第04話 亀裂
集会所の中は静まり返っていた。
リーオとナギが出て行ってから、誰も喋っていない。
そんな中、シルエンが外から戻ってきた。
「どこに行っていたんだ」
シルエンを見て、ようやく、ウドルが口を開いた。
彼は勇者のパーティーの所属している重戦士だ。
「新しいメンバーに、リーオとナギが脱退したことを伝えに行った」
「新しいメンバーだと?」
ウドルが顔をしかめる。
「そうだ。リーオとナギが居なくなって、メンバーが二人減った。だからその補充要員として、新しいメンバーを入れる。当然の話だろ」
シルエンは悪びれもなくそう言って、椅子に座る。
「俺たちに相談せずまたそうやって・・・・・」
「リーオとナギの追放の件については相談しただろ?」
「それとこれとは話が別だ」
ウドルが食い下がる。
「せめて、どんなメンバーを入れるつもりなのかとか、そういうことぐらい俺たちに話してくれたっていいんじゃないのか?」
「話したら、何か変わるのか?」
「それは・・・・・」
痛いところを突かれた。
確かに、話したところで、何か変わるわけではない。
「このパーティーのリーダーは俺だ。どんな奴を入れて、どんな奴を追い出すかは俺が決める。追放の件の相談があっただけでも感謝して欲しいぐらいだ」
「ぐ・・・・・」
ウドルは拳を握りしめた。だが、何も言うことが出来なかった。
「話はそれだけか?」
「・・・・・・」
「無いなら、もう終わりだ」
シルエンは立ち上がり、高圧的な態度でウドルを見る。
「集会はこれで解散とする。明日の朝、またここに集合だ。いいな」
「・・・・・分かった」
ウドルは苦虫をかみつぶしたような顔で頷いた。
「それじゃ、俺は帰るぞ」
「ああ」
シルエンがそう言って立ち去ろうとした時だった。
ウドルは、あることに気が付いた。
「そう言えば、魔導書はどうしたんだ?」
「ん?魔導書?」
「黒の魔導書だよ。手に持ってないが、どこにやったんだ?」
リーオが置いていった黒の魔導書が、集会所のどこにもなかった。
シルエンが持っているのかと思ったが、シルエンが持っている様子もない。
「預けたんだ」
「預けた?」
ウドルは眉をひそめた。
「ギルドの受付に預けてきた。強力な魔法を秘めているとはいえ、使える人が居ないんじゃ、持っていても仕方ないからな。数日後には王都の方に送られる」
「そうか・・・・」
ウドルはシルエンの言葉に納得した。
(本当に、リーオは追放されちまったんだな・・・)
ウドルはリーオのことを思って、ますます暗い気持ちになる。
シルエンはそんなウドルを脇目に、そそくさと集会所を出ていった。
「あの、ウドルさん」
シルエンが出ていった後、ローナがウドルに話しかけた。
「どうした?」
そう言って、ウドルがローナの隣に座る。
体格にかなり差があるので、二人が並ぶと親子に見える。
「本当に、あれでよかったんでしょうか・・・・」
ローナが伏し目がちにそう尋ねた。
「あれでよかったのかというのは・・・・」
「リーオさんと、ナギさんのことです」
「やっぱり、その話か」
ウドルは「ふぅー」と大きく息を吐いた。
「私は、まだ、納得できていません」
ローナは身体を震わせながら、絞り出すように言った。
「二人とも、私たちのパーティーに必要な存在でした。リーオさんがどれだけ裏で私たちのことを支えていてくれたか・・・・。ナギさんが、どれだけ私たちの危機を救っていてくれたか・・・・」
ウドルは沈鬱な表情で頷く。
その意見については、ウドルも同意しているところだ。
(リーオはお荷物じゃない。パーティーの大事な支柱だった)
魔法が上手く使えないからということで、リーオは陰で猛勉強に励み、独学で錬金術の知識を身につけている。
その錬金術で、店で買うと高価なポーションを安価で作り、魔物と戦うのに役立つ罠や毒も作ってくれていた。
(パーティーが快適に冒険出来ていたのは、リーオがいたからだ)
そんなことはウドルにも痛いほど分かっている。
だが、シルエンの言うことに、逆らうことが出来なかった。
「どうして、誰も反対しなかったんですか?」
「それは・・・・・」
ウドルはうつむいた。
実は、一週間ほど前に、リーオとナギを除いて集会が開かれていた。
要件は、リーオとナギの追放についてだ。
あの時にハッキリと反対していたのはローナだけで、他のメンバーは、シルエンの顔色を窺ってただ黙っていた。
もし機嫌を損ねれば、今度は自分の番になるかもしれない。そう思うと、怖くて発言することが出来なかったのだ。
「ウドルさんは、お荷物だと思っていたんですか?」
「それは違う!それは違うが・・・・」
ウドルが頭を抱え込む。
「ウドルさんを責めるのは、お門違いですよね・・・・」
ローナが自嘲気味に呟いた。
「私だって、ナギさんに話しかけられた時、何も言えなかったのですから。シルエンさんに何か言われるのが怖くて・・・・」
ローナが下唇をキュッと噛みしめる。
そこには、強い後悔の念が浮かんでいた。
「私たち、これからどうなるんでしょうか」
「さあな・・・・」
「私、凄く不安です・・・・・」
重苦しい沈黙が流れた。
他のメンバーは既に帰っており、集会所は二人だけになっていた。
「それじゃ、私、帰ります」
「ああ。気をつけて帰れよ」
「ウドルさんも、気を付けてくださいね」
ローナは立ち上がり、とぼとぼと歩きながら集会所を出ていった。
ウドルはローナが出ていくのを見届けて、天井を見上げた。
そして、目をつぶり、ひどく落ち込んだ声で呟く。
「俺だって不安だよ・・・・」
その呟きに応える者は、もう誰も居なかった。