失敗勇者と侯爵
先日剣を買って行った小僧がまた来て、今度は鎧を売って欲しいと言ってきた。
今日は女連れかと思ったら、勇者の従者と騎士団長の姪っ子が一緒に居おった……なるほどの、只者ではないと思っておったが大体事情が分かったわい。
鎧が欲しいと言うから、何種類かの防具を出してやったが……予想通り従者の嬢ちゃんが立場とか言いおるから、小僧はやはり勇者の血族なんじゃろうな。
それなりに金は持っておるのだろうが、流石にミスリル製のやつは買わなんだな。
前の勇者の嬢ちゃんにおだてられて作った、純ミスリル製の鎧は……売れなくて不良在尾になっちまって困ってるが、まあしょうがねぇな……力もねぇ貴族は買いに来るが、売る気はないしな。
そのうち、この小僧が金を貯めて買いに来てくれるのをいのるぜ。
by 武器屋の親父さん ガンツ
店を出たのが既に夕刻の時間になっており、街の至る所で夕食の準備の煙が上がっている。
いい時間なので俺達も買い物を終わらせ、王城へと馬車を走らせる。
馬車が王城の正門を入りエントランスに馬車を止めて降りると、そこにはいつも立っている衛兵の他にも人が立っていた。
「シクラ様お帰りなさいませ。」
俺が馬車から降りると、頭を下げていたカトレアが挨拶をしてくる。
いつもは部屋で待っているはずのカトレアがここに居ることは過去になく、なにかあるのだろうかと訝しげな思っていると、顔を上げたカトレアの表情が少し暗い事に気が付く。
「ただいま。何かあったのかな? 」
「はい。シクラ様にお客様が見えております……その……ミュラー侯爵家の執事です。」
ミュラー侯爵家と言えば、カトレアとクリスの父親だったよな……そうなると、今回の用件は冒険者の護衛……クリス達の件だろうな。
本人ではなく執事が来ていると言う事は、所謂先ぶれと言うやつなんだろうな。
「わかった。案内してくれ。」
「……かしこまりました。」
カトレアの先導について行くと、過去に何度か足を運んだことのある応接室にたどり着き、カトレアがノックをして俺を案内する。
部屋の中には執事の服をきっちり着込んだ、白髪の老人がこちらに頭を下げたままで迎える。
「初めましてシクラ様。私はミュラー侯爵家にて家令を務めさせていただいている、セイ=バスンと申します。この度はお時間を頂き誠に感謝いたします。」
「こちらそ、お待たせして申し訳ない。それに、礼は不要だよ。いつもカトレアにはお世話になっているからね。」
そう言いながら席に付き、バスンさんにも席を勧めたが断られてしまった。
「お心遣い感謝いたします。我が主人である侯爵様より、こちらを預かっております。」
バスンさんはちらっと俺の後ろに立っているカトレアを見たが、特に気にした様子はなくそのまま会話をし、俺に一通の手紙を差し出してくる。
「拝見させて頂きますね。」
受け取った手紙の封蝋を切り中身を確認させてもらうと、大仰で長々とした挨拶の言葉が並べられた後、本日の晩餐に招待したいとの事が書かれていた。
「急な事で申し訳ありませんが、ご参加頂くことは可能でしょうか。」
俺が手紙を読み終わったタイミングを見計らい、バスンさんが聞いて来るが……これって常識的に考えて断ることが出来ないんじゃないでしょうか。
いやまあ、侯爵にはクリスと事や冒険者の事など、話をしないといけないことがあるのだから問題ないんだけど、昼にクリス達に話をしてその夜に晩餐ってかなり急じゃないかな……予定があるわけじゃないから良いんだけどさ。
この際だから、カトレアに決めてもらった方が良いかな?
