風呂
楓は自分の部屋で風呂に入る準備をしていると扉をノックされた。
「はい、どうぞ」
楓が返事をすると扉が開いた。そこには、バスタオルを肩にかけ、濡れた髪を拭いている千春の姿があった。
「待たせたな。風呂空いたぞ」
「すみません。わざわざ気を遣ってもらって」
「いや、気にするな。間違って入ってこられても困るからな」
千春はそう言うと部屋から出ていった。
楓は「さてと」と小さく呟き、扉を開けた。そして、部屋から出た瞬間、何かにぶつかった。楓が顔を上げるとそこには夏樹の姿があった。この時点で嫌な予感がしていたが、それは的中することになる。それは的中することになる。
夏樹は楓の顔を見るとニコリと笑い、力一杯抱きしめた。
「か~え~で~きゅ~ん!!」
「い、痛いです! ど、どうしたんですか…」
楓は身を捩りながら夏樹に尋ねた。
「どうしたもこうしたも無いよ! 一緒にお風呂に入ろうかと思って!」
「へ?」
夏樹の言葉に思わず間の抜けた声が出た。
「おっ、もしかして、満更でもない感じ?」
「い、いや、流石にそれはどうかと思いますよ…
それに、夏樹さんはもうお風呂入ったんじゃなんですか?」
「へへっ、楓きゅんと一緒にお風呂に入ろうと思って、もうひと汗かいてきました。
それに、昨日も一緒に入ったじゃない」
「へ?」
言われてみれば昨日、風呂に入った記憶が無い。もしかすると、本当に入ったのだろうか。なんだか、急に恥ずかしさがこみ上がってきた。
「ほ、本当に一緒に入ったんですか?」
「えへへ、嘘だよ。
昨日は千春姉さんがお風呂に入れてた。一応、介護の勉強とかしていたみたいだから、ちょちょいのちょいって感じで。
まぁ、骨折しているからちょちょいのちょいって感じでは無かったんだけどね。
あっ、でも心配しないで。何も見られていないよ! ちゃんと隠されていたみたいだから!」
「…」
もう、色々な意味で言葉が出なかった。
とにかく、夏樹と一緒に風呂に入るわけにもいかないので断りをいれようとしたとき、ただならぬ殺気を纏った人物が現れた。それは言うまでもなく千春であった。
「楓が何時までも降りてこねぇからおかしいと思ったらやっぱりお前か」
夏樹は青ざめた顔になり、楓を解放して身構えた。しかし、一向に殴られる気配はない。
「え、えっとー、千春姉さん?」
「なんだ」
「い、いや、グーパン来るかなぁって思っていたんですけど…」
「もはや、殴る気も起きない。
とりあえず、腹が減った。楓、申し訳ないが早く風呂を済ませてくれないか?」
千春はそう言うと去っていった。夏樹は千春に何かを言いながらその後を追っていった。
取り残された楓は風呂に向かうことにした。とは言っても風呂の場所が分からないことに気付いたのは千春たちが去っていった後のことだった。
広い家を一苦労しながら楓はようやく風呂場までやってきた。
一つため息をついて脱衣所に入った。予想通り脱衣所は広かった。まるで温泉に来たのではないかと錯覚してしまうほどの広さだった。脱衣所でこれぐらいの広さならば風呂はもっと広いだろうなと想像しながら引き戸を引いた。
「うわぁ… 嘘でしょ」
浴室は楓の想像していた倍は大きかった。もう、これは温泉に入りに来たと変わらない広さだった。
浴槽は三つあり、露天風呂まである。体を洗う場所も温泉と同様の形式で置いてある。ここまであればサウナまであるのではと思った楓は辺りを見渡すとサウナの場所を見つけた。もう、驚きはしなかった。
「掃除とか大変そうだなぁ」
ここまでの設備を見せられて初めに出た感想はそれだった。
「あっ、そうだった。みんな僕がお風呂あがるのを待っているんだった。急がないと」
楓はカラスの行水とまでとはいかないが、急いで頭を体を洗い浴室から出た。次からはゆっくりと入りたいなと思いながら脱衣所を後にした。