失敗勇者とチュン?
イカザヤムの街に着いた私達は街に入ろうとしたのだけど、私は商隊と一緒に来ていたので一緒に審査を受けなければならない。
商隊が街に入るには、荷物や人など全員が検査と審査を受けないといけないので私達が街に入れたのは、それから数時間後の夕刻になってしまっていた。
街に入った後、私は正体の人にお礼を言った後冒険者ギルドへと足を向ける。
ギルド内に居る人たちに視線を向けるが――シクラ様は居ない。
少しがっかりしたが、トマと言う冒険者がこの街に来ているか確認の為職員に確認すると、数日前に確かにトマと言う冒険者がここへ来ていたという。
その時に大勢の盗賊を捕縛してきて大変だっととの事だったが、その後はギルドには来ていないようなので詳細はわからないとの事だ。
礼を言ってギルドを後にしたアイリスは期待に胸を膨らませ、この大きな街の捜索を始める。
シクラ様……もうすぐ……もうすぐ会えますね。
アイリスは軽い足取りで街の中心部へと足を向け、シクラを探すのだった。
なんだ……この温かくて柔らかな感触――それにこの嗅いだことのない様ないい香りは。
そして後ろからはマリアが俺の腕を抑え込む為に羽交い締めにしているせいで、背中にも同じような感触がしている。
いきなりの事で何をされたか良くわからないけど、この気持ちのいい感触……あれ? もしかしてこれって。
流石に今の状況がとてもまずい事になっていることに気が付いた。
目の前――まあ、目を閉じているから見えてはいないんだけど――には、ベロニカさんが俺を胸に抱いており後ろはマリアが俺の腕を抑えながら背中に柔らかな物押し当てている。
「むぐむぐむぐ」
「ぁん――だ、ダメですシクラ様! 動かないでください!」
「あ、ちょっと! 動いちゃだめだよトマ! 」
これは色々とまずいと思い身をよじろうとしたら、顔を抑えていた力が意外と強く食い込む様な価値になってしまった。
それに、俺を羽交い締めにしていたマリアは俺が動いたことにより、さらに力を込めたせいで余計に押し当てられる形になってしまった。
しまった、余計な事をしたせいでさらに状況が悪くなってしまったぞ。
……これは、あれだな――なんとか無心になって今の状況を手早く終わらせる為に任せるしかないな。
そう思い無理やり今の感触を忘れようと無心になるが――トクットクッとベロニカさんの心音が聞こえてきて中々無心になれない。
いやまあ、この状況下で無心になれる人なんてほとんど皆無だろうが、それでも俺は何とか反応しない様に意識を集中する。
「――で、ではシクラ様。韴霊剣顕現を始めさせていただきます」
いつもと違う少し艶っぽい声にドキドキしながらも、今は動くことが出来ないので成り行きに任せる。
俺の応答がないがベロニカさんは大きく息を吸った後、顕現の儀式を始めた。
「我は偉大なる主神タケミカヅチ様の使徒ベロニカ。韴霊剣よ勇者トウマ=シクラ様の命によりその姿を顕現させよ!」
ベロニカさんが顕現の儀式をさせた瞬間――周囲に目もくらむような閃光と不可視の力が溢れだした。
俺は今目を閉じて押さえつけられているから良かったが、マリアはその光を直視したようで「きゃあ!」と悲鳴をあげ俺の拘束を止めて離れたようだ。
光は直ぐに収まったのだが、部屋内には未だ不可視な力が漂っているのが感じられた。
ただ、その不可視の力も気持ちの悪いものではなく、何か温かさを持ち包まれるような感触で嫌な感じはしなかった。
そして、なにか固いものがぶつかり合うようなゴツンと言う重い音がした瞬間――俺の意識が遠のいた。
「いてて――今のいったいなんだったんだ」
「シクラ様お目覚めになられましたか?」
「トマだいじょ――うぶ――ックククク――アハハハハ」
意識を取り戻したとき俺はベットに寝かされていたようだ。
ベットに横にはベロニカさんとマリアが居たようで、俺の声を聞いて二人が声を掛けて来たんだけど。
……何故だかマリアが笑っている。
俺は傷む額を抑えながら体を起こすと、ベロニカさんがマリアを窘めている様だ。
「一体何が可笑しいんだよ」
「だってクスクス――ねぇアハハハ」
「あ、あの、シクラ様これを」
今にも笑い転げそうになっているマリアは放っておいて、ベロニカさんが小さな手鏡を渡してくれたので顔を見てみると――うぇえ!
「な、なんじゃこりゃ!」
丁度痛むおでこの所が赤くなっており、その形が少し細長いが三つ巴の紋の形で赤くなっていたのだ。
一体なんでこんな跡が付いたのかと思っていたのだが、それはベロニカさんの後ろに浮いている物が原因だったようだ。
ん、浮いてる?
