失敗勇者と勇者再び
ウグジマシカ神聖国との国境にあるミガーサの街に着いた。
相変わらずアイリスは外を眺めていたが、流石にこの街では貴族家に行かないと言う選択肢は無いようで、少しため息を吐いていた。
アイリスは貴族の相手をするのが苦手の様で、一つ手前の街では到着した瞬間にアイリスが馬車から逃げ仰せベロニカ一人で相手をさせられたのである。
そして今までも、街に寄るたびにシクラの馬車に乗っているせいで領主の家に挨拶にいかなければならず、本当であればシクラの従者で騎士爵のアイリスが挨拶に行くのが筋なのではあるが、いつも何処かへと消えていってしまい今まではベロニカが全て対応していたのだ。
しかし今回はその心配はない。
何故ならこの街はカタギリ騎士爵領、アイリスの実家が領主なのである。
そのことを知っているベロニカは少し安堵し、今回はアイリスに全て任せてしまおうとも考えていた。
しばらくすると街を囲う城壁のような巨大な壁が現れ、壁の中に入る門のところでは大勢の人々が列をなしていた。
私たちの場合は貴族用の馬車なので別の貴族用の正門へと馬車を向かわせ、入口の衛兵に事情を説明しようとするが、流石にアイリスのことに気がついたようで「お嬢様おかえりなさいませ」と言われてしまったこともあり、普段は見せない笑顔で「ただいま戻りましたわ」と言っている。
そして頷き合った衛兵は、そのまま馬車を屋敷まで先導していく。
ベロニカは今回はアイリスに押し付けようと思っていたのだが、馬車ごと領主邸まで誘導され逃げることが出来ず、今度はベロニカがため息を吐くのであった。
グランツ達が仮眠から目覚め交代で俺とコンラートが休息に入った。
疲労感はそれ程ないつもりだったが、寝袋に入ると直ぐに意識が落ちていった。
良い匂いがして眠りから覚めた後、交代で食事をしてから再び狩りを再開することになった。
アシュリーは今まで通り魔物達を引き連れに行き、俺とコンラートは拠点強化をすることにした。
コンラートがグランツと話をして、魔法で戦闘しやすくする拠点の作成の許可を貰ってくれていた。
「それでどんな風にしたらいいんだ?」
「そうだな。分かれ道から下り坂を作って広場に向かって上り坂にして、広場手前に壁でも作るか」
T字になっているアシュリーが魔物を引っ張てくる通路から緩やかに下り坂にして、下がった部分を一部平らにして再び広場に向かって上り坂にしていく。そして、広場の手前に広場側から登れるような階段付きの壁を作
り、左右には人が通れるスペースを作り上から魔法や弓で攻撃できるように陣地を作り替えた。
ダンジョンに魔法でどの程度加工が加えられるか聞いてみたら、ある程度下に掘るとそれ以降掘削することが出来なくなるらしく、一応試してみたけどびくともしなかった。
壁一応加工しようと思えば出来るのだが、普通の魔法では多少削れるだけで暫くしたら修復されてしまった。
一応超越魔法で一点集中すれば何とか穴位はあけられそうだけど、壁は徐々に修復されてしまうのであまり意味はなさそうだ。
床も修復されるらしいけど、俺達が魔法で作り替えた部分は恐らく一週間ほどで修復されるだろうとの事だ。
「それにしても二人ともかなり魔力量なんじゃないか?」
「そうなのかな? 比べたこと無いかなら」
「トマはともかくとして、俺は超越魔法が使えるようになってから最大値が増えたんだが、それよりも魔法で使用する魔力がかなり減少したんだ」
コンラート曰く、超越魔法が使える様になった際に魔力を使い果たして眠った後、目が覚めたらまだ魔力が半分ほどしか回復しておらず最大値が増えたことに気が付いたとの事だ。
そして、今まで魔法行使に使用してた魔力を十とすると今は三くらいで発動できるようになったんだとか。
