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番外編:ディラン

いつもより長いです。


ルーク・アルヴァン殿下の護衛兼執事、それが今の俺──ディランだ。

これは、本来なら顔を見る事すらなかっただろう彼にこのような役割を任された、遠い昔のようでさほど遠くない俺の過去の話。



木の葉が赤や黄に色づき始めた秋、俺は両親を病で亡くした。十一歳で身寄りをなくした俺は、薬屋を営む叔父に引き取られた。しかしその叔父はとてもぶっきらぼうで無口で、常にまともな会話が成り立つことは無かった。俺はそれでも居候している身なので、薬屋で叔父と働きながら暮らしていた。

「これを今日中に。それから私は一週間仕入れのために留守にする。店を頼んだぞ」

「はい」

叔父にお使いのメモを渡された俺は頷くとすぐに家を出た。

何も変わらないいつも通りの日常、のはずだった。



言われた通りのものを買い揃え、俺は家路に着いていた。薬草や、叔父では作れない薬品の数々を腕に抱えて歩く。すると、なにやら路地裏から争うような声が聞こえた。

(・・・?こんな所で何を騒いでいるんだ?)

滅多に人が行かないそこで騒ぐ声が気になった俺は、興味本位で覗いた。

(っ!?)

覗いたのが、俺の人生を変える最大の選択だったように思える。

そこには、布を被り抵抗する少女らしき子供とその抵抗を押さえつけようとする大柄な男がいた。

「大人しくしろ!お前は人質、殺すわけにはいかねぇんだ!」

「嫌よ!!誰が人質になるものですか!」

俺はその光景を見て、咄嗟に助けなければと思った。気がつけば彼女達の近くまで駆け出して、手に持っていた薬品の蓋を開けて男めがけてぶちまけた。

「っぁあ!!!なんだこれは!!」

薬が顔にかかった男は少女から手を離して慌てて拭おうとしている。

「こっち!」

「・・・え、ええ!」

呆然とする少女の手を引いて、俺は駆け出した。



「ここまでくれば大丈夫」

俺は少女を薬屋に入れて鍵をかけた。ほう、と息をつき少女を見ると、肩で息をしている。少し走らせすぎたかと罪悪感を感じた。

「ごめん、走らせて」

「はぁ、・・・いいえ、助けてくれてありがとうございます」

少女はそう言うと顔を上げる。ふとその時少女の被っていた布が取れて、顔が顕になる。それを見た俺ははっと息を飲んだ。だってその少女は、布の下にあまりにも美しく愛らしい見た目を隠していたのだ。月のように輝く銀髪はサラサラで美しく、サファイアのように煌めく大きな蒼い瞳と、それを縁どる上品な長いまつ毛。そして、透き通るような白い肌。まるで天使のようだと思った。

「あの・・・?」

少女に不思議そうに見つめられて我に返る。俺は慌てて視線を逸らして、とりあえず名前を訊こうと思い口を開く。

「・・・えっと、俺はディラン。君は?」

「リリアーナですわ。よろしくお願いします」

リリアーナと名乗った少女はふわりと笑う。その笑顔に、俺はドキリと胸を高鳴らせた。



ひとまず俺は、リリアーナがどういった経緯であんな所にいたのかを聞いてみた。

「えーと、なんていうか・・・、やむにやまれない事情が・・・」

分かりますく目を逸らす彼女を見て、きっと詳しくは言えないことなのだと察した。

「わかった、詳しくは聞かないよ。それで、この後どうするの?」

「それなんですけれど、どうせすぐにお迎えが来るのでしばらくここにいさせて欲しいんです」

「お迎え?」

こくり、と頷く彼女に俺も頷く。

「いいよ、叔父も一週間は留守にするそうだしね」

「! ありがとうございます!」

ぱっと笑顔になる彼女を見て、心が暖かくなる。妹が居たらこんな感じなのだろうか。

「一日二日もあれば来てくれるとは思うので、それまでお世話になります」

こうして、ぺこりとお辞儀をする可憐な少女との少しの間の共同生活が始まった。



「リリアーナ、これをそこにお願い」

「はーい」

リリアーナは積極的に店の仕事を手伝ってくれた。手伝う本人は楽しそうで、時々鼻歌が聴こえる。

「随分楽しそうに仕事をするね」

「えっ、そう?」

「うん、ご機嫌って感じがする」

そう言うとリリアーナは少し考え込んで、ふふっと笑った。

「こうして働くのがなんだか新鮮で楽しいのよ」

「へぇ・・・」

働く事が新鮮となると、彼女は貴族なのだろう。平民にこんな見た目の綺麗な子はそうそういない。

仕事をあらかた終えて、俺は彼女に手を出すように言う。

「なぁに?」

「はい」

手渡したのは飴玉だ。

「わ、飴!」

「疲れた時には甘いものだよ」

「ありがとうディラン!」

リリアーナは手伝ってくれたお礼代わりにあげた飴玉に、大袈裟なくらい目を輝かせている。

「そんなに飴が珍しい?」

「え?珍しいわけではないわ」

俺の質問にキョトンとするリリアーナ。「だってそんなに目をキラキラさせてるから」と言えば、彼女はどこか納得したように答えた。

「そりゃあ嬉しいわよ。ディランが私にくれたんだもの。人に貰ったものはなんであれ嬉しいわ。だって気持ちが篭ってるんだもの」

ふふ、と笑って当たり前のようにそう言う彼女。──そんな彼女が眩しく見えるのは気のせいだろうか。

「それを当たり前に言える君は凄いね」

「ええ?そうかしら?」

はて、と首を傾げる彼女が可愛らしくて笑ってしまう。見た目の歳にそぐわない聡明さと優しさを持っているんだと、この短時間でよく分かった。その時、

──パンッ!!