「って! なんだそれ!」
驚き二度見したその浮いているのは、全長三メートル程もある過去に見たことも無いほどの長刀だ。
しかも、何かに釣られているわけでもなくただそこに浮いている。
「シクラ様、これがタケミカヅチ様より貸し与えられた韴霊剣です。その――これがシクラ様の頭に当たってしまったようでして……」
「それでトマの頭にクスクス――変なマークが付いたのね……ップ」
「なるほどね。というか、そろそろマリアも笑るのやめろって。そもそも、この三つ巴って神紋だったはずだからな」
そう言うとマリアは口を押えて笑うのをやめた。
そして、微妙に冷やせの様なものを流している気がするが――とりあえず放っておこう。
冗談ではなく神社の半数は三つ巴を神紋として使っていたはずだし、剣の柄頭にあるのだからタケミカヅチ様に関係がある物と言う事は確実だろう。
まあ、それはさておき。
「これが韴霊剣か。想像していた剣と違ってたよ。こんなに長いんだね」
「そうみたいですね。私も始めて見ますが、タケミカヅチ様より授かった際に教えて頂いた方法で顕現させましたので、間違いないと思います」
そりゃ間違いないだろう。
世の中に空中に浮く剣がそうそうあったらびっくするわ。
そう会話している間も韴霊剣は微動だにせず空中に浮かんでいる。
「これって触っても大丈夫なのかな?」
「シクラ様と私であれば問題ないと思いますが……」
ベロニカさんの視線がマリアへと向けられた。
たぶん俺に渡せと言われていた剣だから俺はいいとして、ベロニカさんもそれを運んできたのだから大丈夫だろう。
ただ、マリアは只の一般人なのだからこれに触ることが出来るのか――というか、触っても大丈夫なのかはわからないみたいだね。
「わ、わかってるわよ! ま、まあ、少し触ってみたい気もしない事も無いけど」
「とりあえず俺が触ってみるよ。もしかしたら何かわかるかもしれないしさ」
「そうですね、ここはシクラ様が最初に触られるのが一番かと私も思います」
チラチラと韴霊剣を見ていたが、流石のマリアもこれは勝手に触る気は無い様だ。
そして――俺は立ち上がり韴霊剣の目の前まで歩いて近づく。
相変わらず浮かんでいるだけ――と思ったら。
俺が近づくと韴霊剣が俺の胸の高さ辺りまで降りてきた。
「おおう。これって、やっぱりそうだよね」
「そうね」
「そうだと思いますシクラ様」
はぁ、ソウデスヨネ。
これで俺が最初に触ることが確定してしまった。
そして意を決して韴霊剣の柄を握り、刀身に手を添えると――重い!
急に浮力が無くなったか、俺の手に剣の重量が一気にのしかかった。
「おっとと。ふぅ、危なかった」
一瞬取り落としそうになりつつも、何とか踏ん張って落下を阻止する事が出来た。
「大丈夫ですか!?」
「あ、うん。急に重くなってびっくりしただけだよ」
持った重さの感じからして恐らく鋼製なのだろうとは思うけど、これだけ思いと実用性は皆無だろうな。
ただ、柄や鍔が付いていることから一応儀礼刀などではないみたい。
鍔にも三つ巴の神紋が刻まれており、柄の部分にも日本刀らしい鮫皮が使われている。
ただ……
「ふむ。持っただけじゃ特に何が出来るかがわから――お、おおおお!」
「し、シクラ様!?」
「トマ大丈夫?」
「大丈夫大丈夫」
何か出来ないかと思考した瞬間、頭に何が出来るのかが急に浮かび上がってきた。
「――ふむふむ、なるほど……そういうことか」
「もうトマったら、もったいぶらないで教えてよ」
「ああ、ごめんごめん。出来ることなんだけど、この韴霊剣は封印することがメインじゃなくて邪を払うことがこの剣のあり方らしいよ」
持っているだけで周囲の邪を払い、その剣で相手を切り裂けば取り付いているものを退治することが出来るようだ。
しかも、この剣は人を切ることが出来ない――というよりも透過してしまうらしい。
物相手であれば受けたりすることが出来るが、資格の無い人には触ることすら出来ない仕様みたいだ。
試しにベロニカさんとマリアに渡してみると、ベロニカさんは持つことが出来たがマリアは触ることすら出来なかった。
……これって人が切れないって事は服だけ切って裸に出来るのではと一瞬考えてしまったが、そんなことを実際にするつもりは毛頭無い。
「それにしても不思議な剣よね」
「そうだね。しかもこれ鉄とかじゃなくて良くわからない金属で出来ているみたいなんだよね」
「そうなんですか? 見た目は鋼製みたいですが」
「うん、何でも神金製とか言う聞いたこと無い金属みたい」
「「神金ですって!?」」
「あ、うん、そうだけど」
二人は神金について知っていたようで、神金はその名の通り神々が作ることの出来る金属らしい。
らしいというのは、そもそもその存在数が極めて少なく教会や国が全て持っているとのことだ。
教会では神具として使われているらしく、他の物もこれと同様に許可が無いものは触る事すらできないらしい。
「それと、勇者の力を封印する力があるんじゃなくてこの剣に力を移すことが出来るらしいんだ」
「封印ではなく譲渡――ですか」
「それって大丈夫なの? 譲渡したらもう戻せないとかってないよね」
「それは大丈夫みたいだよ。一回試しにやってみようか」
俺は手に持った直刀に対して俺が今持っている二つの勇者としての力を譲渡するように念じてみる。
すると徐々にではあるが力が剣の方へと移っていく感じがした。
ただし、アイリスから渡されたタケミカヅチの力は問題なく移って行くが、セクメトリーの力の方は何か抵抗があるような感じがする。
だけど、速度は遅いけど問題なく譲渡出来ているみたいだから大丈夫かな?
