失敗勇者と衝突
魔物の大襲撃と言う事態にも関わらず、カタギリ嬢といちゃいちゃしているかと思えば、作戦会議であのような方法を考えるとは、なかなか面白い御仁だな。
常識的に考えれば、門を封鎖し城郭の上から攻撃をし、門が破られた時の為に中に陣地を作るのが常だ。
日数があれば同様の意見を言う事も出来るが、既に到達まで一日も無い様な状況では提案しても失笑されるだであろう。
これも、シクラ様の持つ勇者としての莫大な魔力があればこそ可能である荒業になるのだが、自身で提案されたことは驚かされた。
前勇者のアカリ様は、そう言ったものはお詳しく無いようだったしな。
勇者様達は色々と面白い方ばかりだが、シクラ様も元の世界に帰られるとの事だし、やはりこちらの世界は勇者の世界と比べると色々問題があるのだろうな。
朝霧が漂う平原の先に、黒い塊がうごめいている……それは総数一万を超える魔物の大軍勢だ。
理由はわからないが、魔物達はこのキザオカの街目指して進軍してきている。
「シクラ様。準備は整っています。」
俺に声を掛けて来たのは、魔導騎士団副団長のベロニカさんだ。
先日コジーラさんの執務室で合った女性で、藍色よりも更に濃い勝色の長い髪を後ろで縛り、きりっとした顔立ちでドラマとかで見るような、仕事のできるキャリアウーマンみたいな人だ。
「いよいよですね……効果があると良いのですが……」
「僭越ながらも申させて頂きますが、シクラ様の仕掛けは必ず役に立つよ思っております。これほどの規模で、しかも夜間にもかかわらずここまで準備が出来たのは、ひとえにシクラ様のお力によるものです。」
不安そうな俺に、ベロニカさんは確信をもって答える。
はっきりと話しているが、ベロニカさんの目の下にはくっきりと濃いクマが出ており、睡眠不足な事がはっきりとわかる。
深夜から早朝にかけて俺の手伝いをしてもらっていたので、彼女は睡眠をとっておらず睡眠不足になっている。
俺の場合は、そもそも勇者としての補正が効いているのか、多少の睡眠不足では問題ない体になっているようで、多少怠いかな? と言った程度で済んでいる。
「ベロニカさんちょっと失礼。」
俺は彼女に向かい掌を向けて魔法を放つ。
ベロニカさんは、俺の放つ魔法を頭を下げ警戒することなく受け入れる。
彼女の体の周りに薄緑色の燐光のような物が立ち上り、彼女を包み込んで消えていく。
「こ、これは……」
「これで多少は疲労感が軽減できると思います。ただ、疲れが抜けきるわけではないと思いますし、オドの回復は出来ていませんので、無理はしないようにしてくださいね。」
彼女は何故か驚いたような表情をして、両手を開いたり閉じたりしている。
「シクラ様、今のは疲労回復の魔法で合っていらっしゃいますでしょうか?」
「そうですけど。何かおかしなことがありましたか?」
俺が使う魔法は、基本的に思考と言うか、イメージをそのまま発動できるので失敗は無いはずなんだけど。
「いえ……体調は問題ありませんが……疲労が全くなくなってしまったので……流石はシクラ様ですね。それに、あれほどの大魔法をお使いになったのに、まだこれほどまでに魔力があるとは。」
「比較した事が無いのでよくわからないですけどね。」
そうなのか……思った以上に魔法の威力が高くて、疲労が消し飛んでしまって驚いていたのか。
勇者である俺は、魔力総量が他の人と比べて飛びぬけてあるそうだ……まあ、一緒に作業していた人の中で、魔力切れを起こさなかったのはベロニカさんだけだったからな。
そんなことをしていると、遠くの方からバスケットのような物を持つ、黒髪の女性がこちらに向かってくるのが見えた。
朝の少し湿った風を受けて、艶やか黒髪を靡かせながらやってくるのは、前勇者の従者にして俺の身の回りの世話をしてくれいているアイリスだ。
前の勇者と共に魔王を討伐した者でありながら、わざわざ俺のような出来損ないの勇者の侍女として身の回りの世話をしてくれている彼女は、元居た世界であれば芸能人と言っても差し支えない程の美少女なのだが、本人はそのことを否定しており平均的な顔だと思い込んでいる。
「シクラ様、朝食をお持ちいたしました。」
「ありがとうアイリス。」
一緒に来たアイリスがここに居なかったのは、彼女には俺達の朝食を貰いに行ってもらってたからだ。
彼女には、さっきベロニカさんに使用した疲労回復の魔法は使用済みで、疲れは無くなっているようでとてもいい笑顔で朝食の入ったバスケットを渡してきた。
さっきアイリスに使った時には、ベロニカさんのような変な反応しなかったからいいと思ったんだけど、アイリスだと俺が使った魔法が常識外の威力だったけど、当たり前だと思っていたのかもしれないな。
