失敗勇者と侯爵家の晩餐
父は一体何を考えているのでしょうか。
クリスが冒険者をしていることも教えて下さらなかったですが、本日の招待もバスンが来て初めて知りましたし。
ミュラー侯爵家が勇者様を晩餐に招くのは、前勇者様も含め歴代勇者様全て招待しているので、シクラ様だけ特別と言う訳ではないのですが。
いつもであれば、数日前に連絡を入れてから行う晩餐会を当日に連絡してくるなんて、いくら何でも失礼に当たる。
その辺りは、シクラ様がこちらの貴族の常識を知らないからかもわかりませんが、特に起った様子も無く安心しておりますが……父がこうした動きをする際は、大概何か裏があるはずですので気を付けなければいけません。
ただ、ミュラー侯爵家の勇者様への晩餐会は、毎回勇者様達に感謝されているとの事なので、シクラ様は喜ばれる可能性は高そうですね。
by ミュラー侯爵家第三令嬢 カトレア=ミュラー
通された玄関は、いわゆる王道ファンタジーでよく見るような、無駄に広く華美に装飾の施された玄関ホールと言えるような場所だ。
正面には、元の世界では首相や閣僚たちが並んで写真を撮るような、真っ赤な絨毯の敷かれたかなり巨大な階段が壁際まで延び、壁際から二股に分かれて二階へ繋がっている。
階段ホールの壁際には、誰が描かれているのかわからないが、日本人の様な顔をした人の肖像画がでかでかと飾られている。
いきなりこの玄関ホールに入って目が行くのは先ほどの階段だが、少し目線を上げるとシャンデリアの様な物が天井からぶら下がっており、先端にある卵の様な形をしたものが発光しており、ホールを柔らかな光で照らしている。
左右の壁際に存在している扉の細部にも、彫刻が施されている様だが、この広いホールではどのようなものが彫られているか判別が出来ない。
そして、壁際に配置されている、一般人である俺には意味が理解できない調度品が幾つか並べれらているが、恐らくどれもかなり高価代物なのだろう。
何で金持ちの家って、こんなものを堂々と置いてあるんだ?
王宮では、この様な調度品は応接室など限られた場所でしか飾られていなかっので、国王達より侯爵たちの方が金持ちに見えて不思議に感じてしまう。
それにしても流石ファンタジー……ただの玄関でこの装飾とは。
「どうかな。我が自慢の家は。」
無駄に豪勢な玄関ホールに驚き立ち止まっていると、唐突に声を掛けられた。
声がした方に方に視線を向けると、正面の階段から一人の男性が下りてくる。
優しそうな顔立ちをした初老の男性だが、ただ階段を降りていると言う行為でなのであるが、そんな些細な事でも絵にできそうな気品あふれる男性が居た。
「シクラ様。こちらの方が、ミュラー侯爵様です。」
すかさず後ろに控えていたアイリスが、小声教えてくれる。
「初めましてミュラー侯爵閣下。本日はお招きいただきありがとうございます。」
「お初にお目にかかりますシクラ様。私はイオリゲン王国の侯爵でございます、ヒエン・ミュラーと申します。わたくし目に閣下などと言う大仰な敬称は不要ですよ。気軽にヒエンと呼んで頂けると幸いです。」
いやいや、侯爵って確か二番目に位の高い貴族だったはずだから、そんなフレンドリーにヒエンとか呼べないし。
それにしても、思った以上に腰の低い人だけど、本当に侯爵なのか疑問に思ってしまうが、アイリスが間違うとは思えないし、カトレアも何も言わないので本人で間違いないのだろうけど……。
流石に年上の貴族の人で、カトレアとクリスの父親を呼び捨てで呼ぶのは気分的に良くないので、ヒエン卿と呼ぶことにしよう……確か爵位持ちの人を呼ぶときの呼称だった覚えがあるしね。
「それではヒエン卿と。とても素晴らしい庭園とホールで、私自身このような所に来るのは初めてでしたが、とても素晴らしいお屋敷ですね。」
「そう言っていただけると幸いです。立ち話もなんですので、こちらの部屋へどうぞ。」
いつの間にか移動していたバスンさんが、ヒエンさんの言葉を受け隣の部屋に続く扉を開け、俺達は部屋に案内された。
その部屋は応接室のようで、部屋の真ん中にはテーブルとソファーがあり、この部屋にも壁際には様々な調度品が並べられている。
「シクラ様、お掛けになって下さい。」
ヒエンさんに勧められるままソファーに座る。
正面にはヒエンさんが座り、後ろには三人娘達が控えている……ん? 三人が後ろ?
