失敗勇者とテダコハ街
船団は予定航路を進むと、翌日には進行方向に大陸が見えてきた。
昼過ぎには夢幻大陸の貿易都市テダコハへ到着し、船長と護衛の船員――それに幼女が桟橋に降りて先方と話をしている。
「ここが夢幻大陸。見た目は特に変わりは無いんだな」
船から見える景色は大陸の町と特に変わりはなく、違うといえば歩いている人の種族がかなりまちまちだということだろう。
ここから見えるのは港のみなので実際にどんな種族多いのかわからないが、見た感じ人族はかなり少ないように見える。
「俺たちも流石にはじめてだけど、ユピリルよりは立派な街と言う事はわかるな」
「城塞都市と貿易都市の二つが合わさったような街なのね。ユピリルは貿易都市ではあったけど、これほどの立派な壁はないわね」
テダコハの街の港は湾になっており、その入り口及び街の周りは高い壁に囲まれた城塞都市だ。。
「それだけこっちの大陸は危険ということかもしれないから、その辺りは注意が必要だろうな」
「でも、そんなに強い魔物とかはいないんじゃない? いるんだったら貿易しているユピリルにも素材が入ってきてもおかしくないし」
「かもな。ま、その辺りは街で聞き込みをするしかないな」
街を眺めながらそんなことを話していると、船長が戻ってきて船員たちが荷の積み下ろし作業を始めた。
桟橋が狭い為先に荷を降ろしてからになっているらしく、俺たちが下船できたのはその二時間後だった。
退屈な待ち時間が過ぎ、俺達は狭い桟橋を一列に歩いていく。
「けっこうかかったなー。それで、俺達はこの後自由行動か?」
「いや、まずはトマの知り合いの貴族様方と一緒にここの長の館へ行くそうだ」
「長? 領主とは違うの?」
「そうらしいな。夢幻大陸には国が大きく二つあるらしくてな、一つはエルフの国もう一つは魔人の国らしい。ただ、ここだけはどちらにも属さない中立域らしく、領地のような場所じゃないらしい」
「変わってるわね。わかりやすく言うととっても大きな村の村長に合うって感じかしら?」
「そんな感じじゃないか? 」
グランツも良くわかっている感じではなかったが、おおよそ内情が理解できる話だった。
桟橋を渡り物資集積所の横を通ると、そこには様々な種族の人が居るのが見て取れた。
「もしかして、ここって世界中の全ての種族が集まってるんじゃないか?」
「流石にそれは無いと思うけど。エルフやドワーフの妖精種に獣人種も人種、それに魔人種もいっぱい居るわね」
「やっべ、ファンタジー代表ともいえる種族がいっぱい居るな! それに魔人種ってもしかして鬼のことなのか?」
「オニ? って言うのは良くわからんが、あの角が生えてるのが魔人種になるな」
エルフやドワーフとかに合えたのもテンションが上がるけど、鬼に合えたのも結構テンションが上がってしまう。
ちなみに、身長の小さい薄緑の肌をしたのがゴブリンで、ちょっと鼻が上向きになっている相撲取りを大きくした感じなのがオークらしい。
ここで重要なのはゴブリンやオークなのは妖精種になり、デミの付くデミゴブリンやデミオークは魔物ということだ。
まあ、表情や身につけているものを見る限りその違いは一目瞭然だろう。
それに種と付く者達と魔物の一番の違いは、魔物はダンジョンやマナの濃いところから自然発生するのに対して、種が付く者達は交配をして増えることだろう。
妖精種と人種や獣人種は全て交配可能であり、俺の目の前にいる多種多様な人達の中にもかなりの割合でハーフなどが居るみたいだ。
「こ、ここがテダコハの街か! 面白いな!」
人種の坩堝の様な集積所を通過して壁をくぐると――そこは大小様々な家が建ち並ぶ面白い街並みが広がっていた。
種族事に体のサイズが違うからだろうか、小さな家と大きな家が乱立して少し面白い風景が見えた。
「シクラ様、とりあえずは長の屋敷に向かいますので観光はその後でお願いしたいのですが」
「それで大丈夫だよ」
内心街を見て回りたいという気持ちを読まれたのか、カトレアに釘を刺されてしまった。
