失敗勇者と強制連行
どれだけの月日が経ったのだろう、悠久の時を生きる我に時間という概念は既に存在しない。
過去に交わした盟約によりこの地を守護してはいるが、その盟約を交わしたものは既にこの世界には存在しないのだから、この地を離れても構わないのだが。
とは言っても、この地を離れて何かを使用する気も起きぬのだが。
あの者と世界を旅した頃とはさぞ世界は様変わりしているとは思うが、あの者以外と再び世界を周ろうとは思えない。
最近は近くにあの者の子孫達が来ているようなのでたまに見てはいるのだが、どうやら子孫たちは道を踏み外している様子。
そのような者達にあの槍は渡す気は無いし、もし手に取ったとしても使いこなすことは出来ないだろう。
彼の者達が改心し、まともな道を進むのであれば、我は彼の者達を助けてやることもやぶさかではないのだが……略奪を行いそれを糧にしている様では、あの者の子孫たちも長くは続かないだろう。
もし彼の者達と話すことが出来るのであれば、我を導いたあの者の様に彼の者達を正してやるのだがな。
あぁ、久しぶりに考え事をしたせいで眠いな……
「みんな久しぶりだね」
「ご無沙汰しておりますシクラ様」
「シクラ様お久しぶりです。叔父がシクラ様が居なくなって少し寂しがっていました」
「シクラ様元気だった? 今度は約束やぶっちゃダメだよ?」
カトレアは侍女と言うよりも流石は貴族令嬢と言った立ち振舞いをしており、やはり他のメンバーとは少し違うと感じだ。
アネモニは無難な挨拶で、多分一番普通の子なんじゃないかと思ってる。
ただし、アネモニが侍女をやっているのは確か良縁を求めていたと思うのだけど……この様子では今の所良い相手とは巡り合えては居ないのだろうな。
ダイアンは今は侍女の服を着ているが、それよりも騎士服が似合うようなピシッとした立ち振る舞いをしている。
彼女の叔父は騎士団長をしているヒューズさんで彼女自身も騎士クラスの実力を持つ実力者だ。
最後のリリーはどう考えてもまだ子供で、侍女と言うよりもお手伝いしている子供の様に見えてしまう。
ただ約束破っちゃダメってなんだっけ……あ、そう言えば、次に出かけるときは一緒に行こうねって言ってた気もするな。
流石に半年以上前の事なのであまり覚えていないのだが、多分これの事だろうな。
ただ……なんか少し違和感があるんだよね。何に対して違和感があるのか分からないんだけどね。
カトレアが席を勧めて来たがグランツ達がちょっと困っていたので、俺が一番奥に歩いて行きちゃっちゃと座った。
俺の横にグランツ達が座り、一番手前には話に興味がなさそうなアオイちゃんとチュンちゃんが座っている。
「私はカトレア=ミュラー。イオリゲン王国ミュラー侯爵家の者ですが、今はシクラ様の侍女ですので立場はお気になさらないでください。そしてこちらの者達が……」
カトレアは侍女達の紹介をしていたんだけど、彼女の自己紹介は流石に無理がある気がする。
いくら何でも侯爵の娘と言う事を説明して、立場は気にしないでくださいって無理じゃねって思うんだよね。
俺も鉄の盾のメンバーを紹介していくが、カトレア達は毎回「よろしくお願いしますわ」などと答えてくれるが、こっち側はいちいち恐縮している。
「えーそしてこちらが……チュンちゃんとアオイちゃん。二人は鉄の盾っていうわけではないんだよね……」
「ええ、報告を受けています。初めまして異界の神とその従者様、私はシクラ様の従者をしておりますカトレアと申します。以後お見知りおきください」
「うむ、覚えておこう。わっちはタケミカヅチにシクラの事を任された八咫烏のチュンなのじゃ。こっちはわっちの従者のアオイなのじゃ」
チュンちゃんの言葉にアオイちゃんが立ち上がってカトレア達に頭を下げる。
カトレア達は皆立ち上がり、一斉に二人へ綺麗な姿勢でお辞儀をした。
「これからよろしく頼むのじゃ」
「因みに今はこんな姿しているけど、チュンちゃんの本来の姿はさっき言ってた八咫烏っていうので、三本の足がある鴉って鳥だから」
「そうなのですね。鴉という鳥は存じ上げませんが、さぞ美しいお姿なのでしょうね」
