失敗勇者とスキル
かったるいな……何が悲しくて谷底に酒樽なんて落とさないといけないんだよ。
もったいない、火酒なんて上等な酒を作戦とは言え投棄して燃やすだなんてもったいなさ過ぎる。
それに、ここにある酒樽全てをトラオウと二人でこの迷路の中に何か所も落としに行くとか何の拷問だよ。
トラオウは何も言わないけど、俺はかなり不満だね。
心の中でそう悪態をついているハルだが、なんのかんの言いながらトラオウと一緒に酒樽を運び次々と落としていく。
遠くの方でトラオウが両肩に酒樽を担ぎながら、迷路を飛び跳ねながら目的の所に酒樽を落としていくのが見える。
俺はあいつらみたいに力が強いわけじゃないんだから、こんなことはその辺の力自慢の騎士団の奴らにでもやらせればいいのによ。
はぁ、シクラにはこの酒がどんなものなのか今度店に連れて行って飲ませてやる……飲んだらこんなもったいない事なんて二度と考えないだろうからな。
……はぁ、もったいねぇ。
白虎 ハルレクター
何が起きたんだ……体が重い。
誰かが話している声が聞こえるけど、何を話しているかうまく聞き取れない。
あれ? 俺って何をしてたんだっけ?
なんだかうまく頭が回らないや。
それにしても……なんだか……とても……眠い……な。
大量の魔物がシクラ様と追い駆け合いをしてる。
ある程度距離が離れると元の場所へ戻って行き、またそれをシクラ様釣りだしていた。
作戦前に説明を受けていましたが、シクラ様の作戦が上手くいっているようです。
ただ、この距離では何かあった時にシクラ様の元に行くことが出来ないのが困りますが、ご命令なので我慢するしかないのですが……トラオウ達はまだ準備が終わらないのでしょうか。
視線を向けた先では、白虎の二人がせっせと樽を担いで陣地の谷底へ落としているが、しょせん二人での作業の為作業はなかなか時間が掛かっている。
この二人が普通の人間であれば、この作業だけでも数時間かかってしまう作業なのだが、これは流石に白金級の冒険者と言うべきか、開始三十分程で作業がほぼ終わりかけていた。
「おーい嬢ちゃん、作業は終了したぜ。早くボウズを迎えに行ってやりな。」
暫くして、陣地に戻って来たトラオウから作業終了の連絡を貰い、私はシクラ様の元へと駆けだしていた。
いくらシクラ様が勇者とは言え、歴代の勇者様とは違う特殊な召喚をされているのだ、前勇者のアカリ様と同じような対応をしていてはいけないのだ。
陣地を駆け抜け、迷路の正しい道を駆け抜けていく。
私自身の力では、この迷宮の穴を自力でショートカットすることが出来ず、口惜しいですが今あの力を使い消耗する訳にはいかないのです。
「こんなことならアカリ様の魔剣を持ってきたらよかったわ。」
前勇者のアカリが作成した魔剣の一つをアイリスが授かっており、魔王討伐の際にも絶大な力を発揮した強力な魔剣なのだが、勇者との思い出が詰まった魔剣の為使うのを躊躇ったのだ。
「それにしても、所詮マヤシカの森の魔物が襲って来た程度ならシクラ様の力で何とかなると思って置いてきてしまいましたけど、悪魔……それもネームドが出てくるとわかっていたら持ってきたのに。」
そんな独り言を呟きながらアイリスは魔物の居ない迷路を駆けて行く。
遠くではシクラが魔物達を引き付けているのが見えているが、迷路の出口まではまだかかりそうだ。
走りながら迷路の穴を眺めてみるが、普通の人の力では行使する事の出来ない程の深さもあり、相変わらず勇者の力のすさまじさを物語っていた。
「本当に、こんなことが出来る人が窮地に陥り、それを私が助けることが出来るのかな……ねぇ、アカリ様。」
今のアイリスは前勇者アカリとの約束の為に動いている……返し切れない程の恩を返す為に。
前勇者との思い出を思い出していると迷路を抜けていた。
