召喚失敗勇者とフリーダー
二台の豪奢な馬車が街道を進んでいく。
先頭を行く馬車の御者台には人族の男性、後ろの馬車の御者台には白黒の毛並みの獣人の男が乗っている。
御者台の男たちは、その豪奢な馬車の御者として似つかわしくない服装をしていた。
先頭の男は軽鎧を着こみ、背には短弓、腰にはショートソードを身に付けている。
後ろの男はフルプレートメイルの兜だけ外し、傍らには大剣といえるような巨大な剣が置いてあった。
そして、馬車中からは女性達の姦しい声が漏れ聞こえている。
御者二人は恐らく護衛、豪奢な馬車である事を考えれば、中に居る女性達は恐らくかなり高貴な身分の者なのであろう。
そんなものが近づいて来る――大陸の端のユピリルの街へ。
街の衛兵はその馬車が近づいて来るにしたがって、少しの興味と多大の緊張を強いられることになる。
衛兵達は内心こっちに来ないでくれと思っていたが、道の行く先はこの街のみなのである。
そして、馬車は問題なく街の入り口まで到着し、御者の男が衛兵に向かい声を掛ける。
「お勤めご苦労さん。俺は白虎のハルレクターだ。街に入る手続きをしたいんだが良いか?」
「あ、あなたは!」
軽そうな口調で話しかける男に衛兵は見覚えがあった。
かつて、この街で活動していた最上位冒険者パーティ白虎のハルレクターである事を。
「あーもしもーし。こちらシクラでーす」
「あーもう、やっとでた! あれから連絡ないから心配したんだからね! 」
この宝石――というか神石は、アメトリンからダンジョンを出る際に貰ったものだ。
この神石を使うと遠方との会話が出来る――まあ、一種のトランシーバーみたいなものかな?
他にも使い道があって、アメトリンがこの神石を通してゲートを開くことが出来るから、最悪の事態の場合逃走する手段としての保険として連絡しておいたのだ。
ただ、その保険の為と思って連絡をしただけだったんだけど、そのせいでモヤモヤさせてしまったようだ。
「はいはい、すみませんでしたね。それで何か用ですか……ってかボケは無いだろ!」
「うっさい! 直ぐに出ないシクラが――ギャン!」
「躾のなっていない神でごめんなさいね。そちらの状況はいかがかしら?」
話をしている最中に悲鳴のような物が聞こえた後、相手はガーネットに変わっていた。
向こう側で何が起きたかは簡単に予想が付くけどね。
「ある程度洗脳されていた人たちは解放して、その元凶の奴が教会から出て来なくて困ってたんだけど、タケミカヅチ神の神主さんが結界は張ってくれるみたい。ただ、司祭を無力化する手段が……ね」
「そうですか。その司祭も被害者ではあるのですから助けたい気持ちはわかりますが、最悪の場合は躊躇わない様にしなさい」
ガーネットは感情を出さない様に淡々と話をしているが、その話し方が不自然過ぎて彼女に負担をかけてしまったことに気が付いた。
彼女も神であり、元々は人々の幸せと繁栄を願っていたのだから当然だろう。
だが、もう一人の神は何も考えていない答えが返ってきた。
「めんどくさいなー、さっさとやっちゃえばいいのに。被害者って言っても事を起こした加害者でもあるんだから、罰としてそのくらいなら問題ないんじゃ――ギャピー!」
「あなたはもう少し考えて発言しなさい! 神なのだですからもう少し……ガミガミガミガミ!」
アメトリンの言葉が途切れたあと、宝石からは説教されている声が響き渡っていた。
しばらくの間説教が続いたあと、アメトリンが一生懸命謝罪している様だった。
「……シクラごめんなさい」
「はぁ、もういいから。それで、何か手立てはありそう?」
「そうね。私は今の下界の事に詳しくないけど、本来であれば下手人として引き渡せば問題ないのではなくって?」
「……それをやると、結局結果は同じなんだよね」
「そう……他にあるとしたら、そこから離れた所にゲートを繋いで放り捨てるくらいかしら? 私がシクラをこちらへ呼んだように、接続先は離れた場所にする程度かしらね」
ガーネットの言っていることでは問題を先送りにしているだけど、問題の解決にならない。
やっぱり捕縛もしくは――はぁ気が重いな。
一応周りの人にも確認してみるが、やはり捕縛が一番問題が少ないという結論になった。
「あのーすみませーん、発言をよろしいでしょうか?」
「はいはい。なんでしょうか」
さっきの説教で少し卑屈になっているようだ。
どうせ、また変な事を言うのだろうと思った俺は、適当に返事をしたのだが。
「あのですね、私の領域にそいつを放り込めば良いのではないでしょうか」
「またあなたはそんな意味の分からない事を言って――」
「ガーネットちょっと待って! アメトリン、お前の領域の特性って――あれだよな?」
再び起こりだしそうなガーネットの言葉を遮り、アメトリンに確認する。
