召喚失敗勇者とギルドマスター
一人の少女が竹ぼうきを手に掃除を行っている。
その少女は艶やかな黒い髪の少女で、彼女が来ている服は一般的に着られるものではなく――所謂巫女服と呼ばれるものだ。
年の頃は十七、八位のまだ大人になり切れていない年頃のようだ。
その少し幼いが整った顔立ちとしっかりと育ったその身体つきのギャップは、男子諸君からかなり注目を集めているであろう事はうかがい知れる。
しかし今は早朝、彼女が掃除をしている以外にこの境内には人は居ないようだ。
「ハー。今日も寒いわ」
少女は寒さで悴む手に真っ白な息を吹きかけ手をこすり温めた後、再び竹ぼうきを手に持ち掃除を続ける。
「――え、なに?……空耳かしら?」
彼女の耳にふと誰かが呼ぶ声が聞こえた。
聞き間違えかと思い再び掃除を始めようとするが、再び声が聞こえたのだ。
「目を閉じ心を落ち着かせ、我の召喚に応えよ」
普通であればそんな声が聞こえたら逆に悲鳴を上げたり慌てたりしそうなのだが、何故だか彼女はその時そうするのが当然と考え、声の言う通りにする。
「我が巫女アオイよ、我を助けるために来るのだ」
その瞬間、彼女をまばゆい光がつつみ――彼女のいた場所には先ほどまで持っていた竹ぼうきだけが残っていた。
話を聞いたリコリスの動きは素早かった。
即座にギルド職員を呼び寄せ、ギルド内にいる冒険者で斥候が可能なものを偵察に向かわせるよう指示をした。
そして、現在ギルドに冒険者に待機を命じさせ、事態に備えて戦力の確保をした。
偵察してきた状況如何で領主へと連絡するとのことだ。
一応念のため、職員に領主への前触れを出すように指示も出す。
その手際の良さにグランツたちはあっけにとられて、ポカンとした表情で行く末を眺めている。
「ありがとうベロニカ、でも、一応状況を確認してからじゃないと辺境伯の兵士を動かしてもらうことはできないの」
「ええ、わかっているわ」
「それもそうよね、ウフフ」
指示を出し終えたあと、穏やかな表情でベロニカさんと談笑している。
ただ、穏やかなのは表情のみで目つきは鋭く内心は穏やかではないようだ。
その証拠に、手を組んだ人差し指だけコツコツと動いているからだ。
「リコリス、後のことは任せてもいいかしら?」
「ええ、かまわないわ。そういえばあの方は来られていないのですね」
「ええ、シクラ様は現場のほうにおられますわ」
シクラの名前を言った瞬間グランツ達に視線を向けたが、グランツ達の様子を見た後ベロニカに視線を戻す。
先ほどあの方という言い方は、シクラのことを知らないかもしれない二人に対しての配慮なのだろう。
「……そうですか。いえ、何でもありません。あなたはこれからどうするのですか」
「私はシクラ様のもとへ戻ります。私が戻り次第事態の収めるために動くつもりですから」
「……そう。わかったわ。そこの鉄の盾のお二方はどうされるのですか?」
ベロニカがシクラのもとへ戻るといったとき微妙に空白があったが、一瞬だったので何か考え事でもしていたのだろう。
そして、グランツ達へ視線を向けて二人の動向を確認する。
「あ、俺達はギルドの人たちと共同で周辺住民の避難を致します」
「それであれば下のホールでほかの冒険者たちと共に待機していてください。詳細が分かり次第ギルドかあも人員を派遣しますので、その時に同行してください」
「わかりました」
二人は居心地が悪かったのかリコリスからの指示が出た後、そそくさと部屋から退出していった。
「それでは私も行かなくては。リコリス、後のことはお願いしますね」
「ええ……ベロニカこそ気を付けてね」
「わかっているわ。でも大丈夫よ、私にはシクラ様がついているのですから」
そう言ってベロニカも席を立ち、ギルドマスターの部屋から退出していった。
ベロニカが部屋を退出した後、リコリスは誰もいない部屋で机にこぶしを打ち付けていた。
「なんで……なんでなのベロニカ……このままじゃあなたを……」
俯きながらそう小さくつぶやいた。
ベロニカは下に先に戻ったグランツ達にギルドのことを頼んだ後、急ぎシクラのもとへと駆けていった
今のベロニカはシクラの従者としての力が備わり、常人をはるかに超える筋力と体力がある。
「普通の道を走っていては人を轢きかねない」
そう言ったあと、彼女は足に力を入れて民家の屋根上に飛び移った。
民家といってもここは異世界、元居た世界のように一階部分にも屋根があったりするわけもなく、一つの建物がすべてアパートのような作りの建物なのだ。
それは優に十メートルはある高さなのだが、その高さを楽々飛んでいった。