「そうなのです! とても艶やかで美しい色合いをした羽根に、神の御使いとして導きを与えてくださる神様なのです! あなたカトレアと言いましたね、チュン様の素晴らしさを見抜くとは流石ですね!」
「ありがとうございますアオイ様」
「私に様はいらないです。チュン様神の御使いとして高天原から……」
「アオイちゃん、その話はあとで時間がある時にして貰っても良いかな?」
「仕方ないですね。後ほどチュン様の素晴らしさをじっくりとお話ししましょう!」
アオイちゃんがちょっと暴走気味になっていたので止めたが、カトレアとはにこやかに「また時間がある時にでも」と言って受け流していた。
なんだかんだ紹介だけで時間がかかってしまったが、カトレアは一回咳ばらいをした後説明を始めた。
「目的地は皆様ご存知と思いますが、この船は夢幻大陸へとこれから向かいます。それほど日数は掛かりませんが、数日間は船の旅をお楽しみください。そして、夢幻大陸へ向かう目的なのですが……先代勇者様からのご指示との事です」
一応知ってたけど、ヒエンさんを動かしたのもあいつなんだな。
そう言えば、何で夢幻大陸へ向かうのは魔人達と会ってほしいって事はクリスから聞いていたけど、詳しい理由は知らないな。
「そして夢幻大陸に居る魔人達の長とシクラ様が面会する事が目的になっているそうです」
「ちょっといいか? その長って人に会って何かする必要があるのかな?」
「詳しい事はわかっていません。私の方も父からはそこまで詳しい情報を頂いていないのです」
カトレアは少し困ったような表情をしていたので、ヒエンさんからはそこまで詳しい情報を御教えて貰えてないのだろう。
まあよくわからんが、夢幻大陸に行って魔人の長に会えば何かわかるだろうと言う事だろう。
多分ヒエンさんやクリスもアイリス達が持っていたような紙を貰っているんだろうな。
「ま、そこは行けばわかるんだろうね。それよりも、そもそも夢幻大陸に上陸することは可能なの?」
「上陸自体は問題なく可能と思います。ユピリルと夢幻大陸の間には船での貿易もごくわずかですがありますし、クリスの調べによると港があるそうですので。ただ……彼の竜が私達を素直に通してくれるかが問題ですね」
彼の竜とは、原初龍と呼ばれるマウントドラゴンのことだろう。
マウントドラゴンは理由は分からないが夢幻大陸を守っているらしく、無理やり入ろうとすると海の藻屑にされてしまうらしい。
「ですが、このリリーが居れば恐らくマウントドラゴンも通していただけるとの事です」
リリーは立ち上がって「はーい!」元気よく挨拶をしていた。
その様子にグランツ達はぽかんとしていたが、何かに気が付いたのか慌てた様子で話しかける。
「も、もしかして、エルフなのか?」
「え、そうなの?」
「えへへ~。シクラ様ほらほらこれ見て~」
俺はリリーが普通の人だと思って接していたので知らなかったのだが、リリーが紙を上げて普通の人ではありえない少し尖った耳を見せてくれた。
グランツがそれに気が付いたのは、元気よく挨拶した時に髪に隠れていた少し尖った耳が見えていたのだ。
「――正確にはハイエルフのクウォーターになりますが、恐らく彼女の魔力を察知したマウントドラゴンはこちらに敵対はしないと思います」
「ハイエルフ……なるほど、それならば問題なく行けそうだ……ですね」
俺には何故エルフだと夢幻大陸に行ける知らなかったのだが、夢幻大陸の住人は基本的に妖精種と魔人種で、その中でもエルフと魔人の二種族が夢幻大陸を治めているらしい。
エルフの中でもその最上位の存在であるハイエルフの子孫であるリリーであれば、マウントドラゴンも夢幻大陸に上げてくれると思われるとの事だ。
因みに、この辺りの事は先代勇者のメモに書かれていた。
「夢幻大陸到着後は魔人の長を探して、見つければいいって事かな?」
「そうなります」
一応夢幻大陸には行くことは出来そうだけど、魔人の長に何のために会いに行くのか不明なのだ少し不安だな。
俺はクリス達元従者達やカトレア達侍女達の様に全幅の信頼を前勇者に寄せることが……うん、無理!