先頭に幼女と化したマウントドラゴンが歩き、その後ろにカトレア達や俺達が付いて行く。
ぞろぞろと連なって歩く俺達が珍しいのか、住人たちから何か視線を向けられている気がする。
「……マウ……様……」
「……だいで……さい……人……」
周りで見ている人たちが小声で何か言い合っているが、流石にこの距離では聞き取れない。
ただ、向けられている視線が恐れ?憧れ?の様な良くわからない何かを含ん出来る様な気がして気になるが、今はカトレア達に着いて行くしかない。
暫く歩くと、正面に巨大な屋敷が現れた。
周囲には高さ四メートルほどあろうかと言う擁壁の上には瓦が乗っており、俺達が向かう正面は瓦屋根の時代を感じさせるような重厚な門で、その両脇には魔人種の大男――赤鬼と青鬼の二人が立ち番をしている。
「たのもー! 我マウントドラゴンは長の童子に面会を申し込むのじゃ!」
「――か、確認して参りますのでしばらくお待ちください」
「うむ! じゃが早くするのじゃよ」
マウントドラゴンが大声で面会を申し込むと、赤鬼が慌てた様子で中に確認に向かった。
その後、直ぐに戻ってきた赤鬼は「ご許可が下りました。私について来てください」と言って俺達を中へと招き入れる。
敷地の中は予想通りと言うかなんというか、日本庭園の作りになっている。
手入れされている木々が異世界である為少し違った物になっているだけで、池や灯篭などがありかなり趣ある作りになっている。
石畳と砂利で舗装された道の先には、これまたでかい平屋造りの日本屋敷が現れた。
恐らく魔人種の人達が大きいからそれに合わせてのサイズなのだろうけど、それにしても玄関の高さだけでも六メートル程あり普通の人では開けることが出来なさそうなサイズだ。
「――っうぐ……はぁはぁ。こ、こちらです。そこでお履き物を御脱ぎになってください」
赤鬼が息を荒げながら玄関の扉を開けてなかへと案内していく。
俺やカトレア達は日本家屋での作法と言うか、靴を脱いで上がると言う事が分かっていたので問題なかったが、鉄の盾の面々が首を傾げていたので俺達のマネをするように伝えた。
「マウントドラゴン様方をお連れしました」
「――入れ」
赤鬼に連れられ来た部屋は障子の付いた部屋で、外から赤鬼が許可を得てから障子を開ける。
そこには大きいと思った赤鬼よりも更にでかい四本角の赤鬼が、巨大な徳利で酒を飲みながらこちらをしかめっ面で見下ろしていた。
「久しぶりじゃの童子よ」
「ふん。数十年ぶりに来て一体何の用だマウントドラゴン」
「いやなに、わらわが用と言うよりもこっちの者達がお主に用があるようでな」
「フンまあいい、好きな所に座れ。お前はもう下がっていいぞ。」
俺達を一瞥した後、大鬼は赤鬼を下がらせた。
マウントドラゴンが大鬼の目の前に座り、その後ろに俺とカトレア達が座り、その後ろに鉄の盾の面々や白虎の人達が座る。
赤鬼が下がって暫くの間マウントドラゴンと童子と呼ばれた鬼は見つめ合っていたのだが。
「久しぶりじゃねぇかマウンティのババア! 今日は珍しい客人を連れてんな」
急にくだけた口調で話しだし、先程までのしかめっ面から打って変わってガハハと言いそうな笑顔を向けている。
「ババアと呼ぶでない。お前の事じゃら何者か察しておるのじゃないかの?」
「マウンティともう一人の気配が強すぎてわかんねぇよ。ちょっと待て――ふむ」
俺達をじろじろと見ながらつぶやいている。
「神にその従者と、勇者とその取り巻き……それにおいおい、こいつはハイ――」
大鬼が何か言おうとした瞬間、背筋の凍るような威圧感が一瞬俺の背後から漂って来た。
「――っと、ほんとにあぶねぇババアどもだな! 」
俺の背後に座っているのは鉄の盾か白虎の誰かなのだろうけど、流石に怖くて振り向けない。
ただ、鉄の盾でこれほどのものを出せる人は居ないから、白虎の誰かが反応したんだろう。
「お前は相変わらずあほだのう。それよりもじゃ、こ奴らの話を聞いてやってくれぬかの?」
「マウンティがそう言うならいいぜ! そう言えば自己紹介してなかったな、俺はテダコハの街を治める長の六人目の酒呑童子だ」
