11 初イベントを起こしましょう!
ルークに教室まで送られて(断ったがついてきた)席に座った私は、ふうと息をつく。
「あら、リリアーナ様。ため息をついてどうしたのですか?」
「・・・ミア」
教室に重たい空気を漂わせて入ってきた私に、彼女は心配そうに話しかけてきた。名をミア・ラドクリフ。この学園に入ってから出来た大変可愛らしい顔立ちの友人で、ラドクリフ侯爵令嬢である。
「ええ、ちょっとね。でも大したことはないわ」
ルークがニーナに見向きもしなかったから推し成分が足りなくて・・・などと言えるわけがない。私には大したことあるが、ミアを心配させる訳にはいかないのだ。この可愛い顔には笑顔が似合う。
「そういえば、本日から転入生がいらっしゃるそうなのですよ」
「え、・・・テンニュウセイ?」
私は思わずカタコトになって聞き返す。まさか、まさかそれは。展開が読めてドキリとした時、ガラリと教室のドアが開いて講師が一人の令嬢を前に立たせる。
「・・・ニーナ・ダンヴィルです。えっと・・・よろしくお願いします」
(やっぱりーーーーーッ!!!!)
私は予想通りの展開に、机に額をぶつけそうになる。すっかり忘れていたが、ゲームでもニーナはリリアーナと同じクラスだった。何故こんなに大事なことを忘れていたのか。
(ルークに惹かれてることを知ったリリアーナは、同じクラスな事を利用して散々嫌がらせするのよね。だって、リリアーナは悪役令嬢だから。・・・でも!今の私は違う!)
むん、と口を引き締める。今の私はルークとニーナをくっつけてそれを見守りたいだけのオタクだ。邪魔などする訳が無い。どうか私なんて視界に入れずにルークとの恋愛に集中してくれ。
「それでは、席は・・・オルコットさんの隣で」
「・・・は?」
そんな思考は一瞬で無駄になった。
*
「リリア?ねぇ、これはどういう事かな?」
「・・・・・・」
「リ・リ・ア?」
ルークはニッコリと魔王のようなオーラを放ちながら私に問いかける。ぎちっと両手首を掴まれていて、背後には壁。所謂壁ドンってやつである。しかしそこにはトキメキなんてない。あるのは私の焦りのみ。
どう足掻いても逃げられそうにないこの状況に、私は先程までのことを考える。
時は二時間前に遡る。
「ええと、よろしくね、ニーナさん。私のことはリリアーナでいいから」
「あっ、はい!よろしくお願いします!リリアーナ様!」
隣になったからには色々と教えることも多く、とりあえず挨拶と自己紹介をする。彼女はハッとして、そのあと笑顔で応えてくれた。
「か、かわ・・・・・・っんんっ!・・・分からないことがあれば教えるから、遠慮なく言ってちょうだいね」
私は思わず可愛いと言いそうになるのを堪え、珍しく公爵令嬢らしい笑顔を浮かべる。
「はいっ!ありがとうございます!」
ぱっと可愛い笑顔を浮かべるニーナは、やはりヒロインだ。こんな可愛い子放っておく方が難しい。
「そういえば、この時期はテストありますけど、ニーナさんは大丈夫なのですか?」
ふと横にいたミアが思い出したように訊ねた。
「テスト、ですか?」
言われたニーナの顔が明らかに強ばる。そりゃそうだ、対策も何もないのだから。
「──あ」
そこまで考えてふと思い出す。
(そうだわ、勉強会!)
確か、はじめの方のイベントに勉強会があった。そこにはルークをはじめとした攻略対象たちも参加して、ヒロインと関わりを持っていくのだ。ちなみにゲームのリリアーナは、その勉強会に乱入してルークとニーナを近づけさせないようあれこれする。
「ね!ニーナさん!よかったら勉強会しましょう!」
名案だわ!とばかりに私は提案する。先程ルークと関わりをまともにもてなかったニーナのためにも、絶対開催したい。
「わ、私はもちろん、構わないですけど・・・」
ニーナは戸惑いつつも頷く。ミアはいいですよ、と朗らかに笑った。
よし!そうと決まればイベント開催よ!
