第03話 二人だけのパーティー
俺は雪に着いた足跡を頼りに、ナギの後を追った。
月明かりが雪を照らし、夜闇に青白い光を浮かび上がらせている。
足跡を追っていくと、ナギは町の教会のそばでうずくまっていた。
「ナギ・・・・・」
俺はナギにどう声を掛けたらいいのか分からなかった。
「その・・・・、すまん」
咄嗟に出たのは、そんな言葉だった。
「どうしてリーオが謝るのよ」
「だって、ナギが追放されたのは、俺を庇ったせいだから・・・」
「リーオのせいじゃないわよ。あいつがバカだったからよ」
ナギは吐き捨てるように言った。
「あいつは自分のことしか考えていない。自分が勇者として活躍することしか興味がないのよ。仲間のことなんて、結局、どうでもよかったんだわ」
ナギは悔しそうにしていた。
俺とナギとシルエンは、パーティーが結成された時からのメンバーだ。
最初は失敗ばっかりで、お互いに出来ないことの方が多かった。
だが、そこから少しずつ壁を乗り越え、俺たちはSランクにまで上り詰めた。
俺たちは、共に苦難を乗り越えてきた仲間だと思っていた。
だけど、今日、その仲間だと思っていた人に、簡単に捨てられた。
何のためらいもなく、邪魔者を追い出そうとするかのように・・・・。
「それで、これからどうするの?」
ナギが俺の顔を見て言った。
「これから・・・・、か」
俺はナギの隣に座り、ぼんやりと空を見上げた。
「取りあえず、故郷に帰ろうかなと」
「故郷に?」
「ああ。世話になった孤児院の仕事でも手伝う」
俺は孤児院の出身だ。
産まれたときから両親が居らず、天涯孤独の身として育てられた。
居場所がなくなった俺には、そこしか帰る場所がない。
「冒険者の活動はどうするつもりなのよ」
「俺じゃ無理だ」
「無理ってそんなこと・・・・」
「俺は魔法もろくに使いこなせない魔導士だ。一人じゃとてもやっていけない」
それに、黒の魔導書がない今、俺に魔導士としての価値はほとんどない。
あの魔導書がなければ、俺は魔法すら使うことが出来ないのだから。
「一人じゃなくて、パーティーを組んで活動を続ければいいじゃない」
「それこそ難しい話だ」
「どうしてよ」
「誰が俺をパーティーに入れるというんだ。実力もなければ、勇者に追放されたという不名誉な事実もある。そんなやつを仲間にする物好きな奴なんて・・・・」
いるはずがない。そう言おうとした時だった。
「ここにいるわ」
ナギがそう言って、微笑んだ。
「貴方とパーティーを組みたいと思っているもの好きが、ここにいるわ」
俺は目をぱちくりとさせた。
「冗談を言っているのか?」
「冗談なんかじゃないわよ。本気よ」
ナギの表情は、確かに真剣だった。
「でも、ナギにはもっといい仲間が見つかるだろ。それこそ、俺みたいな落ちこぼれじゃなくて、Sランクパーティーに所属しているようなもっと優秀な・・・・」
「私も勇者に追放された落ちこぼれなのよ?リーオと変わらないわ」
「そんなことない!」
ナギは、俺なんかとは全然違う。
幼い時から才能に恵まれ、実力で勇者のパーティーに入った。
あのパーティーで一番実力があったのは、シルエンを除けば、ナギだ。
俺とナギには、天と地ほどの差がある。
「それにね、リーオ。私は貴方のことをよく知っているわ」
「俺のことを・・・?」
「そう。貴方がどれだけ勇敢で、どれだけ陰で努力していたか・・・。そして、どれだけ私たちのことを支えていてくれていたかということをね」
「俺なんて足引っ張ってばっかりなのに・・・・」
「そんなこと、全然ないわ。今だから言わせてもらうけど・・・・」
ナギが俺の顔をじっと見つめる。
「私たちがSランクという高みまでこれたのは、貴方のお陰よ。貴方という支えがなかったら、私たちは絶対にどこかでつまずいていたわ」
「な、ナギ・・・・」
涙がポロポロと零れた。
言葉だけでも、そう言ってもらえるのが嬉しかった。
「それにね・・・・、私には、貴方が必要だったから・・・・」
ナギがボソリと呟く。
「何か言ったか?」
「う、ううん!何でもないわ!」
ナギは顔を赤らめ、恥ずかしさを誤魔化すようにそっぽを向いた。
俺は何が何だか分からず、首を傾げた。ナギは何か言ったのか?
「それで、返事はどうなの?」
ナギは平静を取り戻し、改めて俺にそう尋ねてきた。
「俺は・・・・」
本当に良いのだろうか。
俺みたいなやつが、まだ冒険を続けても良いのだろうか。
また、誰かの足を引っ張ることになるのではないだろうか。
「故郷に帰って孤児院のお手伝いをする?それとも、私とパーティーを組んで冒険を続ける?」
ナギは服に着いた雪を振り払いながら、スッと立ち上がる。
「さあ、答えを聞かせて」
ナギは俺に向けて手を差し出した。
その手を見て、俺はハッキリと思いを告げることを決意する。
自分の、正直な気持ちを、ナギに伝えるんだ。
「冒険を続けたい・・・・。俺は、まだ冒険を続けたい!!」
「なら、答えは決まりね」
ナギが満面の笑みを浮かべる。
「ああ」
俺はナギの手をしっかりと掴んで、立ち上がった。
「これからも、よろしく頼む」
「ええ。二人しかいないけど、新パーティー結成ね」
ナギのそんな言葉が、俺にはとても心強く思えた。
「ところで、その、実は一つ問題があるんだが・・・・」
「どうしたの?」
「黒の魔導書のことなんだが・・・・」
「黒の魔導書?」
「俺は、今、黒の魔導書を持っていないんだ」
大きな問題だった。
黒の魔導書が無ければ、俺は魔法を使うことが出来ない。
そうなると、俺は戦いに参加できなくなってしまう。
パーティーを組んでも、どうやって貢献したらいいのかが問題だ。
「持ってない?でも、そこにあるものは?」
「え?」
「ほら。リーオの後ろに、本が置いてあるじゃない」
ナギが俺の後ろの方に向けて指をさす。
「俺の後ろに本が?そんなバカな・・・・」
ナギに言われて振り返ると、確かに本が置いてあった。
表紙についた雪を振り払うと、それは、黒の魔導書だった。
「な・・・・!?」
「あら、黒の魔導書じゃない」
「どうしてこれがここに・・・・」
俺は確かに、集会所に黒の魔導書を置いてきたはずだ。
シルエンも確認したし、俺も黒の魔導書を持ち出した覚えはない。
(有り得ない・・・・)
「何かあったの?」
「い、いや・・・・・」
俺は何も言うことが出来なかった。
自分でも何が起こっているのか分からず、状況を整理できない。
「それより、晴れて新パーティー結成が決まったんだから、明日になったら、この町を出るわよ」
「町を出ていくのか?」
俺は、ひとまず、魔導書は自分で持っておくことにした。
ここにある理由を考えても仕方ない。考えても分からないのだ。
「ええ。シルエンがいるところだなんて活動しづらいでしょ」
「それもそうだな・・・・」
顔を合わせたら何を言われるか分からないし、ギルドもシルエンを気遣って俺たちに依頼を回してくれないかもしれないしな。
「それじゃ、今日はもう遅いし、宿に行きましょ」
「ああ。そうしよう」
俺はどこか上機嫌なナギと一緒に、雪の中を歩いて宿まで行った。