失敗勇者と帰還
翌朝、久しぶりの柔らかなベットの感触を名残惜しく思いつつも身だしなみを整え食堂へと向かう。
そこには既に騎士爵家の方々が全員集まっており、お詫びして席に着いた。
今日は昨日の晩にはいなかったアイリスの弟君も食事の同席したが、あまり姉とは仲良くないのか終始憮然とした表情で一言も喋る事も無く席を立つ。
昨日の和やかさから一変微妙な空気だったけど、他の方々はあまり気した様子ではないので私から何か言う事はしなかった。
シクラ様の聞き込みをしようと街に出かけアイリスと二手に分かれた後、後ろから私に声を掛けてくる人が居た――アイリスの弟のトイヤーだ。
彼が少し話がしたいというので、屋敷の裏の方へと向かった。
彼は姉が王都でどのような事をしていたのか、どのような経緯で今の状況になっているのか直接聞きたかったらしい。
問題になりそうな部分を除き簡潔に私の知っていることを教えると、彼は少し呆れた感じだったがほっとした表情をしていた。
そして、彼からアイリスの事をよろしく頼むといわれてしまった。
何でも、アイリスが勇者の従者として下賜された領地が現在のカタギリ騎士爵領で、その後取りに彼を指名してしまったのだとか。
本来であれば僻地の寒村をまとめる程度だったものがいきなり交易の重要拠点、国境にあるこの都市の領主になったのだとか。
その事でアイリスが不当に扱われていないかとか、苦労していないかと心配していたようだが、今の待遇を説明したら納得してくれました。
そのご、彼と別れる際にシクラ様の捜索に影から協力して頂けることになり、こっそりと資金をいただいてしまった。
なかなか姉思いの弟ですが、もう少し姉と直接話した方が良いのではないかとは思うのですが、兄妹のいない私ではその辺りの機微が分からないので一言だけ「もう少しアイリスの事を信用してあげてください」とだけ伝え、私も街で情報収集をすることにした。
「俺の予想通りであればあのトロールに切断系の攻撃はまずい」
魔法で時間を稼ぎ、グランツ達に俺が気が付いたことを説明する。
簡単に言えば、あのトロールの回復力は異常で切断系の攻撃であれば瞬時に回復するのだが、アシュリーやマリアの矢がいつまでも抜けずにいたこともあり、恐らく突き刺さったままになるような攻撃は再生ではないので対象出来ないのだろう。
その効果を確認するために石針の魔法を使ったのだが、グランツ達から見たら攻め時と勘違いしてしまったのだろう。
しかし、さっきの全身ハリネズミ状態まで持って行っても動きは緩慢になったが倒れる気配はなく、強力な魔法の一撃で体をまとめて吹き飛ばすくらいの威力が必要なのかもしれない。
「そうなると、トマかコンラートの超越魔法で吹き飛ばすしかないわけか」
「そうなる。ただ、本当にそこまでの威力を出せるのかはわからない。コンラートが使える最大威力の魔法だとなんになる?」
「そうだな……超越魔法の石槍乱舞くらいだろうな。ただ、今まで超越魔法で試したことが無いから威力がどの程度か分からないし、残りの魔力を考えると一回が限度だとおもう」
石柱槍舞が超越魔法でどの程度の威力になるのかわからないが、今までの傾向からすると超越魔法と上級魔法では数倍の威力になっているからかなり期待できそうだ。
思考すると俺も同じ魔法が使えることがわかり、威力もかなりの物になることが分かったので、コンラートと合わせて石槍乱舞を使う事にした。
俺とコンラートの魔法で一気に方を付ける予定ではあるが、一応グラント達にもトロールの目を引いて貰うために前に出てもらい、アシュリー達にはコンラートの魔法が切れたら時間稼ぎの為に弓で攻撃してもらう事になった。
「これでケリを付けるぞ! 皆気を引き締めろ!」
グランツの言葉に皆が頷き配置に着く。
距離にして十数メートル、このトロールであれば数秒もしないうちに突撃出来てきてしまう距離ではあるが、俺たちがしくじらない限り戦闘は終わるだろう。
「魔法がもうすぐ切れる。二人共頼んだぞ!」
「コンラートやるぞ!」
「ああ、任せておけって」
グランツは囮になるべく最前列で盾を構え、その横にはイザベルもいつでも対応できるように戦斧を構えて待機している。
壁の上ではアシュリーとマリアが弓を引き絞り、魔法が解けた後トロールが動き出したらいつでも攻撃できるように準備している。
そして俺達二人は詠唱を始め――そして、上級茨束縛が切れた瞬間に魔法を発動させる。
「くらいやがれ! 石槍乱舞!」
「吹き飛べ石槍乱舞!」
魔法の発動により、太さ三十センチほどの石槍が空中に幾重にも出来上がり、そして――濃紺色のトロールへと一斉に襲い掛かった。
先頭の岩槍がトロールへと突き刺さり、残りの土槍も先頭の槍を追ってトロールへと降り注ぐ。
ドドドドドと、地響きのような轟音とトロールがいた辺り一面を土煙が覆った。