「お、おい。今のみたか?」
「あ、ああ。どんな力があればあんなことができるんだよ」
ギルド周辺に集まっていた冒険者達の中に彼女の行動を見ていた者がおり、すこし騒ぎになったりもしていた。
だがベロニカは既にその場におらず、顔を確認したものは居なかった。
……ただこの後、白銀の鎧を着た騎士が騒ぎを収めたことから、冒険者達からその騎士は女性ではないかと噂されることとなる。
「お待たせいたしましたシクラ様」
「お疲れ様ベロニカさん。ギルドは動いてくれそうだったかい?」
「ええ、問題なく。リコリスに直接頼みましたので。それと、しばらくしたら様子を見に来た冒険者がこちらへ着く頃かと思います」
「……え?」
「申し訳ございません。さすがに調査してからでないと動かすことができないといわれてしまい」
「それは想定内だから大丈夫だよ」
一瞬聞き間違えかと思って聞き直してしまった。
俺の言葉に誤ってきてくれたが、俺が驚いたのはそのことではなかった。
言葉だけで調査しないということはないとは思っていたけど、その調査に来た冒険者よりもベロニカさんが早く帰ってきたことに驚いてしまったのだ。
調査に来ている冒険者のことはここに来るまでの間に抜いてきたそうだ。
ベロニカさんがいくら魔導騎士団の副騎士団長だったとはいえ、魔導騎士団なのだからそれほど身体能力が高いとは思っていなかったのだ。
まあ、身体強化の魔法などもあるからそれでブーストしたのかな?
「じゃあとりあえず、その調査しに来た冒険者達が帰ってから動くことにしようか」
「そうですね。彼らもいきなりシクラ様が争っているところを見たら勘違いされそうですから」
とりあえずはいったん民衆の動きを屋上から確認しつつ、様子を見ることなった。
今ところほかの人たちに危害を加えることはないので見ているだけでいいとは思うけど――さっきよりもかなり人数が増えているんだよね。
少し離れた屋上にいるのですべて見れるわけではないが、既に二百人は超えているように思える。
ここからだと教会とその庭くらいしか見えないから、実際にはもっと人数は居るのだろう。
しばらく様子を見ていると、おそらく調査に来たと思われる冒険者二人が路地裏から教会を除いていることが分かった。
ただ、二人ともかなり大勢の人が集って武器を所持しているのを見て、うなずきあって再び来た道を戻っていった。
「さて、これでギルドには情報が行くだろうからそろそろ行こうか」
「ええ! 私とアオイちゃんは上から道案内するわね」
「はい! えっと、そこの路地を進んだ先に少し開けた場所がありますので、そこに誘導したら問題ないと思います。それと、ほかにも少し離れたところにも同じようなところがあったから、そっちも使えそうです」
「私はシクラ様にもしものことがないように魔法で援護させていただきます」
「オレッチは駄神の力を吸い取ってやるチュン」
それぞれの役割を確認し、逃走ルートと撃退ポイントを確認した。
アオイちゃんが言っていた場所は周辺の民家と民家の間で、井戸がある少し広めの場所だ。
あそこであれば路地と繋がっているから、入ってこられる人数にも限りがあるし戦いやすいだろう。
――まあ、戦うというよりもチュンちゃんが触れればそれで終わりみたいだけどね。
「それじゃあ始めようか。チュンちゃんよろしくね」
「任せろチュン」
そう言うとチュンちゃんは韴霊剣に変化した。
宙に浮いている韴霊剣に変化したチュンちゃんを掴み、今の大太刀を越える長大な長さを普通の太刀サイズに変化してもらう。
そして鎧に付いている剣帯を調整し、装備を完了させて向かおうとし――
「――っとその前に……」
俺は鎧に着替え先ほどアイテムボックスから取り出した――見宝石のようなものに語り掛け後、屋根から飛び降り教会へと向かった……のだが。
少し離れた所で一旦足を止めてしまった。
上から見ているのと直接その群衆に近づくのでは――まったくが違ったのだ。
目の前に見える人々の目は血走り、各々武器を持ち上げ今から戦争にでも行くような熱気のようなものがが漂っている。
「俺が勇者を捕まえてセクメトリー様に捧げるのだ!」
「いいや、爺じゃ無理だ。俺が悪魔のとりついた勇者を捕まえる!」
「私が捕まえるのよ!」
「違う僕だもん!」
それにしても、小さな子供から老人まで男女問わず様々な人々が集まっているのが見て取れる。
人々はみんな俺を捕まえてセクメトリーに差し出すと訴えあい、今にも喧嘩でも始まるのではないかと思うほどの状況だ。
背筋に冷たいものが流れるような感じがするが、さすがにこの状況を放置していくわけにはいかないよね。
