失敗勇者と窮地
「この程度ですか。」
魔物達が列をなしている上空で蝙蝠の様な翼をした悪魔……マフォルスが呟く。
人間達が弱いのはいつもの事だが、今回の勇者は過去の勇者と比べてもあまりにも弱く、先代と比べると格段に弱すぎる。
「何か制約でも付けているのですしょうか……しかし過去にそのような事はありませんな。」
マフォルスはシクラが召喚された経緯を知らないが、本気で戦っている様にも見えず困惑していた。
彼の仕事は今回召喚された勇者の戦力調査である……表向きは。
ただし、その表向きの調査も最低限勇者の力が確認できず、今戦っているのはただの先祖返りの末裔の可能性があるように思えた。
「少し調べる必要がありそうですね……面倒ですが、あの人形を使うとしますか。」
表の仕事をこなす為には、まず勇者が本物であると言う事の確認が必要であるし、そもそも裏の本来の仕事の為にも確認は必須であった。
「さて。行くとしましょうか。我が主の為……そして、あの約束を守る為に。」
金属が擦れるような異音がした後、マフォルスの姿は空と同化し消えて行った。
陣地の後ろには、続々と酒樽が運び込まれて行く。
火酒と獣脂油の入った樽が山盛りにされ、周囲から何が始まるんだと不思議そうに見つめる兵
士たちに、ヒューズさん達が作戦の説明をしてくれている。
「なあ、ボウズの作戦はうまくいくのか? 」
「わかりませんが、先程の魔物達の動きを考えると行けると思ってます。もし失敗しても逃げきって見せますよ。」
心配そうなトラオウさんの問いに肩をすくめながら返事をするが、やはりこの作戦はあまり乗り気ではない様だ。
「まあ、ボウズを心配するのも変な話かもしれないが……死ぬんじゃないぞ。」
「いやー、流石にまだ死にたくないですね。まだ色々と行ってみたいところとか、やってみたい事も色々ありますからね。」
「シクラのボウズはまだ若いからな。(この戦が終わったらいい所に連れてってやろう。)」
「い、良い所ですか」
「馬鹿野郎、声がでかい。(ボウズもそう言った店には興味があるだろう? それに行ったことが
無いんだったら、一回はそう言った店に行くのはいいことだろ。)」
何となくどんな店なのか想像がつく……いわゆる、女性にお酌をしてもらってお酒を飲むお店だろう。
元の世界では金銭の問題で行ったことは無かったから少しは興味はあるんだけど。
「ま、まあ。行ってみたい気はしますけど。」
「よーし、それじゃあこの戦いが終わったら遊びに行くぞ! 因みにトラオウ、お前も一緒に来いよ。」
「わかったわかった。ったく、よくもまあこんな状況でそんな事を……」
かなり乗り気なハルさんに、呆れた感じにため息を吐くトラオウさん。
これからかなり危険な作戦に参加するのに、二人はいつもと変わらない態度で過ごしているのを見て、流石は最上位の冒険者なんだと感心する。
さっきは逃げきればいいだけとは言ったけど、数百、もしくは数千の魔物達との追っかけっこをすると思うとなかなか恐ろしい所はあるが、二人の様子を見ていると少し気が抜けてしまう感じがした。
「ま、とりあえずこんな面倒な事は終わらせて、さっさと休むとしようぜ。」
「そうですね。これさえうまくいけば、ある程度戦線も持ちこたえられるようになるでしょうからね。」
そんなこんなしているうちにヒューズさんが騎士団員達に作戦概要を説明を終えたようで、一部の者たちが樽をもって陣地の脇で待機していく。
「シクラ様、こちらの準備は完了しました。」
「わかりました。それでは、二人とも行きましょうか。」
「おうよ! 」
「あいよ!」
二人が火酒が入った樽を担ぎ、俺と一緒に陣地の檻の上に飛び乗った。
一応この前線には騎士団員達しか配置されていないが、念のためフェイスガードを下ろした状
態で作戦に挑むことにした。
騎士団員達は俺の存在を知ってはいるけど一般の衛兵達は勇者がいる事を知らないから、目立つ二人と共に行動して顔さえばれなければ白虎の知り合いの上位冒険はだと勘違いしてくれるだろうしね。
