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四季さん家の鬼退治  作者: ぞのすけ
18/91

再会

 「少し開けた場所に出たな」

 千春がそう言ったので楓は千春の後ろからひょこっと顔を覗かせた。

 「あっ、本当ですね」

 「…お前なぁ、いつまで私の後ろにぴったり付いていくつもりだ? もし楓の背後から鬼が襲ってきたらどうするんだ?」

 「も、もう! 怖いこと言わないでくださいよ!

 …あっ、誰か来ますよ」

 楓はそう言って再び千春の後ろに隠れた。千春は刀の柄に手をかける。前方から現れたのは夏樹であった。

 「あっ、楓きゅん! 大丈夫だった?」

 駆け寄ろうとした夏樹に千春は刀を鞘に入れたまま突き付けた。

 「なっ、危ないじゃん! いきなり何をするのさ!」

 夏樹は両手を上げて降参のポーズを取っている。しかし、千春は武鬼を下げることは無い。殺気を充分に纏ったまま千春は夏樹に問いかける。

 「…明日の食事当番」

 夏樹はいきなりの変な質問に面を食らったが両手をあげたまま質問に答える。

 「…私」

 「一週間前は?」

 「…私でした。でも、サボって千春姉さんにかわってもらった」

 夏樹がそう答えると千春は武鬼を下ろした。

 「なーんだ。お前か」

 「さ、さすがに殺されるかと思った」

 夏樹は額に汗を滲ませている。

 「あ、あの、今の質問は何だったんですか?」

 楓は恐る恐る尋ねた。

 「ん? あぁ、今のは本人か確認するための質問だ。

 鬼の中には姿かたちを自由自在に変えられる奴もいるんだ。そいつと本人を区別するために別行動になったときには、必ずこの質問をしている。

 もちろん、他のみんなにも徹底させている」

 千春がそう言うと夏樹は、ハッとした顔をした。

 「夏樹さん。どうしたんですか?」

 楓は心配そうに尋ねる。

 「あっ、い、いや、えっと、さっき秋穂に化けた鬼を退治したんだけど、その質問するの忘れちゃった。えへへ」

 夏樹がそう言い終えると同時にゴチンという鈍い音が響き渡った。その音は千春が夏樹を殴った音であった。

 「い、痛い、痛いです。千春お姉様」

 夏樹は頭頂部を押さえ涙目で訴える。

 「知るか。ちゃんとやっていないお前が悪い」

 「す、すみません。僕が余計なことを聞いたばかりに…」

 楓は罪悪感に苛まれ夏樹に謝罪した。

 「い、いいんだよ。こればかりは私が悪い」

 「そうだ。夏樹の言う通りだ。

 こいつが確認を怠った時点でこいつは死んだも同然だ。…でも、生きていてよかった。

 今度から気を抜くんじゃねぇぞ」

 「イエッサーです、姉御!」

 「…ふざけてんのか真面目にやってんのか分からんな」

 そんな談笑をしていると、またもや人影が現れた。その人物は秋穂と美冬利であった。

 千春は夏樹同様に秋穂と美冬利に似たような質問をした。二人とも難なく質問に答え本人であること証明した。それから各々、自分達がこの廃工場でどんな鬼と遭遇したのか話した。

 