振り向くと、カトレア、アイリス、ダイアンの三人が俺の後ろに控えている。
「カトレアは座らないのかい? 」
不思議に思ってカトレアに声をかけてしまった。
カトレアは俺の侍女をしてくれているが、実際には侯爵の令嬢と言うかなり高い地位の人なのだ。
そもそも何故俺の侍女をしているか全く不明ではあるのだが、ここはカトレアの自宅でもあるのだからいつものように控えている必要はないと思うのだけど。
「シクラ様、お心遣い感謝いたします。しかし、今はシクラ様の従者として侯爵家に来ておりますので、そのようなご配慮は無用でございます。」
まあ、カトレアがそう言うのであればいいのかと、肩をすくめながら正面に向き直ると……一瞬満面の笑みを浮かべているヒエンさんが見えたが……気のせいかな?
「シクラ様、此度は急なお呼びだ出に応じて頂きありがとうございます。元々、シクラ様とはお話しをさせて頂きたかったのもありますが、例の件に付きまして早めにお話をさせて頂きたく思い、無理を承知でご招待させて頂きました。」
ヒエンさんが一回咳をして、場を区切って話始める。
例の件とはクリスの件以外にはありえないだろうか、頷いてヒエンさんに続きを促す。
「我が侯爵家の四女のクリスが、シクラ様に窮地を救って頂いたとの事で、父として感謝いたします。」
「当然の事をしたまでですので、お気になさらずに。それに、あの場に居合わせたのは偶然でしたが、カトレアの妹を助けることが出来て良かったと思っています。カトレアにはいつもお世話になっていますので、その恩返しが出来て良かった思っております。」
「なるほど。流石は勇者様と言う事ですか。」
俺の対応の何かに対して納得していたようだが、何に付いて納得していたかはわからないが、とてもにこやかに笑っていた。
「いや失礼。まもなく晩餐の準備が出来るかと思いますので、それまでしばらくこの部屋でお待ち願います。それと、カトレアとアイリス様と少しお話したいことがございますので、二人をお借りしてもよろしいでしょうか。」
「二人ともいいかな? 」
確認を取ると、二人とも少し困惑している様だが頷きヒエンさんと一緒に部屋を出ていく。
ヒエンさん達と入れ替わりにバスンさんがコーヒーセット一式を机に置いて退出していったので、ダイアンに淹れてもらい一息つく。
「ねえダイアン、ヒエン侯爵が二人に話って何だと思う? 」
「流石に侯爵閣下の様な方の内心はわかりませんが、恐らくシクラ様の人となりをお聞きになっているのではないかと。」
なるほど、二人は俺の侍女の中では年長だし、俺と一緒に行動することが多いからと言う事と、ダイアンを残したのは俺の護衛が居なくならない様配慮しての事かな。
カトレアを連れて行ったのは、カトレアが仕えているのは王に対してなのだけど、実質俺の侍女見たいな感じになっているし、娘の仕えている人がどんな人か確認したかった感じかな。
カトレア単独での話より、アイリスにも話を聞いた方が信憑性も上がるだろうか、そのためのアイリスかな。
それに、クリスに頼もうとした護衛依頼の件もあるけど、たぶんクリス達ではなく他の冒険者を紹介してもらう事になるだろうか、その辺りの打ち合わせのためにもアイリスを連れて言った感じなんだろうな。
「そう言えば、ダイアンは侯爵の事はなにか……」
そう言いかけた時ドアがノックされ、ダイアンが扉を開けるとそこには……クリスの冒険者仲間にして護衛のウィルさんが騎士の恰好をして立っていた。
「ご歓談中申し訳ございません。シクラ様、侯爵閣下がダイアンを呼んでおりまして。」
うん? カトレアとアイリスに続いてダイアンも呼んでるって、いったい何が起こっているんだ?
頭の上にはてなマークを浮かべながらダイアンを見るが、ダイアン自体も全く予想だにしていなかったようで、かなり困惑した表情を浮かべている。
「そうなりますと、シクラ様の護衛が居なくなるのですがどうされるおつもりですか。」
「部屋の外にメイドがおりますので、その者がダイアンを侯爵閣下の元まで案内します。従者の方がお戻りになるまでは、皆様に変わり私が護衛を務めさせていただきます。」
俺とダイアンは視線を合わせて驚きを隠せないでいるが、ウィルさんは直立不動の状態で入り口に立っており、断ることは出来なさそうな雰囲気を醸し出している。
「ダイアン、侯爵様がお呼びとの事なので行っておいで。みんなが居ない間はウィルさんがいてくれるようだし、そもそも侯爵家の中に居るのだから心配する必要はないと思うよ。」
ダイアンは俺の言葉を聞いて少し考えていたが、俺許可を出したので断ることは出来ず退出していった。
代わりにウィルさんは、俺の席の後ろに立ち護衛として付いたのだが……ウィルさんが職務に忠実なのか、ヒエンさんから何か言われているのかわからないが、何を聞いても「申し訳ございません」とか「お答えすることが出来ません」とか言って、まともに答えてくれなかった。
まあ、アイリス達が何故呼ばれたのかとか、ヒエンさんってどんな人なの、とか聞いた俺がいけないのだろうと思うけどね。
仕方なく一人コーヒーを飲みながら皆の帰りを待っていると、ドアがノックされてバスンさんが入って来る。
「シクラ様、準備が整いましたので食堂までお越しください。」
「え、皆はどうしたんですか? 」
「カトレア様達は、支度が整い次第主人と共に食堂に参られますので、シクラ様を先に席にご案内したく存じます。」
カトレア達が支度? 何をしているのかわからないけど、これもヒエンさんの指示なのだろうから困らせても申し訳ないから、バスンさんに付いて食堂まで移動する。
移動の最中、ウィルさんも同行していたが食堂の扉の前で別れて、俺とバスンさんの二人で食堂に入って行く。
うん? ここって食堂であってるんだよね?
