召喚の謎
書きたいことを書くのが難しいです。
まてまて、よく考えろ。
ドッキリにしても、俺みたいな一般人に仕掛けても面白くない。俺の友人達でも、流石にイタズラくらいはするが、こんな大掛かりなドッキリを仕掛ける事はしないだろう。そんな金もないだろうし。
執事とメイドの方へ目を向けてみるが、静かにこちらが何を選ぶか待っている様であった。状況は飲み込めていないが、このままでは状況が変わらない。
「あ、温かいコーヒーをお願いします。」
「温かいコーヒーですね、しばらくお待ちください。」
メイドは、そう言って台車の裏へ回ってこちら側から見えるように、準備を始める。恐らくガラス製のドリップセット、銀色に輝き装飾彫りが施されたポットと円筒形なものを2つ、そしてカップを何故か2客並べた。円筒形な物の一つにに蓋を開け、もう一つの円筒形の物の上にスプーンの様なもので中身を入れていく。そして、中身を入れた筒の先端にハンドルの様なものを取り付けて回し始めた。ゴリゴリと豆を挽く音と、挽かれた豆の良い香りがする。
豆から準備するのかよ! 口には出さないが、表情では出てしまっていた様で。
「コーヒーはお出しする直前に、豆を挽いてお出しするようにと、言われています。」
執事が説明してくれるが、日本でもなかなか無いサービスである。まあ、機械が自動で豆を挽いてくれるのとかはあったけど……。
挽かれて、粉になった物を紙をセットしたドリッパーに入れていく、そしてメイドがポットを手に取り……
『ヒート』と呟く。
暫く見ていると、ポットから湯気が立ち登り始め、次第にしっかりとした蒸気が立ち昇る。
あれは、湯沸しポット?それとも、あれは魔法なのか。あれが魔法だとすると、ここは本当に異世界で、この待遇の良さからもしかして勇者として召喚されて、おお勇者よ! 世界を救ってくれ! とか言われたりして!そして、いろいろろと……
急速に妄想拡大してゆく十誠の思考、ドラゴンと戦ったり、仲間と友情を育んだり、魔王を倒して世界を救ったり……
広がって行く妄想を楽しんでいると、鼻腔をくすぐるような良い香りがする。
トレイにカップを2客乗せたメイドとその横の執事が俺の妄想が終わるまで待っていたようだ……
俺がそれに気がつくと、執事がコーヒーを一口飲んだ。
え、それって俺のコーヒーじゃないのか。もしかして、ファンタジーでよくある毒見なのかな。
などと俺が思っていると、執事は飲んだカップを台車に乗せ、メイドに頷く
。
「お待たせいたしました、温かいコーヒーになります。」
「ありがとう。」
コーヒーと、おそらく砂糖と何かの乳が入った容器を、机に置くメイドに感謝を伝えブラックのままのコーヒーのカップを手にとりコーヒーを頂く。
「美味しい。」
アメリカンの様な少し薄めな感じだが、香りはよくすっきりとした美味しいコーヒー。先ほどまで冷えていた体に、温かいコーヒーが沁み渡る。
少し落ち着き、今の状況を改めて考えてみる……
なぜか、真夏のクソ暑い部屋から、突然真っ暗な寒い部屋に寝ていて、老人と兵士に連れられ、この部屋で執事とメイド付きでコーヒーを飲んでいる。
「……わけがわからん。」
「まもなくご説明に来られるかと思いますので、もう暫くお待ち下さい。」
「そう言えば、さっきの人にも言われたけど誰が来るんですか。」
「私達が詳しくご説明するわけには参りませんので、ご容赦ください。」
首をかしげる俺に、執事が申し訳なさそうに答える。あまりいろいろ聞くと迷惑になりそうなので、部屋の中の人を観察してみる。
今この部屋には、俺、執事、そしてそばのメイド以外にも他に、入り口の扉付近に4人メイドがいる。
執事は、西洋風な顔立ちをした白髪の初老の男性で、意外とがっしりした体系をしており、身長は百七十後半の俺よりも高い。
傍で控えているメイドは、日本風の顔立ちをした十六、七歳位と思われる少女で、顔立ちは、まともに見ると赤面してしまう程可愛い。体系は動きやすそうなメイド服のせいでよくわからないが、悪くはないだろう。
他の四人のメイド達も、みな日本風の顔立ちをしており、年齢は十二歳位から二十歳位に見えまちまちだ。ちなみに全員美形である、日本でこの五人でユニット組んだらトップアイドル間違い無しの容姿をしている。
この世界って、みんなこんなに美形ぞろいなのかな。まあここに居る人だけだよね、なんか豪華な屋敷っぽいし。