アイリス達と朝食を食べる為、机などがある城壁の棟の部分へ向かう。
机にバスケットを置き開けてみると、中には数種類のサンドイッチが敷き詰められていた。
「シクラ様どうぞ。」
アイリスが俺にコーヒーの入ったカップを渡してくれたので、お礼を言いながら受けとって一口飲む……やっぱり徹夜明けは濃いめのブラックコーヒーが身に染みるな。
アイリスが俺と一緒に食事をとるのを辞退してくるが、あまり時間も無いだろうから俺が無理を言って朝食をとることになった。
ベロニカさんも、アイリスの立場を知っているので、特に何か言ってくることは無かった。
俺達が朝食を終えたころ、城壁の下の方からざわめきが聞こえて来た。
気になって覗いてみると、騎士団員達と衛兵達が整列して並んでおり、少し高くなった場所からヒューズさんが今回の作戦に着いて説明をしている様だ。
ざわめきが起こっていたのは衛兵達だけのようで、騎士団員達は昨日のうちに各隊長達から説明を受けていたようだ。
衛兵達は不安な顔をしているが、騎士団員達には恐れや怯えといった表情は見えなかった。
彼らの中にも、深夜に俺が作業していた内容を知っている者もいるから、そういった者からある程度情報を聞いているのかな。
ヒューズさんの説明がそろそろ終わりそうなので、ここに居ても邪魔になるので席を立ち城壁の外へと視線を向ける。
先ほど見た時よりも黒い塊は大きくなってきており、四半刻もしないうちに……いや先鋒はさらに早くこちらへたどり着くだろう。
魔物達が来る時間が近づいて来るにつれ、色々と心配になってきてしまう。
やれることはやったはずだ……魔物達の数は圧倒的だが、全ても魔物が強いわけではない。
どちらかと言えばあの黒い塊の殆どが、銅ランクの冒険者達でも討伐できるような魔物がのはずだ。
その弱い魔物であっても数の差では圧倒されてはいけないと思い、色々と工夫を凝らしてしたので、成功していたらかなり余裕をもって戦闘をすることが出来るだろう。
「総員配置に付け! 勝利はするのは我々だ! 」
「「「うおーーーーー!」」」
ヒューズさんの演説がうまくいったのか、城壁の下から聞こえてくる雄たけびが物凄い音量になっている。
ガシャガシャと鎧が立てる音が城壁の上へあがる階段と、城壁の外からも聞こえてくる。
気合の入った顔をした騎士団や衛兵達が各々装備を整えた状態で、城壁に上り整列していく。
「シクラ様。装備のご準備を。」
アイリスに指摘されて鎧を着こみ、剣帯を付けて準備をする。
もうすぐ魔物達がやってくる緊張で、胃が締め付けられるような不快感をもたらすが、今さらどこに逃げる事も出来ないのだから覚悟を決めるしかない。
「魔導騎士団、長距離魔法用意……放て! 」
魔導騎士団員が三人一組になり作り出した、長距離用の直系一メートル程の火球が魔物の先頭集団に向かって放たれた。
三十個ほどの巨大火球が魔物達の先頭集団に吸い込まれ……魔物達を吹き飛ばしていく。
ついに始また、魔物の大軍勢対人間の戦いを勝つことが出来るのか……。
時間は遡り深夜。
城門の外に出た俺を迎えたのは、魔導騎士団の部隊だ。
今から俺がやろうとしている事を補佐をするために、コジーラさんに頼んで準備してもらっていたんだよね。
部隊を率いてきたのは、魔導騎士団副団長のベロニカさんだ。
「夜明けまであまり時間が無いから、皆さんご協力お願いします。」
「シクラ様の案は団長たちより聞いておりますが……その……それ程大規模な作業は可能なのでしょうか。明日の襲撃に備える為、我々も一部隊しかおりませんし……それに、シクラ様は先日の戦いの後遺症であまりご無理が出来ないとお聞きしております。」
ま、そうだよね。
俺が作ろうとしているのは、魔法で城門も外に大規模な堀と防衛用の陣地作成、そして落ちたら迷路の入り口か出口のない堀だ。
魔導騎士団一部隊は十二人編成なので、人数が少ないのが問題ありそうな気もするけど、そこは俺がごり押ししたら問題ないと思う……ある意味雑用と防衛陣地の構築の案を出して貰うだけだしね。
「体の方は万全じゃないから剣を使った戦闘は出来ないけど、魔法を使う分には問題ないよ。」
「わかりました。これが団長達より渡された図面になりますが、何処から着手致しましょうか。」
ベロニカさんが出してきたのは、城門前から現在畑になっている広大な平原地図で、そこにはヒューズさんとコジーラさんが俺の案を書き記し改善した図面だ。
城門の前には陣地を構築しその奥には深い堀を作り、その堀は城壁まで続く緩やかな弧を描いている。
