっ、でも、学生の本分は…」
「大丈夫! 心配するな。勉強は千春と秋穂が見てくれるから!
じゃあ、美冬利は明日、校長にそう言って手続きをしといてくれ」
美冬利は「分かりました」と言うと特訓場を後にした。
「腹が減ったから飯でも食うか」
「さんせ~、私もお腹ペコペコだよ~」
「げっ、今日の当番、私じゃん!
ねぇ、お願い! 今日の当番変わって!」
「絶対嫌だよ。夏樹姉さんはいつもそうやって押し付けて、私がお願いした時は変わってくれないもん」
「じゃ、じゃあ、せめて手伝って!」
夏樹は両手を合わせて懇願した。必死に頼み込む夏樹に根負けした秋穂は駅前のケーキ屋さんでケーキを買ってもらうのを条件に手伝うことを決めた。
四季家は今日も平和である。




