表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四季さん家の鬼退治  作者: ぞのすけ
23/91

対峙

 日が傾きだした夕方、四季家の特訓部屋では千春が己の武鬼である刀を握って立っていた。そこに秋穂がニンジンを三本投げ込んだ。千春は微動だにすることなく、その場に立ち尽くしている。

 楓はその光景を座ってボーっと眺めていたが、次の瞬間驚き思わず立ち上がった。

 その光景というのは千春に投げられた三本のニンジンが一本残らず微塵切りになり、千春に届く前に床に置かれたボウルの中に落ちたのだ。その光景は廃工場で見た鬼をバラバラにした時よりも美しかった。

 何が起きたのか分からない楓は隣に座っていた美冬利に説明を求めた。美冬利は自慢げに説明を始めた。

 「あの技は千春姉さんの得意技なんです。刀を一瞬で抜刀し、目にも止まらぬ速度で全てのニンジンを切り刻み、再び鞘に刀を収めます。この時の刀の速度は人間の目では視認できない程の速さです。

 一度鬼を切り刻めば血飛沫が美しく宙を舞います。この技を千春姉さんは『桜吹雪』と呼んでいます。

 桜吹雪の凄いところはそれだけじゃないんですよ。桜吹雪はどんな態勢からも繰り出すことが出来ます。例えば鬼が殴りかかってきたとしても、それを躱しながら桜吹雪を繰り出すことが出来ます。いわゆる、カウンター技です」

 「それじゃ、見えないところから攻撃されたらどうするの?」

 「よくぞ聞いてくれました! それに関して何ですが、千春姉さんが桜吹雪の構えをすると千春姉さんの半径二メートル、高さ三メートルの間に千春姉さんの領域が出来るのです。その領域に入ったものは、どこから何が飛んでくるというのまで分かるんですよ!」」

 こんなに興奮している美冬利を見るのは初めてで楓は困惑した。

 「じゃ、じゃあ、死角が無いのは分かったけど、流石に後ろから銃で撃たれたらどうするの? いくら、どこから何が飛んできたのは分かるとは言えど、銃弾の速さが背中から飛んで来たら二メートル程度じゃ躱すことはできないと思うんだけど」

 「四郎園さん、千春姉さんのこと()めてます? あの鉄の塊である刀を人間の視認不可能な速度で振り回すのですよ? 銃弾を躱すことなど千春姉さんは二メートルもあれば赤子の手を捻るより簡単なことなんですよ」

 美冬利は少し怒った様子で言ってきた。今日は何だか喜怒哀楽の喜怒が激しい日らしい。

 「それじゃあ、攻撃を躱すことが出来ても反撃は出来ないんじゃない?」

 「できますよ!

 千春姉さんの技の中には刀を凄い勢いで振ると斬撃を飛ばす技があるのです。それで離れた敵に攻撃するんです。

 それも桜吹雪と一緒で一瞬で抜刀し、鞘に納めるので敵には何が起きたのか分からないと思いますよ」

 「なるほど…

 それじゃ、刀を抜いた状態の技とかあるの?」

 「それが、私は見たことないんです。私が小学生になった時には既に桜吹雪を使っていましたから」

 「へー、一度は見てみたいね」

 二人がそんな話をしていると特訓?を終えた千春が汗を拭きながら二人(主に美冬)に話しかけてきた。

 「おーい、美冬利。無駄話が終わったんなら一緒に特訓するぞ」

 「ぐ、具体的には何をするんですか?」

 「そうだな…、感覚も戻ってきたことだし、組手がいいな」

 千春がそう言うと美冬利の顔から血の気が引いていった。

 「ほら、どうした。早くしろ」

 真っ青になっている美冬利を千春は急かした。それから、日が落ちるまで組手は続いた。戦績は八十戦八十勝で千春が勝利を収めた。

 「ふぃ~、疲れたぁ。

 よし、そろそろ飯にするか」

 千春はそう言うと肩をグルグルと回しながら部屋を出ていった。夏樹と秋穂もそれに続いて出ていった。部屋に残されたのは楓とボロボロになった美冬利だった。

 「あ、あの~、大丈夫?」

 「四郎園さんの目には大丈夫そうに見えます?」

 美冬利はヨロヨロと立ち上がりながら言った。その姿を見るととても大丈夫そうには見えない。

 「とても大丈夫そうには見えない」

 楓は自分の思っていることをありのままに伝えた。

 「そう思っているなら私が立ち上がる時に手を差し伸べたらどうですか?

