20 新たな出会い
クローディア祭が終わり、いつも通りの日々が戻ってきた。のんびりと流れるいつも通りの時間がなにより落ち着く。
「やっぱりああいう催し物は疲れるわね・・・」
私はティーカップを片手にふうとため息をつく。現在は昼休みで、カフェテリアの椅子で寛いでいた。
「そうですね。リリアーナ様、おつかれ様でした」
隣で微笑むのはニーナである。ミアは今日は遅れると言っていたため、今は二人きりだ。
「あなたもね、ニーナさん。編入したてでイベントだなんて、疲れたでしょう」
「いえ!私はとても楽しかったです!リリアーナ様やミア様とご一緒できたので!」
(な、なんて眩しいの・・・・・・っ!)
ぱぁっと花が咲いたように笑って言うニーナは眩しくて可愛らしい。
ふふ、美少女と二人きりって贅沢ね、などと思っていると。
「・・・あ、あの、リリアーナ様。実は一つ・・・お願いがあるんです」
先程まで笑っていたニーナがふいにこちらを伺いながら言いにくそうに俯いた。
「えっ?どうしたのニーナさん?」
私はぱちぱちと瞬きをする。すると、彼女は意を決したようにこちらを見つめてきた。
「あの!わ、私・・・!リリアーナ様に『ニーナ』と、呼んで頂きたいのです・・・っ!」
「・・・・・・・・・ぉん・・・?」
私はなんとも言えない声をあげることしか出来なかった。ニーナはぷるぷると彼女自身の小さな手を握りしめて、顔を真っ赤にしている。
「昨日機材が落ちてきた時に、リリアーナ様が私の事をそう呼んでくださっていたので・・・、その、普段からそう呼んで頂きたいな、と」
「な、なるほど」
そう言えばあの時、必死さのあまり呼び捨てにしたような気がする。焦っていたから私自身はまるで気にしていなかったのだが・・・。
(わざわざ呼び捨てにしてくれだなんて、なんで彼女がそんなこと言い出したのかは分からないけども・・・。けれど断る理由もないですし)
私は真っ赤なニーナの手をそっと握った。彼女はハッとしてこちらを見る。その瞳はうるうると揺れていて、私には効果バツグンだ。
「うっぐ・・・、んんっ! ええ、あなたが良いなら、そう呼ばせてもらうわね、ニーナ」
咳払いで誤魔化しつつ微笑むと、ニーナもありがとうございます!と微笑んだ。
「・・・う、嬉しい・・・やっと・・・・・・────・・・」
「え?」
ニーナはボソボソと何かを呟いているが、聞かせるつもりのない一人言のようで、私には小さすぎて聞き取れなかった。
「リリアーナ様〜!ニーナさ〜ん!」
ふと後ろからミアの声がして、私達は振り返る。視線の先にいたミアはかなり急いできたようで、少し息切れしている。
「ミア、どうかしたの?」
「ええ、ええ!それがですね、先程学園にロイ殿下がいらしたのです!」
「・・・・・・え」
「ロイ殿下?」
その言葉に私は呆然とし、ニーナはよく分からないようで首を傾げる。
「ロイ殿下はアルヴァン国第二王子で、ルーク様の弟にあたる方ですのよ」
ミアが説明すると、ニーナはへえ!と瞳を輝かせる。
ロイ・アルヴァン。ルークが命を狙われている原因の一つである彼の異母弟。ゲームでは攻略対象の中で一番最後に登場する。
「ロイ殿下は十二歳の時から隣国へ留学されていたから、今まで学園にいなかったのですよ。もしかして編入されるのかしら」
「・・・クローディア祭後の編入・・・、ロイ殿下・・・」
私は盛り上がるミアとニーナそっちのけで考え込む。このタイミングでの彼の登場は、ゲーム通りではないのだ。ゲームではクローディア祭の夜、攻略対象達といるニーナの前に突如現れる。正直、昨日はそれを考える所ではなくてロイの事は忘れていた。
(もちろんこの世界はゲームではないから、その通りに行かないことも多いけれど・・・)
「あら?あの方は・・・」
ミアの声にハッとして意識を戻す。彼女が向いている方に、アッシュピンクの髪を風で揺らす一人の令嬢がいた。
「あの方、確かロイ殿下の婚約者よね?」
私の言葉にミアは頷く。
「見間違いでなければ、クララ様ですわね」
クララ・バチュラー。それは、ロイの婚約者である公爵令嬢。ゲームでは名前しか出てこず、顔は私も実際に目にするまで知らなかった。彼女とは特に話したことも無い。
「・・・・・・クララ様」
と、隣でニーナがはっと目を見開いていた。
「ニーナ?どうかしたの?」
私の呼び掛けにニーナは肩を揺らして、そして何事も無かったかのように笑った。
「いいえ、なんでもないです」
その困ったような笑顔でそんな事言われても納得はできない。けれど、彼女の目はこれ以上追求して欲しくなさそうだったので、何も言えなかった。
ミアに連れられて、私とニーナは校門にやってきた。ロイは学園長との話が終わり、一度帰るらしい。校門近くはロイを一目見ようと令嬢達が詰めかけていた。
「ロイ殿下は私達と同い年ですから、同じ学年になるのですね」
(うわぁ、騒がしくなりそうね・・・)
ミアの言葉にげんなりした所で、周囲から黄色い声があがった。
(うっ、すごい声・・・。さすが長年留守にしていた王子なだけあるのね・・・)
私は一歩引いてその場を観察する。ロイ自身にはそこまで興味はない。
(彼がいないことで、ルークもまた命を狙われる頻度が格段に落ちていた。彼が戻ったとなると、幼かった頃のような生活に戻ってしまうかも・・・)
一方で考えるのはルークの事である。彼には、比較的穏やかなこの学園生活を失って欲しくない。彼が楽しそうに笑っている事が、私にとっての幸せなのだ。側で彼と、友人たちと笑い合えることがなによりの幸せ。例えそれが、昔に交わした利用されるだけの契約からであろうとも──・・・・・・。
「・・・・・・い、おい、聞いているのか」
「ひゃい!?」
私は突然の声にびっくりして内心飛び上がる。
私の目の前には、見慣れない、しかし前世ではよく知った顔があった。
風に揺れる金髪はよく見慣れた金髪にそっくりで、私を見据える少しつり目気味の緑の瞳は冷たく光っている。
「お前が、リリアーナ・オルコットか」
「・・・・・・ロイ、殿下・・・」
そう、件のロイ・アルヴァンその人である。
私生活が忙しく更新が遅くなっていますが、必ず完走はしますので、これからもよろしくお願いしますm(*_ _)m