そこには、シクラが魔物達を攻撃し再び走って行く姿が見えていたのだが……その時、シクラが転倒したのが見えた。
シクラがそんな失敗をするとは思っても居なかったアイリスは一瞬固まってしまい、魔物の群れに飲み込まれそうになっているシクラを助けに行くのが一瞬遅れてしまった。
「っ!しまった。シクラ様! あ、あれを使えば……でも……な、あれは! 」
更に、アイリスは秘匿していた力を使うかまた迷っていると、シクラの目の前に数十、いや数百にも及び剣が浮かび上がりシクラを守り、そして魔物達を切り裂いて行く。
「あ、あれはソードシールド!? でもあの剣にはあそこまでの性能は無かったはず……シクラ様は一体どうやって。」
ソードシールドは通常は一本の剣の分身を作成し、それで相手の攻撃をいなしたりその刀身で反撃することも可能ではあるのだが、アイリスが見た数百にも及ぶ剣を作り出し、そのすべてを同時に操る性能は持っていなかったはずだった。
そしてシクラが窮地を脱し、倒れ込むのが見えたため慌てて駆け寄って行く。
「……し、シクラ様? 」
アイリスが駆け寄りシクラに話しかけるが、シクラは砕けた剣の柄を持ったまま倒れ伏している。
慌てて息を確認するが……呼吸は問題なく、ただ眠っているだけの様だった。
「とりあえずは大丈夫そうですが……この剣が砕けるなんて一体何をしたのですかシクラ様……」
先程の異常なソードシールドの仮想剣の数、それに魔力との親和性の高いミスリル合金製の剣が魔力を使用したことにより砕けるというという通常ではありえない出来事に、シクラと言う勇者に対してアイリスは困惑と恐れを感じていた。
「とり合えずシクラ様を移動させないと行けませんね。この件は後でトラオウに相談してみますか。」
今居る所は何故か魔物達が襲ってこない安全地帯のような場所だが、現在いる所は戦闘地帯であることに変わりない。
そんな所でいつまでもウロウロしているのは危険であるし、意識のないシクラを置いて行くわけにもいかず、アイリスはシクラを背負って戻ることにした。
「……どうやって戻ればいいのでしょうか。」
シクラを背負ったままアイリスはどうしたら安全に戻れるのかが分からなかった。
魔物達は先ほどの戦闘の時攻撃しても襲ってこなかったが、退却している最中には襲って来ていた。
何故か今の場所は襲って来ることは無いが、それでもどこまでが安全地帯でどこからが危険地帯かが判断が付かない。
「アレを確認しましょう。」
アイリスは鎧につけていた腰袋から数枚の紙束を取り出し、数枚めくり読み始めた。
「そういうことですか。それなら安全に帰る事が出来ますね。」
その紙に何が書いてあったのかわからないが、アイリスはシクラを背負い歩き出した。
シクラが倒れていたのは魔物たちの進軍ルートの東側に当たり、前回陣地を作り防衛した所よりもさらに東側になる。
そして、アイリスはシクラを担ぎならがさらに東側に移動してから、そのまま北のへと歩いていく。
アイリスは立ち止まり後を振り返るが、魔物達がこちらを襲ってくる様子はなく、再び進軍していく様子が見て取れた。
「やはりあの方には敵いませんね。」
そうつぶやきながら城壁の方へと歩いていく。
しばらく歩いていると、ボンっと何かが破裂するような音とともに熱い風が吹き付けてくる。
視線をめぐらせて熱風が来た方へ目を向けると、シクラの作戦通りに迷路や堀から火の手が上がっていた。
そして、魔物たちが再進行を始めたが、陣地まで到達できる魔物たちの数は今までより格段に減っている様子だ。
「うまくいったようですね。」
魔物たちが進軍を進軍を開始した時点で火を放ち、進行速度を遅くしたりこちらの魔法の威力を高めることが主目的ではあったが、予想外に良い作用が発生したようだ。
魔物たちが陣地へ到達する数が減ったのは、火を恐れて進軍速度が遅くなったわけではなく……燃えいていたのだ。