 …ほんと、あの人は手加減というものを知りませんよね」

 美冬利はそう言いながらズボンの埃を払った。美冬利の言うあの人とは千春のことだろう。まぁ、確かに手加減は無かった。勝てないと分かっていた美冬利を容赦なく投げ飛ばす姿は見ている楓も体が痛くなる程だった。

 「…あんな怪物に勝てるわけないじゃん…。だいたい―

 美冬利は楓の目を気にすることなくブツブツと独り言を呟いていた。そしてそのまま独り言を呟きながら部屋を出ていった。楓も後を続くようにして部屋を出た。

 それからの夕食は今まで以上に険悪な雰囲気が漂っていた。理由は言うまでもなく先程の組手が原因である。皆、無言で箸を進めていく。そしてあっという間に晩ご飯の時間は終わった。そしてその雰囲気のまま皆、リビングでアイスを食べたりテレビを見ている。四季家のいつもの光景らしい。初めて見た時、楓はとても戸惑った。普通、そういう雰囲気になったときは自分の部屋に閉じこもったりするのでは? と思いながらも楓も同じようにしてくつろいでいた。

 そうやって暇を潰していると家のチャイムが鳴った。

 「なんだ。こんな時間に」

 千春がそう言うので、皆時計に目をやった。時刻は午後十時を指している。ため息をつきながら千春は立ち上がりインターホンを見た。しかし、誰の姿も映っていない。

 「なんだ。イタズラかよ」

 千春はそう言って踵を返し、元の場所に戻ろうとするとまたチャイムが鳴った。再びインターホンを見るが、やはり誰の姿も映っていない。

 「誰だ」

 インターホン越しに話しかけるが返事は無い。しかしチャイムはなり続けるといった怪奇現象だけは続いている。

 呆れた千春は元いた場所に戻ろうとしたが、急に険しい目つきになり玄関がある方向を睨んだ。千春だけではない。他の姉妹も玄関の方を睨んでいる。楓もただならぬ気配を感じた。

 「こりゃ、ちょっとやばいかもね」

 夏樹は額に汗を滲ませながら言った。千春たちは無言で頷いた。それから、重い足取りで玄関に向かい、戸を開け、門を開くとそこには性別、大小様々な四人組が立っていた。

 二メートルほどありそうな身長に筋肉隆々な男。それから、成人男性の平均身長程で甚平を着て草履を履いている細身の男。その男よりも二十センチメートルほど身長が低く、季節外れのマフラーを撒いた男か女か分からない人物。

 そして、息を呑む程美しい顔をした女。氷のような冷たい目、色白の肌に対照的な赤い口紅が印象的な女の四人組だ。

 「おいおい、四鬼がお出ましとは穏やかじゃないね。一体、何しに来たんだ?」

 楓は千春の言葉に驚いて目を見開いた。その千春の問いかけに真っ赤な口紅の女が口を開いた。

 「いや、別に大した用事はないのよ。ただ顔を見に来て、お話をしたかっただけ」

 「…それで、どんなお話をしにきたわけ?」

 千春は今にも重圧で押しつぶされてしまうのではないかといった様子だ。他の妹たちに関しては呼吸することさえままならない様子だ。無論、楓もそうだ。

 「四郎園楓君ってどの子?」

 女の口から発せられた言葉に一同驚いた。

 「なんで氷鬼が楓のことを知っているんだ?」

 氷鬼と呼ばれた女は四季家の人間より驚いた表情を見せた。

 「あら、私のことを知っているの?

 もしかして、私って有名人?」

 氷鬼の言葉を聞いて楓の隣にいた美冬利は歯ぎしりをした。

 「…なんで。

 なんで、こんな奴に…!

