失敗勇者と美術館
翌朝、ヒナノの召集をかけられた俺達が向かったのは、前に仮設装備を見せてもらった鍛冶場――の大きな建物の裏手にある少し小さめの建物だ。
ここも防音効果の範囲内に入っているのか、近づいた瞬間鍛冶場の騒音が響いてきた。
鍛冶場の扉や窓は全開に開かれており、ちらっとのぞいた感じでは何人もの鍛冶師がせわしなく動いているのが見て取れる。
入り口まで来たが誰も出迎えがないので、皆に確認をとった後中をのぞいてみる。
中では少し身長が低めだががっしりとした体系の男達が忙しそうに動き回る。
多分これが普通のドワーフなんだろうな。
前にイオリゲン王国でソードシールドって剣を買ったガンツのおっさんは、今のドワーフの体系をそのまま人間大まで大きくした感じだったけど。
まあ実際どちらがこの世界での普通のドワーフか良く分からないけど、体系に似合わず太い手足に整えられた逞しいヒゲ。
イメージ的にはここのドワーフこそがいわゆるファンタジー代名詞のようなドワーフに見える。
「おう、お前ら何処のもんだ」
「っ! あ、えっと、ヒナノさんからここに来るようにと」
「お前らがそうなのか! ついてこい!」
覗いていた扉の死角から急に大きな声をかけられて焦ったが、俺の話を聞いたドワーフは馬鹿でかい口をあけながらがははとドワーフらしく笑う。
デフォルトで声がでかい種族と思われるドワーフに案内されたのは、少し奥まった倉庫になっている場所だった。
「で、誰が精霊に好かれてるもんだ?」
「あ、わたしです」
「ふむ――この中から好きなのを選びな」
何か見定めるような視線を向けた後、良く分からないけど何かを選べといわれた。
「えっと、何を選ぶの?」
「なんじゃ、何も聞いておらんのか」
コクコク頷く俺達に、髭をしごきながら説明してくれた。
なんでも、昨日の食事が終わった後ヒナノがここにやってきて、マリアの装備に必要そうな物を準備してくれと言われたそうだ。
ただ、マリアの装備に必要そうな物というのが精霊に適した物ということなのだが、一介のドワーフではそれを見極めることができないので、本人に見定めてもらおうと言うことらしい。
説明を受けたマリアは困惑顔でこちらを見るが、肩をすくめながらお手上げといったポーズをとる。
俺も精霊に適した物がどれなのかまったく分からないからね。
「とりあえず見させてもらったら? ヒナノさんが言うのであれば、もしかしたらマリアが見たら何か分かるかもよ?」
「うーん。わかんないかもしれないけど、一回見てみるね」
少し薄暗く埃っぽい倉庫に足を踏み入れる。
通路が狭い倉庫なので入るのはマリアと俺、そして案内のドワーフだ。
倉庫の中は一応棚のようになっており、そこに木で作られた箱に様々な素材が入っている。
見たことのある魔物の素材から、見慣れる素材まで様々なものがごちゃごちゃに置いてあるが――俺には一体どれがいいのかまったくわからない。
「凄い素材なんだけど……なんだかよく分からないわ」
マリアもたまに素材に触ってみたりしているが、どれもいまいちピンとこないみたいだ。
多分ここにある素材は全てかなり高ランクの素材なんだろうけど、精霊との親和性として考えると恐らくいい物がないのだろう。
「こっちじゃねぇとなると、あれ系ものになるか」
俺達の様子を見て個々の素材ではダメだろうと思い、ドワーフはまた別の部屋へと案内する。
倉庫から離れ、廊下を少し歩いた所に今までの木製の扉とは違い、金属製の扉の所へと案内された。
「この中にはちぃと面倒な物もあるから、ワシが許可した物以外は触らんでくれ。下手したら命に係わる物も置いてあるからな。特に嬢ちゃん、見た目が綺麗だからって引き寄せられるんじゃねぇぜ」
「わ、わかったわ」
少し脅かしすぎな気もするが、ヒナノさんが集めている素材ならとんでもない物もあるかもしれないから注意しておこう。
厳重閉ざされたいた扉の鍵を開けると、そこは薄暗い階段になっていた。
地下から漂ってくるひんやりした空気に体が反応したのか、背中にぞわりとした感じがする。