魔物達基本的に動物と同様に毛皮のものが多く、火への耐性が低い魔物が炎に引火して倒れていったのである。
中には炎の中を突き進み途中まで勢い良く駆けていく魔物がいるが、途中で動きが遅くなりそのまま倒れる魔物たちもいた。
アイリスやこの世界の住人たちは魔物が炎にやられて倒れたと思っているようだが、これは周囲の酸素が燃焼したことによる酸欠状態に陥り倒れていっていたのである。
そんな色々な要素が重なりあった結果、下級の魔物達は陣地まで到達することが出来ず倒れ伏し、強めの魔物達も多少ではあるがダメージを受けた状態で来るため、討伐速度は一気に上がって行った。
陣地の騎士団員達は今までろくに休憩も出来ずに戦闘を続けてきたが、この作戦のおかげで陣地の者達と練度の低い為城郭上配置になった物たちを入れ替え、休息を与えることが出来た。
陣地内での戦闘をしていた騎士団員達は、戦闘開始から数時間魔物が波のように押し寄せる中果敢に槍を振るい続け、陣地の突破を防いできたがそのおかげで殆どの者が限界が近い状態になっていた。
この作戦が後一時間でも遅ければ、陣地は突破され被害が物凄い事になっていただろう。
その功労者であるシクラは……アイリスに背負われて城壁までたどり着いたようだ。
「ふぅ。流石に堪えますね。しかしここまで来たら何とかなるでしょう。あとはこれで……トラオウ達が来るのを待ちますか。」
城壁の側までシクラを担いできたアイリスは、一旦シクラを城壁にもたれさせるような形で座らせ、自分をへたり込むように座り込み、空へと火球を飛ばし、空中で四散させた。
そして、投げ捨てるようにな勢いでヘルムを外し、その顔には膨大な量の汗が滴り落ちている。
この見た目華奢なアイリスがシクラを運ぶのですらかなりきついと思うのだが、今はお互いにフル装備の状態なのである。
アイリスとシクラの装備だけでもおよそ百キロ近くあり、更にシクラも背負って来たのだから普通の人では到底出来ない事だ。
アイリスは既に常人の域から抜け出している存在ではあるが、そもそもの力や体格差があるためかなりの重労働だっただろうことが伺えた。
そしてアイリスも救援が来るまでの間に、疲労困憊で眠りに付いてしまった。
「おいおい、これはどういう状態なんだよ。ったくしかたがねぇな。」
暫くしてアイリスの合図に気が付きやって来たトラオウが二人の様子を見て少し呆れていた。
周囲に魔物が居ないからと言ってもここは戦場の範囲であるのに、そこには無防備に眠りこける二人の男女が居たのだから当たり前だろう。
そんな二人を両肩に担ぎあげ、トラオウは城門の方へと歩いて行った。
「……ここは。そうですか、私は眠ってしまったのですね。っは! シクラ様は!? 」
目を覚ましたアイリスは自分が眠ってしまっていたことに気が付き、気を落としかけたがその時の状況を思い出し周囲を確認するが、この部屋には自分が寝かされていたベットとその脇に小さな机と椅子が置かれ、その机の上には寝ている間に脱がされたであろう鎧が置いてあった。
一応自分の服や体を確認するが、鎧を脱がされた以外に特に問題は無かったため、ベットから立ち上がり部屋を出ようとすると、アイリスがドアノブを触る前に扉が開いた。
「あら、元気そうねアイリス。もう大丈夫かしら? 」
「まだ寝ていた方が良い。体力も魔力もかなり消耗していたのよ。」
開かれた扉から現れたのは白虎のミモザとアルルの二人だった。
「二人ともシクラ様はどこにいるのですか。そしてここはどこですか。」
「シクラは隣の部屋で寝ているわ。ここは陽光宿よ。ちょっと無理を言ってあなた達を休ませてもらっているのよ。安心しなさい、騎士団にはハルが連絡してあるから何かあったらこちらに連絡が来るわ。」
「まずはシクラ様の安否確認が先です。どちらの部屋ですか。」
「はぁ、相変わらずね。こっちよ、付いてきなさい。」