あんまりじろじろ見ていても悪いので、視線を部屋の中にあるものに移す。
おそらく美術品であろう物が飾られているが、壺とか絵画とか俺には価値が全く分からない。ここからだとよく見えないが、ガラスのケースに小物が色々並べられているようだ。少し気になる物もあるので、後で見せてもらえないか聞いてみよう。
コンコンコン
ソファーに座りながら、退屈しのぎにいろいろ眺めていると、扉の方からノックが聞こえた。メイド達が速やかに動き扉を開ける。そこには……
引き締まった体格の良い、豪華な服装をした50代位のおじさんが立っていた。その後ろには、さっき案内してくれた老人もおり、兵士たちも並んでいた。
俺以外の部屋の中に居た人は、全員頭を下げた状態になり、おじさんが入ってきた。
この人が、この屋敷の主人なのかな、それとも反応からすると王様とかなのかな。
などと考えていると、老人の後ろから、かなり体格の良い腰に剣を刺した人、それほど体格はよくないが目つきが鋭い短い杖のようなものを持った人、体系は普通だが見た目がとても優しそうな神官のような服装をした人が部屋に入ってくる。
剣を刺した人が周りに目配せをすると、部屋の中には王様っぽい人、剣を刺した人、杖を持った人、神官っぽい人、老人だけが残った。王様っぽい人は、俺の向かいのソファーに腰を掛け、ほかの人はソファーの両サイドに立っている。
「私は、アレクサンドル=イオリゲン。ここイオリゲン王国の国王をしております。名前を教えて頂けますかな。」
「あ、はい。俺は志倉 十誠といます。」
「シクラ トウマ殿か。シクラ殿は、今の状況がまだ把握できておらぬと思うので、まずは説明させて頂きたく思う。」
ふむふむ王様っぽい人は、本当に王様だったようだ。そして王様なのに、話し方は偉そうだけど何故か腰が低い気がする、召喚したんだから何かラノベみたいに、本当に勇者として召喚されたのかな。まさか、俺には人知を超えた力が沸いているとか。
「ここは、シクラ殿が暮らしていたのとは別の世界になります。召喚させていただくとき、この世界には魔王を名乗る魔物の王がおり、世界中の人々と魔物達で争っておりました。魔王は魔物を誘導し、街や村の人々を襲っておりました。神々が、そんな世界に手を差し伸べてくださり、私たちが神の奇跡を得て、シクラ殿たちをこちらの世界へ召喚させて頂きました。」
テンプレキター! まさか、本当に妄想が実現とか最高じゃない!
この時は気が付いていなかったが、わくわくしている俺とは反対、に国王の口調は段々強張っていく。
「そして、召喚された、ゆ、勇者様によって魔王は倒され、今は魔物達も魔王が襲ってくる前とは変わりませんが、平穏な日常に戻れたのです。」
「……魔王が倒された……勇者によって……。」
「……はい、3年程前に召還された勇者様によって討伐されました。」
「え、えっと、じゃあ俺って何で召喚されたんですか。」
「その件につきましては、私の方から説明いたします。私は、セクメトリー教の司祭をしております、シュレルと申します。」
そう言って、前に出てきたのは神官のような人、いや司祭だった。見た目は細めの、優しそうな印象の人だ。
「まず、勇者様の召喚の件からご説明させて頂きます。勇者様の召喚は、国は元より世界の危機に際して行われるものでございます。われら信徒が神々に救いを求め、勇者様の召喚が必要と思われた場合にのみ、勇者様は召喚されます。もし神が、勇者様の召還するべきではないと判断した場合は、召喚が失敗し勇者様はおいでになりません。勇者様は、神の選定により二人召喚され、一人は剣などが得意な前衛型の勇者様、もうお一方は魔法が得意な後衛型勇者様が召喚されます。」
「ちょっとまって、召喚されるのはいつも二人なの!?」
「はい、過去に召喚された勇者様も、いずれの例外もなくお二人召喚されます。男性女性一人ずつのときもあり、男性二人や女性二人の時もございます。」
「じゃあ俺は何で一人なんだよ。実は、もう一人先に召喚されているとか。」
「そ、それはですね……」
そう言うと、部屋沈黙が訪れる。誰も、誰も何も言わず部屋に微妙な雰囲気が漂っていく。司祭は、他四人に視線を一度向けるが分が悪そうな顔をして、誰も話そうとしない。司祭は、仕方ないといいながら説明してくれた。
