失敗勇者とトラオウ
二度寝から目覚めたシクラの横には――既に誰もいなかった。
「……やっぱり夢だったか」
「なんの事?」
「やっぱり起こしてしまいましたね」
やっぱり起きた時に誰かが隣に居たと思ったのは夢だったのだろう――と、思い込もうとして呟いたシクラの言葉に反応する声が聞こえた。
誰も居ないと思っていたのに声がしたことにまず驚き、まさか本当にと言う感じでさびた人形の様なギギギと音がしそうな動きで声のした方に顔を向けると――そこにはマリアとベロニカさんの二人が居た。
「あ、あの――って! ふ、二人とも、ちょ、ちょっと、その恰好!?」
その恰好――そう、下は付けてはいるが上は未だつけていない状態で、色々と見えてはいけない所が見えてしまっている色々とヤバイ格好だ。
「え? 今さらこの格好に恥ずかしがるの?」
「フフフ。マリア、シクラ様は紳士ですから気にしてしまうのでしょう。手早く着替えてあげましょう」
とはいっても、この世界ではいまだにブラジャーと言う物が一般には広まっておらず、キャミソールの様な物を着るだけなんだよね。
因みに下は……現代風のショーツなどではなく所謂カボチャパンツの様な物で、そこは別に色気を感じなかったりするのだが――というより、本当に一体昨日は何が起こったんだ。
俺はハッキリしない記憶を何とか思いだしてみる。
まずは――あの宴会の最中は白虎の二人や船員達盛り上がって飲み食いしまくり、船長秘蔵の蒸留酒をんでかなりベロベロになったよな?
ベロベロになりながら確かハルさんに絡んでいたんだよな?
「れすからね、俺は色々終わるまでそう言った事をやらないようにしてるんれすよ。わかりますか俺の気持ちが! 二人ともいい子なのに弱点になりそうな事は極力避けるために色々と抑え込んでる俺の気持ちが! 」
「お前が真面目だと言う事はわかるが、そこまでする必要は――」
「いいえ! わかっていません! じゃあハルさんが今の実力があってアルルさんが鉄クラスの実力しかなかっとしますよ、そんな状態で魔王討伐に一緒に行くとしてそう言うことできますか!? できませんよね! ええ、そう言う事ですよー」
「わかった、わかったから。とりあえずお前は飲み過ぎだ」
「隊長! 飲み過ぎておりません! まだまだ序の口でございます!」
ハルさんの首に手を回しながら反対側の手には酒の入ったジョッキを持ち、思いっきり絡んでいたことを思い出してしまった。
これは――思い出してはいけなさそうな事を……いや思い出してよかった、流石にこれは謝らないと。
ええっと、その後は――確かトラオウさんと話したよな。
「なあボウズ、あの二人はそこまで弱くは無いんじゃないか?」
「ん~どういうことですかトラオウさん? マリアは魔法が使えない近接型の銀等級で、ベロニカさんは完全魔法主体のランク的には銀位の人ですよ? せめてミモザさんやアルルさん位強くないといけないと思います!」
「ボウズがどう思っているかしらんが、銀等級といえば通常上位の冒険者だぞ。金や白金はギルドや国からそれ相応の功績があって始めて任命されるものだから、それを除けば最高クラスの冒険者ということだぞ? そうなると、お前の言うようなことを出来る冒険者や騎士たちは皆無と言うことになるぞ?」
トラオウさんが俺を諭すように穏やかに話してくれるが、酔っ払っている状態の俺は――とにかく我が強い。
「そうです! だからこそ俺はそういったことをしたくないんです! そういった職業の人と遊ぶのであればまだ良いんですが、二人とそういった仲になって二人に何かあったら……」