だって、流石に妹がこの世界でどんなことをしていたのは詳しく知らないけど、何が何でも信じてやろうとは流石に思えないんだよね。
まいっか。とりあえずある程度聞きたいことは聞けたから、、後は日程を聞くだけだな。
「わかったよ。それで、夢幻大陸には何日後に行くんだい?」
「え? 既に船は向かっていますよ?」
「え?」
「え?」
「「「えぇぇえええ!?」」」
微かに船自体は揺れてはいるのはわかっていたが、既に夢幻大陸に向かっているとは思ってもよかず
俺達は驚きの声を上げた。
この部屋は窓が無いから外が見えていないし、思っていた以上に船が揺れなかったから気が付かなかったんだよね。
一応装備品や必要そうな物は買って俺のアイテムボックスに入れてはあるけど、流石に出発が急すぎて驚いたわ。
「ふ、船がもう出てるなんて……」
「でも、これなら……何とかなるかしら」
グランツとイザベルは酷い船酔い経験があるのでビビっていたようだが、今の船の揺れ具合であれば恐らく船酔いもあまりせずに済みそうだ。
色々急展開でちょっと焦ったが、とりあえずは既に向かってしまっているのでそれを受け止めるしかないね。
今この場で聞けることはある程度聞き終えた……と言う事なので、数日間泊まる俺達の部屋へと案内してもらった。
この船は三層に構造になって居るらしく、来客などが泊まる部屋は今と同じ階層にあり、その下が船員たちの階層になり最下層が荷物などが入っているとの事だ。
因みに、さっき話し合いをしていた部屋は食堂との事で、基本的に食事はあの部屋で皆が集まって食べるそうだ。
そして俺達の部屋なのだが、俺は個室があてがわれマリアとベロニカさん、グランツとイザベルが同室なのとチュンちゃんとアオイちゃんが同じ部屋だ。
まあ、グランツ達が泊る部屋はベットが二つと荷物を置く棚があるだけの狭い部屋なのだが、俺の部屋はかなり大きめのベットが一つと机やらの家具があるちょっと狭めのホテルの様な室内だった。
俺はグランツと同じ部屋で良いと言ったのだが、カトレア達が頑なに俺が部屋を代わる事を了承してくれなかった。
一人だけ特別待遇なのが少し気が引けるが、船を手配したのがカトレア達なので一応従っておく。
とりあえず部屋に入ったのだが、皆の生活用品など一式を俺が持っていることを思い出したので、皆の部屋へと持って行くことにした。
一応皆の様子を見ておいた方が良さそうだしね。
まずはグランツ達の部屋へと向かった。
ノックをして部屋に入ると、二人は俺だと気が付くと少し安堵していた。
「二人とも調子はどうだ?」
「いきなりでびっくりしているが、今さらどうしようもないな」
「そうよね。それにしても外洋を進んでいるはずなのにこんなに揺れないなんてびっくりよ」
少し世間話をした感じでは、二人とも急な事で驚いてはいるが特に問題はなさそうだ。
この二人の場合船酔いが怖かったんだけど、今の所大丈夫そうだな。
二人に着替えなど一式入っている袋を渡して、次の部屋へと向かった。
次に向かったのはマリアとベロニカさんという、俺の従者ペアの部屋だ。
さっきと同じようにノックをすると中から応答があったので中に入ると――二人は楽し気な雰囲気を漂わせていた。
「あ、トマ! どうしたの? 」
「急な事だったから二人ともどうかなって思ってさ」
「今の所は問題ありません。私は元々騎士団に居りましたので急な出動もありますし、マリアも冒険者と言うだけあって多少のトラブルは問題ないみたいです」
