番外編:兄と妹(グウェイン目線)
この日、俺──グウェイン・オルコットは妹のリリアーナと共に生徒会室で放課後を過ごしていた。
「グウェイン・オルコット。公爵家の次期当主であり、クローディア学園の生徒会長。容姿端麗、頭脳明晰、おまけに運動神経良し…、と」
つらつらと妹の声で挙げられるそれらを聞きながら、俺は生徒会の仕事を捌いていた。
「世間の評判を挙げればキリがありませんが、やはりお兄様はとんでもない逸材ですわね」
「…そうか?」
「ええ、まあ…その無表情さと言葉の足らなさをクールで素敵と言われているのは私としては納得いきませんが」
「…それは、…悪い」
「別に謝らなくていいですよお兄様。今更です」
笑顔でそう言い放つ妹に、俺はズドッと心に割と重めな傷を負った。
「昔からそうですからね。気にしたらキリがありませんわ。まぁ、それでこそのお兄様ですけれど」
涼しい顔をして語る妹と、無言でダメージを受ける自分。
俺が彼女とこうしていられるのも、幼い頃に彼女が積極的に関わろうとしてくれたおかげだ。当時を思い出してふ、と頬を緩めた。すると、
「うっ・・・・・・!ちょっとお兄様、不意打ちはいけません」
「?」
妹が唐突に呻き声をあげた。いけません、いけませんわ、と首を振っているが何のことかサッパリ分からない。そう思っていることが妹には分かったらしく、彼女はずいっと身を乗り出した。
「いいですかお兄様!お兄様は妹である私の欲目を抜きにしても、絶世の美男子なんですのよ!常日頃からキラキラを撒き散らしてはそこらじゅうの令嬢を虜にしているんですから!そんなお兄様が不意打ちで微笑まれるだなんて、優しくありませんのよ!私の心臓に!」
「はぁ…」
ふんす、と息を荒くし熱弁する妹に曖昧な返事しか出来ない。何故なら、妹は一体誰のことを言っているんだ?といった内容でしかないからだ。
「それは一体誰のことを言っているんだ、リリ?」
「え」
「俺にとってその条件に当てはまる存在はリリだからな。お前以外に心当たりはないぞ」
「は」
俺の言葉に妹はぽかんとしてしまう。ふむ、と俺は書類から目を離して妹を見る。自分自身、見た目はそこまで悪くは無いと思っているが、妹と比べると差は歴然だ。何せ妹の美しさは、輝く月の女神のようだと評されるほどであるし、あのルーク殿下さえ魅力する優しさを持った存在だ。
「兄の欲目を抜きにしても、リリはどんな存在よりも美しい。常日頃から月のような美しい輝きを撒き散らしてはそこらじゅうの男女を問わず虜にしているだろう。俺と違ってコミュニケーションも得意だし、何より優しさがあるからな、お前は」
「な、ず、随分と恥ずかしい事を言いますわねお兄様!?」
「は、恥ずかしいのか…?リリの言葉の選択を真似ただけなんだが…」
同じような表現の方が良いかと思って返したが、どうやら良くなかったらしい。
「…お兄様って本当に、はぁ…。そういう所ですのよ」
言うのと言われるのは違うんです、等と小声で呟きながらジト目で見られる。
「なんだ、俺はまた言葉が足りなかったか?」
「いえ、いえ。大丈夫です。結構ですわ」
勘弁してください、と近くにあった書類で視線を遮られた。どうやら先程の(妹曰く)恥ずかしい言葉に照れたらしい。
(全く、これくらいわかりやすい反応を殿下にもしてやればいいものを)
はあ、とため息を思わずつく。妹の婚約者である第一王子は昔から彼女に惚れている。周りから見ればかなり分かりやすい──というより、気が付かれたくてわざと分かりやすくしているのだろうが、そんな態度にも幼い頃から全く気が付かないのが我が妹。俺の目の前で妹にベタベタされるのが気に食わず邪険にしがちだが、あそこまで来ると同情せざるを得ない。
(…と、思っていたんだがな)
俺は目の前で窓の外を眺める彼女に視線をやる。それに気がついたのか、「どうしましたか?」とキョトンとしてこちらに視線を戻した。
「いや、お前はなんというか、絶望的に鈍い所があるというのに、よく殿下への好意に気がついたなと思ってだな」
「……お、おおおおおおお兄様ぁあ!?」
「ぐっ!?」
途端にガバリと口を両手で思い切り覆われてしまった。見れば妹はシュンシュンと音がなりそうなほどに顔を赤くしているではないか。俺は何とかその手を遠ざけ口を開いた。
「まさか、隠しているつもりだったのか?」
その言葉に返事は返ってこない。無言は肯定だ。
「最近やたらと殿下に対して挙動不審だったからな。それに、殿下を見る目が違っていた」
「あ、あぁあ…うう…」
「周りが気がついているかは分からないが、少なくとも俺は気がついていたさ。俺はお前の兄だからな」
ふ、と口角をやや上げて言えば、妹は恨めしそうに視線を寄越した。
「こんな時でも顔がいいから許してしまう…。お兄様本当に顔がいいわね、朴念仁のくせに。朴念仁のくせに」
何故か二回も言われた。というか、見た目と性格は関係ないと思う。恐らくキャパオーバーした今、思いつくことを言い連ねているのだろう。
「お兄様は自分の事はとっっっっっても鈍いですのに!」
「リリにだけは言われたくないぞ」
自分の事に鈍いのはリリだ。悪いが彼女にだけは言われたくはない。
「お願いですから、その事は内密に、特にルークには内密にしてくださいね!?」
「分かっている」
慌てる妹を他所に俺は夕日を眺めた。そろそろ夜空になり暗くなる頃だ。
「リリ」
「…なんですか」
「俺は確かにお前の言うように朴念仁かもしれんが…、いつでもお前の味方だ」
昔から俺は、嫌な予感ほどよく当たる。最近になって感じる“それ”。きっと、もうじき穏やかな日々に嵐が巻き起こる。
「お兄様…?突然どうしたのです?」
妹はキョトンとしている。
「いや、言いたくなっただけだ」
(ルーク殿下、貴方にこんな事を頼むのは癪だが、どうか妹を幸せにしてくれ)
昔から気に食わない顔を浮かべて、俺は小さくため息をついたのだった。
リリアーナとグウェインはお互いがお互いに自分は相手ほど鈍くないと思っているタイプの兄妹です。
以前から見づらいかな、と思っていたので ・・・ の表記を … に変えてみました。