ガハハと笑う酒呑童子と名乗る鬼の言葉に反応して、俺は小さな声で呟いてしまう。
「六人目? 酒呑童子ってあの最強の鬼の?」
「――ほう。流石は日ノ本の者だな。俺がその酒呑童子その者なんだが、既に五回生まれ変わっているから六人目の酒呑童子ってわけだ」
「は、はぁ……」
日ノ本とはまた古風な言い方と思いながらも、生まれ変わりと六人目と言う事が繋がらなず首を傾げる。
「あーなんだ。簡単に説明するとだな――亜神って事だ!」
「簡単すぎるじゃろ! もう少し詳しく言わんか!」
「わかったわかった。それじゃあな、ワイら鬼はな――」
酒呑童子が説明してくれたのは、そもそも鬼と言う存在が神になれなかった者達の成れの果てとの事だ。
神格を得ることが出来ず、しかし神に近しい者として悠久の時を生きる者達が日本では鬼と呼ばれていたそうだ。
なので亜神と言っているそうだが、それは間違っていないそうだ。
彼等は完全に死ぬことのない者達であり、魂だけで生き残った後他の肉体魂が宿り復活させて新たな生を受ける。
ただし、魂に記憶はあっても人格は新たに作り替えられるので、自分は何人目と言っているそうだ。
「ただまあ、俺みたい完全に前の記憶を持つのは角三本以上だから、ほとんどがそれに足りねぇから完全に新しい鬼って事だな」
「そうなんですね。あ、そう言えば酒呑童子って角が六本あるって思ったんですけど」
少し気になったので聞いてみたら、酒呑童子は髪をかき分け小さな角を見せてくれた。
「――ほらあるで。まあ、ワイはまだ生まれ変わってから百年ほどしか生きとらんから、もう二百年ほど過ぎれば力が戻ってしっかりとした六本角になんだわ。ま、あれよ、生まれるときに角があると色々問題があるし、角の数と長さは力の象徴だから強くなれば増えるんや」
そっか、もう一度生まれるって事はそのまま出産されるって事だから、角があると大変な事になるから一旦無くなって成長するにしたがって戻って行くと言う事だ。
俺は礼をいうと「かまへんで」言いながら徳利から酒を飲む。
「ブハァ。そういえば、ワイになんか用があるって言うとったな」
「は、はい! 私はイオリゲン王国のミュラー侯爵の娘カトレアと申します。本日面会をご許可頂き――」
「堅苦しいのはヤメーや。ほら、マウンティもそこの勇者も堅苦しくゆうてなかったやろ? 」
「それでは――先代勇者様アカリ様より今代の勇者シクラ様をこの夢幻大陸に居る、ある御二方に特訓を付けてもらってほしいとの事でして」
さっきまではちょっと気さくなおっちゃんぽかった酒呑童子の表情が急に険しくなる。
「ほう――あいつらに特訓をね……マウンティの頼みでもあるようだし紹介状は書いてやるが、受けるかどうかは奴ら次第になるぞ」
「ま、大丈夫じゃろ。わらわも一緒ついて行くし、あの鳥一緒にいくみたいじゃしな」
「あの鳥って――おいおいマウンティ、流石に分け御霊とは言え本物の神に何て言い方すんねん」
チュンちゃんの事を相変わらず鳥呼ばわりするマントドラゴンに対して、酒呑童子は流石にまずいんじゃないの? と言った雰囲気を出している。
「酒呑童子はそこの駄龍とは違い常識があるようじゃの。まあ、八咫烏にして神であるわらわが一緒に行くのじゃ、流石にあの鬼たちも話位は聞いてくれるじゃろ」
「それならいいんだが。まあ、とりあえずあいつらのいる場所と紹介状は今日中に用意しておくから、今日はお前らみんな泊ってけ」
急な申し出にどうしようかと思っていたが、それをマウントドラゴンが早々に承諾してしまった。
「いやーすまんの酒呑童子。それにしても――フフフお主も悪よの」
「いやいや、マウンティ程ではないですわ」
まあ、こちらに拒否権はなさそうだし宿が決まるのはいい事なんだけど、二人のやり取りが不吉過ぎてちょっと心配になってしまう。
その夜、マウントドラゴンがなぜ俺達に着いて来たか?
そして、これから始まる厳しい特訓の最後の晩餐になると言う事は、まだこの時のシクラは知る由もなかったのであった。