この二人も今の所は問題なさそうだが、なんだかんだ言ってこの二人は結構仲良くなってるんだよね。
従者二人が中が良いのは良いことだね。
「はい、これ二人の荷物ね。俺は後二人の様子を――」
「ちょ、ちょっとまってトマ!」
荷物だけ渡して部屋を去ろうとしたら、マリアに呼び止められてしい待った。
「ん? 何か問題でもあった?」
「いえ、そうじゃないんだけど……」
マリアはそう言いながら、同室のベロニカさんの方を見る。
その視線に気が付き、小さくため息を付いた。
「そのくらい自分で言ったら良いのに。私の方から何度か説明をしたのですが、シクラ様が侍女たちの中の誰かと恋仲ではないのかと懸念しているようです。特にカトレア様などですが……」
「ちょ! ベロニカ言いかた!」
少しあきれながら言ったベロニカに、マリアが少しあせったような感じでじゃれ付いていた。
二十年以上生きてきて俺は誰とも付き合ったことも無く、未だにそういった関係になったことは一度も無いのだ。
「あーうん、そういった中になった人は俺が今まで生きてきた中――誰も居ないんですが……」
まあ、ここにいる二人やアイリスとかは好意を示してくれてはいるが、なんというか現実味が無さ過ぎてどうして良いかわからないんだよね。
今の俺は勇者の力と言うものを持っているからそれっぽく見えるかもしれないけど、それがなかったらただのオタクだからね。
そんなこんなで、一悶着あったが二人とも今のところは特に問題があるわけではないらしいので、俺は最後の二人の部屋へと向かった。
「はぁ……チュン様……綺麗なお髪が更に綺麗になりますよ~」
「う、うむ……アオイよいつまで続ける気なのじゃ? シクラよ良い所に来たのじゃ! アオイよシクラが何か用があるみたいなのじゃ!」
「あ~うん……その様子なら問題はなさそう――かな?」
俺が最後に訪れた部屋では、アオイちゃんがチュンちゃんを膝にのせてうっとりした顔つきで紙を梳いていた。
チュンちゃんは少し迷惑そうな顔をしており、俺が来たことでこれがようやく終わると思っていたらしいのだが、アオイちゃんは俺を一瞥しただけで再びチュンちゃんの髪梳きに戻っていた。
ただ髪を梳いているだけなので文句を言えないようなのだが、話を聞くとこの部屋に入ってからずっとこんな様子だそうだ。
なんでも、俺意外と買い物に行った際に見つけた櫛が原因だそうだ。
「はぁ~この櫛でチュン様の髪を梳くと、本当に綺麗になりますね」
「そ、そうなのじゃが……」
「あ、大丈夫です。他にもこれとかこれとか……いっぱい美容用品を買ってありますから、お肌もツヤツヤになりますよ!」
そう言いながらアオイちゃんはアイテムボックスから何種類もの壺を取り出し、どれがどういった効果があるのかチュンちゃんに事細やかに説明している。
やっぱりアオイちゃんはアイテムボックスが使えるんだなと今さらながら思った。
「そうではなくてじゃな……はぁ……」
まあ、チュンちゃん主従の事は主であるチュンちゃんに任せる他無いので、荷物を渡して「ごゆっくり~」と言いながら部屋を後にする。
「チュン様、この後部屋に来る人は殆どいませんから綺麗になりましょうか! 」
「ちょ! や、辞めるのじゃアオイ! あああぁぁぁぁぁ……」
閉めた扉の向こう側からはドタンバタンと物音と、チュンちゃんの断末魔が響き渡っていた。