檻の上を慎重に歩き前方の方まで歩いて行く。
騎士団員達が槍や細剣で魔物達と対峙しており、血と肉の焦げた様な独特な匂いが漂っている。
広場のあたりには魔物の死がいや肉片が散らばり、地面が赤黒く変色している。
既に相当数の魔物達をここで討伐しているのだからこんな惨状なのはわかっっていたが……いや、わかっていたつもりだった。
先頭で戦っている騎士団員達も大きな負傷を負ったものは見受けられないが、かなり疲労がたまっているようで攻撃に精細が無いように見える。
いつまでも魔物達が消えない事に士気も落ちているだろうから、ここはやっぱりド派手に行くのが良いだろう。
「トラオウさん、ハルさん……行きますね。」
振り返り二人に声を掛けると、二人はニヤリと笑いながら頷く。
二人に頷き返し、魔物達がひしめき合う正面へ向き直り、何度か深呼吸をしてから魔法の詠唱を始める。
「地を焼き尽くす獄炎の炎よ」
右手に数メートルもの高さの赤い炎が現れる。
「天を焦がせし清き炎よ」
左手に右て同様の大きさの青白い炎が現れる。
「全てを焼き尽くす炎となりて全てを焼き払え」
二つの炎を体の前で一つに合わせると、青い小さな火球が出来上がる。
「アンリミテッドインフェルノレイン」
小さくなった火球が魔物達の上空へと飛んでいく。
火球は、迷路と魔物達に集団の間辺りに飛んで行き……火球が弾けた。
弾けた火の欠片一つ一つが雨の如く周囲の魔物達に襲いかかって行く。
見た目はかなり小さな火の欠片だが魔物にその欠片が触れると、魔物は激しく燃え上がりのたうち回るが直ぐに動かなくなる。
迷路を進軍していた魔物や、その後方で順番を待っていた魔物達の一部を焼き尽くした。
ふむ、なかなかいい威力だな。
流石にオドの四割を使った魔法だけあるけど……少しオーバーキルかな。
俺が放った魔法で一時的に魔物達の空白地帯が発生し、これでようやく準備ができそうだ。
流石の二人も今の魔法を見て驚愕している様だ。
「(ふふん、流石にこの魔法は驚いてくれたみたいだね)」
それはさておき、俺も作戦を開始しましょうかね。
「ではトラオウさん、そちらの準備はお願いしますね。」
「お、おう……ハル行くぞ。」
「ああ、行こうか……」
白虎の二人も初めは驚いていたようだが、直ぐに気を取り直して準備に向かった。
俺は迷路を跳びながらショートカットして、魔物達の先頭集団へと駆けていく。
物凄く嫌なにおいが立ち込めていたが、この方法が最短で目的達成できるから時間が惜しいんだよね……はぁ、でも嫌なにおいだ。
少し憂鬱になりながら魔物の先頭集団の手前にたどり着く。
魔物達は何故か先ほどと変わらずスピードで歩み続けており、俺が近く人居るのに全く反応しない。
「ここまでは予想通りだな。さて、これは効くのかな。」
数メートル離れた位置から魔物に風魔法を放つ。
魔法を受けた魔物は首が吹き飛び、おびただしい血が噴き出て倒れるが、他の魔物達は気にも留めずに歩いている。
魔物達は、こちらの攻撃には相変わらず無反のようだ。
「じゃあこれはどうかな? 」
魔物集団に背を向けて走り出すと、近くにいた魔物たちが一斉に俺の方に向かい突撃してくる。
「やっぱり逃げると追ってくるのか……それじゃあ、みんなの準備が終わるまでの間俺と鬼ごっこしようか。」
迷路方向ではなく、トラオウさんたちと狙撃をした陣地がある方向へ魔物の死骸を踏まないように飛ぶように駆けていく。
後方からどのくらいの魔物たちが付いてきているかわからないが、ドドドドと地面を揺らし土煙を上げながら一団となって追ってきている。
「そういえば、準備完了の合図とか決めてなかったけど……ま、なんとかしてくれるかな。……あれ? 」
全速力で駆けていると急に後方から追いかけてきていた魔物たちの気配というか、足音がきこえなくなり振り返ると、魔物たちが元の隊列へと戻ろうとしていた。