 「つまり、三体しか倒していないという事か。

 家で感じた反応は四体だったもんな。一体、どこに隠れてやがる…」

 千春がそう呟くと、どこからか足音が聞こえた。

 「! 誰だ! そこか!」

 千春がそう叫び指をさした。すかさず、美冬利が矢を放つ。しかし、鬼に当たった感触はない。

 「チッ、逃げたか…」

 千春がそう呟くと暗闇から声が聞こえてきた。

 「おいおい、誰かと思えば、この前路地裏でボコボコにしたクソガキじゃねぇか」

 暗闇から一人の男が姿を現した。楓はその人物を見て、思わず声が出た。

 「なんだ、楓。あいつのこと知っているのか?」

 「は、はい。この前、本屋で万引きをしていた主犯格の人です…」

 「…なるほどな。

 こいつが、厄介ごとを引き起こした要因ってわけか」

 千春は面倒臭そうにため息をつき頭を掻いた。

 「おいおい、あの時ボコボコにして恨んでいるのは分かるけどよぉ、こんなに怖そうな人たちを連れてきて仕返しってのは、よくねぇんじゃない?」

 男はヘラヘラしながら楓に言った。千春たちは武鬼を構えている。

 「おいおい、この姉ちゃんたち、マジじゃねぇか。全然目が笑ってねぇよ。

 おい、クソガキ。サシで勝負しねぇか?」

 男から意味の分からない提案が出た。その提案に一同、間の抜けた声が出た。

 「いや~、ガキのケンカにこんな武闘家みたいな奴らを連れてくるのはフェアじゃないでしょ」

 「お前、何言ってんだよ! そっちだって、この前四人がかりで僕を襲ったじゃないか!」

 その言葉にいち早く反応したのは夏樹だった。

 「…そいつは聞き捨てならねぇな。

 こんな可愛い子を寄って集ってリンチしたとは。それはもう、万死に値する」

 夏樹が飛びかかろうとしたが、それを千春が制止した。

 「まぁ、待て」

 「何で止めるのさ!」

 「いいから待て。

 おい、お前。分かった。サシでやらしてやるよ。ただし条件がある」

 「ちょ、ちょっと、千春さん! 勝手に何を言っているんですか!」

 楓は驚いて千春の顔を見た。千春は楓の方を向くことなく男の方をジッと見つめている。

 「あっ、マジ? 条件ってなに?」

 「五分。五分だ。こいつに一方的に殴らせろ。五分経ったらお前も殴っていい。

 もし、万が一、五分経たないうちにお前が手を出したらその瞬間、私たちがお前を殺す。殴るのではなく殺す。一方的にな」

 「おー、怖い怖い。仕返しするにしてもやりすぎだろ。

 …んー」

 男は考える素振りを見せ楓をジッと見つめている。

 「よし、分かった。その条件で構わない。

 ちゃんと、五分ぴったしで測ってくれよ。一秒でも過ぎたら俺も我慢できずに殺すかもしれないからな。

 ちなみに、どうやって五分測るつもりなんだ?」

 「あぁ、それに関してはこれを使う」

 千春はそう言うと、どこからか手錠を取り出した。

 「見ての通り手錠だ。

 これは、ちょっと特殊な作りで、あらかじめ時間を設定すればその時間に達した時に外れる仕組みになっている」

 「へぇ、時限式ってわけね。でもそれ本当に外れんの?」

 男は用心深そうに尋ねる。

 「チッ、いちいちうるさい野郎だ。まだこっちの説明が終わってねぇだろ。この早漏野郎が。だいたい、お前には拒否権が無いってことを自覚しろ。

 私は、鬼が目の間にいるのに殺さずに我慢できるほど出来た人間じゃねぇ。それが、お前の訳の分からん提案に手を出さずに見てやるって言ってるんだから、それだけでも喜べ」

 千春は殺気や怒気など色々な感情が入り乱れているような恐ろしい瞳を男に向けていた。

 「いつから俺が鬼だと? 普通の人間かもしれないのに」

 「は? そんなもん、初めからだ。上手く気配を消しているつもりかもしれないが、全然ダメだ。鬼の臭いがプンプン漂ってくる。基礎からやり直した方がいい。

 まぁ、最もやり直す機会があればの話だけどな。

 とにかく、説明の続きをするぞ。

 この手錠を五分に設定する。五分間は楓が好きなように殴る。五分経てばお前の手錠は外れる。そうすればお前も反撃していい。

 ちなみに勝敗はどちらかが気絶した時点で終了だ。

 楓が勝った場合、お前をその場で殺す。もしお前が勝った場合、どこにでも好きなように逃げろ。

 私たちはお前たち鬼と違って卑怯なマネは一切しない。

 何か文句はあるか?」

 男はさっきと違い、真剣に考えた。

 本当に逃げられるだろうか。いや、まずあの手錠が五分経ったら外れるのだろうか。仮に外れなかったとしたら? ずっと殴られっぱなしか? それなら三分ぐらいして隙を見て逃げ出すか? いや、無理か。あの女、強そうだもんな。

