失敗勇者と入港祭
クソ、あいつは一体何なんだ。
入港祭の市場を眺めながら、一人イラついた感じで歩く男がいた――先日シクラが冒険者ギルドで絡まれたキルヒナーと言う男だ。
彼は先日の事を考えながら、市を歩き続ける。
マリア達が予定より早く戻ってきたと聞いて会いに行くと、変な野郎が一緒について来ていた。
野郎はマリアに馴れ馴れしくしやがって、マリアもマリアでまんざらでもなさそうな感じでイラつく。
野郎とマリアが楽しそうに話しているのがイラつき大声を出して詰め寄ろうとした瞬間、気が付いたら天井を見上げていた――意味がわからなかった。
周りを見渡すと他の冒険者達の視線に気が付き、俺が投げ飛ばされたことがようやくわかった。
俺は冒険者を始めて初めて恐怖を感じ、この時何を言ったか覚えてはいないが何か言って――ギルドから逃げ出した。
マリアと仲良くするだけじゃなくて俺に恥をかかせやがって……あん? この店で売っている物――これがあればあいつらに一泡吹かせることが出来そうだな。
そしてキルヒナーは、店主と値段交渉の末幾つかの薬草を買って行く……その口元を酷くゆがませて。
シクラ様にはあのように言いましたが、実際にはアカリ様より密命――というより、お願いをされていたのです。
しかし、いかにアカリ様でも数年先までは正確に予見できるわけではないし、私達の行動如何では未来が変更されてしまうとおっしゃっておりました。
詳しくはわかりませんが、未来の情報を知っている私達と全く知らない私達ではいかに知らない様に振舞い行動してもどこかで誤差が生じると申しておりましたし。
ですが、私がアカリ様のお兄様――シクラ様にお会いしたかったのは嘘ではありませんので、この程度は問題ないでしょうね。
「それで、実際に会った感想はどうですか?」
私の発言がお気に召さなかったシクラ様は、少し不機嫌そうな顔をしながら問いかけてきます。
「そうですね。可愛らしく凛々しかったアカリ様と比べてシクラ様は――少し頼りない感じが致しますわ」
「そ、そうですか。まああいつは結構自信家だったからな」
あらあら、また私の発言で少し落ち込んでしまわれたようですわね。うふふ、そんな所はアカリ様そっくりですね。お二人ともからかわれていることに気が付かずに真に受けてしまいますのね。
アカリ様と比べてしまえばシクラ様は少し頼りないように見えますが、お二方とも勇者として召喚されるようなお方ですからいざという時は頼りになる方なのでしょう。
「それはさておきシクラ様、お隣の女性はシクラ様の恋人ですか? 」
「「こ、恋人!? まだお付き合いはしていません(よ)……え!?」」
シクラ様とお隣の女性が二人そろってまだ付き合っていないと声をそろえて狼狽えておりますわね。お二人とも意外にうぶなのですね。
「あらあら? お二方とも仲がよろしいようですわね。それにまだですか?」
私の問いにお二人とも見つめあった後、互いに俯いてほんと可愛らしいわ! シクラ様は恐らくアカリ様同様そう言ったことに慣れておいでではない様子ですが、一緒にいらっしゃる方も確か冒険者をなさっていると言っていましたが、この反応は演技ではなく本気でしょうね。
そうなると、私はお二方のデートを邪魔してしまったことになるのでしょうか……流石にそれは可哀そうですので用件は早めにお伝えいたしておきましょうか。
「あまりお二人の事を探ってもいけませんわね。それでシクラ様今後冒険者をしていかれると言う事でしょうか?」
「あ、ええ、そうなりますね。当分は身分を隠して冒険者として過ごし、折を見てウグジマシカに向かってタケミカヅチ様に拝謁するつもりです」
「え、そうなの!? トマ……じゃなくて、シクラ様は他国に行かれてしまうのですか」
あら可愛らしい! このマリアと言う子は本当にシクラ様の事がお好きなのね。俯きながら可愛らしくシクラ様を見つめたじたじになっておられますし、これはどう考えてもアイリスでは勝ち目は薄そうですね。
