22 避けられない
腹を抱えて笑うサイラスと真っ赤なニーナをどうしようかと考えていると、
「あの、リリアーナ様」
「え?」
後ろから見知らぬ少女が話しかけてきた。彼女の服装からして誰かの侍女だろうということは予測できた。
「主人から、こちらを預かってまいりました」
そう言って彼女はポケットから手紙を取り出す。
「あら・・・ありがと、う!?」
素直に受け取ろうとした所で、後ろに私の身体が傾いた。びっくりして振り向くと、どうやらサイラスに引っ張られたらしかった。ニーナも赤い顔はどこへやら、私の前に立って壁のようになっている。
「君、誰の使いかな?」
「っ!」
サイラスは先程までの爆笑をすっかりどこかへやって、その瞳をギラギラさせて殺気を滲ませている。その鋭さに侍女はビクリと怯えた。この切り替えの早さは流石だが、これでは彼女が可哀想だ。
「ちょっとサイラス!この子はただ主人に言われて届けに来てくれただけなのだから、そんなに睨んじゃダメよ!」
「そうは言うけど、これがただの手紙だと確信は出来ないでしょ」
厳しい表情をして、私を侍女からさらに離すように彼の背に追いやられる。
「悪いけど、そんな怪しいもの受け取れないよ・・・って、ちょっと!リリアちゃん!?」
「受け取るわよ!ねぇ、それを渡してくださらない!?」
グイグイとサイラスに抵抗しつつ必死で手を伸ばすと、侍女は私にサッと渡してくれる。
「わ、私はお渡ししましたから!」
そして、酷く怯えた顔で彼女はそう言うと走り去っていった。
「大丈夫かしら、あの子」
「あの子を心配するよりも・・・、ちょっとリリアちゃん。なに勝手に受け取ってるの」
「だって、受け取らなかったらなんなのか分からないじゃない!」
「危ないものが入ってたらどうするのってこと。ただでさえロイ殿下に目ェつけられてるのに。ただの手紙だとしても、これがロイ殿下からの呼び出しとかだったらこっちは立場的に断れないよ?」
私はうっと言葉を詰まらせる。サイラスのお説教は嫌いだ。彼が怒る時はとても正当な理由で、なおかつ私の分が悪い時に限る。
「はぁ・・・、受け取ったからには中身見るけど・・・。俺が開けるからね」
「え、それは」
「俺が、開けるから、ね?」
「・・・・・・はい」
迫力のある笑顔で言われて頷くしかない。ニーナはそんなやり取りを見て苦笑している。
「どれどれ〜」
サイラスは手持ちのナイフでスパッと綺麗に封筒を切った。そのナイフこういう使い方するためのものじゃないわよね、と思ったが心に留めておく。
「ん、危険物はなし・・・」
ガサガサと確認して、サイラスは私達に手紙を見せた。
「ええと、『図書室に来るように。 ロイ・アルヴァン』・・・・・・」
私は端的な文章を読み上げて、サアッと血の気が引いていくのを感じた。サイラスは言わんこっちゃない、と額を押さえている。
「あの、これはリリアーナ様おひとりでという事なのでしょうか?」
「指定はしてきてないけど、多分そうでしょうね」
その言葉にニーナは心配そうに私を見る。私は大丈夫よと微笑んで、サイラスから手紙をパッと奪った。
「あっ、ちょっとリリアちゃん」
「こういうのは先延ばしにしてもいい事ないわ。今から行ってくるわね」
「それなら俺達も──」
「一人で行くわ。大丈夫よ、ロイ殿下にも第二王子としての立場がある。少なくとも彼からは不用意なことはしてこないでしょ?」
「それはそうかもしれないけど・・・・・・」
サイラスは納得していないらしく食い下がる。
「・・・そんなに心配なら図書室の近くにいてちょうだい。それならいいでしょ?」
その言葉にサイラスはため息をついて、「最初からそのつもりだよ」と肩を竦めた。
「ニーナは万が一があってはいけないから、今日は寮に戻っててちょうだい、ね?」
「・・・・・・わかりました」
とても不安げな顔のニーナを笑顔で見送って、私はサイラスと共に図書室へ歩き出したのだった。
「ねぇ、本当に大丈夫?俺もついて行く?」
「大丈夫よ!本っ当に信用ないわね!」
「昔からリリアちゃんを知ってれば誰だってこうなるよ〜」
「もう!分かったから!」
サイラスをグイグイと押しやって、私は一人で図書室の扉を開けた。
「・・・失礼致します」
一応断りを入れてから入室する。少し奥に行くと、本を手にしたロイが佇んでいた。
「来たか」
「・・・お待たせして申し訳ございません、ロイ殿下」
「別に、そう待ってはいない。それに呼び出したのも俺だしな。そこに座れ」
そう言って、彼も指示した椅子と向かい合わせのものに座る。大人しく従うと、ロイは真顔でこちらを見てきた。
(な、何を言われるのかしら・・・)
落ち着けず鼓動が忙しない。緊張しているのが分かったのか、ロイはふ、とやや表情を緩めた。
「そう緊張することでも無い。俺は本当に、お前に興味があるだけだ」
「興味、ですか」
「ああ。──兄上の事についてはどこまで知っている?」
「っ!」
突然ルークのことを持ち出されて私は息を飲む。
「どこまで、とは・・・」
「聞き方を変える。兄上の手が血に染っている事は知っているか」
「・・・はい」
「その原因が俺だということも?」
「・・・・・・はい」
嘘をつかずに答えると、ロイは だからだ、と言った。
「それを知っていて尚、婚約者としての立場を捨てないお前が面白いと思った」
「それは・・・」
淡々と言うロイの言葉に、私は思わず反論しかける。しかし、聞こえなかったらしいロイは言葉を続けた。その言葉に、私は目を見開いた。
「──婚約なんて、ただの契約だろう」
──キン、と その言葉に心が冷えていったのを感じた。