 「おい、どれだけ時間をかけるつもりだ? 勝負なんかせずに今すぐ殺してやってもいいぞ」

 「…ははっ、それじゃ、まるでどっちが悪者か分からないセリフだな。

 一つだけ質問してもいいか?」

 「手短にな」

 「さっきも聞いたが、その手錠、本当に時間通りに外れるのか?」

 「さっきも言っただろ、外れるって。

 さすがは鬼だな。疑い深い。まぁ、そこまで言うなら見せてやるよ。

 おい、夏樹」

 「は、はい!って、え? 私ですか?」

 「そうだよ。お前以外にこの役に適任はいないだろ。早く手を出せ」

 「そ、それってどういう意味…」

 夏樹は千春に言われるがまま、両手を差し出した。カシャンという音と共に夏樹の両手には手錠がかけられた。

 「因みに、今は二十秒に設定してある。

 おい、夏樹。お前の武鬼借りるぞ」

 千春はそう言うと夏樹が持っていた武鬼を強引に奪い取った。呆気に取られる夏樹。そして、千春は驚きの行動に出た。あろうことか、夏樹から奪い取った武鬼を夏樹めがけ、思いっきり振り下ろした。誰しもが予想していなかった出来事に一瞬反応が遅れたが夏樹は慌てて頭も守った。

 ガキンッという金属同士がぶつかる音が響いた。どうやら、夏樹の武鬼は手錠の鎖の部分に当たり、千春の攻撃を寸前のところで食い止めたようだ。

 「…とまぁ、こんな感じで強度も申し分ない。

 そして、二十秒が経過するとこういう風に外れる」

 千春がそういうとカシャンと音を立てて手錠は外れた。夏樹は腰を抜かして尻餅をついた。

 「他に質問は?」

 男はまた考えた。

 確かに手錠が外れる上に頑丈だという事が分かった。これは身を守る為ではなく、鬼の力を持ってまでしても引き千切れないということをアピールする為だろう。

 まぁ、問題はそこじゃない。五分耐えきった後に本当に奴らが素直に逃がしてくれるかどうか。…いや、問題はその前か。攻撃を五分耐えられるかどうかというところだろう。

 あの女の口ぶりからすれば、まるで俺が負けるような言い方だった。この前、路地裏でボコボコにした時には弱いガキだった。すぐに気絶したから後のことは任せて定期報告に行ったから、その後のことは何も知らない。

 もしかすると、とんでもない力を隠し持っている可能性があるというわけか。だが、さっきから様子を窺っているが、とんでもない力を持っているとはとても思えない。いや、仮に持っていたとしても使いこなせるようには見えない。だから、手練れを連れてきたのだろうか。そうなれば、まだこちらにも運があるということか。…ここは賭けに出よう。

 「…分かった。手錠をはめてくれ」

 男は条件を承諾し、両手を差し出した。千春は男に歩み寄りその両手に手錠をかけた。

 「私が合図を出したらタイマーが作動する。それが始まりの合図だ。

 それと、私たちは少し離れたところで見学させてもらう」

 千春はそう言って広場の隅に移動しようとしたが、今度は楓がそれを止めた。

 「ちょ、ちょっと、千春さん! 話を勝手に進めないでくださいよ! いくら手錠をしているからといって勝てるわけないですよ! それに第一、戦い方も教えてもらってないのに! 相手は鬼ですよ!? 殺されちゃいます!」

