失敗勇者と神造悪魔
ハルとアルルの騒動があったが、夕食はヒナノがマジックバックに入れてくれた食材でバーベキューをした。
どれもこれも旨いのだが、ヒナノの神域で取れた物ばかりなので物珍しさは無かった。
そして――女性陣が頑なにマジックバックの受け取りさせた理由。
「これが本当に野営中とは思えないわね」
「そうね。私は副騎士団長まであがったけど、流石に家にこれを作ることはできなかったわね」
「風呂は貴族家や裕福な商家でもなければ家にはありません。今父が収めている領館にはありましたが、王都の家ではありませんでしたから貴族でもない家は多いのではないでしょうか」
「ふぅ――お風呂って夢幻大陸に行くまで殆ど入ったこと無かったけど、あっちでは毎日入っていたから入れなくなると思うと嫌ね」
四人が入っているのはお風呂。
しかも家庭にあるようなサイズではなく旅館等にあるよ部屋風呂の様な大きさで、四人が同時に入っても問題ないサイズの物だった。
冒険者は――というか、この世界の一般人は風呂に入る習慣はなく、アイリスが言うように中級以上の貴族や豪商しか持ちえない物なのだ。
とはいえ、この風呂と同等の設備を持つ物を作ろうとしたら、王族や上級貴族など資金があるところにしか無理だろう。
水の吸い上げからろ過、湯沸かしから排水に至るまでどれもこれも魔道具が使われているからだ。
まあ、そんなものをほいほいあげてしまうヒナノもヒナノだが、受け取る女性陣もたいがいだろう。
「こんな場所で聞くのもあれだけど、アイリスって本当に前に勇者の従者だったのかしら?」
イザベルがふとした疑問をアイリスにぶつける。
いつもグランツにべったりくっついているイザベルは、いつもシクラにくっ付いているアイリスの事をよく知らないのだ。
「ええ、そうですね。私を含め十名の従者がいました。あなた達知っている者であれば冒険者として身分を隠していたクリスでしょうか?本名はクリストフ=アイヒホルンと言う子爵ですけどね」
「子爵! 普通の冒険者にしては立ち振る舞いが綺麗だったので一般人じゃないと思ってましたけど……そう言えばいつの間にか居なくなっていましたね」
「彼はあなた達が神域に連れ去られた後ユピリルに戻っいましたね。私に用事があったのが理由ですが」
「へーそうなんだ」
あまり興味のなさそうな返事を返すイザベル。
実際興味はなく、彼女が興味があるのはグランツただ一人なのだから仕方のない事だろう。
「ねぇねぇアイリス。前の勇者のアカリ様ってどんな人だったの?」
イザベルに便乗してマリアがアカリの事を聞いていた。
アイリスはアカリの事になると少し気が緩むのか、薄っすらと笑みを浮かべながら答える。
「そうですね。あの方はシクラ様と同じように勇者として召喚されましたが、シクラ様が召喚されなかったために二人分の勇者の力を受け取って居ました。アカリ様は過去の勇者様方の知識も受け継いでおられたので、最初からかなりお強かった覚えがあります」
「そうなの? でもシクラもあった頃には既にかなり強かったけど」
「シクラ様は最初は魔法も使えず、剣の腕前は素人でした。訓練するうちに徐々に騎士団を圧倒するほどの実力を持ち始めましたが、今のシクラ様なら召喚されたばかりのアカリ様であれあばなんとか勝てる位でしょうか」
召喚されたころの前の勇者と今のシクラが同じ位の強さと言われ、流石のマリアも驚きを隠せない。
「そんなに強いの! じゃあ魔王討伐の頃にはさらに強かったって事?」
「力の強さと言う意味合いでは変わりません。アカリ様の場合は最初は力や技量はありましたが、その力をうまく生かすことが出来なかったのです。知識があるのと実戦でそれを生かせるのは別の問題ですから、それを生かせるようになって強くなったと言った感じでしょうか」
勇者の最大の力は違う世界から来た事による強力な力ではなく、歴代勇者達の経験その物だ。
過去の勇者達の動きや技、それに勇者が独自に編み出した魔法など。
それらが加護を与えられた際に知識としてインストールされる訳だが、知識があってもそれが活用できなければ意味が無い。
だからこそ魔王復活の前に勇者を召喚し、その力が十全に扱えるように旅をさせているのだ。
