失敗勇者と前勇者の従者
やはりアカリ様は凄いですね、ご自身では未来になればなるほど精度が落ちると言われておりましたが、ユピリルに行けばアカリ様のお兄様に会う事が出来ると未来視は正確でしたね。
どのように見えているのか詳細はわかりませんが、未来になればなるほど抽象的になるとは言われておりましたが、実際にお会いすることが出来たのですからやはり素晴らしいお力ですね。
アカリ様のお話では既に神々の事をご存じだったと思いますが、実際どの程度の内容を知っておられるか確認しないといけませんし……女性をお連れとは聞いておりませんでしたので、どの程度お話ししたらい良いのでしょうか。
そもそも彼女がアカリ様のお兄様とどのような関係か確認した方が良いのかもしれませんが、あまり深く聞いて心象を悪くすることは避けたいのですが……なかなか難しいですが、最悪契約を結べば問題はなくなりそうですね。
しかし……見た目はそれ程似ているわけではありませんが、雰囲気はやはりご兄弟なのですね――驚きかたとかがそっくりで少し懐かしいですわね。
アカリ様がいらっしゃらないのは寂しくはありますが、私は私の責務を果たすと致しましょう……アカリ様との約束を果たすために。
キサガナ王国王太子妃 ハンナ=キサガナ
ハンナ王太子妃に強制的に連れられて、俺とマリアの二人は解体小屋へと入って行った。
周囲の護衛達はそれなりに強いのだろうけど、何故だかこのハンナ王太子妃がこの中では一番強い様な気がしている。
強者のオーラと言うのか何と言っていいのかわからないが、あまり逆らわない方が良さそうと言う事は何となく感じ取っていた。
昨日も訪れた解体小屋に連れられてきたのだけど、行き先は昨日とは違いこの建物の二階部分だった。
二階部分には、解体スペースのあるホールからしか上がることが出来ず、昨日来た時に二階部分がある事に気が付いていなかったんだけど……部屋に入ると説明されもしなかった理由が分かった。
建物二階の部屋はおやっさんの執務室件応接室になっているようで、床も板張りではなく絨毯が敷かれて豪華な内装になっていた。
「そこにお掛けなさい」
「失礼します」
ハンナ王太子妃に勧められ応接用の椅子にマリアと共に座り、反対側にはハンナ王太子妃が座りおやっさんは自分の執務机に座った。
先程現れた護衛達はこの部屋は入って来ることは無く、今この部屋に居るのは俺達とハンナ王太子妃とその侍女、そしておやっさんだけだった。
侍女がアイテムボックスを開き、ティーセットと茶菓子を取り出して茶を用意すると退出して行った。
侍女が準備をしている間誰も何も話さず、相手の様子を伺っているのが少し不思議な感じがした。
マリアだけは何が起こっているのか全く理解できておらず、王太子妃が目の前にいる為緊張しているのか俺の手を強く握りこの状況を耐えている様だった。
「それでは改めて自己紹介を致しましょうか。私はキサガナ王国王太子の妻、ハンナ=キサガナと申します。そして、元イオリゲン王国ヴァイス公爵家長女で前勇者様の従者です」
何か見透かすような視線を向けながら、改めて自分の自己紹介をし、手を差し出し俺達にも自己紹介をするように勧めてくる。
それにしても、元公爵家令嬢の現王太子妃とは、なかなかすごい人を部下にしてたんだな我が妹は。
そんなことを思いつつも、俺はどういった自己紹介をしようか隣に座るマリアを見て一瞬迷ってしまったが、とりあえず今名乗っているトマと言う名前を名乗ることにした。
「……トマだ、銀級の冒険者をしている」
「わ、わたしは、みゃ、マリアと申します。鉄級の冒険者でございます」
マリアはガチガチに緊張していて何度かつっかえたり噛みながら、変な言葉づかいで何とか挨拶をしていた。
そして、おやっさんだけは自己紹介をせずに、我関せずとこちらの話題には入ってこない様にしている様だ。
「事情は多少は把握しておりますが……このまま話をしてもよろしいので?」
「その前に一つ確認しておきたいんだけど、ハンナ様はどの神様を信仰されていますか? 」
「私達はアイリスを除き、タケミカヅチ様を信仰しております。あの子だけはどうも勇者様と会えたことに感謝しており、セクメトリー様を信仰していましたから」
なるほど、こういった説明をするって事は、だいたいの事情は恐らくスター同様アカリから聞かされている様だ。
「そう言えば、マリアはどの神様を信仰しているの?」
「え、えっと、私はタケミカヅチ様です。冒険者になるような人たちは大体タケミカヅチ様を信仰しているわよ……これってなんなの?」
「どの神々を信仰しているかによってタブーなどありますから、そう言ったことを確認しておくのは必要なのよ」
「そ、そうなのですか……」
「まあ、そんな所だよ」
マリアはおどおどしながら俺の問いに答え、ハンナ王太子妃に緊張しながら返答をしていた。
流石に何でこの質問をしたか聞かれたときになんて答えようか一瞬焦ったけど、ハンナ王太子妃がそれっぽく説明してくれたおかげでマリアは特に疑問は持たなかったようだ。
「それで、そこのマリアという娘に話を聞かせて問題ありませんか? 」
「……マリアどうする? 俺の秘密聞きたい? 」
「き、聞きたいけど……私が聞いても大丈夫なの?」