 なんでこんな奴にお母さんが殺されなくちゃいけないんだあああああぁぁ!!!」

 美冬利は大きな声で叫んだ。そして美冬利は少し距離を取り、武鬼を構え矢を放った。

 氷鬼はその攻撃を軽々しく躱し、何かを思い出そうとしていた。そして、手を叩いた。

 「あぁ、思い出した。そのムカつく目。あの時殺した女にそっくりだわ。

 そう、確かこんな顔だったかしら」

 氷鬼はそう言うと自分の右手を自分の顔の左端に置いた。そして、その右手をスライドした。すると、氷鬼の顔がどこか優しい女性の顔に早変わりした。

 その顔を見た姉妹は皆、時が止まったかのように動きを止めた。

 「お、お母さん…」

 夏樹はそう言って膝から崩れ落ちた。千春と秋穂は目を逸らす。美冬利は憎悪の籠った目で氷鬼を見つめていた。

 「…お前、お前は一体、どれだけ私たちのことを侮辱すれば気が済むんだ!!!」

 美冬利はそう言って弓を構える。弦がはち切れそうな程引き絞り、矢を放った。その矢は氷鬼に到達する前には電柱程の太さになっていた。氷鬼は驚いた表情でその場から動けずに立ち尽くしていた。

 「う、嘘でしょ。こんなことって、こんなことってえええぇ!!

 …なーんちゃって」

 氷鬼はそう言って矢が当たる寸前で矢に向けてふぅと息を吹きかけた。息を吹きかけられた矢は翻し美冬利へ向かって飛んでいった。美冬利へ向かってきた矢は凄まじいスピードで美冬利の頬を掠めて遥か上空へと飛んでいった。美冬利の頬からは血が垂れている。

 「…わ、私の最大の技が…」

 美冬利はその場にへたり込み虚ろな目をしながら呟いた。

 「あら、ごめんなさいね。そんな可愛らしいお顔に傷をつけてしまって。

 でも、そちらから仕掛けてきたから正当防衛よね?」

 氷鬼は自分の顔を元に戻し、嘲るように言った。そしてそのまま話を続ける。

 「それに最初に言ったけど、私たちはお話に来たのよ。

 戦うつもりなんてこれっぽっちもないわ。次元が違いすぎて相手にならないもの。

 うーん、そうね…。この中で私たちの相手を出来そうなのは、そこのお嬢さんだけかしらね」

 氷鬼はそう言って千春を指差した。そう言われた千春の額からは汗が溢れ出ていた。

 「それでも、戦いたいというのならば相手してあげてもいいわよ。どうかしら?」

 「氷鬼の言う通り、まだ私たちでは敵いそうにないな。出来ればここは穏便に済ませたい」

 千春は振り絞るような声で氷鬼に言った。

 「そう、賢いわね。

 それじゃ、本題に戻るけど四郎園楓はどの子?」

 「あ、あの、僕です」

 氷鬼の質問に楓は手を挙げて答えた。

 「あら、君が四郎園君なのね。

 とても強そうには見えないけど、この前はどうやってうちの鬼を殺したのかしら?」

 「そ、それは僕も正直覚えていなくて…」

 「もしかして、誤魔化そうとしている?」

 「い、いえ! そんなつもりじゃなくて…

 僕の中には鬼がいるんですけど、その鬼が出てこなくて、えっと、それで、その…」

 「へぇ、あなた、もしかして『鬼人』ってやつなの?」

 鬼人という単語に逸早く反応を示したのは千春だった。

 「何故、氷鬼が鬼人を知っている」

 「うふふ、知っているも何も、私もその『鬼人』よ?」

 「どういうことだ!」

 「私のことなんてどうでもいいじゃない。

 四郎園君の存在も分かったことだし、今回の目的を話すわ」

 氷鬼はそう言って千春たちを嘗め回すように見た。千春を始め、姉妹達はその視線を受けて生唾を飲み込む。

 「四郎園君を私たちにくれないかしら?」

 少しの静寂の後に氷鬼は静かにそう言った。

 「嫌だと言ったら?」

 「力尽くでも奪うわ」

 氷鬼の返答に千春の刀を握る力が一層強まる。それから一分ほどの静けさが訪れる。時間が過ぎれば過ぎる程、呼吸をするのが辛くなってくるのを感じる。動いていないのに体中から汗が滴り出る。