グランツは流石に緊張を解かなかったが、他の面々――俺とコンラートも含め皆魔法の威力に唖然としていた。
二人分の超越魔法の威力はすさまじく、ダンジョンの一部が破壊不能の素材でなければこの一帯は崩落していたかもしれない。
暫く皆土煙を見ていたが、そこで動く者は無く――。
「……やったか?」
グランツがフラグっぽい事を言っていたが、段々と土煙が薄れトロールが立っていた場所の当たりが見えるようになり――そこには石槍が地面にいくつも突き刺さり、それ以外何も無かった。
「お……うおおおおお! やった。やったぞーーー!!!」
コンラートが雄たけびを上げガッツポーズを決め、壁の下にいるグランツ達に手を振る。
グランツ達も激戦を経て疲れ切り、コンラートの雄たけびを聞いてイザベルと共に地面に座り込み、こちらへ手を振っている。
アシュリーは壁の上で寝転がり伸びをしているし、マリアは壁に腰かけるように座ってこちらにピースサインをしていた。
皆がトロールを倒し勝利の余韻に浸っていた――その時ヒュンと風切り音がして、何か硬質的な物が鉄に当たったかのような甲高い音が響き渡り――直後地響きと共にダンジョンが揺れ……。
「がはっ」
「キャアアア」
衝撃と共にグランツとイザベルの悲鳴が聞こえ、少し離れた場所にグランツの盾が転がっているのが見て取れた。
「い、一体何が。二人とも大丈夫……なっ!?」
二人の方へ視線を向けると、二人が倒れている場所には血だまりが出来ていた。
グランツは盾を持っていた片腕が千切れ、傷口からは帯びたただいい出血をしている。
イザベルの方も怪我をしているが、グランツ程ではない様のここからは見て取れる。
「――皆気を付けろ! 奴はまだ生きてやがる!」
「え! うそ!」
「マジかよ。あれで倒せないってどうすりゃ……」
「俺は二人の治療に向かう。皆はあいつの牽制をしてくれ!」
俺は壁から飛び降り二人の様子を確認すると同時に、上級茨束縛を使い念のためこちらへ来れない様にしておく。
グランツは瞬時にイザベルをかばったのか体中傷だらけで、上から見た状況よりもかなり酷いが――まだ偽装中の俺の魔法で何とかなるだろう。
イザベルの半身は地面で擦れたのか傷だらけで、腕を抑えていることから恐らく骨折もしているのだろう。
「だが、まだ何とかなる。『超越多重回復』」
魔法の効果でグランツ達の傷を癒す――流石に部位欠損は回復できないので腕は千切れたままだが、出血は止まり二人とも青ざめた顔をしたまま気を失った。
「トマ後ろ!」
マリアの叫びを聞き後ろへ振り返ると、先程のトロールが俺の上級茨束縛を手に持った石柱で薙ぎ払らおうとしていた。
そして、ブチブチブチと音と共に茨が引き裂かれ、濃紺色のトロールが姿を現す――いや、さっきまでは碧色だったはず!
先ほどまで戦っていたトロールの体表は碧色だったはずだが、今のトロールそれを更に濃くした濃紺色になっている。
しかし腕には先ほどの戦闘でアシュリー達が放った矢が突き刺さったまま――同一個体だが何かの何らかの影響で体表の色が変化したのだろう。
俺は茨が全て引きちぎられる前に急ぎ二人を担ぎ上げ壁の裏へと運んでいく。
壁の裏にはマリアが既にきており、アシュリーとコンラートは何とか出来ないか攻撃をしている様だった。
「とりあえず二人の傷は癒しておいたから命に別状はないと思うよ」
「そう、よかった。でも……」
二人が無事で少し安心した様子だが、今の状況が状況なだけに少し口ごもっていた。
まあ、流石に前衛二人が抜けた状態じゃ普通であれば絶望的な状況である事には変わりはない。
でも、どうにかするしかないと思い、俺はアイテムボックスから一枚の紙を取り出す。
「……しょうがないよな。マリアこれなんだけど」
「え、なに? それって!」
俺が取り出したのは、ハンナさんから渡されていたマリアとの契約書だ。
俺の事をマリアが勇者と口外すると奴隷になってしまうという恐ろしい物なのだが――俺はその紙を破り捨てた。
「え!? ちょっと、トマ大丈夫なの?」
「ああ。どうするかは俺に一任されているし、マリアには二人の説得を任せたい」
「それって……ううん、わかった。でもトマ――無理しないでね」
俺が何をして欲しいか理解したマリアは一瞬ためらった後、俺に抱き付き俺の身を案じてくれた。
マリアの急な行動に固まってしまった俺だが、直ぐに彼女の体温が無くなり少し寂しい感じがした。
「みんなの事は任せて! それで、トマはちゃっちゃとあのトロールを倒してきてね」
「ああ、任せろ!」
そう言って俺はトロールの前へと駆けだしていく。
茨をはがし切ったトロールは俺を見つけたが、今までのように笑ったりせず俺の実力を測るかのようにじっとこちらを見つめてくる。
後ろの方からマリア達が言い争う声が聞こえたが、それもすぐに収まり皆壁の裏へと退避した様だ。