「はい。私の神としての力は――浄化と金運です」
「それだ!」
「うぇえ!?」
アメトリンは普段はめんどくさい奴だが、その能力は特筆すべきものがある。
それはもちろん金運ではなく、もう一つの浄化の力だ。
彼女の浄化の神としての力は凄まじく、他の神が悪魔化してしまった様な浸食をも浄化する事が出来るほど強力な物だ。
彼女自身も言っていたが、多少の浸食を受けても自分の領域にさえたどり着くことが出来れば、五神の浸食ですら浄化が出来ると。
「アメトリンの能力でフリーダーをどうにかできないか!?」
「どうにかって……一体どういう状態なのよ?」
二人に今までの成り行きを説明する。
その際にチュンちゃんの事を説明するとかなり驚かれた。
神石の向こう側からではあったけど、かなり敬意を払った口調と言葉遣いになっていた。
他の世界の神様が勝手に現れ、勝手な事をしているのだから逆に機嫌を損ねないか心配していたのだけど、心配しすぎだったようだ。
というよりも、どうやら自分達よりも上位の者として対応しているように聞き取れた。
まあ、そのことでチュンちゃんが機嫌よく上から目線で話していたり、アオイちゃんがドヤ顔しながらチュンちゃんを胸の二つの塊の上に置くように抱いていた。
俺が神石を持っているので、俺に対して偉そうにしているように思えて少しイラっとしたけど……考えてみたら、チュンちゃんは神様だった。
今の姿と話し方で少しあれだけど、元は八咫烏なんだよね。
それはさておき、フリーダーの件なのだが……もしかしたらダメかもしれない。
アメトリンの力は浄化だ。
何者かに洗脳とかをされていた場合は有効なのだが、本心から崇拝しているような者には効果が無いそうだ。
だた……あまり聞きたくない話だったのだが、司祭など上位の神職は多少なりとも思考誘導されていることが多いそうだ。
そこまで酷くないらしいけど、神に仕える者としての立ち振る舞いやらなんやらと同時に、忠誠心のような者まで植え付けている可能性が在るそうだ……なので。
「そう言ったものなら浄化できると思うけど、根本的な解決にはならないと思うわよ」
「だけど、可能性はあるんだよね?」
「まあ、多少は……はい……」
まだ希望はあるかもしれない。
可能性が在るのであれば、そちらにかけるしかなだろう。
フリーダーをアメトリンのゲートに押し込み、確率は低いけど何とかなるかもしれない。
そして、その方向で作成を考えていたのだが――ある人から意見が付いたのだ。
「皆様、よろしいでしょうか」
「あ、はい。なんでしょう」
その人は――タケミカヅチ神の神主さんだった。
実は会話にあまり参加しないので存在を忘れかけていたんだけどね。
「皆様のお考えを聞き、わたくしなりに色々と考えてみたのですが、恐らくそのセクメトリー教の司祭は何かしらの洗脳を受けているものと思います」
「え、でも、チュンちゃん――韴霊剣でもどうしようもなかったんですよ?」
韴霊剣でもどうしようもなく、チュンちゃんもフリーダーは神に洗脳されているわけではなく、自分の意思でそれを行っていると言う事だったのだが。
神主さん曰く、それはあり得ないと断言できるとの事だった。
「彼は別の神を奉じている身ですが、普段から問題があるような人物ではなかったのです」
「まあ、そうでしょうね。俺も、セクメトリー教の司祭の人を一人知ってはいますが、とてもいい人だったと思いますけど……」
問題があるような人物ではなかったからこそ、洗脳されているんじゃないかと思ってしまう。
もしされていなかったにしても、この世界の常識が分からない俺からすると、問題があるといったことのレベルが分からないし、神主さんが見ていない所で何かしていた可能性もあり得るんだけど。
神主さんの言葉に困惑していることに気が付いている様だけど、彼は特に気にした様子も無く話を続ける。
「ええ、そうです。そもそも、私達の様な立場の者は普段の行動やその資質があると認められてなる事が出来るのです。そして、セクメトリー教の司祭もとてもその立場にふさわしい方でした……数か月前までは」
「数ヶ月前までってどういうことですか?」
「半年ほど前より度々体調不良があった様なのです。詳しいことは存じておりませんが、噂でどなたかとお会いしてからそうなったとのことです」
半年くらい前というと、俺がイオリゲン王国からユピリルに転移した頃だ。
セクメトリーがその当時から俺がここに来るということを予見していたかはわからないが、一つの罠としてフリーダーに何かしてた可能性はありえる。
フリーダー司祭に何らかの働きかけや事を起こせるとなると、同じセクメトリー教のお偉方か貴族等だろう。
まあ、セクメトリーが何かした可能性も捨てきれないが、神主さん曰く神は信託を起こすことはあれど直接介入することは稀だという。