バスンさんに続いて入った食堂と言われている部屋は、ダンスホールにも使えそうなほど広く、壁全体が一つの絵の様な壁紙が張られ、所々に絵画や調度品が並べられた豪勢な部屋になっていた。
ただ、個々が食事をする部屋なのは間違いないようで、部屋の真ん中にはポツンと言ったらおかしいサイズだが、二十人ほどが座れそうな巨大な食卓テーブルが鎮座しており、机の上には食器が既に並べられている。
凝視をしないようにキョロキョロ部屋を見ていると、バスンさんに席に案内された。
この巨大なホールと食卓のせいで気が付かなかったが、既に数名の着飾った人達が席に付いており、俺はその人たちが座っていない反対側の中央の席に、バスンさんに案内されて席に付く。
俺の正面は空席になっており、恐らくそこにヒエンさんが座るのだろうと思われるが、その両サイドに着飾った恐らく年齢的に侯爵夫人と思われる人が三人おり、その横にはカトレアよりも多少年齢が上の男性が一人と、女性が二名座っている。
ここに居る六人と侯爵であるヒエンさんとカトレア、それにクリスを含めた九人がヒエンさんの家族になるのかな?
この食堂にはヒエンさんの家族の他に、バスンさんの様な執事服を着た人が数人と、侍女やメイドの様な人達が十数人、入り口付近には騎士の様な装備をした護衛と思われる人が、この部屋にある二か所の扉にそれぞれ二名ずつ立っている。
反対側に座っている六人から、ちらちらと視線が向けられて少し居心地が悪いが、俺も気になって視線を向けていたので気にしない事にする。
それから数分が経ち、俺が入って来た扉の方からヒエンさんが入って来て、俺の正面の椅子に腰を掛ける。
「シクラ様。準備に少し手間取り、お待たせして申し訳ございません。」
「いえ、大丈夫ですよ。それにしても、他のみんなはどうしたんです? 」
俺の問いを聞いたヒエンさんの口角が少し上がり、ニヤリとした表情をした後、バスンさんに指示して扉を開けさせる。
バスンさんが開けた扉の先には、ドレスを着て着飾った女性が少し俯きながら立っており、バスンさんに席に案内されてくる……ん? 一人かと思ったら他にも居たようで、続々と食堂に入室してくる。
次々と入室してきた女性達をよく見ると、入って来た女性たちは俺が良く知る人物たちだった。
初めの女性は俯いていた為顔がわからなかったが、次に入室してきた女性はクリスだった。
その後ろには、アイリス、ダイアンと続いて来たので、恐らく最初の一人はカトレアになるのだろうな。
いつもは侍女として仕えているめ、ワンピースの様な服装をしていた彼女らが、それぞれドレスを身に纏い、恐らく化粧もして髪型も先ほどまでとは違い、結い上げたり編み込んだりして着飾っている姿は、
本物の貴族の娘さん達のようだ。
いや、一応皆身分的には貴族になるのか。
カトレアとダイアンは、ヒエンさんの娘なので侯爵令嬢。
アイリスとダイアンの二人は、どちらも騎士爵の家系なので、一応貴族には間違いない。
皆の貴族令嬢の様な姿を見ると、いつもは俺に気を使わせない様にしていたのが良くわかった。
そうしているうちにカトレア達が俺の席側にたどり着き、各々席に付いて行く。
俺の左側にはカトレアとクリスで、右側にはアイリスとダイアンが席に付いた。
両手に華と言うか、両手に花束状態なんだけど、一体全体何が起こったんだ。
左側を見れば、俯いて何か考えているカトレア。
その横には、少し不貞腐れしたクリス。
右側には、ドレスを着ても俺の世話をしようとして使用人に止められているアイリス。
その横で、我関せずと言った感じでまったく気にしていないダイアン。
「皆そろいましたので、そろそろ食事に致しましょう。」
そして、満面の笑みを浮かべしたり顔のヒエンさんが合図を出すと、扉から使用人達が食事を運んできて晩餐が開始される。
いつも読んで頂いてありがとうございます。
次回の更新も月曜日になります。
第二章もそろそろ中盤になり、そろそろ何かが起こるかも?




