17 モヤモヤひとつ
コンテストの結果発表は夜なのでまだ時間がある。ということで、私達はクローディア祭を満喫していた。
(やっぱりいいわね、こういう文化祭みたいなイベントは。懐かしい気持ちになれる・・・)
「リリアーナ様!はい、どうぞ」
「えっ?なにむぐっ」
懐かしい気持ちで景色を見ていると、隣にいたミアに呼びかけられて振り返る。すると突然口になにか入れられた。
「・・・ん、おいひい!」
「でしょう?これ、丸い生地の中に魚介類が入っているんですって!斬新ですわ!」
「いやそれたこ焼きじゃ・・・」
「たこやき?」
「あ、なんでもないわ!」
私はハッとして首を振る。この世界にたこ焼きはないんだったわ。ミアはニーナの口にもたこ焼きらしきものを突っ込んでいる。ミアのこういう所は前世の気兼ねない友人関係に似ていて好ましかった。
「楽しそうだね、リリア」
微笑ましく思って彼女達を見ていると、ルークにそう言われて彼を見上げる。
「ええ。友人達とこうしていられるのは楽しいから」
「そう」
良かった、とルークが優しく微笑む。その笑みがいつもと少し違うキラキラを帯びている気がして目を擦る。
(ん?んん??いやだわ、疲れてるのかしら・・・)
「リリア?大丈夫?」
「え、ええ、大丈夫よ」
そう言ってもう一度彼の顔を見たが、先程のキラキラは感じられなかった。やっぱり疲れてるだけなのかもしれない。
道中、兄と出会ったので声をかけた。
「お兄様!」
「リリ」
兄は生徒会の会長のため、ここ数日忙しく会えていなかった。
「お疲れ様です。体調は大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ。少し睡眠不足だが」
彼はその美しい顔に隈を作っていた。それでも変わらず美しいってなんなんだろう。
「そう言えば、マドンナリリーに出たと聞いたが・・・」
「ええ、出れなくなってしまった子の変わりで出ました。まぁ結果は散々でしょうけど・・・」
ふふ、と死んだ目で自嘲する私を見た兄は、何を思ったのか微笑むと頭を撫でてきた。
「大丈夫だ、お前は私の自慢の妹なのだから」
きゃあ!と周りの生徒達から黄色い声が上がる。うん、わかるわ。お兄様の微笑みは破壊力あるものね。私は最近、ようやく耐性がついてきたけれども。
「ありがとうお兄様」
「ああ」
沈んだ気持ちが元通りになったところで、先程から嫌という程感じる視線に振り返る。
「・・・ちょっとルーク」
「ん?」
ニコニコ、ニコニコ。笑っているけれど目は笑っていない。昔からルークと兄は顔を合わせると空気が悪くなる。
「殿下、束縛すると嫌われますよ」
「僕はリリアに対しては心が狭いんだ」
なんの事かは分からないがより一層険悪になる。
「ルーク!そろそろ行きましょう!」
「・・・うん、そうだね」
慌てて彼を兄から引き離そうと手を引っ張ると、彼は満足そうに笑う。意味不明だが険悪になるよりはずっといい。
「ミア様、ルーク様とグウェイン様は仲が悪いんですか?」
「ふふ、お互いにリリアーナ様が大切なんですよ」
先程まで気を使って空気になっていたらしいニーナとミアは小声でそんな事を言っていた。
次にやって来たのはミアの兄がいる場所だ。アルフレッドは生徒会の副会長を務めているので、兄同様忙しそうにしている。
「アルお兄様!」
ミアは嬉しそうに駆け寄る。
「アルさんは後夜祭の準備に追われているのね」
「そうなんだよ〜!まったく、楽しむ所じゃないよ」
やれやれ、とため息をつく。私はそんな彼に苦笑しつつ、辺りを見回す。今は後夜祭の小さなステージを設営しているらしく、機材が沢山置いてあった。
(ん・・・?この光景どこかで見たような気がするわ・・・)
初めて見たはずなのに、何故か既視感を覚える。なんでだろう?と首を傾げたその時だった。
「──危ない!!!」
「え!?」
ハッとして声の方を見ると、組み立てられていた大きな部品の一部が落下していく。そしてそれは、
「ニーナ!!危ない!!」
ニーナの真上だった。私は咄嗟に彼女を助けようとしたが、それより先に彼女がその場から離される。
そのすぐ後に派手な音が響いて、私は急いで駆け寄った。大丈夫かと声をかける前に、私の足は目の前の光景にピタリと止まる。
「・・・大丈夫?」
「・・・あ、は、はい!!あ、ありがとうございます、ルーク様・・・!」
ニーナを腕の中に庇うルークと、慌てて礼を言うニーナ。
ニーナを咄嗟に助けたのは近くにいたルークだったのだ。そして、既視感の理由がようやく分かった。
“ニーナを咄嗟に庇い助けるルーク”。それは、ゲームのスチルそのものだったのだ。目の前の光景は、前世の私が気に入っていたスチルの一つと同じシチュエーションのそれである。・・・・・・なのに。
(どうして、こんなにモヤモヤするのかしら・・・?)
今までにない感情が芽生えて、私は眉を寄せる。ミアが人を呼ぶと言うので、私も着いていくことにした。この場から、早く立ち去りたくて仕方なかったから。
人を呼んだ後、私はミアとは戻らずに一人で図書室に篭った。あの時感じたモヤモヤがどうにも引っかかって仕方なかった。
(なんなのかしら?これ・・・。今までこんなこと無かったのに)
胸に手を当てて考える。だめだ、まったく分からない。
ニーナを守れなかった自分が嫌になったのだろうか?・・・有り得そうな話だ。私は推しラブな人間だから、物理的にも精神的にも傷つくところは見たくない。
──うん、多分そういう事ね。
そうなのだと自分に言い聞かせて、窓を見る。外は綺麗な夕焼け色に染っていた。と、
「リリ!こんな所にいたのか!」
「わ、お、お兄様!?どうしたんですかそんなに焦って!」
スパン!と扉が開けられた。常にはない慌てっぷりで私を呼ぶ兄に、私もどうしたのだと慌てる。
「いいから来い!リリがいないと進まないんだ!」
「え、ちょ!お兄様ってば!」
焦る兄に半ば引きずられて、私はわけも分からず図書室を後にした。