大規模な戦争や悪魔、それに魔王が現れた際でも間接的にしか介入してこないという。
間接介入というのは、俺みたいに召喚された勇者がそれを納めるといったことらしい。
「となると、その誰かがフリーダーを洗脳したって事? でもどうやって?」
「――シクラ様、人の精神を操る魔法は一応ですが存在します」
「そうなの! ……あ、うん、あるみたいだね」
ベロニカさんの指摘を受けて、精神魔法が使えるか思考してみると――俺でも使えることがわかった。
但し、難易度は非常に高く、最低でも超越魔法が使えるレベルの魔法習熟度が必要のようだ。
え、なぜ勇者が精神魔法を使えるかって? そりゃもちろん、我に従――ゲフンゲフン。
そういったこともそういう意味ではなく、戦闘時の戦意向上や恐怖耐性の為のようだ。
恐らく、魔王と戦う際に取り巻きの魔物などを協力者などに倒してもらう必要があるのだが、魔王や悪魔の圧倒的な圧に耐える必要があるからだろう。
ただ、精神魔法は内容によって効きやすさが違うし、相手との力量差などの関係で効かなかったりするみたいだ。
「うーん。それでも、チュンちゃんで効果が出ないというのはおかしいと思うんだよね」
神の力ですら浄化が出来るのに、普通の人が行った精神魔法が解除できないということは無いだろうからね。
「そちらの神のお力であれば精神魔法なら解除は出来るでしょう。精神魔法ならですが」
「どう言う事ですか?」
俺は神主さんが何が言いたいのか理解できなかった。
他の皆も同様の様で、首を傾げたりしている。
元々真面目な司祭だったフリーダーを。精神魔法以外でおかしくするというのは難しい気がするんだけどね。
神主さんはポーカーフェイスで何を考えているか分からないが、次の言葉が出てこないと言う事は少し言いづらい事なのかもしれない。
皆の視線が神主さんに集まる。
そして、深く深呼吸をしながら瞼を閉じた後、先程までとは違う鋭い視線を俺達に向ける。
「恐らく彼は、薬物と言葉による誘導であのような状態になってしまったのでしょう」
「……薬物と誘導ですか」
こっちの世界で初めて薬物という物を聞いた。
やはり、こういったファンタジーの世界でもそう言った物があるのか。
「はい。そもそも教会で儀式を行う際などにそう言った薬物を使われることがあります。ただ、これはただの高揚感が増すといった程度の物で、こちらから神に神託を頂きに行く場合に使う物ではあります。しかし、これではそれ程効果もありませんので、状況から察するにおそらく……セフトランドを使ったのではないかと思います」
「セフトラ――」
「セフトランドですって!? 」
俺がそれは何ですかと聞こうと話しかけてる途中で、ベロニカさん大声を上げた。
チュンちゃんとアオイちゃんはベロニカさんが大声を上げたことでびっくりしていたが、マリアは顔から血の気が引いたかのような顔色になっていた。
何やら物凄くヤバイ薬物みたいだな。
「ベロニカさんは知っているんですか?」
「……はい」
唇を噛みしめながら苦しそうな感じで、ベロニカさんはセフトランドについて教えてくれた。
セフトランド――この世界で精神魔法以上に禁忌とされている薬物で、所持しているだけで極刑は免れないほどの危険薬物だそうだ。
内容を聞き出すと、それがどれほどやばい物なのか理解できてしまった。
作り方は幻覚作用のあるラギノール草やマイシン茸などを調合して作るそうだが、それだけでは普通の麻薬程度にしかならない。
そこに、生きた人間のある部分を混ぜて作るらしい……うぇえええええ。
しかも、十歳未満の子供であることなど条件があり――重要臓器であるそれを抜き取られた人は死に至る。
そこから色々調合や精製などをして抽出したものがセフトランドだそうだ。
そもそも、材料が材料なだけに持っているだけで極刑と言う事もわかるが、効力が更に凄まじかった。
――それは、少量でも体の自由を奪われ薬が効いている間の記憶が全くなくなる。
しかし、その薬に己のオドを混ぜて投与すると――その者を完全に支配する事が出来てしまう。
完全に支配とは、その人自身は支配されていることを全く分からず、傍から見ても普段と変わらないように見えるらしい。
しかし、薬を投与した者と魔力的なパスが繋がっており。どこからでもどのような事でもさせることが出来、それを行った本人は自分が行ったことを全く記憶していない。
一見普通の人だが、完全に操り人形になっていると言うことだそうだ。
そして――その解除方法は――今現在見つかっていない。
いつも読んで頂きありがとうございます。
皆様のおかげで遂に30000pv到達することが出来ました。
次章からは懐かしいメンバーが続々と出てきますので、楽しみにしていてください。




