第02話 魔導書を返す
「は?」
俺は一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
「聞こえなかったのか?」
シルエンが俺の顔を見てニヤニヤと笑う。
「お前を追放すると言ったんだ」
「本気で言っているのか?」
「本気だとも。お前を追放するために根回しをしたぐらいにはな」
そう言って、シルエンは懐から紙を取り出した。
「それは何だ?」
「国王からの正式な勅書だ。これが無ければ誰も信用しないだろう」
勇者が入るパーティーは、通常とはかなり変わった扱いになっている。
メンバーの追放には国王の許可が必要であり、勝手に追放することは出来ない。
「読むか?」
シルエンが俺に勅書を投げ渡した。
読むと、そこには、俺の追放を許可するという趣旨のことが書かれていた。
「納得したか?」
「・・・・・ああ」
ここまで揃えられたら、納得するしかない。
俺はこのパーティーから追放されるのだということを。
「ちょっと待ってよ!!」
ナギが声を上げた。
「本当に追放なんてする気!?リーオは最初の頃からずっとパーティーを支えてくれた仲間なのよ!?前回の失敗があったからって、それだけで追放するなんてあんまりじゃない!!」
「前回だけじゃない!!!」
シルエンは声を張り上げた。
「リーオが失敗したのは前回だけじゃない。これまでに何度もあった」
「それでも、支え合って来たじゃない。皆が揃ってこそのパーティーでしょ?」
「支えているのは俺たちだけだ。リーオは、支えられているだけだ」
「そんな言い方って・・・・!」
「何か異論でもあるのか?それなら皆にも異論がないか聞いてみよう。リーオは俺たちの支えになっていると思うのか?ん?リーオは本当に必要な存在か?」
シルエンは他の仲間に向かって尋ねた。
他のメンバーは顔を俯かせるだけで、ただただ黙っている。
皆、心のどこかで、俺のことをお荷物だと思っているんだ・・・・。
「何も言わないということは、皆、考えていることは同じということだ」
「そんなことないわよ!あんたが圧力を掛けるからでしょ!ね、ローナは違うわよね?リーオのことを必要だと思っているわよね?」
ローナはドワーフのハンマー使いだ。
身体は小さいが、パーティーの中で一番の力持ちである。
「わ、私は・・・・」
ローナは身体を震わせながら、ナギの顔を見上げる。
「私は、リーオを・・・・」
ローナは何か言いかけようとしたが、そこにシルエンの顔が視界に入った。
その途端に、ローナは再び俯き、何も喋らなくなってしまった。
「ローナ・・・・」
「いくら説得しようと無駄だ。皆の考えは一緒なのだからな」
シルエンは勝ち誇る様に言い放つ。
「あんたってやつは本当に・・・・」
「おっと。言い忘れる所だった。実は、ナギにも話しておかなければならないことがあるんだった。ふふふ・・・・」
シルエンが薄ら笑いを浮かべる。
そして、懐から、さっきと同じような紙を取り出した。
「まさか・・・・・」
「そのまさかだ。今日限りで、ナギ、お前も追放する」
「どうしてナギまで追放するんだ!!」
俺は声を上げずには居られなかった。
「俺が追放されるのは分かる。俺は、皆の足手まといだからだ。だが、ナギは違うだろ!ナギはこのパーティーの大事な戦力じゃないか!!」
「ふんっ。"黒の魔導書"を扱えることだけが取り柄の三流魔導士が。よくもそんな生意気な口を聞けたものだな」
シルエンが高圧的な態度で俺のことを見下す。
「ナギは大事な戦力だと?ナギはこのパーティーのリーダーである俺に食って掛かり、挙句の果てに、お前に異常に肩入れしてパーティーの輪を乱そうとした。ナギはパーティーをかき乱しているだけで、何一つ役立っていない!!」
(まさか、こんなやつだったとは・・・・・)
俺は呆れて口が塞がらなくなった。
ナギにどれだけ助けられたと思っているんだ。
ナギがどれだけこのパーティーに尽くしてきたと思っているんだ。
ナギが居なかったら、勝てなかった戦いが何度もあっただろう。
それを、シルエンは、自分と意見が合わないという勝手な理由の為に・・・・。
「もういいわ。リーオ」
ナギは落ち着いた様子でそう言った。
だが、ナギの方を見ると、その顔は怒りで震えていた。
「あんたがどういうやつなのか、よく分かったわ。実力だけはあるから大目に見ていたけれど、今日と言う今日はもう我慢ならない。こんなパーティー、私の方から願い下げよ!!」
そう言い捨て、ナギは集会場から出ていった。
「ナギ!!」
俺は彼女の後を追おうとした。
「待て」
だが、シルエンが後ろから呼び止めた。
「リーオ。お前にはまだやるべきことがあるだろう」
「やるべきこと?」
「その魔導書だ」
シルエンは俺が手に持っている魔導書を指した。
「それは、本来、お前の持つべきものじゃない。返してもらおうか」
"黒の魔導書"・・・・。
王国の国宝の一つであり、強大な魔法を発動できるとされている。
誰も使い手が居なかったため、王国の宝物子で埃を被っていたが、俺という"使うことの出来る人間"が現れたため、王国から俺に貸し与えられていた。
この魔導書こそが、俺が勇者のパーティーに加えられた、最大の理由だ。
「これを、返すのか」
「そうだ。お前はもう俺たちの仲間じゃない。だから、その魔導書をお前が持ち続ける理由はないだろ」
確かにそうだ・・・・。
"黒の魔導書"を勇者を補佐するのに使えるかもしれないからという理由で、俺はこの魔導書を持たされていたのだ。
勇者からパーティーを追放された今、俺にこの魔導書を持ち続けることの出来る理由はなかった。
「分かった」
俺は魔導書をテーブルの上に置いた。
「それじゃあ、もう行っていいぞ。追放された同士、せいぜい慰め合うことだな」
俺はシルエンの言葉を無視して、ナギを追いかける為に外に出た。
集会所の外では、雪がしんしんと降り積もっていた。