まず、私は勉強会にルークを呼んだ。そうすれば必然的にサイラスやディランもやってくる。
ゲームのリリアーナは勉強が出来る設定だが、残念ながら私は苦手なのだ。だからよくルークに教えて貰っていたので、誘うこと自体なにも怪しくはない。ないから、私はそこにつけ込んでニーナがいる事は教えずに誘っておいた。
「おまたせ、リリア・・・、あれ?」
「あ、ルーク」
ルークは一緒にいるニーナに目を丸くする。
「今日はニーナさんも一緒にしようと思うの。彼女、今日から編入してきて席が隣になったの。いきなりテストなんて大変だし、折角だからって・・・。だめかしら?」
「もちろん大丈夫だよ、リリアの頼みだからね」
私がそう訊くと、ルークはふわりと笑う。その笑顔に隣にいたニーナはぽっと頬を染めている。その様子に私はしめしめといった具合だ。
「ありがとう。それじゃあ始めましょうか」
かくして、勉強会イベントはスタートしたのである。
──そこまでは順調だった。
「ねぇサイラス、ここわかる?」
「あ〜そこね、分かるけど・・・」
私は次に、ルークではなく講師役をサイラスにした。訊かれたサイラスはチラ、とルークを見るのにつられて私も見る。見られたルークはと言えば、ニーナがいるのを気にしてかいつもよりニコニコしている。それがどこか冷たいのは気のせいだろう。
「講師役、いつもみたいにルークじゃなくていいの〜?」
「ええ。ルークはニーナさんに教えてあげて欲しいし」
「・・・・・・あとが怖いんだけど」
「?」
サイラスは私の反応にやれやれと首を振ると、教える体勢になる。
「俺は後でどうなっても知らないからね〜」
彼の忠告に、私は訳が分からなかった。まあいいか、と私は勉強に集中する。
後悔することになるとは知らずに。
「リリア?ねぇ、これはどういう事かな?」
「・・・・・・」
「リ・リ・ア?」
そして、先程のコレである。
勉強会が終わり解散だと席を立ったところをルークに捕まり、さっさとほかのメンバーを帰して二人きりにさせられてしまったのだ。
一体何にそこまで怒っているんだ。
「ねぇリリア、いい子だから教えて。──どうしてサイラスなの?」
「は?」
・・・どうしてサイラスなの?とは。
私はぽかんとしてしまう。
「もしかして怒ってる?」
「え、ええ!?」
待ってくれ、話が変な方向に行ってないだろうか。怒ってる?私が?一体何に?
「ちょ、ちょっと落ち着いてルーク!私、何も怒ってないわ!」
「じゃあなんでサイラスなんだ。いつも教えるのは俺じゃないか。それなのに君ときたら・・・」
「はい!?」
「君に教えるのは俺だけだから。分かった?」
ルークはじいっと私の瞳を見つめる。ナニコレハ。混乱しつつも、私はハッとしてある可能性にたどり着く。
ああ、もしかしてこれは・・・。
「ヤキモチ焼いたの?」
「・・・君にしては察しがいいね」
私が言うと、ルークはふいと視線を逸らす。
なんだ、そんなこと。
「もう、サイラスを取ったりなんてしないから大丈夫よ」
「・・・え」
今度はルークがぽかんとする。
全く、サイラスを私に取られてヤキモチなんて、相当ルークはサイラスと仲良しなのね。ふふ、と笑うと、ルークはがっくりと肩を落とした。
「君ね・・・、ほんっっとうに、そういうところだよ」
「??」
なにがそういうところなんだ。私は首を傾げる。すると、ルークははあ、と耳元でため息をついた。息がかかってくすぐったいな、と思っていると、耳元で囁かれた。
「────“君を”取られてヤキモチ焼いたんだよ」
「・・・・・・・・・ん?」
パッとルークは私を掴んでいた手を離すと、行くよと今度はエスコートするように手を取られる。
「へ!?なに、どういう意味!?」
「リリアは鈍感を超えた鈍感だねって意味」
「なにそれ!!ちょっと、ルーク!」
訳が分からないという私の声が、人気のない廊下にこだましていた。