父
同日、午後四時頃。学校が終わり、美冬利と楓は学校から帰路についていた。
「四郎園さん、あれから調子はどうですか?」
あれからというのは四鬼との戦いのことだ。楓は少し考えてから「特に変わった感じはないけど」と返した。
「そうですか。
力のコントロールはどうですか?」
「…うーん、氷鬼があの時言っていたように絶望から一筋の希望を見出すって言うのが難しくて。
十回、鬼人になろうとして、一回成功すればいい方かな」
「…そうですか」
美冬利はあの日以来、あまり元気が無い。目標にしていた親の仇である氷鬼を目の前にして、圧倒的な力の差を見せつけられたのが相当ショックだったみたいだ。
姉達の前では何ともないように振る舞ってはいるが、時折、楓の前で見せる寂し気な表情が楓はとても気になっていた。しかし、なんと声を掛けていいのか分からない。下手に励まして彼女のプライドを傷つけてしまう可能性がある。
何とも言えない空気が漂いながらお互い無口のまま家にたどり着いた。
「ただいま」と言って玄関を開けた美冬利は玄関にある靴を見て動きを止めた。
「どうしたの?」
そう問いかけた楓に対してあまり良くない顔色を示しながら美冬利はため息をついた。
「四郎園さん、とりあえず覚悟を決めてください」
急にそう言われた楓は「へ?」と間の抜けた言葉を口にした。
「いいから、早く!!」
凄い剣幕で美冬利は怒鳴った。まるで四鬼との戦いの時のようだった。
訳が分からないまま、何に覚悟を決めていいのか分からないが、何かしらの覚悟を決めた楓はファイティングポーズを取った。すると、楓がポーズを取ったのと同時に廊下の奥から三十代後半から四十代前半といったところの男が現れた。
「おー、美冬利。帰ったか。
って、その横にいる男は誰だ?」
その男は楓の姿を見るなり身構えた。
「お父さんも帰られていたのですね。半年ぶりですか?
えー、あの、こちらは四郎園楓さんと言いまして、私のクラスメートです。って、四郎園さん、何ファイティングポーズを取っているんですか!?」
「へ? だって、美冬利さんが覚悟を決めてとか言うから…」
「…そういう意味じゃないですよ」
そんなショートコントみたいなやり取りをしているとお父さんと呼ばれた男が口を開いた。
「それで、その四郎園君はどうして、美冬利と一緒に帰って来た訳?」
「四郎園さんは鬼人なんです。
始業式に出会って、紆余曲折ありまして。
先日、四鬼との戦闘の際に漸く力が少しコントロール出来るようになったという感じですかね」
「…なるほど、鬼人ねぇ。
まぁ、立ち話もなんだから上がりなよ」
そう言ってお父さんは二人に近付いた。三十センチほどの距離に近付くと美冬利と楓は少し顔を背けた。お酒の臭いを漂わせていたからだ。
「もう、お父さん。お酒臭過ぎです。
一体、何時からどれだけ飲んでいるんですか」
「うーん、俺が家に着いたのが二時ぐらいで、その時には千春がもう家にいて、千春は既に飲んでいて、一緒に飲み始めたから二時間ちょっとぐらいだな。そんなに飲んでない」
お父さんはそう言っているが廊下から歩いてきた時には既に千鳥足であった。
そんなやり取りをしていると奥から秋穂が現れた。
「やっと帰って来た~
この二人を介抱するの、ちょー面倒臭かったんだからね。「つまみ作れ」だとか「酒持って来い」とかさー。私は居酒屋の店員かってーの。
疲れたから後はよろしく~」
秋穂はそう言うと二階に消えていった。美冬利はため息をついて嫌そうな顔をしながら、自分の父に肩を貸してリビングへと連れて行った。楓はその後に続いて歩く。
リビングに入ると顔を真っ赤にしている千春の姿があった。美冬利は再びため息をつく。
「おっ? 秋穂が美冬利に見えるぞ? 飲み過ぎたか?」
「はぁ~、千春姉さん。私は秋穂姉さんじゃなくて美冬利です」
「そうか、そうか。美冬利だったか。
どっちだっていいけどさ、冷蔵庫にあるビールと適当につまみを持ってきてくれ~」
「お父さんも千春姉さんもいい加減にしてください! お酒を飲むのは勝手ですけど、私は召使いではありません!
そんなにお酒を飲みたいなら自分で取りに行ってください!」
美冬利が一喝すると二人は驚いた表情を見せた。その後すぐに父は手を叩いて笑った。
「はっはっはー、そういう所、母さんに似てきたなぁ。
昔、母さんにそんな風に怒られたっけなぁ。
よし、気合いを入れるか!」
父はそう言うと自分の頬を叩いた。さっきまで人に肩を借りながら歩いていたのが嘘かのような確かな足取りでリビングを出た。
「お父さん? どこへ行くんですか?」
「んー? 便所だよ、便所」
「じゃあ私は顔を洗ってくるわ」
千春も父の後に続くようにして、リビングを出た。残されたのは美冬利と楓。そして、酷い有り様のテーブルだった。




