千春vs雷鬼
四鬼との決戦前、姉妹と楓は集まって話をした。
「はぁ、緊張してきたな」
千春はそう言ってニコリと笑った。皆の緊張をほぐすような笑顔だった。しかし、皆の表情は固いままだった。千春は話を続ける。
「…はっきり言って勝ち目はない。だが、楓を譲る気も無い。でも作戦も無い。わがままな状態というわけだ。
一番優先するのは命にしよう。「参った」と言えば命までは取らないと言った。鬼は卑怯だが、四鬼は違う。根本的に私たちの命など微塵も興味が無い。だからと言って、最初から逃げ腰は四季家の名に恥じる。やれるだけやってみてダメなら、自分の実力はそこまでだったというわけだ。甘んじて受け入れろ。
そして、楓には申し訳ないが、四鬼に連れていかれる可能性が大きい。むしろ連れていかれない方がおかしいぐらいのレベルだ。恥ずかしい話だけどな。だが、信じてくれ。もし、そうなった時は必ずそのうちに、どんな手を使ってでも楓を助け出す。だから、私たちを信頼してくれないか?」
千春は楓の肩を掴み真剣な眼差しで訴えた。肩を掴んで手は少し震えている。残りの姉妹も楓の顔を見る。皆、覚悟を決めた。顔をしている。その顔を見て楓は力強く頷いた。姉妹全員はニコリと笑った。そして、戦地へと足を運んだ。
四人はそれぞれ少し離れたところにいる四鬼の前へと立った。緊張感が漂う姉妹とは違い、四鬼は余裕の態度を示している。
「それじゃ、始めましょう。
合図はどうせ――
氷鬼がそう言うと、その言葉に被せるようにして、眩い閃光と耳を劈くような爆音が周囲に響き渡った。
「はぁ~、雷鬼はせっかちさんね。まぁ、これが戦いの合図ね。…まず、一人死んだけど」
氷鬼はさほど興味が無さそうに呟き、眼前に立っている美冬利を見た。
――
―
「戦いは先手必勝っていうやん? というわけで一丁あがりというわけや。文句はあの世で言ってくれよ。
………おいおい、嘘だろ。あの攻撃を避けたのか? …ちっとは骨がありそうじゃねぇか」
雷鬼はそう言って舌なめずりをした。土煙が晴れ、雷鬼の眼前には何事も無かったかのように千春が立っていた。
「まぁ、実をいうとそれも想定内よ。戦いは常に先の先を読んでいる奴が勝てるように出来ている。
今の攻撃は言うならば虚仮威しよ。だが、お前の目と耳はしばらく使えまい。そして、何も見えていないお前の周りを囲んでいるのは『電電太鼓』。その無数の太古から繰り出される無限の雷がお前を焼き焦がす。
いい声で鳴いてくれよ」
雷鬼はそう言って指をパチンと鳴らした。すると、それを皮切りに四方八方から千春にまるで雨のように雷が降り注いだ。
数十分に渡り降り注いだ雷は止み、静寂が訪れた。座っていた雷鬼は面倒臭そうに立ち上がり、土埃が収まるのを待った。徐々に晴れていく土煙。そして、完全に収まった時、雷鬼は自分の目を疑った。そこには無傷と言ってもいいほどの千春が立っていた。
「…ふっ、もう雷の雨は終わりか?
それなら、こっちも反撃といくから、覚悟しろよ」
「ほざけ。爆音と閃光を食らって、耳も目も使えぬお前に何が出来る。この言葉も聞こえていないくせに、お前に何が出来ると言うんだ?」
雷鬼はそう言った直後、腹部に痛みを感じた。そして膝を付く。雷鬼は自分の腹部を見ると血が滲んでいた。
「…てめぇ、この野郎…」
次第に時が経ち、視力と聴力が戻った千春は目を開けた。うっすらと霞む視界が徐々にクリアになると、そこには膝を付いている雷鬼の姿が映った。
「へっ、ざまぁ見やがれ」
「…ぶっ殺す」
雷鬼はそう言うと力強く立ち上がった。先程まで血が滴っていた腹部も、もう傷が治ったようだ。
「さすが、四鬼。普通の鬼ならさっき攻撃で死んでいるんだけど、そうもいかないよな」
千春はそう呟き、構える。それと同時に体に雷を纏った雷鬼が突っ込んできた。僅差で千春の方が攻撃態勢に入るのが早く、千春の攻撃領域に入って来た雷鬼にさっきのお返しと言わんばかりの斬撃を浴びせた。
二人は交差してお互い背中を向けたまま動かない。少しの静寂が訪れた後、膝を付いたのは千春の方だった。
「よく、人の身でそこまで鍛え上げられたものだ。感心するお。俺も敬意を持って全身全霊でお前の相手をする。
…ところで、お前の名前は何て言ったっけ?」
「四季 千春」
「千春か。覚えておく」
そう言って雷鬼は攻撃を仕掛けた。それは初めに見せた雷や電電太鼓と文字通りの桁違い。完全に躱すことは不可能であった。辛うじてクリーンヒットは避けたが、足を撃たれ、機動力を奪われた。
そんな中千春はとうとう最後の切り札を使おうとした。その時、周りの気温が急激に下がっていくのが分かった。すると、雷鬼は視線を千春から外し、その視線の方へと飛んでいった。
一人残された千春は雷鬼を追うことはなく、その場にへたり込んだ。