「「っ!?」」

突如として窓が割られる音がした。驚いて見てみれば、鉄の棒を持った男たちが店に入ろうとしている。

「リリアーナ!逃げるよ!」

俺は慌てて彼女の腕を引く。しかし彼女は首を振った。

「ダメよ、あなただけ逃げて」

「なんで!?」

「だってこのままじゃ危ないし・・・見たくもないものを見ることになるわ」

「それはリリアーナもだろ!?」

しかしそれでも彼女は動かない。

「いいから、アレの狙いは私。あなたが傷つく必要は無いわ。それに──・・・っ!?」

言いかけた言葉より先に一人の男がこちらに拳銃を向けたのを見て、咄嗟に俺はリリアーナを庇うために引き寄せる。来るだろう痛みに目を瞑っていると、

「──わお、派手にやったねぇ〜」

ザシュッという何かを切り付ける音とともに、間延びしたこの場に相応しくないような声が響く。

「本当にね、後処理する身にもなってくれと思うよ」

さらにその後ろから不機嫌そうな声がした。その声にリリアーナははっと顔を上げた。

「ルーク!サイラス!ここよ!」

その声に反応した二つの声の主がこちらに駆けてくる。

「リリア!怪我はないかい?・・・っと、」

俺は呆然とやって来て、俺を見て目を丸くしたその人物の顔を見上げた。心配そうにリリアーナに駆け寄ったのは、だって、そこにいるわけが無い人だったのだ。

「・・・・・・ルーク・アルヴァン殿下?」

「・・・君は?」

ぴくりと眉を寄せて不愉快そうに俺を見る。

──何故そんなふうに俺を見るんだ?

「あ、お、俺はディランと申します・・・ここの薬屋の従業員・・・というか・・・」

「そう、ディラン。さっそくだけどその手を退けてくれない?」

ニッコリ笑った殿下に俺はハッとして抱き寄せていたリリアーナを解放する。

「ちょっとルーク!彼は私を助けようとしてくれたのよ!」

「だからってこれを許せるかどうかは違う」

「・・・一体これのなにが問題なのか分からないわ」

リリアーナは殿下相手に随分と親しげだった。不思議そうに見ていると、

「リリアちゃんはルークの婚約者だからね〜。ルークはあの子にだいぶご執心だから気をつけてね〜」

「わっ!?」

いつの間にか隣にいた間延びした声の主に驚く。というよりも、

(殿下の婚約者・・・)

その事実に衝撃を受ける。何故そんな立場の彼女がこんな所にいるのか、ますます分からなかった。

「・・・あれ、君〜」

「え、あ、はい」

と、赤い血のような色の瞳が俺を見る。

「ねぇ、もしかして君のご両親は“黒の使徒”の配下だった?」

「っ!?」

驚いて俺は身を引く。それは、誰にも言えない、両親が亡くなる前に俺に教えた事。

「何故それを・・・」

「あ、ごめん自己紹介してなかったね〜」

彼はそう言うと目を細めた。

「俺はサイラス。サイラス・ミューア。黒の使徒の次の(おさ)だよ」

「ミューア・・・」

彼──サイラスは楽しそうに笑う。

「君のご両親とは何度か組んだのことがあるんだ。だから随分と面影があってね〜。俺は、一度見た人の顔は忘れないから。・・・ねえディラン」

サイラスはそこまで言ってすっと笑顔を消した。

「君さえ良ければ、一緒に来ない?そうだな〜、ルークの護衛兼執事あたりで」

「え!?」

提案されたそれに、俺は目を見開く。

「君をここで腐らすのは勿体ない。君は優秀な逸材だからね。どう?」

クク、とサイラスは再び笑う。

サイラスのとんでもない提案が、俺の人生の歯車を動かし始める。

──それを引き受ければ、リリアーナを護れる。

気がつけば、頷いていた。サイラスはうんうん、と頷いて「ルーク!良かったねぇ護衛が出来たよ〜!」と殿下に声をかけた。殿下は「サイラスがスカウトするなんて珍しいね」などと言っている。

「え、そうなのディラン!」

リリアーナはこちらを見て嬉しそうに笑う。

「よかったわ!せっかく仲良くなれたんだもの!」

「そうだね」

ニコニコと俺の手を取って笑う彼女につられて笑う。

こうして俺は、今隣で冷気を纏うルーク殿下の護衛兼執事となる第一歩を踏み出した。


──全ては彼女のために。


この日この時、俺は彼女を、そして彼女の大切な彼らを護ると誓った。



クローディア祭の準備の買い付けから帰ると、主人はムスッとした顔で俺を出迎えた。

「ディラン」

「なんでしょうルーク様」

「リリアーナとカフェに行ったって本当?」

この短時間でどこからその情報を仕入れたんだ、と半ば呆れる。

「ええ、本当ですよ。リリアーナ様がお礼にと」

肯定すると、彼はガックリ肩を落とした。

「・・・やっぱり俺が行くんだった」

「少しはご自身のおかれている立場を考えてください。駄目です」

「本当に君はそういう所だよ」

俺の主人はそう言ってため息をつく。

「全てはルーク様とリリアーナ様のためです。耐えてください」

「・・・・・・優秀すぎる執事を持つのも大変だね」

「それはそれは、恐悦至極」

今日も俺は、彼らの傍で生きている。

全てはあの日の誓いのために。



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