廃工場にて 後
「はぁ、勢いよく先陣切ったのはいいけど、鬼がどこにいて何人いるのかも分からない。それに千春姉さんや妹たち、それに楓きゅんともはぐれちゃったぁ!
…一人は寂しいもんだ」
夏樹は勢いで行動した自分を責めた。千春に関しては心配する必要はないのだが、下の二人はまだ少し心配なところがある。
「はぁ、とりあえず、秋穂と美冬利と合流するか」
夏樹はそう言うと歩き始めた。少し歩くと暗闇から人が出てきた。
「誰だっ!」
夏樹は武鬼を構える。暗闇から出てきたの人物は秋穂であった。
「なーんだ。秋穂かよ。脅かすなよ!」
「あははっ、ごめんねー。私も驚かすつもりはなかったんだー
向こうから足音が聞こえてきたから鬼かと思って隠れていたら夏樹お姉ちゃんだったから、こっちも驚いたよ」
秋穂は間延びした緊張感のない口調で夏樹に話しかけてきた。
「…なんだ、そういうことか。
ところで、鬼はいたか?」
「うーん、色々探したんだけどさ~、なかなか見つからなくて。もしかしたら、逃げたりとかしたのかなー」
「さぁ、それはどうだろうな。あんまり考えにくいと思うけど。
…ところで、秋穂。一つ聞きたいことがあるんだけどさ」
「うん? どうしたの?」
「お前、誰?」
夏樹の思ってもいない質問に秋穂は驚きの表情を隠せなかった。
「ちょ、ちょっと、何言ってるの
私は秋穂だよ」
「じゃあ、家族構成は?」
「まさか、夏樹お姉ちゃん、私のこと疑ってるの?」
「さぁ、どうだかね。
とにかく、質問に答えてくれ」
「後で絶対怒るからね!
お父さん、千春お姉ちゃん、夏樹お姉ちゃん、私、美冬利。それから楓君でしょ?」
「おー、正解だ。よく知っているじゃん」
「あ、当たり前でしょ! 家族なんだし! もう本当に怒るよ!」
「…気持ちわりぃ」
「えっ?」
夏樹は持っていた武鬼で秋穂を攻撃した。不意に攻撃を食らった秋穂はその場に蹲った。
「…ちょ、っと、急にどうしたの?
も、もしかして、本当に私が鬼だと思っているの?」
秋穂は恐ろしいものを見る目で夏樹を見ている。
「ふざけんな。鬼が私の家族を語るな」
「い、意味が分からない」
「あのなぁ、付け焼き刃の知識で家族の振りをしようとしたって無理な話なんだよ」
夏樹がそう言うと秋穂の顔が崩れていく。崩れ切った後に出てきたのは夏樹の見たことない顔だった。どうやら鬼が秋穂に化けていたようだ。夏樹はその異変に気付き、カマをかけていたのだ。
「い、一体、いつから気が付いていた?」
「最初から。
決め手となったのは私を『お姉ちゃん』と呼んだことだな。四季家の人間に姉さんのことを『お姉ちゃん』って呼ぶやつはいない。
ところで、お前が化けていたやつはどこにいるんだ?」
「言うわけないだろ!」
「そうか。
じゃあ、死ぬか」
夏樹はそう言って薙刀を振り上げた。
「ちょ、ちょ、ちょっと待て! 言う! 言うから!
鬼は慌ててそう言った。振り下ろされていた薙刀は鬼の寸前で止まった。
「なんだよ。最初から言っとけよ。
んで、どこに行った?」
「ここを真っ直ぐ行った」
「一人か?」
「あぁ、一人だった」
「そうか、ありがとう。じゃあ、死んでくれ」
「ちょっと待て! 話がちが―
再び振り下ろされた薙刀は止まることなく鬼の体を二つに引き裂いた。
「話が違うって、初めから助けるなんて言って無いだろ。
…………。あぁ、よかった! 本当に秋穂だったらどうしようって途中、思ったけど本当に鬼でよかったぁ
マジでそっくりすぎて焦ったんだけど! そんなの卑怯じゃない?
あっ、でも『お姉ちゃん』って呼ばれるのも悪くないね。秋穂に今度からそう呼ばせようかな?
…。いやいや、やっぱ秋穂よりも楓きゅんによんでもらおっ! そうなると、さっさと鬼退治しなくちゃ!
待ってろよー、今すぐ退治してやるかならな!」
秋穂はそのまま勢いよく走り出して闇へと消えた。
一方その頃、秋穂と美冬利はともに行動していた。
「…鬼、全然出てきませんね」
「うん、そうだね。
千春姉さんや夏樹姉さん大丈夫かなー?」
心配そうに語る秋穂の手は少し震えていた。
「秋穂姉さんこそ大丈夫ですか? 先程から少し怯えている様子ですが」
「な、何を言うんだね。私が怯えるとかあり得ないよ~
もし、鬼が出てきたら私が美冬利ちゃんのこと守ってあげるからね」
秋穂は振り返り美冬利の頭を撫でた。
「もうっ。いつまでも子ども扱いしないでください! 私だって自分の身は自分で守れます!」
美冬利は頬を膨らませて怒った。その顔を見て秋穂は笑う。
「あはははっ、久しぶりにその顔見たよ。
最近の美冬利ちゃんはあんまり笑ったりしないから感情がしんじゃったかと思ってたけど、お姉ちゃんは安心したよ」
「そんな、人をロボットみたいに言わないでください!」
「あははっ、可愛いね~
でも、続きはさっきから覗き見してる悪趣味な鬼を倒してからにしようか」
「えっ」
秋穂はそう言うと持っている鉄扇を一振りした。凄まじい風が吹く。すると、秋穂が出した風に煽られ、どこからか鬼が出てきた。
「…秋穂姉さん、最初から気付いていたのですか?」
美冬利は弓を構えながら尋ねる。
「もちろん。
あれ? もしかして、美冬利ちゃん気付いていなかったの? てっきり、美冬利ちゃんのことだから、隠れている鬼に容赦なくその弓で撃ち抜くかと思っていたんだけど」
「お恥ずかしい話ですが、気付いていませんでした。
まだまだ修行不足ですね」
美冬利はそう言って照準を鬼に定める。弓を向けられた鬼は両手を上にあげている。
「お、おい、待て! 俺は人間だ! 鬼なんぞ知らない!」
「残念ですが、さっきの風は人と鬼を区別するための風です。私にとっては、ちょっと強めの風だと感じましたが、あなたにとっては立つこともままならない突風だったと思いますよ」
美冬利は弓の弦を引きながら鬼に向けて言った。
「ち、ちくしょう! お前らは一体、何者なんだよ!」
「鬼退治のスペシャリストです。
心配しないでください。痛いのは一瞬ですよ」
美冬利はそう言って矢を放った。放たれた矢は真っ白に光り輝く綺麗な矢であった。その矢は鬼の眉間に吸い込まれるように刺さった。
「…ふぅ。とりあえず、一体撃破ですね。
早く姉さんたちと合流しましょう。
…というか、そもそも、皆でまとまって行動した方が早かったのではないですか?」
「いやー、それはどうかな? 今回は鬼は複数体いるわけだし、固まって動いて他の鬼に逃げられたら困るでしょー?
それに夏樹姉さんが突っ走っていったからねー その時点で察してほしい感じかなー」
まぁ、それもそうか。と思った美冬利は納得した様子で先に歩いて行った秋穂の後に続いた。