冬が来るたび思い出す
最近はめっぽう冷え込んで、ああ、もう、冬なんだなあ、なんて無意識に呟いてしまう。物置からヒーターを取り出してその温かさに安心する一方、このぬくもりにいつまでも繋がれていてはいてはいけない、遠くに行かなければならない、そんな危機感のような思いが、どんよりと空を浮遊する乱層雲の如く曖昧で遥か苦々しい記憶より回想される。
私が中学三年生の頃の、ペンを握る指先が冷たく、ノートに文字を書くことが難しい、冬の教室での出来事である。休み時間を迎えた私は掌を温めようと背面黒板の横に設置されたヒーターに近づいた。しかしそこにはU君がいた。
私はU君が嫌いだった。授業中はほとんど寝ていたし、学活、とりわけ進路学習には興味がないらしく、頬杖を突きながら時計ばかり眺めていた。ひとりぼっちの無気力な少年。斜に構えたような態度がひどく癪に障る。スカした野郎だと思っていた。
あいつはロクな人生を送らない。そんな風に考えていた私も大概馬鹿だった。
私はその頃、結構勉強が出来た。校内テストの学年順位ではたしか三位、その塾に通っていた連中の中では私だけが唯一特進コースに在籍しており、某名門高校はA判定。
与えられた環境の中で少しだけ良い成績が取れた。たったそれだけのことで他人の人生の良し悪しを自分がもつ足りない定規で測って、イイ気になっていた。とんだお笑いじゃないか。
私は、いつものように覇気の無いU君の鼻を明かしてやろうとこんなことを言った。
「ツマラナソウな顔をしてるね。そうやってなんでもテキトウにやってるから生きててツマラナイんだよ。真面目に頑張っている人だけがね、幸せになれるんだ」
こんな非道い言葉、思い出すだけで背筋がヒヤリとする。後年、私も同じようなことを言われたことがあるが、この言葉ほど人を傷つけるものはない。どんな人間だって心を痛めながら、それでも善く生きたいと悩んでいるんだ。それを全く無視した、苦しいまでの無理解。
「やっぱりそう思う?」
U君は表面上は怒りも、悲しみもせず、ただ寂しそうに囁いた。
足元のヒーターが妙に熱く感ぜられた。
「俺には、選択肢がないんだ」
聞けばU君は塗装屋の息子だそうで、高校の卒業と同時にその仕事に就くことが決まっているらしい。どんな高校に進学したって、どんなやりたいことがあったって、それは避けられないという。勉強しないのも、進路を考えないのも、何もかもが全て無意味に思えるからだと哂っていた。
周りの人間が進路の実現に夢を見る中、彼は孤独だった。
「お前らがよ、大学で楽しそうにしている間、俺は体に悪い溶剤ばかり吸っちまってよ、どうせ長生きできねえんだ……もう、いいか?」
U君はそう言い残して教室から出ていった。そして彼と話す機会は永遠に失われた。この二年後、U君は高校からの下校中に自転車ごと車に撥ねられて死んだのだ。
私は自転車に乗りながら彼の気持ちを考えた。この白線を越えて、この交差点を飛び出して、誰かが俺の命を絶ってくれたらいいのに。そう思っていたんじゃないのか。
今となってはもう遅いが、彼に謝罪がしたかった。そうして彼と人生についてもっと話したかった。一生懸命考えて、それで彼にやりたいことができれば、私は彼の両親の説得だって喜んでしたさ。しかしU君はもうこの世にいない。
彼の人生はいったい何だったのだろうか。
冬の朝、放射冷却によって空気が痛いくらいに冷たい。私はその冷えた空気を一身に受け、グロテスクなほど澄んだ朝空を睨みつけ、心の中でこう呟くのだ。
「善く、生きねば、ならん」と。