無駄に想像力が豊な俺は二人が囚われたり最悪な事態があったときのことを想像し、そのとき俺がまともでいられる自身が無かったのだ。
多分この一線を超えてしまった場合、俺自身を犠牲にしてでも彼女たちを守ろうとしてしまうだろうしそれを行なった相手を恨み……。
「ボウズ……オラ!!」
いや想像をしたせいで俯いて顔は見れなかったが、俺の雰囲気から何か察したトラオウさん小さくつぶやいた後俺の背中を思いっきり叩いた。
「――っ、いってー! 何するんですか!」
「何をそんなに悲観してるかわからんが、あいつらはそんなに弱くてボウズに守られなければいけないような奴らじゃないだろ」
「そうそう。それにお前たち鉄の盾だけでダンジョンに普通に潜って帰って来て、イカヤザムでの事件でも二人は問題なく立ち回れたんだろ? それだけの実力があるのに坊主が守らないといけないと思うのは過保護だと思うぞ? 」
二人そろって俺が間違ってると言われ、流石の俺も間違っているのかと心配になってしまった。
「だけど……うーん……」
「だー!そこでウジウジなやむんじゃねぇ! そこまで気になるなら本人たちとしっかりと話し合って来い 」
小心者の俺がでもでもだって……といった感じで悩んでいる事に耐えられなくなったハルさんは俺の頭を鷲掴みして、ガシガシと力強く頭をなでた。
いやまあ、酔っていたからといっても流石にこれは俺も苛立つな。
「わ、ちょっと、ハルさんやめてくださいよ」
「いいか良く聞け。坊主からしたらこの世界には危険なことが多いかもしれないが皆普通に暮らしている。坊主が危惧しているようなことも実際には起こってはいるが、実際問題それは稀だし彼女たちならそうそう遅れはとらんだろ? 」
二人がそれなりに実力があることはわかってはいるし、従者としての力と技量が合わされば単銀クラスの力を持っていることはわかってはいるんだけど――どうにも元の世界の男が女を守らないといけないという価値観がそれを邪魔をする。
元の世界では体力や力の基礎力が男性の方が優っていたが、この世界では魔法と言う元の世界には無い概念のおかげで男女ともそこまで優劣が無い。
特異体質や特別な才能を除き、マナやオドを扱うことは訓練を施せばある程度までは誰でも魔法が行使できるし、コンラートのように普通の村人だった者が超越魔法まで使えるようになる。
超越魔法は魔法というものを理解すると言う才能が必要だが、その下の応用魔法は騎士たちなら全員扱うことが出来ている。
まあ、攻撃魔法として使うにはそれこそ訓練が必要だが、肉体強化であれば戦闘訓練を積むうちになんとなくオドの活性化が出来てしまうんだよね。
グランツが片手で鉄製の盾を操るように、マリアがショートソードとはいえ片手で双剣を扱えるように――あれ? そう考えるとマリアは弱くはないよね?
ベロニカさんは元々魔道騎士団の副騎士団長だし……悪魔に襲われてたり盗賊に襲撃されてたりしたせいで勝手に弱いと思っていた?
そう思い至り、俺は自分が勇者と言う力のある存在であることを良い事に彼女たちを侮り――というか、自分勝手に下に見て守ってあげなきゃいけないと思い上がっていたことに気が付き、酔いの回る頭から血の気が引いていくのを感じた。
あの二人はダンジョン中層という一般的にはかなり難易度の高い所を、一緒にいたとはいえ一切手出ししなくても問題なく魔物たちを倒していた。
――そう、上層ですら鉄級だったグランツ達がかなり警戒していたのに、それよりも難易度の高い中層を二人で攻略していたのだ。
俺は自分自身の行いが彼女達を無意識に傷つけていたのではないか?
と言うか、自分が逆の立場だったらとっくに見限ってパーティを離脱しているんじゃないか?
