1.プロローグという名のウォームアップ
家から出れないから…腹回りが…。
「夢野先輩…最近、下っ腹ヤバくないっスか…?」
会社の後輩、中島はそう言って、
にやけたツラで俺を…、
…正確には、俺の腹を見つめる。
「ハハハ…馬鹿言え。コレは座ってるからだ。…いや、つーかさっきメシ食ったばっかりだし…。」
「…先輩、流石に言い訳が苦しいっスよ…。」
…俺だって薄々気づいてはいたさ。
若いころは特別、運動なんかしなくても気になることはなかった。
それが30超えたあたりから段々と…。
…いや、だって仕方がないだろ。
「…そんなこと言ったって、俺たちみたいなデスクワーク組は仕様が無ぇだろ。宿命だよ宿命。」
「先輩がそれでいいのなら、まぁ良いんスけど…。でも、このまま行くと山崎サンみたくなっちゃうっスよ?」
中島が目線で促す先に、パソコンに向かっている巨漢の後姿が見える。
…山崎さん。
俺より二年ほど先に入社した先輩社員さんだ。
人柄は明るく、仕事に関する経験や知識も豊富で、
ここぞという場面で手腕を振るってきた、この会社に無くてはならない人材だ。
…能力的・年齢的にも、本来ならリーダー職でもおかしくは無い。
それが何故、未だに一平社員として働いているのかというと…。
「…山崎さん、太りすぎで体調崩してるらしいな。」
「…自分、この間次長が話してるの聞いちゃったんスけど…、『自分の体重も管理できない奴に、役職はまかせられない』なんて言われてましたよ…。」
それは次長がちょっと言い過ぎな気もするけど…。
…う~ん、そうか…。
……う~ん……。
…うん?
「…そう言えば中島、お前は入社した頃から体型変わらないよな。食生活だって俺と大して変わらないハズなのに。」
「自分は日頃から軽い運動とかしてますからね。これでも結構気をつかってるんスよ。」
「…マジか。いやでも、退社時間だって俺と似たり寄ったりだろ?通勤の時間とか考えたら…そんな運動なんてやる暇無いだろ。」
「そこは効率良くやるんスよ。…なんて、自分の手柄見たく言っちゃいましたけど、実はアプリに頼ってるんスよね。」
「アプリって…スマホの?…ゲームとかの?」
「今は効率良く運動するためのアプリなんてのもあるんスよ。ダイエットアプリとか、トレーニングアプリって言うヤツが。」
…なるほど、そいつは目から鱗だわ。
自分で管理しきれないところを、アプリにやってもらうって訳か。
俺って自分のことになると甘くなっちゃうって言うか…まあルーズになっちゃう所があるからなぁ。
誰かが管理してくれるっていうのなら、相手がアプリだって有難い話だわ。
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…そんなワケで、会社から帰宅した俺は晩飯の牛丼を広げながら、アプリのインストールを試みていた。
…ちなみに、並盛りである。
「え~っと…こっちのアイコンだっけ?…なんかアプリ落とすのなんて久々すぎて、勝手が分からねぇなぁ…。」
普段ゲームもやらないからなぁ…。
昔はテレビゲームに夢中になったもんだが、スマホのゲームってのがイマイチ合わないんだよな…。
…ちょっと不安になってきたな。
アプリを入れても、ゲームと同じで俺には合わない可能性もあるワケで…。
…まぁ、それこそ考えるだけ無駄か。
合わなけりゃアンインストールすりゃあいい話だしな。
「なんて検索すりゃいいんだ…?…え~、『ダイエット』?」
…今更ながら、ダイエットってのはなんか癪だよなぁ。
響きだけでネガティブな気持ちになるっていうか…。
「…え~、『トレーニング』…っと。」
…結果的には同じようなもんだろ。
まだトレーニングって方がポジティブなイメージだし。
でもって、検索結果が画面にズラリ…。
…これ、幾つあんだよ…。
こんな数のアプリの中から選ぶのか?難易度高くない?
…ああ、評価の☆マークとコメントなんかを参考にすればいいのか。
よく見りゃあアプリ画面のサンプル画像もあるし。
えーっと…ほうほう…、なるほどなるほど…。
…おっ?
何コレ、なんか懐かしい感じっていうか…。
なんか見覚えが…。
「…『Different Dimension Training』?」
サンプル画像に表示されてるのは、ドット絵で描かれた立ち絵と
数字とメモリで表示された…。
「…ゲームのステータス画面?」
…ああ!コレ昔ハマったゲームのステータス画面にソックリなんだ!
道理で既視感あるなぁと思ったわ。
…うわぁ~懐かしい。
「…ちょっとインストールしてみっかな。基本無料みたいだし。」
…あーあ、結局当初の目的から外れて、ゲームなんか入れちゃったよ。
…本当に俺って、自分に甘いっていうか…ダメだなぁ…。
…。
…あ、インストール終わった。
『ようこそ、「Different Dimension Training」へ!』
「うぉっっ!?」
…ビックリした…音声出るんかい!!
ボリュームでかいっつーの!
『「Different Dimension Training」…略して「DDT」は、来るべき日に備えて貴方を鍛え上げる、トレーニングアプリです。』
…なんか大げさだなぁ…って、「トレーニングアプリ」って言った?
あ、じゃあコレってゲームじゃなくて、やっぱりトレーニングアプリなのか。
サンプル画像はゲームそのものだったけど…。
『新規アカウント情報を入力して下さい。』
えーっと…名前…性別…年齢…エトセトラ…っと。
『…下記の入力情報に間違いが無ければ、確認ボタンを押してください。』
■氏名:夢野 旧作
■性別:男
■年齢:35歳
■身長:175cm
■体重:85.5kg
はいはい確認ポチッと。
『…貴方の全身が写った写真を登録してください。』
…全身写真?何に使うんだそんなもん?
…え~っと…丁度良い写真が無いから「新規撮影」っと。
『…変換中…問題が無ければ、確認ボタンを押してください。』
…おおっ!
ドット絵の立ち絵になったぞ!?
何コレ、写真からドット絵を自動生成してんのか?
すげぇな…微妙にドット絵が横揺れしてるのが実に「ぽい」な。
『…入力情報から、ステータスを生成します…完了しました。』
■氏名:夢野 旧作
■性別:男 ■年齢:35歳
■身長:175cm ■体重:85.5kg
□LV:1
□HP:15 □MP:0
□力 :6
□知恵:5
□魔力:0
□体力:7
□速さ:3
□運 :5
…。
…本当にゲームのステータスみたいなのが出てきた件…。