マリアやベロニカさん達も後ろで援護してくれるから、よっぽど大丈夫だろうけど。
そんな弱音を少しは来たくなったが、兜をゴンと殴って弱気になった心を奮い立たせる。
だめだ、このまま放置しておけばそのうち街中の方へと行ってしまうだろうし、そうなると俺のせいで無関係な人迷惑を被ることになる。
「はぁ。流石にそんなことはさせる訳にはいかないからなー」
そんな独り言を呟く。
心臓の鼓動が激しくなり、自分自身が緊張している事を自覚してしまったからだ。
「……魔法で身体強化は済んでいるし、いざとなった場合の保険もかけておいたし、それにみんなもいるからね。大丈夫――スーハースーハー……行くぞ!」
みんなが居るほうに視線を向けるが、彼女たちは俺が誘い込んでくるであろう路地を見張っている為ここからは見ることは出来ない。
だけど、なにか見えない繋がりのような物を感じて少し気持ちが落ち着いた。
深呼吸をして何とか気を落ち着け、教会へと歩みを進める。
俺の事を見つけている人が既に集まって居る人々の中にちらほらいるみたいだ。
俺を見つけた人は訝しげな表情をして睨みつけたり、周囲の人の肩を叩いてこちらを指さす人などが居た。
まあ、流石に全身銀色の目立つ鎧を着て堂々と道を歩いているから気付かれない訳は無いよね。
じわりじわりと距離が縮まり、俺が進む先の人々が避けて空間が開いて行く。
そして、距離にして五メートル程の空いてコの字のような形で取り囲まれる。
人々は先ほどまでの騒がしさから一変し、辺りには静けさが漂っている。
皆こちらを睨みつけるように見つめ、各々手に持ったものを握りしめている
すると、急に正面方向――教会方向の人垣が割れて一人近づいて来る人が居た。
近づいて来る人は金髪の男で、イオリゲン王国でシュレルさんが来ていた服と同じような物を纏っている。
目を細めているのか巣なのかわからない細い目で、にこやかに笑っているように見える。
その男は俺から少し離れた所で止まった後、何か小さな声でつぶやいた後――両手を広げた天を仰ぎ見ながら笑いだした。
「ハーッハハハハッハ! 今日はなんて良い日なのでしょう! 向こうから獲物が勝手にやって来てくれるとは!」
何だこいつといった感じに視線を向けるが、相手は特に気にした様子はない。
「いや失礼。ようこそおいで下さいました悪魔に洗脳されし今代の勇者シクラ様。私は、セクメトリー様よりあなたの洗脳を解くよう仰せつかっております、イカザヤムの教会を預かるフリーダーと申します」
「悪魔に洗脳ね……どちらかと言うとセクメトリーの方が俺を洗脳していたみたいなんだが?」
「それは悪魔に言われただけでしょう? 悪魔が神に対して憎しみを持っているのは当たり前です。そして、悪魔は勇者の力――神々の力を手に入れようとするのは当然でしょう! さぁ、悪魔に洗脳されし今代の勇者よ! 私と共にセクメトリー様の所へ向かいましょう!」
大仰な身振り手振りで一人で盛り上がっているが、傍から見るととても滑稽に見える。
もしかしたらこいつも洗脳されているのかもしれない。
「(チュンちゃん、とりあえずこいつからはじめるよ)」
「(いつでもいいチュン。しかし、こいつは――)」
俺は小声でチュンちゃんと話をした後、未だにセクメトリーや悪魔がどうのこうの言っているこいつを無視して斬りかかった。
身体強化魔法を施した瞬足で距離を詰め、居合切りの形で胴を薙ぎ払った。
チュンちゃんがで切った部分の衣服が切れ、奥に肌が見えている。
「ふぅ、これで大丈夫かな?」
「――おや? 何かされましたかな?」
「何!?」
「やっぱりだチュン! こいつは他の奴みたいに洗脳されてないチュン! こいつは自分の意思でこの騒ぎに加担してるチュン! 現地神の力はこいつには入ってないチュン!」
「なんだと! っく」
韴霊剣と化したチュンちゃんで切り込んでいた俺はいったん距離を取ったが、相手は俺の事を見つめたまま動かなかった。
「おやおや、やはり悪魔にそそのかされているようですね。その剣が悪魔の本体のようですね」
チュンちゃんが声を出したことでフリーダーは、チュンちゃんの事をガーネットと勘違いしている様だ。
「敬虔なるセクメトリー教徒の皆様、やはり今代の勇者様は悪魔に洗脳されているご様子です。彼が持つ剣が悪魔の様ですので引き離し他後、勇者様を教会までご同行をお願いします」
フリーダーの声を合図に一斉に民衆が俺に襲い掛かってきた。
正月の為次回本編更新予定は2021/1/11予定です。
ただ、時間があればSSなどを追加で投稿するかもしれません。