恐らく魔法と言う現象の理解度が高まり、魔法自体の効率化が出来るようになったんだと思うとの事だが、それだと最大値が増えたことが謎なのだが……まあ今は問題ないから良いか。
「グランツやばいぞ!」
そんなことを話していると焦った様子のアシュリーが駆け込んでくる。
「どうしたんだアシュリー。大量に魔物でも連れてきたのか?」
「いやいやそれどころじゃねないぞ! は、はぐれがすぐ近くまで来ている! それにこれを見ろ」
「あん? その瓶がどうし……これは!」
アシュリーが取り出したのは小さな小瓶で、そこから少し甘い匂いが漂っている。
「そうだ、魔物寄せだ。この感じからそれ程強力な物ではない様だがタイミングがかなり悪い」
グランツの反応から良くない物とはわかったのだが、小瓶が何だったのかわかるとみんなの顔色が悪くなる。
魔物寄せの薬……その名の通り周囲の魔物を集めるために使われる薬だ。
中身は液体でそれが気化して周囲に拡散するとその匂いに釣られて魔物達が集まってくる効果がある。
ただこれは違法な物ではなく森や洞窟などで魔物を集めるために使用する物なのだが、森で普通では寄ってこない魔物をおびき寄せたり洞窟内の魔物を外へおびき出すために使用する物なのだが……ダンジョンでの使用は
厳禁とされており、しかも周囲に他のパーティが居る時に使用した場合処罰対象にもなっていた。
今回の場合、俺達が気が付かないうちに何者かがその薬を入り口に配置しており、誰かわかれば重大な処罰対象になり得るとの事だ。
「誰が置いたかはこの際置いておくとして、それよりもこれに引き寄せられてはぐれがこっちに向かってきているみたいなんだ」
「確かトロールだったか? どうしたものか」
「トロールって強いのか」
「そうだな……ランク的には銀パーティクラスになるな。巨大な体で腕力も強く再生能力もかなり高く、切った側から回復していくのだが……今の俺達なら狩れない事も無い。しかしだな……」
ファンタジー定番のトロールだが、この世界でも巨大な体躯に超再生能力があるらしい。
ただ、良くある攻略パターンとしての傷口を火で焼くとかで回復不能には陥らせることができるそう。
俺とコンラートと言う二人の魔導士――しかも超越魔法が使える人が二人もいる――パーティで銀等級であれば問題なく討伐できるらしい。
「ただな、戦ったことが無いから俺が耐えられるかが何とも言えないな」
「そうよね。私の斧で防いでも良いのだけれど、回復力が強い魔物は傷を負う事を躊躇わずに突っ込んでくるから厄介なのよね」
「あ―私は無理かな。そもそもこの剣じゃ殆どダメージにならないよ」
「俺は試してみたいが、流石にまだ対抗できるかわからないからなぁ」
グランツが持っているのは鉄製の大盾でタンクとしては有能だとは思うのだけど、トロールとの戦闘は未だに無いらしく攻撃に耐えられるかが未知数のようだ。
イザベルの戦斧を振り回す力があればある程度防御は可能だとは思うが、そもそもイザベルは攻撃特化の感じなのでどこまで防御が出来るか不明だし、マリアはほぼ完全に戦力外だ。
コンラートも戦っては見たいようだが、流石にこの状況ではあまり乗り気ではない様子。
因みにアシュリーは流石に分が悪いので逃走を提案している。
たぶん俺が本気を出せば問題なく倒せると思うけど、流石にマリア以外の人達にまでばれるのはまずいだろう……まあ、命の危機になったらそんなのは無視して本気は出すけど今はその時ではない。
「流石に危険すぎるから撤退をしよう。それに、一応ダンジョンの外にギルド職員もいるだろからさっきの瓶の件も報告に戻ろう」
撤退することに決まったので俺はキャンプにある資材などのすべてアイテムボックスへと収納した。
その間にアシュリーがはぐれの確認と撤退ルートの調査に向かって行った。