 「…はぁ、そちらさんは四郎園君を譲る気はないみたいね。

 それじゃ、実力行使で奪い取るとしましょう」

 氷鬼がそう言うと後ろでずっと待機していた残りの鬼が各々準備を始めた。

 「結局、こうなるんかい。それなら最初から奪い取れば良かったやんか」

 甚平を来た男が首を鳴らしながら文句を言っている。

 「雷鬼はいつも文句ばっかり。そう言いながら実は戦うの楽しみにしていたくせに」

 風鬼は甚平を着ている男を雷鬼と呼んだ。

 「まぁ、風鬼の言う通りだな。最近、楽しいことが無かったから、たまには戦ってストレス発散しとかんと鬼になった意味がない。

 なぁ、炎鬼もそう思うやろ?」

 雷鬼は筋肉隆々の男、炎鬼に話しかけるが炎鬼はうんともすんとも言わない。話しかけた雷鬼はやれやれと首を横に振っている。

 「抵抗するならお好きにどうぞ。

 ただ、抵抗するなら遠慮なく殺すわ。命が惜しいならそのまま立ち尽くして、自分の非力さを呪うといいわ」

 氷鬼はそう言って攻撃を仕掛けようとした。それを千春は慌てて制止した。

 「ま、待て! まさかここでやり合う気か?

 住宅街だ。騒ぎを起こせば警察も来る。そうなったらお互い面倒ではないか?」

 「ふっ、まるで警察が来るまで時間が稼げます。みたいな言い方をするじゃない。そんな時間はこれっぽっちもないわよ」

 「とりあえず、場所を移そう。私ん家の後ろに見える山は四季家の土地だ。特訓するときに使っているから、ここより広い場所でやり合える。悪くはないだろ?」

 「…そうね。確かにここで八人がやり合うのは狭すぎるわ。

 それなら、行きましょう。風鬼」

 氷鬼がそう言うと風鬼は頷いた。そして、手をパンと叩いた。すると、今まで四季家の前にいたのに瞬きすると山中に移動していた。

 「人数が多いと疲れるね」

 風鬼は小さくぼやいた。

 「あなた達の墓場はここでいいんでしょ?

 …そうね、どうせなら一対一で戦いましょ? 景品は四郎園君ってことで。それなら、ちょうど八人になるし、いいと思わない?」

 氷鬼の問いかけに姉妹は顔を合わせる。そして、代表して千春が頷いた。

 「決まりね。それじゃ、戦う相手は私たちで指名させてもらうから。ちょっと待ってて」

 氷鬼がそう言うと四鬼は集まってジャンケンを始めた。何回かアイコが続き、一人勝ち抜けた。

 「よっしゃ~! 俺が一抜けや!

 じゃあ、俺はあの刀持ってる姉ちゃんにするぜ」

 雷鬼はそう言って千春を指差した。

 次に勝ち抜けたのは炎鬼だった。炎鬼は黙って夏樹を指差す。その次に勝ち抜けたのは風鬼だった。

 「えー、微妙なのしか残ってないな。じゃあ、おっぱいが大きい方でいいや」

 風鬼はそう言って秋穂を指名した。残った美冬利は氷鬼と戦うことになった。

 「ちょっと、私が一番面白味ないわよ。さっきので決着ついたのも同然じゃない?」

 「そうは言ってもジャンケン負けたの氷鬼だし。それに、残り物には福があるっていうじゃん」

 不満を露わにする氷鬼を風鬼は宥めた。

 「鬼になった私たちに福なんてあるわけないでしょ。

 まぁ、決まりは決まりだから仕方なく従うわ。

 みんな準備は出来たかしら? 『参った』と言えば命までは取らないであげるわ。だから、死んでも文句は言わないでね。

 それじゃ、始めましょう」

 今、戦いの火蓋が切って落とされる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