そんなことを考えつつも、徐々に重くなっていく剣を持つのが少しつらくなってきた。
「べ、ベロニカさん。ちょっと手伝ってもらっても良いかな? 流石に勇者の力が無いと流石に重くて」
「は、はい。分かりました」
ベロニカさんの助けを借りて力を譲渡していく。
その様子にマリアは力になれない事が不満のようだけど、もし本当に従者になるのであれば今後手伝ってもらおう。
そして次第に力が抜けて行き、剣に力のすべてが譲渡された。
その時、ポンと言う音と共に手に持っていた重量感が一気になくなった。
「おいおい勇者、なんてものを俺に入れてやがるんだカー!」
「「「――え!?」」」
「え、じゃねぇよカー。タケミカヅチ神の力以外に現地神の力まで入れやがって、浄化するのが面倒だったじゃねぇかカー」
俺の掌には少しだけ重みがありそこから声がする。
俺達は目の前の光景に驚いてその声の持ち主の声に反応できずにいた。
「おいおい、お前ら三人そろって何にも言わねぇってどういった了見だカー。おい何とか言ったらどうなんだカー」
「いた! え、えっと、どうも初めまして」
「なんだその返事は。なんだい今回の勇者はこんなのなのかよ、俺っちが付いていないとダメそうなダメダメ勇者だなカー。勇者って言うのはな……」
掌に乗るそれは俺のおでこをつついた後、説教を始めてしまった。
そこに居たのは黒い羽根をした鳥――鴉だった。
いや、その鴉は普通の鴉ではなく足が三本になっているから八咫烏になるのだろう。
「え、えっと、ちょっといいですか?」
「……だからな――おい、人が喋っている時は静かに聞くのが礼儀だろうカー。まあいい、それでなんだ勇者カー」
「その、君は一体……」
「あ? そんなもんみりゃわかるだろカー! 俺っちはタケミカヅチ神に遣わされた八咫烏の分け御霊だカー。韴霊剣にタケミカヅチ神の力を譲渡すると俺っちが顕現できるようになってるんだよカー」
……なるほどわからん。
いや、わかるんだけどなんかややこしいな。
ベロニカさんが顕現させた韴霊剣に俺の力を譲渡すると八咫烏が顕現するって事?
でも韴霊剣と八咫烏って神話では同じじゃなかったよね。
っていうか、毎回語尾にカーっていうの意外とうるさい。
「えっと、それで――八咫烏さん? 俺に入っていた勇者の力はそちらへ譲渡されたんですよね?」
「そうだカー。だけど現地神の力までこっちに渡してくるとは面倒な事をしてくれるカー。そっちの方も俺っちが浄化した後受け取っておいたカー」
とりあえず問題なく勇者の力は彼?彼女?なのか分からないが、譲渡は完了したようだ。
あとは問題無くそれを戻してもらえるか確認するだけだね。
「それでですね、譲渡したばかりで申し訳ないのですが力を返してもらってもいいですか?」
「……それは無理だカー」
「え、ちょっと待ってください。ってかマテ。流石に返してもらわんと困るんだけど」
いや、本当に困るので返して欲しいのだけどと思い、八咫烏を捕まえてブンブンと体を振った。
八咫烏はカーカー言いながら騒ぎ立てる。
「ちょ、ちょっと待つカー。タケミカヅチ神の力だけなら、直ぐに返せるカー」
「じゃあとりあえずそれを返してくれよ」
「わかったカー! ほ、ほら返したチュン」
八咫烏から力を変換してもらうと全身に力がみなぎるのが感じ取れた。
タケミカヅチ神の勇者の力は魔法だったはずだけど、やっぱり基礎能力もかなり上がっているみたいだ。
というよりも、これは感じ的に無意識に身体強化をかけてる感じだな。
「よし、とりあえず問題なく力を返してもらう事が出来たな」
「あ、あの、シクラ様……」
「ねぇトマそれって……」
「ん? どうかし……た……って、なんで雀になってんだ!?」
「なんだとチュン! ほ、本当だチュン。どうしてこんな事になったんだチュン」
俺の掌の上に居た八咫烏が何故か雀の姿に変化してしまっていたのだ。
いつも読んで頂きありがとうございます。
いつの間にかpvも25000を超え、ユニークも6000を超えており自分でも驚いております。
今後も皆様に読んで頂けるよう頑張って行きたいと思いますので、今後ともよろしくお願いいたします。




