6 お茶会です
ルークと婚約させられてから二週間ほどたったある日のこと。
「ねぇ、リリア。今度ミューア公爵家でやるお茶会に一緒に行かない?」
「え、ミューア公爵家のお茶会ですか?」
我が家の庭を散歩している時にそう訊かれた。
「そう、ミューア公爵令息のサイラスは知ってる?彼は僕の幼馴染みなんだけど、お茶会に是非と言われてね。それなら婚約者を伴って行こうかなって」
「サイラス・・・・・・」
ミューア公爵家といえば、最も王族に近い家だ。そして、会話に出てきたサイラスとは、ゲームの攻略対象の一人でもあった。
「・・・そうですね、行きますわ」
どうせ拒否権はない。恐らくそれは、婚約者のお披露目でもあるのだろう。
「そう、よかった。サイラスにも伝えておくね」
ルークは相変わらず真意の読めない笑顔を浮かべている。
これは気を引き締めなければ、と私は内心ため息をついた。
*
「着いたよ、リリア」
「・・・はい」
ガタン、と馬車が止まって扉が開く。ルークにエスコートされて降りると、至る所から視線を感じた。
(そりゃそうよね・・・、なんてったって第一王子の婚約者なんだもの・・・)
好奇心、嫉妬、羨望。様々な感情の乗った視線が刺さる。
「大丈夫だよ、リリア。君は堂々としていればいいんだ」
ルークはぎゅ、と少し強めに私の手を握った。不意をつかれて彼を見ると、珍しく裏のない笑みを浮かべていた。それは純粋な励ましだった。
「・・・ありがとうございます」
その笑みにつられて私も笑う。多分、力が抜けてだらしのない笑みを浮かべた気がする。なのに、ルークはどうしてか目を見開いている。
「ルーク様?」
「──あ、うん。行こうか」
ハッとしたように彼はそう言うと、私に顔が見えない方を向いてしまった。どうしたと言うのか。私は怪訝そうに彼の頭を見つめる。
「あ、ルーク」
すると、突然声をかけられた。
「──サイラス、久しぶり」
先程までよく分からない態度をとっていたルークは、流石というかなんというか、もういつも通りに戻っている。話しかけてきたのは、攻略対象の一人、“サイラス・ミューア”だ。 黒髪で襟足を縛った髪型、そして怪しげに光る赤い瞳。見た目の幼さを除けばゲーム通りだ。
「久しぶりだね〜、元気だった?」
「ああ、この通り。サイラスも変わりないみたいだね」
「まぁね、なにもなさすぎて暇だけど・・・。あ、そちらのお嬢さんってもしかして」
他愛のない話をしていたサイラスがこちらを見る。油断していたところに突然自分が話題になって内心慌てた。
「うん、君にも紹介するよ。彼女はオルコット公爵令嬢、リリアーナ。僕の婚約者だよ」
「・・・リリアーナ・オルコットと申します。本日はご招待いただきありがとうございます」
「へぇ」
サイラスはその怪しげな瞳を私に向けて、そして目を細めた。
「なるほどね、ルークが気に入るわけだ」
なんだろうこの感覚、まるでルークが二人いるみたいだ。類は友を呼ぶというが、そういう事なのか。
「ようこそ、リリアーナ嬢。今日は楽しんでね〜」
彼はそう言うと、お茶会の会場へと歩き出した。
サイラスの印象は、マイペースで穏やかと言ったところだろうか。しかし、その裏に真意の読めなさを持っている。
(ゲームでものんびり屋だけど頭は切れるキャラだったし・・・。油断は禁物ね)
その独特のペースで相手を翻弄して、最終的にはいつの間にか彼の手のひらで踊らされる。彼はそういった手段を取るはずだ。気をつけなければいけないことが多すぎる。小さく息を吐いて、ちらりと隣を見る。隣ではルークとサイラスが談笑しているのだが。
(──うーん、顔がいい)
なんだかんだ私はそういう奴である。サイラスも攻略対象なだけあって素晴らしい美貌を既に手にしている。その美しさたるや。二人の周囲は煌めいている。
(規格外のイケメンが並ぶと恐ろしいわね。これにうちのお兄様を足したらもっと凄いことになるわ)
ふむ、と想像してその煌めきに想像の中の私は目をやられている。
「──リア?」
(無口でよく言えばクール系のお兄様、裏表はあるけど人当たりが良くて、いかにも王子様なルーク、マイペースキャラのサイラス・・・。言葉だけでも並べると攻略対象揃えたみたいになるわね)
「ねぇ、リリア?」
(あら?でもお兄様って攻略対象だったかしら?覚えてないわ・・・。いた記憶は無いんだけど・・・)
「リリア、どうかしたの?」
「はいいッッ!?」
急に端正な顔が──、ルークが私を至近距離で覗き込んできたことに驚いて、思いっきり驚いてしまう。
「あ、よかった気づいた」
「ち、近っ!近い近い!!」
ニコ、と笑うルークから距離を取ろうとすると、グイッと腕を引かれる。
「ぇ、ひぇ!?」
されるがままに、私はすっぽりと腕の中に収まってしまう。
「僕の婚約者は随分と警戒心が薄いみたいだ」
何をするんだともがくが、どういう訳か彼は私を逃がさない。ただでさえ八歳の身体は小さい。それを十一のルークに抱き締められてしまえば、体格差で私はどうにも出来ない。
「ダメだよ、リリア。考え込んで周りが見えないのは君の悪いくせのようだね」
「うっ、それは・・・」
自覚しているだけに耳が痛い。抵抗するのをやめて大人しく反省すると、ルークは腕を解いた。
「次からは気をつけて、ね?」
「・・・はい」
「ああそうだ、それからもうひとつ」
「・・・・・・なんですか」
もう言うならさっさとしてくれ。お説教は短い方がいい。
「敬語じゃなくていいよ。婚約者、なんだから」
「・・・はぁ」
なんだ、今日のルークはやたらと“婚約者”推しだな、と私は不思議に思ったが、とりあえず頷く。すると、
「・・・ねぇ、俺もいるんだけどな〜」
「っっ!?!?」
クク、と笑いながらその声は間を割った。そうだ!ここ、お茶会!!待って、待って!私さっき────
「人前でそんな熱〜いハグなんてしなくても、君たちが仲良しなのは分かったからさ〜」
(いやぁあーーーーーッッ!!!!)
私は羞恥で真っ赤になる。一方ルークは涼しい顔で笑っている。あ、でも今は目は笑ってない。
「こうする必要があったからね」
「相変わらずルークは大胆だね〜」
ああ、もう嫌だ、断罪イベントの前に恥ずか死ぬ。