「アシュリーが戻ったら急いでダンジョンから出てギルド員に報告に向かうぞ。途中避けられる戦闘は回避してどうしようもない場合のみ戦闘を許可する。それとコンラートは攻撃重視でトマは阻害重視で魔法を頼む。素材
はもったいないが全て無視していくからな」
皆がグランツの言葉に頷きアシュリーの帰りを待つ。
「今の所問題はなさそうだ。それに、いつの間にかはぐれも居なくなってはいるが、たぶんまだ近くを徘徊しているだろうから注意してくれ」
「わかった。皆行くぞ」
グランツを先頭に駆け足で通路へと駆けだしていく。
T字路のどちらからも魔物は見当たらず、グランツは手招きをして皆を誘導する。
薄暗いダンジョンをガチャガチャと金属が擦れ合う音を響かせながら、俺達はダンジョンを駆け抜ける。
行きと違い魔物の姿が殆ど――と言うより一切見当たらず順調に撤退が出来ているかと思ったその瞬間。
「止まって!」
「っな! がは!」
マリアが叫んだと瞬間、通路の脇から赤茶色い物が飛び出して先頭を走るグランツに襲い掛かる。
グランツは即座に盾を構えるが、大盾を背負って走っていたこともあり踏ん張りが効かず盾とともに弾き飛ばされた。
「「グランツ!!」」
グランツは宙を舞うように飛ばされ、地面を数メートル転がり地面に倒れ伏した。
俺達四人が駆け寄るがグランツは意識を失っているようで身じろぎすらせず、額が切れているのか顔の半分が血に染まっていた。
コンラートが即座に回復魔法をかけ傷を癒し、腰から水袋を取り外し顔にビシャッっとかけるとグランツがうめき声を上げた。
「……う、一体何が」
「お前ら気を付けろ! こ、こいつは……はぐれだ!」
一人だけグランツに駆け寄らず魔物を牽制するようにしていたアシュリーの少し震える様な声に導かれ、声がした方へと皆の視線が向けられた。
そこには体長三メ―トル程もありそうな青色の魔物がこちらの様子を伺っていた。
全体的につるりとした体表にクリンとした瞳は可愛くも見えなくは無いが、その口から覗く鋭い牙と真っ赤に染まった口周りをみてはそんなことは言えないだろう。
トロールが持つのは巨大な棍棒は何かで赤く染まっており、グランツを殴り飛ばしたもの恐らくこれなのだろう。
魔物は壁から半身だけ出した状態でこちらを見ているが、なぜだかこちらへ今すぐ襲い掛かってくる様子は見られなかった。
しかしその瞳には怯えのようなものがあるわけではなく、こちらを観察するような嫌な感じのする視線だ。
「っち、なんでこいつが先回りしてやがるんだ」
「どうするよ? こいつがここに居る限り俺たちは先に進めねぇぜ」
グランツは少し黙考していたが、意を決して指示を出す。
「全員さっきのキャンプまで戻るぞ! あの場所で迎え撃つ! あいつはあの体躯だそれほど足も早くは無いだろう、トマは全員に身体強化をコンラートは牽制の一撃をくれてやれ!」
「了解!」
「特大の一撃を食らわせてやるぜ!」
俺は『上級全体強化』を使い皆に強化魔法を使い、コンラートは超越魔法を使うのか詠唱を始めていた。
アシュリーはジリジリと下がりながら俺たちと合流しようとして居るが、相変わらずトロールはこちらを伺ったまま動かない。
イザベルはグランツが意識を取り戻した瞬間に動いており、弾き飛ばされていたグランツの盾を回収していた。
そんな皆が行動している中マリアはと言うと、俺を盾にする感じで魔物から距離を取っていた。
コンラートの詠唱が終わりいつでも魔法が発動できる状態になったと合図を送り、グランツはそれにうなずき声を上げる。
「ぶちかませ!」
「よっしゃあ!『超越火炎地獄』!!」
「走れ!!!」
構えた両手の前に五層の多重魔方陣が浮かび上がり、そこから火の球がトロールへと向かって飛んでいく。
それを合図に俺達は来た道を全速力で駆けていく。
身体強化魔法の効果もあり、全員が元の世界であれば世界新記録をぶっちぎる速度だ。
「グヲオオオオオ」