普通なら真っ暗になっていてもおかしくないのだが、階段の所々に光る石が燭台に置かれている。
この世界でよく使われている灯だが、俺は詳しい事を知らないんだよね。
その階段を下って行くと、再び金属製の扉が現れるのだが――その扉にはドアノブの様な物が付いていなかった。
ドワーフは気にした様子も無くそのまま扉へ手を置くと、魔力を込めたのか薄っすらと蒼く扉が光った後、音もなく扉が少し開いた。
「今のは魔法ですか?」
「魔法じゃなくて魔道具じゃな。登録されたもん以外が開けられないようになっとる。お前さん方が取り残されたらここから出られずに死んじまうがな」
からかうような事を言いながら大声で笑うドワーフ。
まあ、取り残されたら最悪ぶっ壊してでも出ればいいんだけど、それよりもこんな狭い地下で大声を出され耳が痛いほうが問題だ。
ドワーフはそんなことを気にした様子も無く、少し空いた扉を押して中に入って行く。
「こ、これは!」
「すごい――」
中を覗いた俺達が驚いたのは、先程の倉庫とは違い綺麗に陳列されていること――ではなく、光り輝く宝飾品が並べられていたからだ。
この部屋は先ほどの倉庫と比べてかなり広く、元の世界の一軒家の一階部分まるまる入りそうなほどの広さだ。
陳列してある棚もお互いに距離をとってあり、通路もかなり広々としている。
「ここにあるもんはだいたいが危険な物か貴重なもんばかりだからな」
「それにしても――これだと美術館と言っても良いほどの場所ですね」
「そうだな。高ランクの魔物の落とす魔石や貴重な心石などは、人種の間じゃ魔道具に加工して宝飾品にしてるだからな。こっちの棚は加工済みで魔力さえ通さなければよっぽど大丈夫な品だが、あっちの方はまだ未加工の原石ばかりだから触るなよ」
キラキラ光る宝飾品を三人で一旦見て回る事になったのだが、どう見ても俺とマリアが美術館の客でドワーフが案内人の様な感じに見える。
このドワーフはここにある物の全てわかって居るらしく、質問すると直ぐに返答が来るので実はかなりの立場のドワーフなのではないかと思っている。
「あれと、あれと――それとこれかな? なんだか気になるのは」
俺は綺麗だなーとか、説明を聞いて凄そうだなーとか考えていたのだが、マリアには何か引っかかるものが何点かあったみたいだ。
一つは蔦が絡み合ったように見える結晶で、トレントの核にある結晶だ。
なんでも、ヒナノの弟のトレントの若い苗が育つ前に枯れてしまった物らしいが、これはその中でも本人がかなり若木の頃に作ったモノらしくて貴重らしい。
もう一つは赤黒く心臓のように見える物体で、見た目通りドラゴンの心臓が結晶化した物との事だ。
これはアースドラゴンの心臓らしいが、ドラゴン心臓は本人が死ぬとその大きさを維持できず小さく結晶化してしまうそうだ。
まあ、アースドラゴンとは言っているが、夢幻大陸に元々住んでいたドラゴンで実際の種類は少し違うのではないかと言われているそうだ。
討伐したのは鬼族の頭である酒吞童子だったので、それはそれは無残な形で残るドラゴンにドワーフたちは涙したそうだ。
酒吞童子は素材がどうこう気にせずぶっ飛ばしたみたいで、首から上はないしい胴体にもどでかい穴は開いてるし、全身を覆っていただであろう鱗はボロボロで――案内のドワーフが今にも泣きだしそうになっていた。
そして最後は中に水が入っているように見える綺麗な玉になった結晶なのだが、これだけは詳しくはわかっていないそうだが、海が結晶化した物ではないかと言われているそうだ。
なんで分からないかというと、これが見つかった出所が――マウントドラゴン排泄物から見つかったからだそうだ。
こっそりと教えてもらったからマリアには伝わっていないけど、出所は気にしたらダメだよね。
「ほぅ――流石に精霊に好かれる者と言うのは間違いない様だな。フム分かった、お前さんに言われた物をヒナノ様へとお伝えしておく。まあ、あの感じからしたらよっぽど許可は下りるだろうがな」
最後もガハハと大声で笑うドワーフだったが、あれな物も選んでいたせいか最後の方は少し声がちいさくなっていたのだった。




