力比べ
「目が覚めましたか?」
楓が目を覚ますと、横に座っていた美冬利は楓の顔を覗き込んでいた。どうしてこの状況になったのか一瞬理解できなかった楓は不思議そうな顔をしたが、先程の記憶が蘇り飛び起きた。
飛び起きた楓を美冬利が落ち着かせて、楓が気絶してからの出来事を端的に話した。
話を聞くと、ここは保健室で先生に問い詰められ気絶した楓を美冬利が運んできたようだ。
「体調はどうですか?」
美冬利は心配していなさそうな感じで聞いてきた。
「特に問題はない、かな…
先生はどこに行ったの?」
「まぁ、そうですよね。倒れただけですもんね。
今はもう放課後なので先生達は職員会議に行っていますよ。なのでしばらくは戻ってきません。
それよりも、この前から思っていることがあるのですが、四郎園さんって体重どのぐらいですか?」
思いもよらぬ質問に楓は素っ頓狂な声を上げた。
「えっ? どうして?」
「いえ、この前、路地裏で気絶した四郎園さんを運んだのも今回保健室に運んだのも私なのですが、なんだか余りにも体重が軽い気がしまして。
それとも、私が凄い力持ちなのでしょうか?」
美冬利は小馬鹿にしたように言ってきた。
「中学生男子の平均的体重だと思うけど」
「へぇー、そうなんですか…」
美冬利はそう言って楓の体をまじまじと見ている。
「な、なに?」
「いえ、何だか力弱そうだなって」
美冬利のその言葉に楓は少し苛立ちを覚えた。
「いやいや、流石に女の子には負けないよ?」
「おや、何だか自信あり気ですね。
では、この際、どちらが強いか勝負しますか?」
「そこまで言うなら勝負しようよ! 絶対に負けないから!」
「分かりました。
では、何で勝負しますか?」
美冬利が問いかけると、楓はベッドから出て、保健室の中に置いてある生徒が普段授業で使っている机の上に肘置いた。そして、美冬利の方を見て一言告げた。
「腕相撲」
美冬利はそんな楓を鼻で笑った。
「何かと思えば腕相撲ですか。
まぁ、シンプルでいいですね。何回勝負にしますか?」
「美冬利さんって一々人を煽るのが上手だよね。
もちろん、一発勝負に決まっているでしょ。負けたからってもう一回とか無しだよ」
「当たり前じゃないですか。四郎園さんこそ、もう一回とか言わないでくださいよ」
美冬利はそう言うと楓の向かい側に立ち机の上に肘を置いた。
場は整った。
お互いが手を握り臨戦態勢に入る。
女の子の手を握ったことのない楓は少し照れたが、美冬利はそんなことお構いなしといった表情だった。
「準備は出来ましたか?
四郎園さんの好きなタイミングでいいですよ」
お互いが納得のいくポジションにセットすると美冬利は余裕綽々な態度で楓に言った。
手を握った楓は思っていた。これはかなりの長期戦にもつれ込むという事を。しかし、腕相撲を開始する合図をこちらに任せるということは、こちらがかなり有利になる。腕相撲は、とてつもない力の差が無い限りは、始まりの瞬間でどれだけ自分の持っている力を出せるのかで勝敗が決まる。
その合図をこちらに任せるのだ。相手は女の子。いくら力持ちとは言え、力では成長期真っ只中の男が優っているに違いない。ということは、この勝負もらった。
楓は勝利を確信した。だが、決して慢心はしていない。確実な勝利を手に入れる為、細心の注意を払い、勝機の瞬間を待った。
普段の保健室では有り得ない程、張り詰めた闘争の空気が漂っていた。
「レディー……ゴゥ!!」
楓の口から放たれた開始の合図と共に勝負はついた。結果は言うまでもなく美冬利の勝ちだった。
「当然の結果です。朝飯前とはこのことを言うのでしょうね」
美冬利は退屈そうな表情を浮かべている。
「やっぱり、四郎園さんって見かけ通り非力なんですね」
美冬利は更に楓を煽る。楓も負けじと言い返した。
「僕が非力と言うより美冬利さんが怪力の間違いじゃないの?」
その言葉に美冬利はムッとした顔をした。
「そんなことありません!
…とにかく、もう帰りますよ。千春姉さんが首を長くして待っていると思いますので」
美冬利はそう言って時計に目をやった。楓もそれにつられて時計を見た。時刻は午後四時二十分を回ったところだった。気を失ってから一時間は経過していた。
美冬利と楓は帰りの支度を始めた。楓はその途中で何かを思い出したように口を開いた。
「ねぇ、そう言えば僕が気絶したあと、先生になんて説明したの?」
楓の質問に美冬利は少し考える仕草をみせて楓を見ると不敵な笑みを浮かべた。
「残念ながらその質問にはお答えできません。
しかし、これから先生方は私たちの関係に突っ込んでくることはありませんよ」
楓はその美冬利の笑顔に背筋が凍る思いがした。
「そ、そうなんだ…
なんか分からないけど、それはよかったよ」
「ええ、これで少しは助かります。しかし、他の生徒たちが面倒ですね。
中学生なので、誰と誰が付き合っているという噂話や有りもしない作り話を大好物とする時期ですから。
…何をぼさっとしているのですか? 早く帰りますよ」
美冬利はそう言うと鞄を持って立ち上がった。楓も美冬利に急かされて立ち上がり、保健室を後にして昇降口へと向かった。