マリアは今の王族が目の前にいる状況よりも、俺の秘密の方が気になるみたいだけど、どうしようか……たぶんマリアに話をしたら鉄の盾の面々に内容は伝わってしまうだろうし、そうなるとグランツ達を俺の事情に巻き込みかねないか……。
「聞く聞かないはあなたに任せましょう。正し、この話を聞くのであればこれに記入して頂きますがよろしいですか?」
「これは魔術契約書! こんな高価なものを使う必要があるのですか!」
「私からしたらそこまで高価な物ではありませんが、彼の話を聞くのであればここでの話を口外しないと契約して頂く必要がありますわ」
彼女が取り出したのは一枚の紙だったのだが、そこに記載されていた内容は少し常識を疑う物だった。
意訳するとこんな感じの内容だ。
この場での会話の内容を一切口外しない。
口外した場合彼女と俺にそのことが強制的に探知される。
その時点でマリアはハンナ王太子妃もしくは俺のどちらかと強制的に奴隷契約が成立する。
この契約は、ハンナ王太子妃が優先され彼女が破棄した場合強制的に俺の奴隷になる。
奴隷種別は犯罪奴隷となる為、各国の王以外ではその解除が不可能であるとのことだ。
正し、この場に居る者と話をした場合はその限りではない。
かなり厳しい条件が盛り込まれた無い様だが、こんな紙一つで契約する意味があるのかと少し考えていると、マリアからこれはこの契約書事態に魔法がかかっていて、双方の同意を持って契約が成立するので破棄するのも双方の同意が必要になるんだとか。
この契約書は二級の魔法契約書で、個人間で使用する契約書の中では最上位の力があり王族でも反故に出来ないほど強力な物なのだとか。
後で聞いたのだが、一級は国家間での契約に使用される特殊な物で、国王同士でしか締結が出来ないのだがその効力は国民全員にも働くかなり危険な物なのだとか。
二級の物は個人で使用するものだが、契約に違反した場合に命を奪う事すら出来てしまう程の代物で、主に上級貴族同士か取引をする豪商くらいしか使用しないのだとか。
条件付けがいろいろできるので三級とは違いかなり融通が利くが、値段もかなりの物なのだとか。
三級は一般奴隷契約までとなっており、一般的にはこちらが主流との事だ。ただし、条件付けとしてはほとんどできず「借金をいつまでに返済せよ、出来なければ奴隷契約を結ぶ」程度の事しかできないそうだ。
マリアはこの契約書の内容に少し戸惑っていた、漏らしたら奴隷に落とされることになるが漏らす気が無ければマリア側に条件が良すぎるのだからだ。
好条件過ぎて逆に何か見落としが無いか契約書を確認してしまうが、特にそれ以外は書いてないし見落としなどもなさそうだった。
「わかりました書きます」
マリアは意を決して契約書にサインをする。
俺は一瞬止めようか迷ったが、迷っている間にマリアはサインをしてしまっていた。
「そうですか。ではシク――」
「ちょっと待ってください。この部屋にはもう一人おやっさんが居るんですけど」
「ああ、彼は大丈夫ですよ。既に私と契約を結んでいますので、ここでの会話を漏らすことはありません」
そうなんだ……まあ、この部屋には何度か来ているような感じもしたし、かなり昔から契約とか結んでいたのかもしれない……おやっさんご愁傷様。
俺のそんな気持ちが伝わったのか、おやっさんは苦虫を嚙み潰したよう顔をしながら頭を掻いていた。
「よろしいですか? それではお初にお目にかかりますシクラ様。私は前勇者であるアカリ様――あなたの妹様の従者をしておりました。シクラ様とお呼びしてよろしいでしょうか」
「初めまして、シクラ=トウマと言います。この場ではシクラで良いですが、今は冒険者のトマと名乗っていますので」
「畏まりました。できればわたくしの事はハンナとお呼びください」
ハンナの言葉に隣に座っているマリアがこちらを凝視しているのを感じたが、この程度の話は序の口だろうからあまり気にしてはいられない。というよりもマリアさん、驚きながら凝視していては美女が台無しですよ。
「えっと、流石に王太子妃様を呼び捨てはどうかと」
「シクラ様のお立場からすれば、私を呼び捨てで問題ございませんわ。何せ、今代の勇者様ですから」
「ええええええええええ!」
ハンナは少し悪戯っぽい顔をしながら、俺が勇者である事をばらしてしまった。
流石に勇者と言う事には、マリアも驚きの声を上げ俺に問いただそうとするが、流石にハンナの前だと言う事を思い出し「すみません」と言って縮こまってしまった。
「はぁ。分かりました。それで、ハンナはどうして俺をここに呼んだのですか?」
「あら? どうして私がここに居るのかではないのですね?」
「まあ、アイリスとスターに会ってますからね。二人はアカリから何か聞いていた様ですし、二人とも何かが書かれた紙を持っていたようですから、あいつが何か指示でもしてるんだろうと思いまして」
「それはご存知でしたのね。しかし私はアカリ様から殆ど指示はされておりませんの。恐らく立場上なかなか動きずらいと言う事が分かっているからかと思いますが、それでもこちらへ来ることが出来るなら協力して欲しいといわれておりますの。ただ、そのためにもシクラ様がここに来られるまでの間の出来事を教えて頂ければと思いまして」
まあ、アカリの従者だった人だからよっぽど問題ないと思うけど……やはりガーネットの事は話さない方がいいかな?
