10 さあ、幕開けです。
十三歳を迎えた王族、貴族の子供たちが通う、“クローディア学園”。
この煌びやかな世界に飛び込んだあなたは、個性豊かな“彼ら”との学園生活で真実の愛を見つける──。
──GAME START
*
「へえ、やっぱりゲームと変わらないのね」
私は式典の飾り付けがされた大きな建物──クローディア学園の講堂を見上げて呟く。
(今日、ゲームが始まる)
ぐ、と唇を引き結ぶ。
あの連れ去り事件から数年。私はルークと共に様々な死線を乗り越えながら(これらは長くなるので割愛する)十三歳を迎えて、クローディア学園へ入学した。ヒロインのニーナも既にダンヴィル子爵の養子となっていたので、十三からの入学は免れないだろうと思っていた。だというのに、彼女は今日から編入してくるそうなのだ。現在、私とニーナの歳は十六。ゲームでも十六で編入したから、ゲーム上では正しいけれど。
(ダンヴィル子爵があれこれ必死に理由をつけて今まで入学させなかったのは不思議だわ。何故ゲーム通りになっているの?)
何にせよ、自身の生死を賭けた“ゲーム”がスタートするのである。
「・・・考えても仕方ないわ。私は今まで通りに死亡フラグを回避するだけ」
キッと講堂を睨みつけて、私は踵を返そうとしたところで──
「へぶっ!」
誰かにぶつかった。
「やだ、ごめんなさ──」
慌てて謝ろうと顔を上げる。すると、
「見つけた、リリア」
ふわ、と突然の浮遊感に襲われ目を見張る。
「!? あ!ちょ、ルーク!!」
ぶつかったのはルークだった。彼は目を白黒させる私を見て意地悪に笑う。
「ダメじゃないか、一人でいたら」
「〜〜っ!!」
ふ、と笑う彼に私は何も言えなくなる。ルークはこの数年でそれはそれはイケメンに育ち、常に周りにキラキラが存在してるのではと思ってしまうほどになった。やめてくれ、生の最推しの完成形が放つ無防備な笑顔は心臓に悪い。ゲームとしてこの世界や彼らを見ることをやめた私だが、“ルーク本人”が“最推し”なのは変わらない。
「あの、ルーク、そろそろ降ろして。・・・恥ずかしいから」
いくら周りに人がいないとはいえ、これは恥ずかしい。やめてくれとお願いする。
「恥ずかしがるリリアが可愛いから降ろしたくないなぁ」
「っ、ルーク!!」
「俺にこうされるの、嫌?」
「っっ!!!」
こてん、と首を傾げてこちらを見つめるルークに誰が敵うか。敵う奴いるのか、いやいない。彼は無抵抗になった私をそのまま抱き上げて歩き出す。勘弁して欲しい・・・と諦めていると、
「気分は晴れた?」
「え?」
突然訊かれて目を瞬かせる。
「リリア、なんだか思い詰めた顔をしていたから」
「あ・・・」
そういえば先程までの私は気を引き締めなきゃと必死だった。それが顔に出ていたとは。
「でもその様子だと、大丈夫みたいだね」
優しく笑うルークに、私は俯く。──気遣ってくれていたのね。
あの事件以来、彼は私に表裏のない笑顔をよく見せる。その笑顔に安心させられるから、なんとも不思議なものである。
「ええ、・・・ありがとうルーク」
私もつられて笑った。ルークは満足そうに頷く。
「じゃあ講堂に行こうか」
そのまま彼は講堂に足を向けた。
降ろすという選択肢はないらしい。
*
講堂に入る直前で、ようやく降ろしてもらえた。周囲の人達の視線が集まっているのを感じて恥ずかしい。
「・・・ルーク、また後で」
当然だが、私はルークと歳が二個違うので学年も違う。別の場所へ集合するので離れると、
「リリア」
ルークにグイッと腕を引かれ、そのまま私は額にキスされた。
「なっ!!!!」
私はボンッと音がしそうなくらい顔を真っ赤にさせて額に手をやる。
「また後でね」
ヒラ、と手を振って彼は笑う。
よくも人前でこんなことをしたな!!!!