「カトレア、今日はもう予定はなかったよね。」
「……ございません。」
俺の意図が伝わったのか別の理由かわからないが、少し間が空いた後カトレアは今日の予定は無いと返事をした。
会ってほしくないのであれば、何とでも理由付けして逃げる事も出来たので、カトレアは俺が侯爵とあっても問題ないと考えているのだろう……もしくは、断っても意味がないと考えているかどちらかだろうな。
「であれば、侯爵閣下のお招き頂いた晩餐に、ぜひ参加させて頂きたく思います。」
「シクラ様、主人に代わり感謝いたします。」
そう言うと、バスンさんは立ち上がり暇乞いを告げ去った。
帰る際も、とてもきれいな立ち振る舞いで退出しする老執事は、これぞ執事ってのを表しているような感じだした。
「シクラ様……よろしかったのでしょうか。」
「良いと思ったから予定は無いって言ったんじゃないの? それに、どの道クリス達の件で話をしないといけないから、たぶん侯爵様……カトレアのお父さんもその件で俺を招待したんだと思うよ。」
カトレアは自分が返事を内容に少し思うところがあるようだが、どの道先延ばしにしてもいずれ話をしないといけない案件なので、そう言った面倒事はさっさと片付けるに限る。
それに、クリス達がダメな場合は別の冒険者を用意してもらえるようウィルさんが話してくれているだろうから、どんな冒険者なのか早めに確認したいところでもあるしね。
「さて、そろそろ準備しに行こうか。因みに、今回の随員は侯爵様からの指定があるから、カトレアとアイリスの二人と、護衛としてダイアンの三人だね。」
何か言いたげなカトレアだが、今は時間が惜しい。
侯爵に招待された晩餐には多少時間があるとはいえ、急いで支度をしないと間に合わないのから、皆を連れてさっさと部屋に戻り支度をしないとね。
移動中も部屋に戻ってからも、カトレアが終始浮かない表情をしていたが、今は詳しく話している時間がないから、どの道移動中に同じ馬車で行くからその辺りを確認しようと思う。
部屋に戻ると、アネモニとリリーが俺を出迎えてくれるが、侯爵家の晩餐にカトレア、アイリス、ダイアンの三人と行くことを伝えると、リリーの機嫌が急降下した。
「お姉ちゃん達はわかるけど、なんでダイアンはいつも一緒なの? 私だって、シクラ様と一緒にお出かけしたい! 」
リリーは俺のメイドとして身の回りをしているが、元々は十二歳の女の子だってことを失念していた。
このリリーの反応に矛先を向けられたダイアンだけではなく、俺やカトレア達年長組をたじたじになっていた。
リリーには、今度俺が出かける際に一緒に連れて行くと言う事で一旦収まったけど、この約束破ったら物凄く機嫌を悪くしそうなので何としても守らないといけないな。
そんなこともありつつ、急いで支度を済ませ馬車に乗り侯爵家へ向かう。
さっきのリリーの事があったせいか、カトレアの表情もさっきとは違いいつもと同じ表情になっていた。
ここで応接室での事を聞くのは、何とも微妙な雰囲気になりそうけど、しこりを残したまま侯爵家の晩餐に出向いても後々問題になりそうなので、カトレアにさっきの事を聞いてみる。
「さっき、応接室で何か言おうとしていたみたいだけどなんだった? 」
俺の問いに少し緊張した面持ちになるが、少し考えてからカトレアは口を開く。
「シクラ様……父は……、いえ侯爵様は、クリスとその母親にいろいろと思うところがありますので、今日の招待はクリスの件で間違いないかと思いますが……」
カトレアは少し言い淀み、その後の事を口にしていいか悩んでいる様だ。
もしかして、侯爵は今回の件以外でも何か話があるのだろうか?
ただ、俺は侯爵に合ったことは無いと思うけど、向こうはカトレアが俺の侍女をしていることで色々俺の事を知っているのだろうから、もしかしたらその辺りで何かしら思うところがあるのかもしれないな。
口を閉ざしているカトレアに、三人の視線が集まり何を言うか待っていると、意を決したのかカトレアが続きを話し始める。
「シクラ様には大変申し訳なく思うのですが、恐らく……私かクリスを妻にしないかと言われるのかと……」
「え! つ、妻!? 」
カトレアは、話しながら声が段々小さくなっていき最後の方はつぶやきの様になっていたが、この揺れも少なく密閉された馬車の中では意外としっかり聞こえ、俺はその内容に驚き声を上げてしまった。
他の二人の反応は……まあ大体予想通りで。
とても不穏な空気を出すアイリスに、私は関係ありませんと気配を消すように静かにするダイアン。
「そうですか……侯爵様はそんなことをお考えなのですね。」
そして、とても居心地が悪い俺とカトレアは、アイリスの出す殺気にも似た気配に、背中に冷たいものが流れる。
「あ、アイリス。まだそう言ったことを言うとは決まっていませんわよ。