「――お、俺は……二人に対して何と言う……。みんなに謝らないと――なんて言って……」
「お、おい、坊主!? 今度はどうしたんだよ?」
急に青い顔をして頭を抱えブツブツつぶやいている異常な状態になった俺に、ハルさんが必死に声を掛けてくれるが俺の耳には入ってこない。
そしてそのまま負のスパイラルに――入る前に俺の頭に鈍痛が走った。
「――っ!?」
「どうだ? 気分は晴れたか?」
一人意気消沈――というよりも、俺が愚か、俺が悪い――と言うこれまた自分本位の考えをしそうだった俺をトラオウさんが拳骨で正気に戻してくれた。
「お、おいトラオウよ――」
「ちょっと黙ってろハル。ボウズようやくわかったか? 」
「……はい」
「ボウズ、お前は実際強い。同程度の装備をそろえてまともに戦ったら一対一なら負け無しだろう。だが、それはただの思い上がりだ」
トラオウさんは始めから俺の考えを正そうとしてくれており、たぶん俺がこう考えることもわかったいたように思えた。
そしてトラオウさんは「これはある奴の話だ」といって落ち着いた声で話し始めた。
「そいつは村一番の力持ちで、魔物なんて雑魚だと思っていた……」
「――おいトラオウ」
ハルさんが何か言おうとしていたが、トラオウさんがそれを手で制止ながら続きを話す。
トラオウさんが話してくれたのはある村の青年の話だ。
その青年はある寒村に生まれ、その村は農業と狩猟をして暮らしていた。
青年は元々体格も良く村では負けなし、狩猟や村を魔物から守る為に鍛えていた為、程なく近隣にでる魔物も簡単に倒せてしまうようになった。
そしてある時、その寒村を離れ冒険者になろうと村の若い仲間を連れて町に行き、青年たちは冒険者になった。
その青年は今の俺と同じ様な考えをしており、一番強い俺が皆を守ってやっている、食わせてやっていると思いあがっていたそうだ。
それから月日が経ちそろそろ鉄クラスに上がれそうという時、その青年たちは途轍もない敵に遭遇して仲間の殆どを失った。
仲間を失った青年は俺が守ってやれなかった、俺のせいで皆が死んだと俺が―俺が――と思い込み、酒浸りの日々を送っていた。
だがそいつの目を覚まさせたのは、生き残った仲間の中で一番弱いと思い込んでいた少女だった。
少女は青年をぶん殴ってこう言ったそうだ。
「皆が死んだのは皆のせい! あなたのせいじゃない! それをもしあなたのせいだと思っているならとんだ思い上がりね! 自分で冒険者になると選んで、自分達で思うように行動した結果がそうなっただけど、皆あなたに守られたくて一緒に居たわけじゃないわ!」
泣きながら殴ってくるその拳は、体よりも心が痛かったそうだ。
仲間が死に際に「お前らだけでも逃げろ」と言った言葉を思い出した。一方的に守ってあげていたつもりだった青年だったが、実はリーダーである自分が守っていたのではなく逆に皆に守られていたのだと言う事。
その青年は少女のおかげで立ち直り、再び冒険者として立ち上がった――と言う事だ。
なんだろう、妙に今の自分と被るところがある気がするし作り話ににしては……というかこれって――多分トラオウさんの事なんだろう。
それで、立ち直らせてくれたのはミモザさんってことだろう。
今のトラオウさんと比べるとあまりにも差があるように感じるが、この体格で大剣を自在に操る筋力と身体強化があれば自惚れるのも分からなくもない。
俺の場合は未だ仲間を失ってはいないが、もし失う事があったら同じように後悔して――立ち直れない状態になっていたかもしれない。
そして――一人寂しくどこかで野垂れ死んでいたかもしれない。
「……そうですよね。わかりました、一回みんなと話をしてきます!」
「おう、行ってこい! そして怒られてこい!」
「まぁ力がある奴は誰もが通る道だからな。坊主が無事でいる事を祈ってるよ」
「はい! トラオウさん、ハルさん、ありがとうございます」
そして俺は食堂に集まって居た皆に今までの事を謝り、そして――マリアとイザベルと仲良くしたんだった。
シクラが去ったあとちびちび酒を飲んでいた二人だったが、徐にハルがトラオウに話しかけていた。
「――それにしてもよ。お前がその話をするとは思わなかったぞ」
「……ああ、そうだな。他の奴に話すつもりはなかったんだが、なんだかなボウズには話しておかなければいけないと思ったのさ」
「そうだな。あいつの場合持っている力はお前以上だから本当に守り切れるかもしれないが、それじゃあそのうちパーティとして成り立たなくなるだろう」
「そう考えるとあのグランツとか言う奴は中々リーダーとしての資質はありそうだな。陸に着いたらあの坊やをもう少し鍛えてやるのもいいかもしれないな」
「そうだな……」
トラオウは頷きながら空を見上げ、亡くなっていった友の事を思う。
「(俺はお前らの事は一生忘れない。お前らからもらった命で俺は――)」
宴の騒ぎを眺めつつ、二人は少ししんみりとしながら酒を楽しむのだった。