攻撃魔法が放たれたことによりトロールは様子見を止めてこちらへと駆け出し、手に持っている棍棒を火球に振り下ろす。
棍棒と火球がぶつかり合った瞬間、ドンともボンともいえない音と共に猛烈な勢いで燃え上がり、トロールを火だるまにした。
それと同時に火薬が炸裂したような爆風が発生し、ダンジョン通路を駆け抜ける。
コンラートが放った魔法は超越魔法の単体火属性魔法で、見た目は普通の火球と変わらないが相手に接触すると超高温の炎が破裂するかのように燃え広がるのである。
そしてシクラ達にもその影響は届いたが、人知を超えて超スピードで走るシクラ達には追い風となり目的地までの移動を早くした。
シクラ達が逃げおおせた頃魔法受けたトロールは――火球を打ち据えた態勢のまま全身が炭化したように真っ黒になっていた。
しかし炭の塊になっているトロールが小さく動き――ゴアァァ!と叫び声と共に体表面に付いていた炭を吹き飛ばす。
普通の魔物であれば即死、いくらトロールであろうともあれほどのダメージを受けたのであれば絶命していてもおかしくはないのだが……このトロールは普通では無かった。
口元をゆがませ歓喜の表情を浮かべたトロールは、その巨躯に似合わぬ動きの速さでシクラ達を追って行った。
「バッカ野郎! こんなダンジョンでなんて魔法使いやがる!」
キャンプ地に戻った一同は逃げきれた安堵感を漂わせていたが、グランツが怒声と共にコンラートの頭に拳骨を落とした。
周りの皆は当然の報いだといった表情でコンラートへ非難の視線を向け、コンラートも流石にやり過ぎたと皆に謝っていた。
先程は既に逃走をはじめから決めており、コンラートが魔法を放った瞬間に走り出していたからよかったものの、即座にあの場から離れて居なければ全員爆風と高熱で全滅していただろう。
「まあいい。とりあえずあれで倒せてくれていればいいのだが、もしダメだった場合の事を考えないとな」
「あれで倒せない魔物が居るのか?」
「……恐らくな。魔石持ちの魔物の強さはウルフでもわかっていると思うが、単体であれだけ強化されるのであればトロールなら生き残っている可能性がある」
シクラは驚きながらも先ほどのウルフとの戦闘を思い出した。
それまでは集団でもそれなりに戦えていたのだが、魔石持ちは魔法はレジストされるし動きも早く倒すのに苦労していたな。
「それでどうするんだ。さっきの魔法で恐らく得物は無くなっただろうが相手はトロールの魔石持ちだ、一筋縄ではいかんだろう」
「それについてはトマ、お前も超越魔法が使えるんだよな?」
アシュリーがグランツに対策を確認すると、何故か俺に超越魔法が使える確認してくる。
問題なく超越魔法が使えるので首肯しておく……まあ、それ以上の魔法も使えるんだけどね。
「ならさっきの全体強化を超越魔法で使えるか? 」
うーんと唸りながら念じてみると問題なく使えそうだが、強化され過ぎてしまう気がするのだけど。
俺が首肯しようとした瞬間、急にアシュリーが叫び地面に耳を付ける
「静かに! ……この足音は……近づいて来てやがる!」
「っち! やっぱり見逃してはくれねぇか! トマ、さっきのは使えるんだよな? コンラート魔法で援護しろ! イザベルは俺と一緒に、マリアは後方からアシュリーと共に弓で牽制出してくれ!」
「問題ない!『超越全体強化」
「任せろ!」
「わかったわ。それにしても凄い魔法よね」
「うん。トマ、皆を守ってね」
「……来るぞ!」
初めは聞こえていなかった足音がだんだん大きくなり――そして、俺達のいる通路で足音が止まる。
さっきの魔法のダメージが全くないかのように平然とした姿のトロールが、俺達を見つけ鋭い牙が見える口を大きく開け嬉しそうに吠えた。
いつも読んでいただきありがとうございます。
次回も更新は月曜日18時ごろを予定しております。