 楓は必死に抵抗(言い訳)をしてなんとか戦いから逃れようとした。しかし、千春は自分で段取りをしたくせに、私は全然関係ありませんけどといった顔で楓に言った。

 「大丈夫。死にはしないよ。死にそうになったら気絶したふりをしろ。

 それに、これはガキのケンカみたいなもんだ。戦い方なんて必要ねぇよ。拳が握れて、その拳が相手の顔に当てることができれば、それで百点満点。

 よーし、行ってこい」

 千春はそう言いて楓の背中を押した。背中を押された楓はよろけながら男の前へと立った。楓は苦笑いしながら男を見上げた。

 男の目には殺気がこもっている。楓はその重圧に耐え切れず、既にお手上げ状態だった。

 「両者、準備はいいか」

 千春はお互いに確認を取った。男は無言で頷く。楓は少し時間を置いてから頷いた。

 「よし、それじゃ始め!」

 千春の合図と共に楓は勢いよく男の顔を殴った。ペチンと乾いた音が響く。楓の拳は相手の顔面を捉えたが、相手は倒れることなくその拳を受け止めた。楓は初めて人を殴ったことの恐怖で拳を引っ込めた。

 顔を殴られた男は楓の方をゆっくりと見た。口の端には少し血が滲んでいる。

 「あっ、あの、えっと、ごめんなさい…」

 楓は恐怖のあまり思わず謝罪の言葉を口にした。

 すると、殴られた男は急に笑い出した。

 「ふ、ふふ、はははははっ。

 なんだよ。こんなもんかよ。いろいろ考えたけど取り越し苦労だったみたいだな。

 そんな、ゴミみたいなパンチで伸びるやつがいるなら見てみたいぜ。

 …あ? どうした。ビビってないで早く殴ってこいよ」

 男は楓を挑発した。しかし、楓はその挑発に乗ることなく男に質問をした。

 「…どうして、あなたは鬼になったの?」

 「はぁ? どうして鬼になったか? そんなの簡単なことだろ。そりゃ、悪いことがいっぱいしたいからだ。

 鬼の力はいいぜぇ。ちょっと力の加減を間違えれば人なんざ、アリンコのように殺せる。

 殴られてもいたくねぇし、並大抵のことじゃ死なねぇ。

 悪いことをするためにある体だとしか思えないだろ。それ以外に使い道があるか?」

 「あるよ! そんな力があるんだった人助けに使えるじゃないか!」

 「ぷっ、ははっ、あはははははっ

 お前、それ本気で言ってんのか? だとしたら、鳥肌が立つぐらい気持ちわりぃわ。

 だいたい、鬼がどうやって成長するのか知ってんだろ?」

 「…人の悪しき行為で成長する」

 「そうだよ。人の欲望、悪意。そんなもんで成長する奴が人助けだぁ? お前、自分の言っていることが頭おかしいことだって思わねぇのか? 俺と勝負している暇があるぐらいなら頭の病院に行ってこいよ」

 男は手を叩きながら笑っている。楓は力強く拳を握ることしかできなかった。

 「なんだよ。図星過ぎてもう殴る気力すら起きないってか?