まあ時代というか世界自体の感覚が全く違うので、生死観などをなじませる必要もある。
「それに、勇者と言うのは何かとトラブルに巻き込まれやすいのか、行く先々で色々と事件に巻き込まれたりしました」
「あはは、それはシクラもそうね。ねぇ、もっとアカリ様の事を教えてよ」
「良いですよ。その代わり、こちらへ来てからのシクラ様の事を教えてくださいね」
こうして女子四人(実質アイリスとマリア)の話は夜遅くまで続いた。
シクラとグランツの二人は彼女らとは違い、普通に風呂に入って普通に就寝していたのだった。
シクラ達が野営(?)をしていること、ウグジマシカから離れた人が一切足を踏み入れない山中にある古びた神殿には、物々しい数の人の様な物がうごめいていた。
うごめいている者共は神殿を外から眺め、神殿の中からは複数の話し声がした。
「やはりこちらの情報が漏れていたか」
真っ暗な神殿の中には複数の色の炎が揺らめいている。
そして、そのうちの赤く揺らめく炎がそうつぶやくと、周りにある炎が揺らめく。
「どこかの神が漏らしたのだろうが――恐らくセクメトリーであろうな。あの女神は人から神になった特異な神じゃからな」
どこか毒々しい色緑色の炎がそう答えると、他の炎が同意したかのように震える。
「人の神か。奴は他の神よりも自我が強い。だからこそ今でもあれに耐えれているのだろう」
砂漠の砂の様な炎はそう答えるが、他の炎はどこか冷ややかな反応だ。
「このまま今代の勇者をウグジマシカへと向かわせるのは色々と問題が多いでしょうが、我々がこの状態では止められるか問題ですね」
透き通る海の様な色の炎に、他の炎が一斉に反応をする。
「それもこれもあのセクメトリーのせいだ。奴め、これを見越して魔王の復活をさせて我らを討滅させるとは」
「それもあるじゃろうが、そもそもあの時はタケミカヅチ様よりこのような事が起こるなど聞いては居らんかったのじゃから仕方なかろう」
「だが、そのせいで今動かせる悪魔はせいぜい中級程度まで。この世界の住人相手ならまだしも、勇者や夢幻大陸の者共相手ではどうにもならんぞ」
「それでも何か手を打っておいた方が良いのは確かじゃないかしら? 勇者以外の者達も居るのだから数を出せばある程度打撃は与えられるのではなくて? 」
「もしくは、ここに居る有象無象を糧にして我らが顕現するか――タケミカヅチ様にお伝えし力をお借りするかだ。お前はどう思う?」
赤い炎が唯一人の様な形を持った白い炎に問いかける。
白い炎がわずかに震え、なにか逡巡しているように見える。
「そうじゃ。お前さんだけ唯一顕現できる状態に居るのじゃから、お前さんが有象無象を連れてゆくのはどうじゃ? お前さんなら奴らの位置もわかるじゃろうし、勇者と戦っておらぬのだから万全な状態じゃから大きな時間稼ぎになるじゃろうて」
「……うーん。皆がそう言うならそうしようかな? だけど、あれがばれたらタケミカヅチ様に怒られるきがするんだけどな」
他の炎とは全く違う軽い口調で話す白い炎。
どうやらこの炎だけは前回の大戦には参加していなかった為、他の炎と違い形が保てている様だ。
「そうそう見破られる事もあるまいに。それに、これはタケミカヅチ様が真にこの世界の唯一神になる為の大事な儀式。それを邪魔させぬためには必要な事であろう」
「わかったって。仕方ないな、それじゃあ雑魚どもを連れてトウマ邪魔をしてくるよ。だけど、怒られるのは嫌だからあれがばれそうになったら逃げるからね」
そう言い終わると、白い炎は神殿の外に向かって行った。
「あいつの任務の事を考えれば本来は外へ出すべきではないのだが、時間稼ぎにはあいつが一番向いているからな」
「そうじゃの。あ奴だけは我らと違いタケミカヅチ様より直接生み出された者。あのような話し方も勇者の相手をする為に刷り込んだものじゃしな」
「まあいいんじゃない? 彼なら失敗してもタケミカヅチ様はそこまで怒りはしないわよ。あっちの方で成果を残しているし、討滅されることはあり得ないのですから」
神殿の中の炎達は話を終えると、火か消えるように静かに居なくなるのだった。