「……先程ご説明させて頂きましたが、3年ほど前に召喚された勇者様にて魔王が倒されたのですが、そのとき召喚された勇者様はお一人だったのです。その際に、なぜ此度は勇者様が一人なのか、勇者様に神セクメトリー様に問いかけて頂いたのですが……『一人は何故か失敗した』と……」
え、神様が召喚に失敗した?意味がわからない。そもそも、神様が失敗するって何だよ。あ、でも一人は召喚できたから、魔王は討伐されたのか。そうなると、なんで俺は召喚されたんだ。それとも召喚されたのではなく、自分で転移したとか……ありえないな。
俺が召喚された理由がまだ説明されていないから、司祭の話はまだ先がありそうだな。
「……我々も、その時は勇者様お一人は召喚されたので、お一人で討伐できるからもうお一方は召喚されなかったと思ったのですが……。神々は、勇者様お一人では魔王討伐が失敗することを危惧され、本当であればお二人の勇者様にされる祝福をお一人におかけになり、その勇者様が魔王を討伐されました。」
ますます自分の状況がわからずうんうん唸る十誠を、国王達は悲痛な面持ちで見ている。別に国王達が、何か失敗をしたわけではなく、神が失敗したのだから気にする必要がないと思うが、過去に何度も世界を助けた勇者に対し、召喚を行った者として申し訳ない気持ちであった。
しかも、世界が危機的状況でないと召喚されない二人の勇者が、なぜか単独で召喚されて魔王討伐済みなのである。
「勇者様元の世界にご帰還される際に、セクメトリー様より神託を頂きまして。……その内容が、失敗と思われた勇者召喚が実は成功しており、一時的に途切れた繋がりが再度繋がっていたとのことです。おそらく数年後に召喚されるとのお話で、それが恐らく此度のシクラ様召喚になるのだと……」
「それで、俺は一応召喚されてここに居るってことなのはいいんだけど、今って平和で勇者自体は必要ない感じなんだよね。」
「うむ、小さな小競り合いや魔物達が居なくなったわけではないが、シクラ殿に動いて頂くような事態は今の所ありませんな。」
「それじゃあ、俺って召喚されたけど必要ないから元の世界に戻る感じなのか。」
「そのことでございますが、勇者様のご帰還は神々にしか行うことができませんので、後日シクラ様には神殿にてセクメトリー様に拝謁して頂きたく思います。」
なんとなく経緯がわかってきたな、魔王が世界に災いをもたらして勇者を召喚したけど、何か問題があって一人しか召喚されなかったけど、問題なく魔王は討伐されたと。そして、もう一人の召喚は失敗していなくて時間差で召喚されたってことか。
前の勇者は、魔王討伐した後に元の世界に帰還したということは、よかった俺も帰れるってことか。
「明日は、神様に拝謁をしてそこで話して、帰り方を聞いたらいいってことですね。」
「さようでございます、セクメトリー様への拝謁は準備がございますので、三日程お待ちいただくことになります。」
「その間はシクラ殿は、この王宮にいて頂くことになるのだが。ただ何と言いますか、此度は勇者様が召喚された事を広めることが出来ぬ。盛大な宴は出来ぬが、許してほしい。」
「宴なんていいですって、どうしていいかわからないですし。」
「ははは、シクラ殿は宴は苦手でしたか。それでは、夕食は会食に致します。」
「それで、お願いします。でもいいんですか、俺って召喚されたことをみんな知らないんですよね。」
「いえ、国の要職に就く者や、神殿の者は前の勇者様より神託の内容を聞いておりますので。他の者や民達は、勇者様が新たに召喚される事は知りません、色々と騒ぎになりかねないので。」
「そうですね、わかりました。」
「それでは、部屋へ案内させますので、ご寛ぎください。」
そう言うと、国王たちが部屋を出ていき、先ほどまで部屋に居た執事たちが入ってくる。
そうだよな、勇者の召喚って世界が危機的状況じゃないと行われないし、そもそも勇者が召喚されたとなると何かが起こってると思って不安になりそうだよね。
異世界での冒険も楽しそうだけど、流石に普通の一般人として冒険は怖すぎる。だけど、少しくらいは街を周ってみたい、異世界体験なんて普通一生できないしね。
「お部屋へご案内いたします。どうぞこちらへ。」
執事に呼ばれ、俺もこの部屋を出るのだった。
週1で投稿していきたいと思います。