トロールの腕には俺達が魔法で放った石柱を手に持ち、俺は露店で買った魔剣を片手に対峙する。
「さて、まずはこれで様子見でもさせてもらおうか『無限身体強化』
」
俺は超越魔法の先にある勇者魔法で身体強化を行い、トロールへと斬りかかる。
異常なまで強化された俺の体は風のようにトロールの周囲を駆け抜け、再び同じ位置へと戻る。
数瞬遅れて――トロールの両腕が細切れになり地面に落ちていく。
斬られたトロールは始め何が起きたのかが理解できておらず、身構えたままの体勢だったが両腕が無くなりバランスが崩れて初めて腕が無くなったことに気が付いたようだ。
「グガァアアアアア」
今までとは違う叫び声をあげたトロールの瞳には恐れが見えた気がしたが、即座に腕を復元させ腕を振り上げながら向かってくる。
グランツたちが戦ったときとは段違いの速さで向かってくるが――今の俺からだと、ゆっくりと動いているようにしか感じられない速度だ。
振り上げた腕を俺に向かい振り下ろしてくるが、難なく躱し剣を振り上げ再び腕を切り落とす。
魔剣の切れ味が鋭いこともあるが、この魔剣は見た目短剣だが魔力を通すと延長線上に見えない刃が発生してショートソード程の長さになる。
思っていた以上にいい買い物が出来たなとか考えていると、もう片方の腕で俺に殴りかかってきたので今度は避けるだけにしてみた。
トロールの腕が地面に付き刺さり、重厚感のある音とともに地面が抉れ周囲に土くれや埃が舞い上がった。
思った以上に威力があるなと何故か冷めた感情で状況を確認して――なんかおかしい。
普通に考えたらこれほどの威力を目の当たりにしたら肝が冷えそうなものなのだが、今の俺はこんなものかと感じてしまっている。
勇者としての加護が冷静に対応させる為に感情抑制させているのか――もしくは強化魔法で強化されたおかげで無意識にこの程度は問題ないと感じているのか……恐らく後者だな。
セクメトリーの勇者の加護を封印しているのだから、もう一つの加護で魔法を完全に理解しているからなのだろう。
その後も、腕を再生させたトロールは嵐のように拳を振るってくるが全て回避すると、トロールが一度俺から距離をとった。
今度は気のせいではなくトロールがおびえていることが分かる。
俺から目が離せず、指一本でも動かすとビクリ体を震わせることから、本当にこいつはおびえているのだろうな……はぁ、どうしたものやら。
「なあお前、元のところに戻るつもりは無いのか?」
俺の言葉が理解できるか分からないが一応問いかけてみたが、トロールからの反応は無い。
「このままやってもお前に勝ち目が無いことは分かるだろう? だったらさっさと元居た所に帰れよ。俺たちに襲い掛かってこないのならこっちから襲いに言ったりはしないからさ」
「グ、グガァアアアア」
トロールは引くことは無く、恐怖を押し殺した引き攣った表情のまま殴りかかってくる。
……まあ、仕方ないよね。
恐怖を感じると言う事は多少は知性があるとは思ったんだけど、魔物には逃げるという概念が無いのかもしれない。
俺は止めの一撃を放つべく、魔法を唱えると同時に剣に魔力を集めておく。
「仕方ない行くぞ!『無限炎付与』」
本体の刀身をそのまま延長しただけの直刀のショートソードの様な見た目だが、そこに炎が纏わりつくことによって仮想の刀身が露になった。
見えなかった刀身が見え、そこに炎が纏わりつくことによりトロールは――何故か笑っているように見えた。
本気になったトロールは一瞬にして距離を詰め、既に腕を振りかぶりその剛腕と重量を生かした一撃が俺に迫るが――それを体幹がぶれないギリギリのところで回避し、トロールの腹へ炎を纏った剣を突き刺した。
トロールは剣が突き刺さった瞬間、周囲の筋肉に力を入れ剣を動かせない様にした。
大振りをして胴体を無防備にすることで攻撃を誘ったつもりかもしれないが――既にチェックメイトだ。
「さよならだ『菊花一散』」
剣を突き刺したところから菊の花の様な模様が現れ、トロールの体が菊の花が散る様にはらはらと散ると同時に炎に焼かれ灰になって行く。
イオリゲン王国正統剣術秘儀『菊花一散』、剣の勇者としての知識があるころに練習をしていた技だが、あの頃は魔法が使えなくて発動すらさせれなかった技だ。
刺突した部分から放射線状に魔力を流し、その魔力を刃として相手を花弁のように切り裂く秘儀なのだ。
勇者として与えられた恩恵が剣だったため、騎士団で練習していた技の一つだったが――うまくいってよかった。
でもなぜだか使える様な気がしていたので、躊躇することなく一番威力のあるこの技を使ったんだけどね。
そして風が吹き、トロールだった灰がダンジョンへと舞って行き、残ったのは拳より少し大きめの魔石だけだった。
いつも読んで頂きありがとうございます。
次の話で第二章も終わりになり、新たな章に入って行きますのでこれからもよろしくお願いします。