私は耐えきれなくなり早足で集合場所へ向かった。
講堂では、入学式が行われる。それが終わった後、一斉に教室へ戻るのだが、ゲームではその際に、教室までの道に迷ったニーナを攻略対象であるルークが助けるのだ。
「・・・そろそろかしら」
私はポツリと呟く。講堂は在校生退場が始まり、ざわざわと皆が騒ぎ始めていた。学校と言っても、貴族しかいないここは大した人数でもないため、私もルークも同タイミングで退場する。本来なら教室へ直行する所なのだが・・・。
(推しルートがついに始まるのね・・・!!)
私はといえば、死亡フラグを気にしつつも推しルートが気になり、そそくさと列から外れ隠れている。公爵令嬢が何をやっているんだと言われるかもしれないが、私としては今更である。
(・・・あ!!!)
私は声が出そうになるのを我慢して目を見開く。──ニーナが来たのだ。
(あ、あああ!ニーナ!!数年ぶりのあなたはなんて可愛らしいのかしら!)
初めて彼女を見たあの頃短かったふわふわの髪は長くなっていて、まさしく推しの完成形である。
(ここで、ルークとニーナは出会うのよ)
スチルを思い描きほう、と静かにため息をつく。すると、
(・・・きた!!ルーク!!!)
なにかを探すようにキョロキョロとするルークがやってきた。
「あ、あの!!」
そのルークにニーナは声をかける。
(き、キター!!!!)
私は内心大興奮である。このシーンが生で見られるとは・・・!!
「・・・君は?」
ルークは警戒するようにニーナを見る。ニーナはその視線に怯みながらも名乗る。
「ええと、今日から編入してきたニーナ・ダンヴィルです。あの、私道に迷っていて・・・」
(ここ、選択肢だわ!)
私はウキウキしながらニーナの出方を見る。この世界の“生きているニーナ”は何を言うのだろう、と。しかし、そのウキウキはいとも容易く消える事になる。
「ニーナ嬢、と言ったかな。ごめんね、助けてあげたいんだけど少し用があって」
「え、あ・・・そう、なんですか」
「だから、──ディラン」
「はい」
ルークの声掛けでサッと現れるディランと呼ばれた男に、ニーナは目を瞬かせる。
ディランとは、この数年間でルークの従者となった人で、歳はルークの一つ下。ついでに言うと、深い青の髪と灰色の瞳を持つ美形で、攻略対象でもある。
──その彼がここで登場して分岐するルートは無かったはずなのだが。
「彼女を案内してあげて」
ディランはルークに命じられた通りに、ニーナを連れて去っていく。
(なん、で?)
これはゲームではない。それは理解している。けれど、ここまで違う動きをするものなのか。
「やあ、リリア。こんな所で何を?」
「ぎゃあああ!!!!」
ス、と陰が落ちたかと思うと、目の前にはどこか黒さのある笑みを浮かべたルークの顔があって。
まあ、美しい顔だこと〜。
私は得体の知れぬ恐怖を感じて、考えることを放棄した。
「こんな所に隠れて・・・。君は遠くから人を覗き見るのが好きなの?」
ええ好きよ!攻略対象達限定で!と叫ぶわけにもいかず、私は笑って誤魔化す。
「・・・まったく。俺はそんなに信用ないの?」
「はい?」
かけられた言葉に私は首を傾げる。どういう意味なのか。
「あのね、リリア。俺は君以外の女性に優しくすることは無いんだよ?」
ルークは私の頬を大きな手で包み込んで私の瞳を覗き込む。
「・・・?まぁそうね。あなた昔から私やサイラス、あとお兄様もかしら?それくらいしか近づかせないじゃない」
よく分からなくて、私は更に首を傾げた。
「・・・・・・君に伝わっていないことは分かったよ」
ルークはきゅ、と眉を寄せて不機嫌そうにため息をつく。もっと積極的にいけってことなのかなぁなどと呟いているが、私はハテナしか浮かばない。
(うーん、そうよね、ルークは命を狙われているから、必要以上に他人に近づかせないわ・・・。ニーナ・・・大丈夫かしら)
あんなにいい子なのに、と私は死亡フラグも何やら考え込んでいるルークも忘れて、推しを心配しつつ、健闘を祈るのだった。
空白の数年間は番外編として少しずつ出していこうと思いますm(_ _)m