悪魔が元は他の神々だったと言う事を知っているか分からないし、もし知らなければ色々と問題が出てくるからな。
「わかりました。少し長いですが、俺が召喚されてから……」
とりあえず俺が召喚されてからの事を簡潔にハンナさん達に伝えた。
まあ内容としては、セクメトリー神の召喚失敗によって魔王討伐後に召喚された俺は存在自体は民には紹介されず、王宮と騎士団を往復しながら訓練をして居たこと。
その後、マヤシカの森で白虎の人達と野営訓練しようとしていたら、マウシルと言う悪魔と遭遇し下級悪魔との戦闘になり何とか勝つことが出来たが、あの時はかなりギリギリの戦いだったな。
そして、ウグジマシカ神聖国に向かうために装備や護衛の冒険者を雇うという話をしていると魔物の大軍勢が襲って来て、その背後にはネームドのマフォルスという悪魔が魔物達を操ってイオリゲン王国に攻めてきたのだが、その原因が俺自身だったと言う事だ。
魔物達を撃退しながら悪魔を追って行き、最後に悪魔と戦いとなったところでこちらに飛ばされたと言う事にしておいた。
俺が説明した内容にマリアとおやっさんは目を見開いて驚いていたが、ハンナさんは何か考え込んでいるかのように見える。
「……そうですか。やはりガーネット様にお会いになったのですね」
「っ!」
ガーネットと言う言葉を聞き、俺は小さく声を漏らしてしまう。
その反応にハンナは小さくため息を付いたが、やれやれと首を振って俺に話しかける。
「悪魔マフォルスと言われている時点で、私達従者にはガーネット様と言う事はわかってしまいますわ。……恐らく、アイリスだけは知らされていないでしょうが」
「ハンナさんはガーネットにあったことがあるのですか?」
「いえ、直接お会いしたことはございませんが、アカリ様より事情は伺っております。ただ、もし会っていたとしても私達には悪魔に見えていたと思われますので、逆に信用できなかったかもしれませんね」
そう言えば、ガーネットとアカリはあったことがあるって言ってたな。しかも会話もしたとも言っていたから、その辺りの事情をハンナさん達従者に話していたのだろう……ただ、またアイリスだけハブられているのか。
まあでも、神様の力はバックドアみたいなもの仕掛けられているみたいだし、アイリスはセクメトリー神の信仰をしているから教えて貰えていなかったんだろうな。
ただそうなると、このタイミングでハンナさんが俺に接触してくると言う事は何かしら意味があるのかもしれない。
セクメトリー神の目を欺くためにこの国に転移してもらったんだから、この後の俺がどうしたら良いかの指標みたいなのがあるのかも?
「そうなんですね。それで、俺はこれからどうした方が良いですか?」
「いえ、特にお好きになれたら良いかと思います。アカリ様からシクラ様に対しての指示があったわけではありませんので」
「え? じゃあ何で俺に会いに来たんです? 」
「それは……アカリ様のお兄様にお会いしてみたかったからですわ! 」
まじか……そんな理由で王太子妃がこの街まで来てしまうのかよ。召喚された勇者じゃ無かったら只の一般人なのに、そんな人に会いにわざわざ来るなよ!
俺は頭を抱えながら、心の中でハンナさんに対して文句を言っていた……まあ、直接は言わないけどね。