 ほら、早く俺を気絶させないと、あと三十秒ぐらいで手錠が外れるぞ。

 …そんなボーっとしている間に、もう十秒前だ」

 ――

 ―

 「千春姉さん。このままだと楓君、殺されちゃうよ!」

 少し離れたところでみていた秋穂は心配そうに千春に言った。しかし、千春は助けに行く素振りを見せることはなかった。

 ――

 ―

 「はい、時間切れー

 それじゃ、反撃といくからせいぜい死なないように、歯食いしばれよ。死なれたら俺もあいつらに殺されかねないからっよっ」

 男はそう言って楓の顔を思いっきり殴った。そのパンチにより、楓は吹き飛ばされた。そんな楓を見て夏樹は今にも飛び出しそうな勢いだ。それを千春が制止する。

 「なんで! なんで止めるの! このままじゃ、死んじゃうよ! 楓きゅんは私たちと違って力を使いこなせないんだよ!?」

 「ダメだ! 今は楓を信じろ」

 千春の力強い目と言葉に臆した夏樹は渋々了承して腰を落とした。

 ――

 ―

 「おら、どうした。まだ一発しか殴ってねぇぞ。もうお終いか?」

 「い、いや、…、まだだ」

 楓はよろよろと立ち上がった。そして、男を睨みつける。

 「…なんだよ。なんだ、その目はよぉ! むかつく面しやがって!」

 男はそう言って楓に襲い掛かった。殴る蹴るの暴行を休むことなく、一方的に与えた。

 「はぁ、はぁ、はぁ、…ちっと、やりすぎたか? まぁ、死んではいないだろ。

 おい、こいつ気絶したから俺逃げていいんだろ?」

 男は千春たちの方を見ていった。千春は下唇を噛みしめている。黙って男の方を見つめていると、千春たちの顔が驚いた表情に変わった。

 その顔を見て男は不思議そうな表情を見せた。そして、すぐさま引き締まった表情へと変わった。何故なら、男の背後から凄まじい殺気を感じたからだ

 男はゆっくりと振り返る。振り返った先に立っていたのはボロボロになった楓であった。

 「お、お前、まだ立ち上がれるのか…」

 「ひっ、ひひひひひひひひっ」

 楓の口からは壊れた笑い声が聞こえてきた。その声を聞いた千春は確信した。楓の鬼が出てきたことを。

 「おい、お前たち、これから楓が起こす行動、その全てを網膜に焼き付けろ。そして、どれだけ危険な爆弾が身近にあるということを再認識しr」

 千春は妹たちに言って聞かせた。妹たちはその忠告に深く頷いた。

 「お、おい、気味わりぃな。

 とうとう、本当に壊れちまったか?」

 男の問いかけに楓は答えることは無い。

 楓はかろうじて二本の足で立ち、腕は脱力しきっている。顔は下を向いているので、どんな顔をしているのか分からない。

 そんな楓に男は近付こうとはしなかった。むしろ逃げようと試みた。楓をみたまま後退りをして、ある程度距離を取ったところで振り返り走り出そうとしたが、一歩踏み出すところで諦めた。何故なら、男の目の前にはいつの間にか楓が立っていたのだ。

 男は驚いて尻餅をついた。尻餅をついたことによって楓の顔を覗くことができた。その表情は恐怖を感じる笑い顔だった。両方の口角を上げ、口元は笑っているが、真っ赤に染まった瞳は笑うことなく狂気に満ち溢れていた。

 その顔が、目が、ゆっくりと男を見る。

 男は蛇に睨まれた蛙のように動けなくなった。

 動け。動け。と必死に自分の体に言い聞かせるが体は言うことを聞いてくれない。

 とうとう、楓は男の目と鼻の先の距離まできた。楓は張り付けられた笑顔のまま拳を振り上げた。男は死を悟ったが、その瞬間体の自由がきき、間一髪のところで楓の攻撃を躱すことができた。

 男が躱したことによって地面に叩きつけられた楓の拳はコンクリートで舗装された床を粉々にするほどの破壊力だった。

 「おい! あのバケモノは一体なんだよ!」

 男は必死の形相で千春たちに問いかけた。

 「さぁな。

 私たちも自分の身の心配をしないといけないから、お前の質問に答えている余裕はないんだ」

 そう言った千春の額には冷や汗が滲んでいた。千春だけではない、妹たち全員、楓と言う得体の知れないバケモノの恐ろしさに冷や汗をかいていた。

 「…あれが、四郎園さん…

 全くの別物ですね」

 「ほんとだね…」

 「『奴ら』より強いかもな…」

 四人とも楓の一挙手一投足を見逃さまいと瞬きも忘れ、楓のことを見ている。

 その楓の猛攻は止まることを知らない。寸前のところで攻撃を躱す男の躱した先を読み、先回りで待ち伏せをして再び攻撃を仕掛ける。まるで詰将棋をしているような攻め方だった。

