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番外編 ルーク・アルヴァン

ルーク視点のお話です。


アルヴァン国の第一王子として産まれたのが俺、ルーク・アルヴァンだ。現国王の正妻の子として生まれた俺は、王位継承者としての人生を生まれながらにして用意されていた。しかし、それから三年で母は他界する。元々体の弱い人だったらしい。俺は三歳にして母親を失った。母を失った事により、俺は常に危険に晒されることになる。

というのも、現国王である父は母と政略結婚させられ、実の所は第二王妃を正妻にしたかったらしい。そしてその第二王妃も、母や俺を目の敵にしていた。それでも地位が上だった母という絶対的な守護を失い、第二王妃に命を狙われる日々が始まったのだ。父は自分を疎ましく思っていたし、第二王妃との子を王位継承者にしたいものだから、見て見ぬふり。国王という立場にありながら、恋愛にうつつを抜かしている父は酷く馬鹿らしいと思えた。

そんな俺が今日まで生き残れているのは、サイラスの父──ジョセフ・ミューア公爵の存在が非常に大きい。

もちろん公にされている事ではないのだが、ミューア家は代々王族に仕えてその意志に従い動く暗殺者一族、“黒の使徒”なのだ。そんな一族の長を務めるミューア公爵は、俺に必ず王位を継承して欲しいらしく、彼らの庇護下に置かれて育った。

「貴方には、必ず護られなければならない“血”が流れていらっしゃる。ここでそれを途絶えさせるのは許されないのです」

彼は真剣な面持ちで、俺が幼い頃から言い続けていた。そうして、俺に生き残る術を教え込んだ。その日から、俺の手は真っ黒に汚れている。生き残るために殺める。その事に何も感じることは無かった。何故って、俺の日常は常に血に染っていたから。

「大丈夫〜?ルーク」

ピッと、投げナイフに付着した血を払ってサイラスが俺に問掛ける。サイラスはこの頃からの友人であり、相棒のようなものだった。彼は、神と言われる黒の使徒の創設主以来の天才と謳われ、わずか六歳にしてその頭角を現していた。俺は先程襲ってきた男に突き刺したナイフを抜いて、ああ と頷く。

「君は強いんだね、サイラス」

「あはは、君もね〜、ルーク」

へらりと笑う彼が暗殺の天才だなんて、誰が思うか。そういう事も含めて“天才”なのかもしれない。こんな子供が当たり前のように人を殺す。そんな異常が俺達には日常で、生きるために必要な事だった。

「ルークといると、退屈しなくていいね」

「そう」

クク、と笑う彼の瞳は怪しげに輝いて、でもどこか濁っている。まるで血のような赤だと思った。



そんな生活を続けていても、第一王子としての責務からは逃れられない。俺は普段、“優しく正統派な王子”を演じている。この綺麗な顔は、その印象がよく合い、一番違和感がないらしい。

この日俺は、十一歳の誕生パーティに出席しなければならなかった。そのパーティでは、婚約者を決めてこいと父に言われていた。俺は表面上は父にさからわないイイ子を演じていたから、その事に関しても了承したのだが。

(面倒だ、婚約者なんて。俺に好意を持っていているものなんて論外だ)

好意は面倒だと、幼い頃から知っている。そもそも、“あんなもの”を見て育った俺に、今更恋愛などする気もない。俺に興味がなく、利用できるそれなりの地位の令嬢が必要だった。

(・・・なんだ?あの令嬢はなんであんな所にいるんだ?)

ふと、目に止まる存在がいた。会場の隅で壁の花になる、見た目麗しい少女だった。何やら考え込んでいるようで、周りが全く見えていない様に見える。この会場で俺を見ていない子はその子が初めてで、もしやと思い俺は近づいた。全ては利用するために。



だと言うのに。

「上に立つものとして、あの子を守るのも務めでしょう!立場を気にして大事なものを守れない方が、私、よっぽど堪えられませんわ!」

俺にとってそれは、衝撃以外の何物でもなかった。綺麗事と言ってしまえばそれまでだが、よく知りもしない誰かのために、自分の立場を理由にしないで、あの子は向かっていく。公爵令嬢としての立場に縛られず、自らのしたい事をするその在り方に、面白いと思った。だって、こんな自分にはないものだから。

理由は分からないが、婚約に対してとても消極的な彼女を生き残るために培った従わせるための笑顔で頷かせ、晴れてあの子は婚約者になったのだった。



リリアはよく笑う。へにゃりと頬を緩ませた笑顔はとても可愛らしい。普段他人に感情を左右される事が極めて少ないはずの俺なのに、何故かその笑顔には敵わず顔が熱くなる。

サイラスはニヤニヤしたり爆笑するし、リリアはキョトンとしているし、俺は初めての事に戸惑っていた。

「リリアちゃんが連れ去られた。雇い主は恐らく第二王妃」

そんな彼女の誕生パーティの日、コソ、とサイラスに耳打ちされて俺は目を見開いた。

「・・・・・・行こう、サイラス」

俺は急いで彼女に渡したネックレスの示す場所へ向かった。

いずれ自分の婚約者になればそうなると分かっていたことだった。らしくもなく、彼女を巻き込んでしまったという酷い罪悪感に駆られていた。



サイラスに後ろを任せて、リリアの元へ向かった。彼女を追いつめていた男を殺そうとした時、サイラスのナイフが飛んできて、俺は彼女の目の前で殺すことをせずに終わる。その事にどこかホッとして、しかし滴り落ちる血や返り血まみれの自分はどうにもならない。怯えるリリアを誰かに任せようと立ち去ろうとした。

「ま、待って!」

なのに。彼女は真剣な面持ちで俺を止める。

──ああ、こんなところ、見せたくなかった。

今までこれが常だったのに、その光景を見られたことに酷く後悔していた。

君が汚れるから離してと言っても、彼女は首を振る。

「だめ、離せないわ。この手を離したら、あなたが消えてしまいそうなんだもの」

そう言って、彼女は俺の手を握る。

「優しくて上っ面のいい王子様も、ナイフ片手に返り血ベタベタの姿も・・・どちらも合わせて“ルーク・アルヴァン”なのね」

ふ、と目を細めるリリア。俺は軽蔑しないのかと問う。

「するわけないわ。それがあなたの生き方なら、私はそれを否定しない」

あろう事か彼女は、“俺”を肯定した。とうの昔に真っ黒に染まったこの手を握りながら。だからそんな顔をしないでと、彼女の真っ白な──けれど俺のせいで血に汚れた手に頬を撫でられる。

「一緒に帰りましょう、ルーク」

こんな自分を見ても、彼女は認めてくれた。“俺”という存在を肯定して、寄り添ってくれようとしている。それはあまりにも純粋で、こんな自分にも優しい彼女が馬鹿だと思った。そう言えば、彼女はむっとした顔をする。

「馬鹿だよ、大馬鹿だ。こんな真っ黒な“俺”を見ても、そんなにまっすぐで綺麗な瞳で俺を見るくらい・・・」

王子としての“僕”を、彼女の前で初めて辞めた。

本当に馬鹿なのは俺だ。

彼女を初めて、裏のない感情で抱きしめた。

真っ黒な俺は、欲しいものを見つけてしまった。正反対に真っ白なこの子を欲しいと、思ってしまった。

恋などくだらないと、思っていた。時期が来れば利用するだけだった彼女を解放しようとも思っていた。なのに。


──俺はもう、リリアを離せそうになかった。



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