あの子もセクメトリー神の信仰を辞めてもっと自由に生きればいいのに……まあ、アカリ様とお会いできたのはセクメトリー神のおかげではありますのでアイリスには難しいでしょうね。
シクラ様とマリアさんとののろけの様な話をいつまでも聞いていたい気もしますが、私自身もそろそろ行かなければいけませんね。
「お二人ともイチャイチャは後でお好きなだけされてください」
「い、イチャイチャだなんて……」
「んっんん。ハンナさん、あんまりマリアをからかわないで下てくださいよ。マリアはそう言ったことには慣れていないみたいですので」
シクラ様はやはり頼りがいがある方ですね、自分はからかっても良いけどマリアさんはからかわないで上げてとは……ううん、時間があればもっと二人を見て居たいですわ。
「うふふ、わかりましたわ。それで、シクラ様が冒険者をされると言う事はわかりましたが、ソロで冒険者をやられるおつもりですか?」
「あー、そこはまだ考え中なのですけど。マリアが居る鉄の盾と言うパーティーに臨時でもいいので入れたらなとは思っていますが、まだその辺りの事は――」
「だ、大丈夫だよトマ! グランツ達もトマを仲間に入れたいって言ってたし。そ、それに……私もトマが入ってくれたら……嬉しいし」
「う、うん……まあ、その話は戻ってからみんなとしようかな。グランツ達と一緒に行ければ俺も嬉しいしね」
そのまま二人はパーティに参加することを相談しているようですが、傍からみたらただいちゃついているだけに見えますわね。本当に初々しいですわ。
しかし、私はどうしたものでしょうか……ここで私が何もしなければシクラ様達にこの後訪れる――いえ、それを伝えれば更に未来は変わってしまいます。
この世界の為を思うか、シクラ様の幸せを願うのか……このお二人と直接会う前でしたら世界の為と即決できたのですが。
このような決断を下さなければならないといけないとは、アカリ様も酷いですが致し方ありませんね。
「お二方とも、私達がいる事をお忘れにならない様に」
「「すみません」」
「いえ、良いのですよ。シクラ様は入港祭は初めてでしょうし、あまりお二人の邪魔をするのは申し訳ありませんのそろそろお話は終わりに致しましょうか」
「わかりました。あの、ハンナさん」
一瞬立ち上がりかけたシクラは再び腰を下ろし、ハンナ真剣なまなざしで見つめ……。
「アカリの面倒を見て頂きありがとうございました。あいつは少し抜けている所もありますし、すぐに調子に乗るところもありますので抑えるのは大変だったと思いますが、最後まで面倒を見て頂きありがとうございました」
座ったままこちらへ深々と頭を下げ、感謝の言葉を述べた。
ハンナはそんなことを言われるとは思っていなかったのか、少し驚いた表情を見せた後すぐに表情を取り繕い再びにこやかな笑顔に戻る。
「いえ。私達の方こそ、アカリ様にこの世界を救っていただき感謝しております。まあ、色々と一人で走り出してしまう事も多かったですが、それも今思えば楽しい思い出ですわ。もし、またアカリ様にお会いになることがございましたら、我々一同が感謝していたことおお伝えください」
「わかりました」
そう言ってシクラ達は部屋から出て行った。
ハンナは二人の後ろ姿を見送っていたが、二人は誰が見ても仲睦まじいカップルのようであったが。
しかし、この後起きる可能性が在るシクラの運命を考えると、胸が締め付けられる思いだった。
「あれでよかったのかの?」
今まで部屋には居たがひところもしゃべらずに成り行きを見送っていたゴンズが、独り言のようにつぶやく。
ハンナは何も言うことが出来なかった。
彼女は公爵家の生まれで、小さな頃より人々を統べる為政者としての教育され、一個人の事情よりも国の為になることをするように自分自身も律してきた。