 しかし、男も防戦一方ではなく、地道に反撃を仕掛ける。楓が男の顔をめがけ、殴ってきたところをクロスカウンターで応戦した。男は楓のパンチを頬を掠めながら躱し、左拳で強烈な一撃を楓の顔面に食らわせた。その衝撃で楓は吹き飛ばされる。

 男は肩で息をする。相当な疲れが襲ったのと緊張の糸が切れたので、その場に座り込んだ。

 「はぁ、はぁ、はぁ、クソッたれ。死ぬかと思ったじゃねぇか」

 男は呼吸を整え、立ち上がった。そして、言葉を失う。男の目に入ったのは、先程から変わらない、張り付けられた笑顔をした楓が男を見て立っている。その様子をみると男の攻撃が効いているようには感じられない。

 「おいおい、嘘だろ…

 手加減無しで殴ったぞ」

 男は今度こそ死を覚悟した。逃げる体力も反撃する力も残っていない。

 楓はゆっくりと男に近付いた。一歩、また一歩と男に近付く。男には楓のその姿が死神のように見えた。男は信じたことも無い神様に祈りを捧げていた。どうか、この哀れな男に救いを与えてくださいと、必死に祈った。

 だが、その祈りは報われることはない。何故なら死神が、いや、それよりも恐ろしい鬼が男の眼前で歩みを止めたのだ。

 楓は笑顔で拳を振り上げ、振り抜いた。そして、宙に舞う左腕。そこから遅れて断末魔が聞こえる。楓の攻撃を防御しようとした腕が、楓の攻撃によって吹き飛ばされたのであった。

 楓は左肩を押さえている男に馬乗りになった。そこから、行われたのは一方的な暴虐。

 四肢は捥がれ、楓の殴打を防ぐことも不可能となった。やはり、男も鬼なので簡単には死なない。四肢を捥がれた今もなお、気絶することなく楓による殴打の嵐を食らっている。

 男は虚ろな目をしていた。

 「…お、…おい、頼むよ…。もう、こ、殺してくれよ…」

 男は悲痛な叫びを漏らした。しかし、楓の耳には届くことは無い。虚ろな目をしている男とは対照的に楓の目はまるで新しいオモチャを見つけた子どものようにキラキラと輝いているように見えた。

 楓が絶え間ない殴打を浴びせていると、どこからかナイフが飛んできた。そのナイフは男の首元を的確に捉え、間もなく男は絶命した。

 楓はゆっくりと立ち上がりナイフが飛んできた方向を見た。そこに立っていたのは千春だった。

 楓からは張り付けられた笑顔が消え、路地裏で見せたような恐ろしい憎しみのこもった顔をしている。

 千春は楓との睨みあいながら頭を掻き、楓に話しかけた。

 「おい、やりすぎだバカ。って聞こえちゃいないか」

 そして、そのまま妹たちに指示を出す。

 「お前ら、死ぬなよ。そして、殺すなよ。作戦は以上だ」

 「「「了解!!」」」

 各々、武鬼を取り出す。だが、武鬼を構えきる前に楓が飛んできた。最初のターゲットは千春だった。しかし、それを予想していた千春は容易く攻撃を避けた。

 「チッ、やっぱり私かよ。この前、路地裏で殴ったこと根に持ってんだろうな。それとも、そいつを殺したからか?

 意外とネチっこい奴だ」

 千春はそう言いながら殺さぬように反撃をした。攻撃はクリーンヒットするが、ダメージを受けている様子が感じられない。

 「…ッ、これは想像以上に厄介だな。

 おい! 秋穂! 美冬利! こいつを足止めするぞ!