二人に休めと言われても頑なにシクラの元に行きたがるアイリスに肩をすくめながら、シクラが寝ている隣の部屋へ案内する。
ミモザがノックをすると中からハルが顔を出し、アイリスを見て一瞬呆れた様な顔をするが部屋の中へ招き入れてくれる。
部屋の中はアイリスと同様に簡素な部屋だが、窓際でトラオウが外を眺めており周囲の警戒をしている様だ。
そして部屋に置かれたベットの上には、シクラが少し青い顔で眠っている。
シクラを見つけたアイリスはよろよろよベットに近づき、シクラの手を握り嗚咽を漏らす。
「申し訳ございませんシクラ様。一度ならず二度までもこのような負担を強いてしまって。」
アイリスはしばらくそのままシクラの手を握っていたが、立ち上がり白虎の皆へ頭を下げる。
「この度はシクラ様を助けて頂きありがとうございます。この礼は必ず致します。」
「アイリス気にしないで良いわよ。シクラには私達も前に助けられたのだから、その恩が返せて良かったと思っているわ。」
「そうね、森での戦いで私たちを助けたのはシクラなのだから、このくらいは当然の事よ。」
「ミモザとアルルと違って俺達は護衛依頼を受けているんだから、当然の事だ。」
アイリスの言葉に三人が気にしなくていいと返していたが、必ずこの恩を返そうと心に誓っていた。
しかし、この部屋の中にいる一人だけは今の事態に危機感を覚えていたのである。
外を眺めていたトラオウはこちらに振り返るが、いつもの飄々した雰囲気ではなく少し不機嫌そうな顔付きをしていた。
「……この件に付いて詮索するのは問題があると思うが一つ聞きたい、ボウズのスキルはなんだ。」
「そ、それは……」
「お前なら何か知っているんじゃないか? マヤシカの森でのこともそうだが、今回も同じようなじょうきょうじゃねぇか。普通のオド枯渇なら数分休めばある程度回復するはずなのに、ボウズは気を失う程の状態まで行って更にこれだけ寝てても回復しないなんて異常だ。」
「……」
トラオウの問いにアイリスは何も答えない……いや、答えることが出来ない。
その態度に更にトラオウの機嫌が悪くなり、段々と感情が乗り声を荒げながらアイリスに問いかける。
「一般人ならスキルなしなんてざらにいるが、ボウズは下手な冒険者より強いし鍛えても居る。それに、ボウズは勇者だスキルなしなんてのはありえねぇんだよ! そもそもボウズはミモザの恩人でもあり俺達の恩人だ! それを危険と分かっていて戦闘をさせるなんてあり得ねぇだろうが! 」
トラオウの剣幕に他の三人も何も言えず、視線をアイリスに向け答えを待つ。
アイリスは俯いたまま、トラオウの問いに返事をしない。
「てめぇ! 何とか言いやがれ! 」
「ま、まてトラオウ。落ち着けよ。」
返事をしないアイリスにトラオウは業を煮やしてつかみかかろうとしたので、ハルが抱きとめるようにしてトラオウを止めた。
「止めるんじゃねぇ! こいつは何か知っているはずなんだ! 」
「だから、とりあえず落ち着け! そんな調子じゃ話すことも出来ないって。」
「そうよ、落ち着きなさい。シクラの事を大事に思っているのは私も一緒だけど、そんな聞き方じゃ堪えられないでしょ。ねぇアイリス、シクラの事教えてくれない? このままじゃトラオウ達も護衛にも支障をきたすし、シクラが毎回これではどこかで命を落とす恐れがあるわ。」
ハルを振り払いまたアイリスに掴みかかろうとするトラオウを、ミモザが止める。
そして今度はミモザがアイリスに対してシクラのスキルの事を聞いて来た。
「……も……です。」
「え、なあにアイリス。ごめんなさい、良く聞こえなかったのもう一度教えてくれる。」
「私も……知らないのです……シクラ様のスキルについて。」
アイリスの答えに部屋の皆が凍り付いた……そして……。
今回は、投稿時間が遅くなり申し訳ありません。
次回も月曜日投稿になります。




