27 恋物語
「あら、クララ様」
「まあ、リリアーナ様、ミアさん、それにニーナさんも」
クララと友人関係になってから数日が経った。今ではクララは私やニーナだけでなくミアとも知り合っていて、クラスは違うものの会えば話をする程度になっていた。話しかけられたミアは沢山の本を腕に抱えながら嬉しそうに笑う。それと対照的に、ニーナの表情は曇った。
「・・・あ、すみません・・・。私今日はこれで失礼しますね」
「え?ええ。さようならニーナ」
最近気になる事がある。クララが来るとニーナがやけにソワソワしたり、こうして去ってしまうのだ。
(様子がおかしいわよね・・・?ニーナはいつも人当たりが良くてあからさまに避けたりはしないのだけど・・・)
ううん、と考え込むと、
「それでですね!お兄様ったら・・・あっ、・・・きゃあ!?」
ミアの悲鳴が聞こえてハッとする。
「ミア!大丈夫・・・!?」
「いたた・・・。いやですわ、どんくさくて・・・」
話に夢中だったらしいミアが突然転んだ。バサバサッと彼女が持っていた本達が床に落ちる。
「怪我はない!?」
「ええ、大丈夫ですリリアーナ様。持っていたものが落ちそうだったので慌ててしまって」
私の問いかけに あちゃー、といった顔で返事をする。クララも心配そうにミアを覗き込んでいる。手伝うわと声をかけて落としてしまった本を拾い上げると、そこに気になる一冊があった。
「あら・・・?これ・・・」
「え?・・・あっ!?ちょ、あの、リリアーナ様それは・・・!」
勢いよくこちらを見たミアが慌てた様子で私が拾い上げた本を隠そうとする。しかしその本は既に私の手にある。
「これ、ミアが書いたの?」
「うぅ、ううう・・・」
「まぁ!ミアさんは小説家なのですか!?」
ミアは真っ赤になって顔を手持ちの本で隠した。あっなにそれ可愛い・・・・・・じゃなくて!
「知らなかったわ。凄いわねミア!」
「いえっ、そんな!私まだ駆け出しですし・・・!」
この世界で令嬢が小説を書くことは珍しくない。しかし、友人にそういった者がいるとは思っていなかったので思わず興奮してしまう。
「ねぇ、これ読んでみていいかしら?」
私がうずうずしながらミアを見ると、彼女は降参だとばかりに頷いた。
「恋愛ものですけれど・・・」
「大丈夫よ!クララ様はどうします?」
照れるミアも可愛いわね、と思いつつクララに話を振る。すると彼女は首を横に降った。
「ごめんなさい、このあとは用事があって」
しゅんとするクララに気にしないでと笑いかけると、彼女はふわりと微笑んだ。
「あ、もう部屋ですわね。それではごきげんよう」
パタリと静かに閉まるドアを見届けて、私は振り返った。
「ねぇミア!久しぶりに私の部屋に来ない?」
「ま、まさかリリアーナ様・・・っ!」
なにかを察したミアに対して、ふふ、と私は我ながら意地悪く微笑んだと思う。
「直接感想を言いたいのよ、ね?」
*
「うっうっ・・・とてもいいお話だわ・・・」
「ありがとうございます!かなり気恥ずかしいですが・・・」
ぐすぐすしながら伝えると、ミアは照れながらも嬉しそうに笑った。
「面白くて今日一日で読み切ってしまいそうだわ」
「それは流石に目が疲れてしまいますよ・・・!」
慌てる彼女を他所に読み進める。ページをめくると、ヒロインが主人公への想いに気づくシーンだった。
『ライバルキャラに彼を渡したくない』、『胸が痛くてモヤモヤする』、『自分だけを見てほしい』
等々と綴られている。
(ん・・・・・・?)
なんだか妙にグサグサと心に刺さっていくそれらの文章。そしてヒロインの感情。
『きっとこれが、恋なのね』
そのページ最後のヒロインのセリフを見て、私は目を見開いた。
「ええと、ねぇミア。ここはヒロインが恋に気づく場面なのよね?」
「はい!主人公へいつの間にか恋をしていたヒロインが自分の気持ちに気づいて戸惑う場面ですわ!そこにはかなり力を入れましたの!リアルな恋情を────」
瞳を輝かせて語る彼女だが、途中から話が入ってこない。
ニーナを助けた時に過ぎったスチルでモヤモヤした自分。
婚約は契約だろうと言われて思い出し辛くなった自分。
温もりを手放したくないと切に願った自分。
カチリカチリとピースが次々に嵌っていく。
『きっとこれが、恋なのね』
──カチリ。
「っ・・・!!」
ああ、そうだ。そうだった。
今の今まですっかり忘れてしまっていた。というか、気づけなかった自分はかなり鈍いのではないだろうか。
「・・・・・・リリアーナ様・・・?」
ミアが微動だにしない私を心配そうに覗き込む。
「まぁ!どうしたのですかリリアーナ様!?お顔が真っ赤ですわ!」
どうやら私は、あの王子様の仮面を貼り付けた、実は恐ろしい蛇のような利害の一致から婚約者になったルークに、悲しくも恋をしているらしかった。
*
とある者の自室。その部屋の主は、向かい側に座る者を冷たい目で見つめた。
「このままでは計画が狂うのも時間の問題よ。私の人生を賭けたこの計画をおじゃんにしたら・・・わかるわね?」
鋭い視線に相手は身を竦ませた。その様子にため息をつき、そして怪しく笑った。
「・・・絶対に、上手くいかせる。全ては“ゲーム”通りになるのよ。精々今を楽しみなさい、悪役令嬢。あなたは死ぬ運命なのだから」
窓から入った光が、アッシュピンクの髪を照らしていた。