覚醒
「どう? 鬼になれた気分は」
「最低だよ。
今にもゲロ吐きそうさ」
「そう? そうは見えないけど。
私を殺したくて仕方ない目をしているわね。もう楓君は立派な鬼よ」
「僕は違う。お前らみたいな悪い鬼にはならない」
「あら、私は鬼が悪いとは思わないわ。
確かに、楓君みたいな普通の人間からすれば、私みたいな鬼は悪い鬼に見えるかもしれないけど、人間の方がよっぽど悪だわ。
知らないでしょ? 人が何の悪意もなく人を殺していることを」
「けど、お前らは人を喰った。何の罪もない人を」
「雷鬼たちはね。私は一人も食べていないわ。
まぁ、沢山殺してきたけどね。けど、あなた達も同じよ。私たち鬼をいっぱい殺しているから。
さぁ、お話はこの辺にしておいて、殺し合いでもしましょう」
氷鬼はそう言うと楓との距離を一瞬で詰めた。楓が一瞬怯んだ隙に顔面に強烈な一撃を食らわせた。
「かっ、はっ…」
「もうお終い?」
「そんなわけないでしょ。これからだよ」
楓はそう言って立ち上がり反撃を仕掛けた。しかし、氷鬼は楓の攻撃を軽々と避ける。
「はぁ、やっぱり期待外れね。
その程度の力で私に勝てると思うの?」
「思わねぇよ。
でも、勝てないからって挑まなくていい理由にはなんねぇだろ」
「あら、カッコいいセリフを一丁前に吐くじゃない。
もっと楽しませてね」
氷鬼はクスリと笑うと楓に数十個の氷の礫を投げつけた。楓はそれを躱しつつ氷鬼に近付き、右こめかみに向かって拳を放つ。しかし、余りにも分かりやすい攻撃だったため、いとも簡単に攻撃は防がれた。
楓は氷鬼との距離を取ったが、氷鬼はそれを許さず、距離を詰め、氷鬼の手から現れた氷柱で楓を刺そうとした。寸前のところで氷柱は躱せたが、少し掠ったため楓の額から少しばかりの血が滴った。
「さっきの発言、撤回させてもらうわ。
思っていたよりやるじゃない。でも、まだ力をセーブしているわね」
「セーブ? 全力のつもりだけど」
「人というものは全力を出しているつもりでも、その力を無意識に制御しているものなのよ。
だって、そうしないと体が持たないもの。
それじゃ、リミッターを外す方法は知ってる?」
楓は首を横に振った。
「簡単なことよ。全てを捨てるの。
楓君になら出来るはずよ」
氷鬼はそう言うとニコリと笑った。