実際、魔王が出現しアカリと言う勇者が召喚されてからずっと危険な従者として魔王討伐まで従事し、彼女もこの世界の英雄の一人であることに変わりはないのだが、彼女自身はそう言ったことすら政の一つとしてとらえ自身を政略結婚の道具として扱った。
そのこと自体には問題があるとは思ってはいなかったが、シクラの仲睦まじい様子を見ていると普通の恋愛にあこがれるなと言うのは無理があるだろう……そして、その結末が予見道理であれば――となることが分かっているのであれば、本当は傷が小さなうちに何かした方が良いのかもしれない。
しかしそれでは、予見の道筋からかけ離れた結果になることが考えられ、そうなると最終的にアカリが目指していた世界には到底及びつかない結果になり果ててしまい、この世界の本当の平和への道筋が途絶えてしまうのだ。
世界の正常なる平和を目指すのと、ただ一人の英雄の幸せを比べれば……どちらを取るかなど答えは出ているようなものだ。
「本当にこれでよかったのか?」
再びゴンズが問いかけてくるが、ハンナがその問いに答えることは無かった。
トマ改めシクラとマリアは部屋を出た後、そそくさと解体小屋から退出して行った。
二人とも逃げるように早足で出ていくものだから解体小屋の面々から訝しげな表情をされていたが、二人は周りの視線を気にすることなく急いで出て行った。
外に出た二人はそのまま少し離れた水路の脇で立ち止まり、周囲に誰も居ない事を確認してから(シクラは魔法まで使って)お互いに見つめ合うような形になった。
「「……あの(さ)」」
二人の声がハモリ、お互いが譲り合い話が進まない様子に何故だかおかしくなり二人で笑いだす。
「その、ごめんな。ずっと正体を隠していて。俺も色々あって正体を隠す必要があったし、それに今は悪魔を呼び寄せてしまう勇者としての力を封印しているからそれは無いんだけど、その封印の事がばれると色々と問題があるからこっちに逃げてきたんだよね」
セクメトリー神の勇者としての力には、その所持者を洗脳する力と共に悪魔を呼び寄せる力が働いていたが、ガーネットのおかげでその力を封印し今はタケミカヅチ様の力のみになっているからそこは問題ないだろう。
「いえ……その、本当にトマじゃなくてシクラ様は勇者様なの?」
「様はいらないしトマで良いよ。一応は勇者になるんだろうけど、前の勇者のアカリみたいに強いわけじゃないから中途半端なんだよね。さっきも言ったけど、なにか召喚失敗されて召喚時期がずれちゃったらしくて、そこまで強い力は貰えなかったんだよね。まあ、魔王が居る訳でもないから力だけあっても仕方ないんだけど」
「……そうなんだ。それで、その――トマは本当に鉄の盾に入ってくれるの?」
「皆さえ良ければ一緒に行きたいと思ってるよ」
俺が持っているタケミカヅチ様の力は、魔法を扱う力だけはあるが経験や技術と言ったものが一切含まれていないのだ。
だからこそ、経験豊富なパーティである鉄の盾にいれてもらい経験を積みたいと思ったんだ。
……まあ、グランツ達は俺をこの街まで案内してくれたようなお人好しで気のいい奴らだし――まあ、その、マリアみたいな可愛い子もいる事だしね。
「じゃあ帰ったらグランツ達に話をしてみるね! たぶん他のみんなもトマなら良いって言うと思うわ!」
「よろしくねマリア。じゃあ、この話はここでお終いにしてお祭りを見に行こうか」
「うん! 」
マリアの輝くような笑顔にやっぱり俺は惹かれている事を自覚しつつも、恥ずかしさで少し視線をそらしつつ頬を掻いた。
その様子にマリアは少し首を傾げたが「早くいきましょう」といって俺の手を取り、祭りの主役である船の方は引っ張って行く。
「わかったから、引っ張らなくても付いていくって」
「良いから早く! 早くしないとじかんがなくなっちゃうよ! 」
心の中でやれやれ思いつつも、彼女に引っ張られる手の温かさに恥ずかしさを感じつつ、こんな日常がいつまでも続けていければいいなと心から思う。