「もしかして、距離が離れすぎると戻っていくのかな? 」
そう思い、再び魔物たちに近づいて逃げるとさっきと同じように追ってきた。
「やっぱりそうか……って、あれ? 何でまた戻っていくんだ? 」
ある程度は知った所でまた魔物達が隊列へと戻っていく。
しかし、また近づくと追ってきて、またある程度追って来ると戻っていく。
よく見ると、魔物たちが追っ来て戻って行く所は同じで、一定距離隊列から離れると戻っていくようだ。
「まいったな、これは意外と面倒だな。それなら……」
一定距離離れると隊列に戻るのであれば、隊列に戻りきる前に再び俺を追わせることが出来れば、それだけで時間が稼げるということだ。
この作戦はうまく行き、魔物経ちは隊列に戻ることが出来ず俺と追いかけっこをすることになった。
「っあ……痛。っく、ヤバ。」
魔法を使い体力を回復させながら何度も何度も魔物達と追いかけっこをしていたが、肉体的にはともかく精神的に疲労が溜まっていたのか、足をもつれさせて転倒してしまった。
すぐさま立ち上がろうとしたが、俺が何度も行なう内に調子に乗り距離を近めにしていた為、眼前に魔物たちの集団が迫って逃げても追いつかれる。
剣で応戦……ダメだ、数が多すぎて捌ききれない。
魔法なら……眼前に迫る魔物達への恐怖でオドがうまく練れず、発動させることが出来ない。
「う、うわあああああ! 出でよ! 我が敵を弾く盾、ソードシールド! 」
無我夢中でソードシールドに加減せず魔力を込めて発動させる。
すると、この間の様な半透明な剣一本だけではなく数百本もの剣が現れ、俺の一メートルほど手前で魔物達を押し留める。
しかし、どこかからビシッビシッとと音が聞こえ来る。
音の発生源は魔力を込めた剣の本体から聞こえており、至る所からヒビが発生してきている。
ヤバイと思い立ち上がり一歩下がると、半透明な剣も俺と一緒に下がり魔物達が一歩前に出る。
「くそ、どうしたら良いんだ。」
一歩下がれば魔物が一歩進み、徐々に下がって行けば追ってこない位置まで下がることが出来るんだろうけど。
さっき一歩下がった瞬間に剣にヒビが入る速度が上がった気がした。
たぶんだけど、一歩下がった際に魔物達を抑えている魔力で出来た剣に一歩分の負荷が掛かり、それが本体にも負荷がかかっているんだろう。
何か打開策は無いのか……ソードシールドにまだ使い道が……!
俺はガンツの親父さんの所での出来事を思い出す。
親父さんが魔力で出来た剣の強度を確認した際に、ハンマーで叩き……ハンマーがへし折れた。
そして、その際に……この魔力で出来た剣は本体と同程度の強度があったはず。
そこの事を思い出し、俺は盾にしていた剣を刃筋を魔物達の方へと向け……切り上げる。
「ちくしょう! これでどうだ! 」
魔力で出来た剣も本体と同様に向きを変え、下から上に魔物達を切り裂いた。
その後も無茶苦茶に剣を振り周りながら魔物達を切り裂いていくが、次第にソードシールドのひび割れがひどくなり、所々刃こぼれが出来、そして……ギィィィンっと甲高い音と共に砕け散った。
剣が砕け散ると同時に魔力で発生していた剣も消えたが、俺もその隙に一気に安全地帯の方へと駆け抜ける。
後方から魔物達が追って来る足音がするが、なりふり構わず全力で走り続ける。
「くそぉぉおおおお! あと少しぃぃぃぃい! うおぉぉぉぉお!」
地面を揺らすような足音も背後から迫るなか、全速力で走り抜け……逃げきった。
振り返ると魔物達は整然と隊列へと戻って行くのが見え、命からがら逃げだすことに成功した様だ。
「はぁはぁはぁはぁ……だ、だめだ……当分……うごけない」
魔物達から逃げ出せた安堵感から地面に倒れ込んだら、体が言う事を効かなくなっていた。
恐怖、緊張、安堵、それに最後に無理やり魔力を込めたことにより、俺の体力と魔力は限界達し……意識を失った。