陣地と堀の間には一か所だけ細めの橋を渡し、魔物が一斉に襲ってこない様に数を絞って、近接戦闘の出来る騎士団員達が柵越しに攻撃して仕留める仕組みにしてある。
ただ、これだけでは空中を飛んでくるような魔物に対処できない為、空を飛ぶ魔物と地面を走る魔物を分断するために、堀の手前に迷路の様な道を作り分断を図る。
跳躍力のある魔物であれば越えてくることもあだろうが、それでも少数であろうから城壁からの援護があれば問題ないとの事だった。
「まずは、この巨大な堀を作ってしまいましょう。これが一番大変だし、これが出来なければ作戦のすべてを練り直す必要がありますからね。」
「わかりました。私共は何をしたらよろしいでしょうか? 」
「この地図に書き込まれている堀の予定位置の始点と終点、そしてその弧を描く途中の部分に皆さんに目標となる物を設置して頂きたいんです。ベロニカさんには城壁の上から指示を出して貰い、他の人達は指示された場所に着いたら土の棟を作ってもらいたいんですよ。高さを二メートルくらいで、その頂点にランタンを置いて頂きたいんです。」
今の時間はだいたい深夜一時過ぎ、そんな月明かりしかないような時間帯に目標も無く魔法を使うのは大事故が起こりそうだからね。
「畏まりました。聞いたなお前ら。我々がこの作戦の要だ、失敗は許されない気を引き締めて事に当たれ。」
「「「っは! 」」」
「副長ここは任せる。私は上から指示を出す。」
ベロニカさんの指示の元、騎士団員達は次々に棟を作り出していく。
しかし、城郭に囲まれた巨大な王都の南側城郭半分ほどを堀で囲う程の目標物を作るには、目標の数がかなりの数になり、二時間ほどの時間を要した。
作業を終えた騎士団員達は、疲労とオドを消耗したため城郭に背を預けたり、地面に寝転がったりして休憩している……いびきをかいて寝てる人も居るけど。
この作業で騎士団員達の仕事は終わりなのだけど、
「さて、ここからは俺の仕事だね。まずはテストしよう。」
迷路と陣地とを繋ぐ道予定地の横辺りに、魔法で巨大な穴を掘ってみる。
橋となる部分の横に、十メートル四方、深さも十メートルの巨大な穴が出来上がる。
「こんなもんか。これならよっぽど枯渇することは無いだろうから、時間もないしちゃっちゃとやってしまおう。」
魔法を使いポンポン堀を作って行く……そう言えば、この消えた土はどこに消えるんだ……まあ今は気にしても仕方ないか。
自分と近い所は問題なく正確に魔法を使えるが、距離がはなれると精度が落ちてずれるので、城郭付近だけは近くに行く必要があったのが面倒だったが、空が明らんでくる頃には堀の作成は終わっていた。
後の迷路だが、これはある程度精度が落ちても問題ないので、自分の直下に土の魔法を使い上から眺める感じで広大な迷路を作り出した。
正しい道は一本だけで、他の道は行き止まりになっている為、予定では後ろから押されて魔物達がしたに落ちていくだろうと想定している。
「とりあえずこんなものかな。あとは、防衛陣地を作ったら大丈夫そうかな。」
「そ、そうですね……シクラ様は、その……まだ魔法をお使いになられるのですか? 」
「うん? ベロニカさんちょうど良かった。今から防衛陣地作るので、どんな感じにしたらいいか指示を出して貰っていいですか? 」
「あ、いえ、はい……。」
完成した堀を眺めていると、後ろから声を掛けられた。
流石に防衛陣地は、素人の俺ではどのように作っていいのかわからなかったので、ベロニカさんの指示で作り上げていく。
城門と堀との間で、迷路の出口付近に柵で囲われた防衛陣地が出来上がった。
柵は格子状になっており、中から槍などで突くことはできるし、俺が魔法で強化しているのでよほどの事が無ければ壊れないと思う。
柵と言うよりも屋根も同様に作ってあるので、格子状の檻の中から攻撃すると言った方が正しいだろう。
堀と柵のスペースは、橋になっている部分から進むと円状の柵に囲われたスペースになっていて、多方向から攻撃が加えられるのと、城郭の上から援護もしやすい様広めにしてある。
城郭に登り全体像を把握してみる。
城門前には防衛陣地が敷かれており、その先には広大な堀と迷路。
城門に続く道は、迷路を経由して堀を渡る橋が一か所あり、その先には防衛陣地があり多方向から攻撃をすることが出来る。
一夜城ならぬ、一夜防衛陣地の完成だ。
ベロニカさん曰く、これだけの作業は魔導騎士団員全員で行っても一週間ほどかかるらしく、俺のオドの総量が莫大なのが良くわかる。
そして、魔王討伐以来最大級の戦闘が始まろうとしていた。
次の投稿も月曜日の予定です。




