3 空気になります
あれからあっという間に時間は過ぎて、とうとう誕生パーティ当日になってしまった。だけど、この日のために私は作戦をきちんと練っている。その名も、“壁の花に徹しよう作戦”だ。これしか浮かばなくて、まぁいいかと諦めて寝た訳では断じてない。王子と私がどのように婚約に至ったかなんて分からないので、これくらいしかないから仕方がない。王子はパーティの主役だし、壁の花に構う余裕などないはずなのだ。
(なるべくお兄様にくっついて、離れる時は壁の花。私は会場の空気になるのよ)
「まぁ!素敵ですリリアーナ様!会場の誰よりも可憐ですわ!ええ、ええ!誰も敵いませんわ!」
「・・・ありがとうケリー」
ケリーは私のドレス姿をべた褒めしてくれたが、目立ちたくない私としては微妙な気分だ。
「リリアーナ、そろそろ行くよ」
「はぁい!」
父に呼ばれて私は馬車に乗り込んだ。
気分は完全にドナドナである。
*
「それじゃあ二人とも、しっかりやるんだよ」
「わかった」
「ええ」
両親と別れて、私は兄の隣にくっついて行動することになる。なるべく目立たないように行動したいのだが──、
(私のお兄様、超絶美形だったわ)
令嬢達のそばを歩けば振り返られ、動作ひとつでほぅ・・・と辺りからため息が出る。なんだこの兄。どうなっているんだ。これでは隣を歩く私も目立つではないか。
「お、お兄様」
「どうした、リリ」
私に呼ばれてふわ、と微笑む。最近の兄はちょっとずつ私に笑いかけてくれるようになった。それ自体はいいのだが、ここでそんなことされたら逆効果である。現に周りは黄色い声をあげている。頼むから十一歳らしからぬその色気のダダ漏れをやめて欲しい。
「・・・ん、あれはルーク殿下じゃないか?」
「え?」
兄の声で顔を上げると、一際目立つ人集りがあった。その中心にいた人物に目をこれでもかと見開いた。あ、あれは!!!!
(前世の私の最推し!!ルーク・アルヴァン!!!!??)
叫ばなかっただけ褒めて欲しい。輝くサラサラの金髪に、宝石のような碧眼。そして兄に負けず劣らずなその顔立ち。間違いない、この国の第一王子、ルーク・アルヴァンだ。
(って、いう・・・か・・・・・・)
確かに彼は私の最推しだが、これは彼の十一歳の誕生パーティである。つまり、
(ぎゃああああ!!!!お、推しがショタ!!!!ショタだわ!!!!なんっっってかわいいのかしら!!!!)
はぅあ!と思わず口に手をやる。こんなの萌えるしかない。推しのショタ化尊い。
「・・・・・・リリ?」
「っは!!な、なんでもありませんわお兄様!」
兄に不思議そうに覗かれて我に返る。いけない、あまりの尊さに我を忘れていた。尚も不思議そうな兄に取り繕うように微笑んで、ルークを横目に私達は移動した。
「リリ、いいか?絶対危ないことはしないこと。ここから動いてはダメだからな。わかったか?」
「もうわかりましたから!それ何回目ですかっ!」
現在、兄は友人に呼ばれて私と別行動をしようとしている所である。木から落ちた前科があるせいか、兄はその綺麗な顔をやや歪ませて、何度も念押ししてくる。
そんなに信用ないのか、私は。
美形の困り顔は美味しいが、いい加減聞き飽きた。兄を無理やり友人達の方へ押しやることでようやく解放される。
(お兄様・・・あんなに過保護だったかしら・・・・・・)
ゲームではリリアーナが嫌っていたため分からなかったが、もしかしたら兄は心配性なのかもしれない。兄が戻るまで、私は作戦通り壁の花に徹しよう。
壁の花作戦とはいえ、それ以外やる事が特にないため、私は最推しのルークを観察しようと辺りを見回す。が、
(あら?見当たらないわね・・・。パーティの主役なのに)
どこを見ても見つからない。どこかへ席を外しているのだろうか?はて、と思いつつ探るのはやめない。
(う〜〜ん、いないわね・・・。・・・ん?んんん??)
ふと、目を引く存在がいた。人集りは出来ていないが、私の目にはとまった私と同じ壁の花。
(可愛い顔立ち、茶髪でふわふわなミディアムヘア、透き通った黄色い瞳・・・?)
その容姿に引っ掛かりを覚えて遠くから凝視する。他のパーティでも見たことがない令嬢のはずなのに、どこか既視感があるのだ。あと少しで出かかっているその正体にモヤモヤする。
(そういえば、私の推しのヒロインは茶髪ふわふわロングヘアに黄色い瞳だった。・・・ってことはまさか!)
まさかそんな事ってあるだろうか。髪型こそ違うが、もしかして彼女は
(ゲームのヒロイン、ニーナ・ダンヴィル!?)
そんなまさか!という思いだった。何故って、彼女は十三歳で入る事になるこのゲームの舞台の学校に編入してくるのだ。それまでは平民で、編入の少し前にダンヴィル子爵の養子になるはず。そんな彼女が幼少期にここにいるわけがなかった。
(推しの登場は素直に嬉しいけれど、何かがおかしいわ。ニーナはこの時期にいないはずなのに・・・?)
訳が分からなくて考え込んでしまう。だから気がつかなかった。
「どうしてこんな所にいるの?」
え?ああ、それは今日のパーティで決まるらしい婚約者になりたくないからよ。絶対婚約したくないの。
「したくない?」
ええ。したくないの、絶対。
「へぇ、君は面白いね」
「面白いってそんなこと────」
「ん?どうかしたの、リリアーナ嬢」
考え込むと周りが見えなくなるのはいけない癖だと、分かっていたのに。
私は、心の中でしていたはずの返事に応えていたその存在を見て、思考停止する。
「・・・・・・・・・る、ルーク・・・殿・・・下・・・・・・っ!?な、何故こんな所にいらっしゃるのですかっ!?」
ふふ、と目を細めて笑う彼こそが、最推しにして人生における最大の壁。
ルーク・アルヴァンその人だった。