「しかし、カトレアの予想では、そう言ったことを言う可能性があるとのですよね。そのような不遜な考えをしていること自体が問題なんじゃないでしょうか。シクラ様はどのようにお考えで? 」
そこで俺に矛先を向けるのはやめてください、アイリスさん。
そんなことは考えていないよと答えれば、アイリスは納得するかもしれないけど、カトレアのプライドは傷つけることになってしまうし。
どう答えてもいい未来が見られないのですが……考えろ、考えるんだ志倉十誠、この難局を切り抜けるにはどうしたらいいか、無駄に読み漁ったラノベの知識を総動員するんだ。
カトレアを傷つけず、アイリスを納得させる方法は……これしかない。
「な、なあアイリス。なんでそんなに怒っているんだ? それだとアイリスが俺の事を好きなんじゃないかって見えちゃうよ? そんなことになったら、アイリスの好きな人やアイリスを好きな人が勘違いしちゃうといけないから、あまりそう言ったことを言わない方が良いよ。それに、俺なんて元の世界でも全然モテたことは無いし容姿も特別良いわけじゃないから、カトレアやクリス、それにアイリスみたいな美人なんかと俺が釣り合う訳ないじゃないか。ハッハッハー……」
俺が言い終わると、車内には沈黙が訪れる。
ダイアンは相変わらず我関せずと窓の外を眺めているが、アイリスとカトレアは少し落ち着いたようだ。
カトレアの方を見て俺と目が合うと、カトレアに顔を背けられて何かこう……思ってた反応ではないんだが……まあ良しとしよう。
それを見ていたアイリスが物凄くジト目で見てくるが、俺が視線を向けるとプイッと顔をそむける。
あれ? なんか二人共視線を合わせてくれなくなって、思ってた反応と違うんのですが……俺の演じた渾身の超鈍感系主人公を、馬車の中の空気をさっきより良くしたが、俺一人がダメージを追う事になった。
まあ、アイリスは俺が好きと言うよりも勇者と言う存在が好きなのだろうし、カトレアはそもそも侯爵令嬢、俺が一般人であればまず合う事が出来ないような上流階級のお嬢様なのだから、俺なんかよりよっぽどいい人と巡り合う事は出来るだろうしね。
この世界では勇者とか言われているが、元の世界では普通の大学生だし、モテたこともないし……彼女も居ないしね……なんだろう……心が痛い。
そんなこんなしている間にも馬車は進み、暫くすると馬車が速度を落として行き、御者の人がもうじき侯爵邸に到着すると教えてくれる。
少し気になり馬車の窓から外の景色を見てみると、柵付きの圧迫感のある壁しか見えなかったが、突然その景色の中に巨大な門の様な物が見えたと思ったら、馬車その門の手前に停車した。
馬車が停車した位置は、門の手前にある少し広めになっているスペースで、門の左右に一人ずつ兵士の様な格好をした人が立っており、一人がこちらに駆け寄り御者と話をしだした。
窓から見える門は、馬車が二台同時に入れると思われるほど巨大で、横には敷地をすべて覆っているであろう柵付きの壁、そして門の奥の方に見える学校の様な大きさの屋敷。
ファンタジーにありきたりな巨大な屋敷だけど、漫画で見るのと実際に見るのとでは、迫力が全く違うね。
左右の門柱には、剣と杖を持った竜の彫刻がなされていいる……どこかで見たことがある気もするけど、思い出せない事なので重要な事ではないのだろう。
キュルキュルと音がして巨大な門扉が開かれ、それに合わせて御者の人が馬車を敷地内へ進めていく。
誰かが押しているわけではないのに動く門扉は、元の世界なら機械式だろうけど、この異世界では恐らく魔道具に当たるもので作られているのだろうな……金持ちめ。
門をくぐると、屋敷までの一本道になっている様だが、その左右には綺麗に手入れされた庭園の様な物が作られており、金のかけぐ……じゃなくて、馬車の乗員を持て成す演出がされていた。
カトレアは自宅なのであれだが、アイリスは特庭園を見たりはせずに座っており、予想外とは言ってはなんだけど、ダイアンが食い入るように庭園を眺めていたのが、いつもと違う女の子らしいダイアンが可愛く見えた。
長々と続く庭園を眺めていると、馬車が緩く周り屋敷ローターリーの様な所に到着した。
御者の人が用意してくれた踏み台に足を掛け、ミュラー侯爵邸に降り立つと先ほど話をしたバンスンさんの他に、十数名のメイドの様な人達が頭を下げて出迎えてくれる。
「本日は、急な旦那様の晩餐においで下さり、誠にありがとうございます。」
「こちらこそ、侯爵閣下の晩餐に呼んで頂き感謝いたします。」
代表してか、バスンさんが話しかけてきたので、失礼のない様に返事をした……できたと思う……。
「……それではお部屋へご案内いたします。」
アイリス達三人が馬車から降りたのを見計らい、バスンさんが俺達を屋敷の中に案内するため巨大な扉を開き中へ促してくる。
開かれた扉から屋敷に入るとそこは、予想通り豪華な内装をした玄関だった。
次回も月曜日更新になります。