 秋穂は風を起こして一瞬でいいからこいつの動きを止めろ! その隙に美冬利がこいつの両足、出来なければ片足でいいから結実で撃ち抜け!」

 「「了解!」」

 作戦を聞いた美冬利は楓を射るため、秋穂は美冬利のため、楓を足止めできる場所まで移動を開始した。

 「夏樹! お前は私と一緒にこいつの注意を引け!」

 「了解!」

 千春と夏樹は楓の前に出る。楓は動きを一瞬止めたが、すぐさま襲い掛かって来た。

 今度のターゲットは夏樹だった。右、左、前、上、と絶え間ない攻撃が夏樹を襲う。夏樹は攻撃を受け流すだけで精一杯であった。

 千春は夏樹の助太刀に入る。楓の後ろから奇襲を仕掛けた。しかし、攻撃が当たる寸前で楓はこちらを向いて攻撃を躱した。

 「クソッ! 読まれてやがったか!」

 千春と夏樹は楓の方を見た。しかし、楓は千春たちに一瞥もくれることなく、美冬利のために足止めをしようとしていた秋穂に向かっていた。

 その瞬間、二人は思った。秋穂は死んだ。

 姉妹の中で一、二を争う二人でさえ後手に回る程の力を持った鬼に秋穂が敵うわけがない。千春は怪我をしていて、万全ではない。万全である夏樹も真正面から楓に挑み、攻撃を食らわないようにするのが必死だった相手だ。それに、あの間合いでは秋穂の技は決まらない。

 夏樹は目を伏せ、千春は叫んだ。秋穂は覚悟を決めた顔で鉄扇を構える。すると、秋穂に襲い掛かる寸前で楓の右肩に矢が刺さった。

 楓は秋穂と少し間合いを取り右肩を押さえながら矢が飛んできた方を睨みつけた。そのこには次の矢を放とうとしている美冬利の姿があった。美冬利は楓に見つかったと同時に矢を放った。

 矢は物凄いスピードで楓をめがけて飛んでいく。だが、矢が飛んでくる方向がわかってしまったので、いとも簡単に避けられてしまった。

 しかし、それで充分な間合いが取れた秋穂は技を繰り出した。凄まじい突風により、楓は身動きが取れなくなった。

 「は、はやくしてほしいなっ。あ、あんまり、もちそうに、ない、から」

 秋穂は顔を歪ませながら鉄扇を操っている。千春はその隙に楓の懐に入り込み、鳩尾に強烈な一撃を浴びせた。

 これまでどんな攻撃を浴びても表情を変えなかった楓は苦悶の表情を浮かべながら崩れ落ちていく、楓が崩れ落ちたのと同時に風が止んだ。

 その瞬間、一同その場に腰が抜けたように座り込んだ。

 「ふぃ~、流石にダメかと思ったよ」

 千春は吹き出てきた汗を拭いながら言った。

 夏樹と秋穂は生きている喜びを噛みしめてお互い抱き合った。

 千春が楓の様子を見ていると、美冬利は射撃した場所からこちらに歩み寄って来た。その表情はいつもと変わらなかったのだが、膝が凄く笑っているのが見えたので、千春は思わず噴き出した。

 「…楓も無事だな。

 よし、お前ら、もう少し休憩したら片付けるぞ」

 片付けという単語が出ると夏樹の表情が曇った。

 「うげぇ、すっかり忘れてた。

 もー、ヤダヤダ! 疲れた!」

 夏樹はまるで子どもみたいに駄々をこねた。それを見ていた全員がため息をついた。

 「あー、そうか。それなら仕方ないな。

 夏樹が片づけを頑張るって言うなら、帰ったあとボロボロになった楓の服を着替えさせるのを任せようと思ったけど、夏樹がそんな感じなら秋穂に任せ―「やります! 全力でやらさせてもらいます!!」

 夏樹は千春の言葉を遮った。そんな夏樹の姿を見て、みんなで大笑いをした。

 


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